とある文官の諦め
文官マリクさん再登場です。
私の上司である、ランベルト・フェルザー。
彼は侯爵という爵位を持ちながらも、平民に対して……いや、誰に対しても態度を変えることなく「全ての人間に対して平等」なのだ。
上司として、ひとりの人間として、私は彼を尊敬している。
しかし最近、上司の「全ての人間に対して平等」という姿勢について、崩れつつあるのを感じていた。
「マリク」
「はい」
「セバスから何か……」
「きておりません」
「……そうか」
目の前の平原で繰り広げられているのは、騎士団の演習である。
されど現在、上司であるランベルト・フェルザーが気にしていることといえば、自宅の執事からの定期連絡だった。
「こちらから連絡を入れましょうか?」
「それは……しなくていい。留守番をしているユリアーナの邪魔をしたくはない」
「はぁ、さようで」
いつからだろう。
人形のように無表情だった上司が、まるで初恋に悩む少年のように「ユリアーナにだけは嫌われたくない」などと頬を染めて部下に助言を求めるようになったのは。
そして、毎日のように「ユリアーナの愛らしさ百選」を語られるようになったのは。
ちなみに三日後に百を越えたため、実際の数は不明である。というよりも、百を選ぶつもりは最初から無かったのだろう。
「マリク」
「はい、演習は今日から三日間の予定となっておりますが」
「……そうか」
「我らは恐れ多くも国王陛下の代理人として、騎士団の演習を見届ける必要があります」
「……そうか」
この説明も何度したことだろうか。
明日から演習に加わるアズマ国との共同演習は、対魔獣戦において必要なものだ。定期的に魔獣を討伐することは騎士団の任務であり、それを怠ると魔王と呼ばれる存在が生まれてしまう。
手の届かないところは冒険者と呼ばれるものたちに依頼するが、だからといって騎士団が不要になるわけではないのだ。
早く帰りたい気持ちは分かる。自分にも妻と子がいるし「パパ早く帰ってきてね」と涙目で言われてここにいるのだ。むしろ上司が帰ると言えば激しく同意するだろう。
「この演習があるからこそ、将来の子どもたちの憂いを払えるのです」
「……そうだな」
フェルザー様も理解はしているのだろう。
それでも、人形だった頃には無縁だった「感情」というものに、もしかしたら初めて振り回されているのかもしれない。
まぁ、これは私の想像でしかないのだけれど。
夜、野営をする私たちの天幕に、一羽の連絡鳥が飛び込んできた。
これは鳥の形をしている魔道具で、手紙や小さな荷物を運んでくれる。
「マリク」
「はっ、問題ございません」
これは家族にも秘密にしている事だが、私は『悪意を感知する』という特技を持っている。
それは人だけではなく、手紙などの物にも反応するため、フェルザー様だけではなく、時には陛下も重宝してくれるありがたいものだ。
秘密にしているのは、悪人から狙われないようにするためだが、私の家族のためでもある。この特技をそれとなく上司に伝えたところ、家族のためにも絶対に秘密にしろと言われ、公表しないと誓約書を自ら進んで書いてくださった事には感動したものだ。
連絡鳥をフェルザー様に渡すと、周囲を凍てつかせるような目がふわりと緩む。
どうやら待ちに待っていた執事さんからのものらしい。
正直ホッとした。これで明日から、同じやり取りをする必要はなくなるからだ。
「マリク」
「なんですか?」
「映像だ」
「お留守番をされているという、お嬢様の映像ですか?」
「うむ。息子のもある」
「よかったですね」
連絡鳥のポケットから出てきた小石くらいの魔道具を持ったまま、動かなくなるフェルザー様に私は首を傾げる。
「映像を出す魔道具は持ってきてましたよね? それを魔道具に入れれば見れるのでは?」
「うむ」
いや、うむじゃなくて、早く見ればいいじゃないか。
あ、そうか。
「すみません、私はお邪魔でしたね」
「いや、マリクはそこに居てくれ」
「ですが……」
「映像を確認したいのだが……不安がある」
「不安ですか?」
「うむ」
いつになく神妙な様子のフェルザー様に、私は思わず背筋を伸ばす。
心なしか空気も冷んやりとしていて……? ん? もしやフェルザー様の魔力が漏れてる……?
「フェルザー様、連絡鳥にある手紙には緊急と書かれておりませんし、楽な気持ちで確認してはどうでしょう?」
「うむ」
なぜか緊張している上司の様子に笑ってしまいそうなのを堪えつつ、演習で使用するために持ってきていた映像用魔道具の準備をする。
映し出されるのは笑顔でお茶の時間を過ごす子どもたちだ。少年もいるようだが、立っているところを見ると護衛か侍従だろう。
私が見るのもどうかと思い、天幕に置いてある荷物を整理していると、妙な歌が聴こえてくる。
『ねんねんー、ことりしゃー、いいこにー、ねんねんよー』
なんだ、このなんとも言えない、モヤモヤする感じの音階は。
子どもの声ではあるが、もしや映像の中で巧妙に仕組まれた……呪歌か!? ご息女の画に載せるとは卑劣極まりない!!
「フェルザー様!?」
「ぐふっ……!!」
振り向けば、魔道具から映し出されたのは愛らしい幼女だ。白い小鳥を膝の上に乗せ、懸命に歌っているのだが……さっきから流れる微妙な歌は、この子なのか?
崩れ落ちるフェルザー様は、驚くことにハラハラと涙を流していた。
「なんと……愛らしいのか……天使の歌声……かくや……この場に居なかったとは……一生の不覚……!!」
なんということだ。上司の聴力について疑いを抱くことになってしまった。よい医者を探しておかねば。
確かにご息女は愛らしいが、この歌を天使とか言っている上司は正直どうかと思う。それと、自分の身に変化はないから呪歌ではなさそうでホッとする。
『父上、森で精霊王が生まれたとのことです。ペンドラゴンの奥方と話し合い、真偽を確認いたします』
あ、やっとまともな息子さんが出てきた。
精霊王が生まれたのは、めでたいことなのかな? フェルザー様の眉間に、いつもより多くシワが寄っているところを見ると良くないことかもしれない。
『ユリアーナの歌についてですが、愛らしさが天元突破しております。たとえるなら天使か精霊かと迷ってまして、ぜひ父上と話し合いの場を設けたく存じます』
ダメだ。息子もダメなやつだった。しかもがっつり泣いているし。
フェルザー様も「うむうむ」じゃないし。仲のいい親子で何よりですけどね。
はぁ……これはもしかすると、予定を大幅に変更することになりそうだ。
今回の遠征に平穏を求めるのは、諦めるとしよう。
お読みいただき、ありがとうございます。
セイレーン・ユリアーナ!ここにあらわる!(呪歌発動




