25、大福を拾う幼女
「今日は学園が休みだから、ユリアーナの護衛に加わろうと思う」
「おにいしゃまの、ごえい?」
侯爵家の優雅な朝食のひと時、お兄様から驚きのご提案を受ける。
「父上が許したとはいえ、そこの者だけでは心もとない」
「セバシュも?」
「セバスがいれば……心強いが……」
ぐぬぬとなるお兄様に、セバスさんが優雅に一礼してみせた。
オルフェウス君は、なぜか楽しげな様子でニヤニヤしているのが気になる。
「ともかく! 今日は一日ユリアーナと共にいる!」
「うれしい、おにいしゃま」
力強く宣言するお兄様が、何だか可愛く見えてへらりと笑ってしまう。
顔を赤くしているお兄様を見たオルフェウス君が苦笑している。
「お嬢様、そういうところだと思うぞ」
「不本意だが、そこの者に同意する」
ん? もしや二人は仲良しになった?
確か私の作品で、お兄様はユリアーナの敵として出てくるから、二人が仲良くなるのは嬉しいけれど……。
ちなみにオルフェウス君は、私の要望で口調は崩してもらっている。
「それで? 今日のお嬢様の予定は?」
「ごよてい……」
はて、どうしようかと考える私。
お師匠様は不在だから魔法の勉強はしなくていいし、淑女教育は「まだ早い!」とお父様が一刀両断していたし……。
あ、そうだ。
「ベルとうしゃまの、おしごと、したいの」
「父上の?」
セバスさんを見れば、笑顔で頷いてくれる。
「旦那様は数日に一度、森を管理する希少種の方々を訪問しておられます」
「もり!」
「森って、庭の向こうにあるやつか?」
「そうだ。庭から見える森は、すべてフェルザー侯爵家の管轄だ」
「……すげぇな」
お兄様とオルフェウスが会話している横で、私は目をキラキラさせていた。
森で冒険!
希少種の獣人!
からの……。
モフモフパラダイス!!!!
……なんて、無理なのです。
獣人をモフモフすることができるのは、家族とか恋人とかだ。赤の他人である私がやったらセクハラ案件でございますよ。
幼女だから知らなかったなんて、そんな卑怯な手は使いません。
私が出来るのは、お師匠様の奥さんの抜け羽毛で作ったマントをモフるくらいですかね。ユリアーナは我慢が出来る幼女なのですよ。むふん。
「お嬢様、腹でもグハッ……体調でもお悪いので?」
「もりに、いってみたいの」
相変わらず無神経なことを言いそうになったオルフェウス君に、どこからか教育的指導攻撃?があったみたいだけど、気にせずに会話を続ける私。
痛そうに脇腹をさすりながら恨めしげにセバスさんを見ているのも、全部スルーです。ふふふ天罰に感謝ですね。
「ユリアーナ、森は危険だ」
「だいじょうぶです。おにいしゃまがつよいので」
「よし、行こう」
「いやダメだろっ!」
ナイスなツッコミを入れるオルフェウス君だけど、最近のお兄様はユリアーナに甘い。残念ながら、決行する一択しかないのだ。
「なんでお嬢様のくせに、おとなしく部屋にいないんだよ」
「ユリアーナが元気なのはいいことだ」
「あん?」
「ユリアーナはずっと閉じ込められていた。父も私も、この子が辛い思いをしていたと気付けなかった」
「おい、それはどういう……」
「だから、ユリアーナの希望はすべて叶える。絶対にだ」
お兄様の言葉に思わず目を潤ませてしまう私に、セバスさんがそっとハンカチを差し出してくれる。ふぇ。
「ありがと、おにいしゃま、だいしゅき」
「ん、ぐっ、兄もユリアーナを愛している」
しっかと抱きしめてくれるお兄様のいい匂いをくんかくんかしていると、呆れ顔のオルフェウス君がいる。
「おい坊っちゃま、鼻血……」
「気にするな」
え? お兄様が鼻血? と確認しようにも、しっかりと抱きしめられているから顔が動かせない。
まぁいいや。森に行くのは楽しみだ。
これは楽しいピクニックの予感がしますぞ。ワクテカですぞ。
楽しいピクニック……そう思っていた時が、私にもありました。
「オルしゃま、それは?」
「森に入る用の武器と防具だ。音が鳴らないような素材で揃えてある」
「おにいしゃま?」
「ユリアーナに必要な魔道具はセバスが揃えてくれる。あとは屋敷に残す人員を選定しないと」
「セバシュ?」
「ご安心くださいませ。ユリアーナお嬢様に指一本どころか近づくこともできぬよう、殲滅する準備はできております」
ちょっと森に行くのに、なぜか緊迫した雰囲気に。
すっかりピクニック気分だった私は、大きな思い違いをしていたのではと震える。
「あの、おてつだいしましゅ……」
「大丈夫だ、ユリアーナは兄が守る」
「お嬢様は、準備ができるまで待っててくれ」
いや、そうじゃなくて……。
セバスさんを見れば、笑顔で頷いてくれる。いや、だからそうじゃなくて。
「ユリアーナお嬢様もご準備を。マーサとリーリアに服を選ばせておりますから、お着替えしましょう」
「……あい」
そうはいっても、幼女の着替えなんて数分で終わってしまう。
まだお化粧とか必要ないし、髪型は森へ行くだけだから一箇所に結えて、前髪をちょんちょこりんとまとめるくらいだ。
「おにわでまってよかな」
「お供いたします」
セバスさんと一緒にいる私を見て安心したのか、お兄様とオルフェウス君は準備に集中するみたい。
出発はお昼からになるとのこと。まだまだ時間はかかりそうだ。
ちょこっと落ち込みながら、いつもの東屋あたりまでテクテク歩いていると、芝生の真ん中に白い何かが落ちているのが見える。
「なんだろ?」
「お嬢様、いけません!」
セバスさんの制止する声よりも早く、芝生に落ちている白い大福みたいなものを、魔力でふわりと拾い上げる。
「だいふく、じゃない?」
「……ユリアーナお嬢様」
「セバシュ、ごめんなしゃい」
風の魔力で包んでいるから、動物に何かされることはないと思う。
それでも、ちゃんと調べないうちに触ったらダメだよね。ごめんなさい。
「小鳥ですね。どうやら寝ているようです」
「ことりしゃ」
どう調べたのか分からないけど、危害はないと魔力に包まれた小鳥を私に手渡してくれるセバスさん。
幼女の両手サイズくらいの白い小鳥はもちもちの手触りで、大福みたいだ。
「あたたかいの。やーらかいの」
なぜ小鳥が芝生で寝ていたのか分からないし、セバスさんや私が触っても起きないのはおかしい。
飼われていたとしても、こんなに鈍感なわけがない……と思うのだけど。
すると、寝ているはずの小鳥が震えていることに気づいた。
「ことりしゃ、さむーい? だいじょぶ、だいじょぶよー」
東屋に座った私は、膝の上に小鳥を乗せて優しく撫でてあげる。
何かに怯えているみたいにも見えるから、とにかく安心させないと。
そうだ。子守唄とかどうだろう。
「ねんねんー、ことりしゃー、いいこにー、ねんねんよー」
近くにいるセバスさんが「失礼いたします」と何かの魔道具を起動させている。
これなら安心だろうと膝の上を見たら、小鳥はパッチリと目を開けていた。
うむ。
子守唄、効果なし。
お読みいただき、ありがとうございます。
おまんじゅうは、こしあんが好きです。
 




