とある執事の憔悴
皆様、どうかこの家族を生あたたかい目で見守ってくださいませ…
私の名はセバス。
ありがたくも、フェルザー侯爵家の執事をさせていただいております……とは、以前も申し上げましたね。失礼。
色々とございましたユリアーナお嬢様のご回復は喜ばしいことであり、旦那様もヨハン様もようやく一安心というところでございましょう。
それにしても、ユリアーナお嬢様がゴミ……げほげほ、元奥様に虐待されていたことを、我らセバスの名を冠する者たちが「なぜか」把握できなかったことは由々しき問題であります。
先代様に付いている師に問い合わせたところ、どうやら『世界』が動いていたとのことでした。
ならばしょうがないと、捨ておかないのが旦那様です。
「神の領域でも覆せない『世界』の動きが何だ。すべてにおいて、今後ユリアーナに仇なすことがあれば私は容赦しない。必ずユリアーナを守り、その『世界』とやらさえも滅してくれよう」
さすがに命の危機を感じた私は、己の体に『気』を巡らせ、旦那様から発する魔力の冷気を遮断させていただきます。
今まで感情をこれほどまでに昂らせることは無かったのですが、最近の旦那様は感情豊かでらっしゃいますね。良いこと……だとは思いますが、しかし。
「旦那様、これ以上は」
「……そうか」
凍った空気が元に戻ります。
先日、ペンドラゴン様が建物の耐久力を上げる魔法陣を描いてくださいましたが、それをもってしても旦那様の魔力は危険な気がいたします。困ったものです。
さて、お茶でもいれて気分を変えていただきましょうか。
私が二人分のお茶を用意していると、ドアをノックする音が聞こえてきます。そろそろ来る時間だと思っておりました。
「入れ」
「失礼します。父上」
私がお茶を用意しているのを見たヨハン様は、軽く目で挨拶してくださいます。
一見、冷たいように見えるヨハン様ですが、下の者にも気を配るところは旦那様そっくりですね。
「ちょうどいい、茶を飲みながら報告を聞こうか」
「はい、父上」
茶菓子は甘くないものが良いでしょう。きっと後でユリアーナお嬢様がたくさん持ってくるでしょうから。
まるで仕事のような会話をする旦那様とヨハン様。
その内容は言わずもがな……でございます。
「それで、ユリアーナの様子は?」
「初めて町に出たと、とても喜んでおりました。どうやら先日父上たちから聞いた『聖女』が気になったらしく、教会へ菓子を持って行きました」
「……ほう」
おや、空気が重いですね。旦那様は一体、どの部分に反応されたのでしょうか。
「父上?」
「……ユリアーナの、初めての町歩き……だと?」
なるほど。ユリアーナお嬢様の「初めて」を、ヨハン様に取られてしまったのですね。
怒りの冷気ではないところを見ると、これは珍しくも旦那様が落ち込んでらっしゃるのではないでしょうか。
これはいけないとヨハン様を見れば、まったく動じることなくいつもの無表情のままです。
「父上、それは違います」
「……何がだ」
「ユリアーナは『兄と初めての町歩き』をしたのです。つまり、まだ『父上と初めての町歩き』はしておりません」
「……ヨハン、我が息子よ、やはりお前は天才だったか」
「いえ、父上も存じてらしたかと。私個人の見解ではありますが、ユリアーナの愛らしさは日々増すばかりです。それによって思考が不安定になることがあります」
「うむ、確かに。こちらが冷静でいようと思っても、ままならないことが多々あるな」
「はい」
お二人の話を聞いていると、内容について理解できても納得はできないという、不思議な現象に苛まれます。
確かに、ユリアーナお嬢様は愛らしいとは思いますが……。
「それで神官クリスの娘……だったか?」
「はい、今年十才になるとのことです。調べたところによると、人格的には問題ないと思われます」
「教会に所属しているのなら家柄も問題ないだろう。セバス」
「必ず『目』を置くように手配いたします」
満足げに頷く旦那様は、ヨハン様に念を押すように言い聞かせます。
「ユリアーナの交友関係が広がるのは良いが、男はダメだ」
「もちろんです。兄としても、天使のように愛らしいユリアーナに近づく薄汚いゴミ共がいれば、即刻排除することを誓います」
「その調子だ、ヨハン」
一体どの調子なのでしょうか。
その「薄汚いゴミ」が男性全般のことを指すのであれば、ユリアーナお嬢様にうっかり話しかけることもできないではありませんか。
「旦那様」
「無論、ユリアーナには知られないように」
「はい」
「旦那様」
ああ、これはもうダメですね。この件に限って、私の声は旦那様に届かないようです。
願わくば、ユリアーナお嬢様に邪な心を持って近づく輩がおりませんよう……。
「ところで父上、ユリアーナは菓子の中でもマドレーヌが好きだとわかりました」
「パウンドケーキではないのか?」
「あの紙が付いている部分を取るのが好きとのことです。菓子を売る店で土産に欲しいと珍しくおねだりを……」
「ヨハン、無論その店には?」
「はい。父上のご命令通り、店には『ユリアーナのお気に入り』としての称号と褒賞を渡しております。店主も名誉ある称号を得て喜んでおりました。これからも美味なる菓子を作っていくよう、精進するとのことです」
「うむ」
いや「うむ」じゃないでしょう旦那様。しかも執事である私が知らないうちに、ヨハン様と打ち合わせ済みなどというのは……。
「旦那様」
「仕事中に思いついたのだ。すでにヨハンとユリアーナは家を出ていたため、ペンドラゴンに魔法で伝えさせた」
「予算管理の絡みもありますので、ユリアーナお嬢様については今後、別予算を組むようにいたしましょう」
「頼む」
結局のところ、旦那様とヨハン様だけではないのです。
すでに私もユリアーナお嬢様に「いつもありがと、セバシュ」と恥ずかしそうに微笑まれて、何度も心撃ち抜かれておりますからね。
とは申しましても、さすがにユリアーナお嬢様の絡みで連日働きすぎている気がするのですよ、旦那様。
そろそろまとまった休みをいただきたい、私、執事セバスなのでした。
お読みいただき、ありがとうございます。
バタバタしてて執筆時間が……(*´Д`*)ハァハァ
あと花粉がもう……っくしゅん!!!!




