1、現状は最悪だった
初回は2話更新です。
よろしくです。
タイトルは略して「しりてん」です。
こう見えて(?)私の前世は作家だった。
作家といっても色々いて、私の場合いわゆる流行りの娯楽小説を書く「ライトノベル作家」というやつだ。
私の代表作である『オルフェウス物語』は、商家の次男に生まれた少年が冒険者として独り立ちするところから始まる。
仲間と出会い、強くなって、この世界になくてはならない人物になる少年の成長と冒険の物語だ。
完結はしていない。
なぜなら、彼らの冒険の途中で私の前世の記憶が途切れているからだ。
二巻の最終稿の直しをメールして、そのまま寝落ちしたところまでは覚えている。
そこから、ええと、どうしたんだっけ? ちょうど強敵と戦って、三巻は日常回から始まる予定だったよ。三巻が出せれば、だけど。
ああ、完結させたかったなぁ……ラストはいくつか考えていたんだけどなぁ……
「よりにもよって、このきゃら……」
ラノベの定番である異世界転生。
私がよく読んでいた作品の末路は様々だった。ほとんどが打ち切りだとかそういうことを言ってはいけない。
もし、この世界が私の作品に酷似しているとすれば、私の魂?が入っている彼女は主人公の仲間の魔法使い「ユリアーナ」だと思われる。
主人公に絡む女の子三人の中の一人。
正統派な神官の美少女、元気な格闘家の美少女、そして無口で無表情な魔法使いの美少女。
「まほうは、あたまがよくないとつかえないやつだよね……」
はっきり言って私は頭が悪い。子どもの頃から勉強が嫌いだった私は、高校卒業後にすぐ就職した。
勉強したくないという、どうしようもなく浅はかな考えから決めた進路だったけど、会社員しながら小説を書いてデビューまで出来たのだから良い選択だったと思う。
でも、なんでこんなことになったんだろう。ここに私がいるということは、向こうの私は? やっぱり死んじゃった?
いやそれよりも現状がヤバい。
「せめて『げんき』きゃら……いや、それなら『もぶ』がよかったか……」
なぜ主要メンバーなのか。モブだったら世界の平和とか考えず気楽に暮らせたのに。
それにしても、さっきからうまく話せない気がするな。
「あー、あー、あめんぼあかいにゃあいゆえおー」
うむ。微妙に噛んだな。
痛みもあって体を動かさず、ひたすら床に寝転がってじっとしていると、鍵がかかっているはずのドアが大きな音をたてて勢いよく開いた。
「この惨状が、魔力暴走のせいだと?」
よく通るバリトンボイスに、私はうっすら声の主に見当をつける。
たぶん、ユリアーナの父親だろう。たぶんだけど。
「エリザベスは、いつ出て行った?」
「昨夜でございます」
どうやって気づいたのか分からないけど、母の行動を知った父?の声に震えが混じっている。体が動かないから様子が見えないけど相当ショックを受けているであろう彼に、私は心から同情する。
だって、浮気相手と愛の逃避行とかやっちゃったんだからね。
結婚した後もずっと「いつか王子様が迎えにくる」とか、ほんと頭沸いてるとしか思えない。それなのに父?は母をそれなりに愛していた。政略結婚だけど、良い関係になるよう彼なりに努力していたはずだ。
なぜ知っているのかって、私が設定資料に書いていたからだよ。ごめんなさい。
魔法使いの生い立ちを設定するときに、なるべく暗くするようにした。
明るいキャラクターたちの中で、暗い過去を持つキャラがいると作品に彩りが出る気がして。
母親から愛されず、父親とは血が繋がっておらず、兄からも疎まれていた少女……。
ああ、なぜ私はあんな設定を考えてしまったのか!
何も悪いことしていない少女が、このあと主人公と会うまで苦しみの中を過ごしていくなんて……いや、本編には書いてなかったけどね。あくまでも設定だけだよ。まさかここまで頭が湧いている母親だとは思ってもみなかった。
「マーサ、これは何だ」
寝転がっているのは指一本動かせないでいる私。上から降ってくるバリトンボイスは私の好みど真ん中で、こんな状況じゃなければ興奮のあまり鼻血が出ていただろう。危ない危ない。
背中があたたかい。いつもパンをくれる侍女さんが優しく撫でてくれているのがわかる。
「ユリアーナお嬢様です。奥様はお嬢様の世話をすることを禁じておりました」
「なんだと?」
「最低限の食事は、隙をみてお出ししておりましたが……。奥様が家を出た時に部屋はもう開けるな、と」
突然、私の目の前に輝かんばかりの美貌が現れた。
外見からして三十代後半くらいかな? 整ったその顔は無表情で、眉間にはシワがくっきりと寄せられている。
「紫色の目、だと?」
そうだ。
父親はアイスブルーの目に銀髪、兄は父の銀髪と母のエメラルドグリーンの目を持っているはずだ。
そして私は……。
「エリザベスと同じ蜂蜜色の髪。そして、お前の目は……誰の色だ?」
乾いた唇を懸命に動かして話そうとしたけど、彼の怒りは魔力となって私に圧力をかけてくる。何か話そうにも喉からは弱々しい呼吸音しか出てこない。
それに魔力暴走の直後で私の魔力は枯渇し、なおかつ大怪我まで負っている。
あかーん。私って、今、瀕死やーん。
なぜかおかしくなってへらりと笑うと、私の目の前が急に暗くなり意識が途切れてしまうのだった。
真っ白い空間……これは噂に聞く「神さまと会話するイベント」とかだろうか。
ふわふわゆらゆら、白い布が揺れている。
まるで高級なベッドと洗い立てのシーツ、あたたかな羽毛のお布団に包まれているみたい……。
ふと、白い布の向こうに人の気配を感じる。
「だぁれ? かみさま?」
「まぁ!! お嬢様がお目覚めに!?」
白い空間だと思っていたけど、どうやら天蓋付きのベッドに寝ていただけらしい。お布団に包まれているみたいじゃなく、実際に包まれていたのか私は。
それよりも今の声、確かユリアーナの記憶にある優しいメイドさん……じゃない、侍女さんだったよね?
しばらくすると再び天蓋の布をゆっくり開かれて、ロマンスグレーの男性が微笑みを浮かべて一礼してくれた。
「初めましてユリアーナお嬢様。フェルザー家の執事、セバスと申します」
フェルザーとはユリアーナの家名だ。つまり私はユリアーナ・フェルザーという名前になるのだけど、小説の中では家名を名乗っていない。お父様が「フェルザーを名乗ることは許さん!」って激おこだったからね。
今まさに激怒しているところだろうな。ブルブル。
「しつじしゃん、はじめまして」
慌てて起き上がろうとする私に、セバスさんはフワリと手を動かしてクッションやら枕やらを背中に集めてくれる。
なんだか目がクラクラするから助かったよ。さすが執事さんだね。
天蓋の布のせいでよくわからないけど、やけに広い部屋に連れてこられたみたい。
私はセバスさんに問いかける。
「ここ、わたしのおへやじゃないです」
「いいえ、ここはユリアーナお嬢様のお部屋ですよ」
そう言ってセバスさんが天蓋の布を開けてくれたんだけど……えっと、ここはどこ?
「おおきいおへや。おしろ?」
「よくご存知ですね。そうです。ここは王宮の中にあるお屋敷の部屋ですよ」
ふぁっつ!?
お読みいただき、ありがとうございます!