氷の侯爵様は激怒する
お父様、驚きの回。
王宮に到着し、ユリアーナを部屋に送り届けると後のことはセバスに任せ、幼馴染み(アーサー)の話を聞くことにする。
彼がここまで強引なのは珍しい。
「すまない。緊急事態だった」
「……いや」
幼なじみの前では、いつも気の抜けた表情をするはずのアーサー。
そんな彼が、国王の顔になっているということは、余程の案件なのだろう。
「これから会ってもらう人物は、ビアン国の王族だ」
「隣国の? なぜだ?」
「それはランベルト……君の奥方が絡んでいる」
「元、だが」
「確かに書類上は離縁したことになっている。社交界でも誰も知らない極秘情報だけどね……まぁ、そもそも君と元奥方の不仲は有名だったから、なるべくしてなったというところだろうけど」
「アレが何をやらかしたんだ?」
「それは先方も語りたがらないんだ。ただ、フェルザー侯爵と話し合いたいの一点張りでね」
「そうか。ならば私が行こう」
「ランベルト、かの御方は……紫の色をお持ちだ」
政略結婚とはいえ、妻であるかぎり誠意を持って接しようと努力はしていた。
しかし、初めて彼女と会った時……。
「貴方は私の王子様じゃないわ!」
そう怒鳴られた挙げ句、大泣きされた。
さすがに夫婦になるのは無理だろうと思ったが、伯爵家は二人は似合いだとほぼ無理やり結婚へと押し進めてしまったのだ。
言い訳になるが、この時『魔王復活の兆し』とやらで世界中が大混乱となっていた。
友であり王であるアーサーを助けるべく国中を走り回っていた私に、自身のことを気づかう余裕などなかった。
後でアーサーとペンドラゴン二人から本気で怒られたのは、さすがに笑えない話だ。
妻となったエリザベスは、社交界に出ることはあまりなかった。
出たとしても、私以外の男をエスコート役として選んでいたようだ。
仕事に関わることでないかぎり、私は社交をすることはない。エリザベスとの不仲は周知の事実ではあり、貴族社会ではわりとよくある話でもある。
ヨハンとユリアーナを産み、体調を崩したエリザベスの我がままは些細なものだった。
後継のヨハンは本邸にやる。だからユリアーナは自分で育てたい。別宅を自由にさせてくれというものだ。
今でも後悔している。
もっと自分が、ユリアーナを見ていれば……と。
髪や目の色など関係ない。ユリアーナと出会った私は今、彼女を、彼女だけを愛しているのだから。
薄紅色の髪をゆるりと結えた彼は、私の姿を見て立ち上がる。
「ああ、氷の……フェルザー侯爵、お初にお目にかかります」
「はじめまして、ランベルト・フェルザーと申します。貴方は……」
「私はビアン国の王位継承権五位、アケトと申します」
家名を名乗らない挨拶はビアン国特有のものだ。
それは王位継承権五位という部分が家名になるからなのだが……。
「五位? そのような位の高い方が、なぜここに?」
「実は……同腹の兄が、フェルザー侯爵の奥方を……」
その流れは予想していた。
アメジストのような紫の瞳をもつ男。彼の顔立ちは、どこかユリアーナに似ている……いや、彼女が彼に似ているのか。
言い出しづらいアケト殿に代わり、アーサーが口を開く。
「君のところでも調べていただろう? 元奥方……エリザベスの行方を」
「ビアン国に入ったところで盗賊に襲われた……と報告があった」
「そこからは?」
「足取りが途絶えているが……まさか?」
「ビアン国の王家が動いたんだよ。君のところは優秀だけど、さすがに他国の王家に入り込むのは難しかっただろうね」
部屋に入ってすぐ話し出したため、お互い苦笑するとソファに腰をかける。
謁見の間ではなく応接室ということで、これは国同士の正式なやり取りではないとされているだろう。
会話の途切れた合間に茶が用意され、茶菓子のタルトタタンを見てユリアーナの喜ぶ顔が浮かぶ。これと同じものを今、あの子は食べているのだろうと考えれば、胸のあたりが熱くなる心地がした。
「氷魔と呼ばれたフェルザー侯爵が、そのような表情をされるとは……」
「そのような、とは?」
「いえ……ともかく、ビアン国ではフェルザー侯爵の元奥方を保護しておりまして」
「お手数をおかけして、申し訳ない」
「いや、謝らないでください。こちらで留め置けず、ここに彼女を連れて来ることになってしまったので」
ここに連れて来る? 王宮に?
「牢にでも入れていただければよろしいのに」
「お気持ちは分かりますが、そうはいかないのです。元・王位継承権五位の娘であるユリアーナ嬢を産んだ女性なのですから」
「……ユリアーナは、ビアン国の王族の血をひいている、と?」
「ええ、父親だと思われる元・王位継承権五位は、襲いかかる盗賊にあっさりヤられてしまったのですが」
ああ、アケト殿とアーサーから「なぜ二人仲良く盗賊にヤられなかったのか」みたいな空気が流れている。
気持ちは分かるが、落ち着いてほしい。
いや待て、今アケト殿は何と言ったのか?
「エリザベスが、ここに来ている?」
「大変申し訳ないとは思いますが、彼女が国に帰りたがっている以上、連れて来るしか選択肢はなかったのです」
とたんに騒がしくなる廊下。何やらとてつもなく嫌な予感がする。
「娘に会わせてちょうだい! 私と王子様の子なのよ!」
苦虫を噛み潰した表情のアケト殿と、生理的嫌悪で鳥肌が立っているアーサー。
私はもちろん、廊下でひたすら金切り声を発する人間を滅するため、魔力を練り上げていく。
「ランベルト、落ち着くように」
「……了解しました」
気心のしれた友ではなく、アーサー国王陛下直々に言われたならば否やはない。家臣として逆らうことは絶対にできないからだ。
集めた魔力を散らせた私は、廊下で騒いでいる元妻エリザベスに目を向ける。
「王子様!!」
恐ろしいほどに変わってなかった。外見ではなく、中身の話だが。
嬉々として駆け寄ったのは、私とアーサーの後ろにいたアケト殿の所だった。怖い。
「王子様、早く帰りましょう?」
「だから、私は貴女の王子ではないと言っています。兄は死んだのです」
「違うの。私の王子様は貴方なのよ。紫色の瞳が魅力的だもの……そうそう、貴方の娘も紫色の目を持っているのよ?」
一体、この女は何を言っているのだろうか。
本気で滅してやろうかと思ったその時、廊下の向こうで温かくふんわりとしたオーラを感じとる。
あれはユリアーナだ。そして、その気配がすぐに遠ざかっていくのは、セバスのおかげだろう。
さて。
「ビアン国のアケト殿、彼女はこちらで預かっても?」
「もちろんです。ですが、条件があります」
「……何をご所望でしょう?」
彼はユリアーナと同じく、アメジストの光を宿した目を細めて言う。
「亡き兄の忘れ形見を、こちらにいただきたい」
そこからしばらく、記憶がない。
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