とある文官の驚愕
お父様の部下目線です。
敬愛する我がアーサー国王陛下は、こう仰せになられた。
「能力のある者は、身分関係なく登用する」
その言葉のおかげで、身分関係なく行われる超難関と呼ばれる試験を各種合格した自分は、平民でありながら王宮内の文官という役職に就くことができた。
それでも王宮内で「お貴族様」の横行はまだまだ強く根付いており、自分のような平民は嫌がらせを受けることも多々ある。
上司であるランベルト・フェルザー室長は、侯爵様でありながら珍しく平民を軽んじない御方だ。しかし、自分がコネで入ったお貴族様から嫌がらせを受けていても一切手助けをしない、ある意味とても「平等」な御方でもあった。
そう、上司は「お貴族様」ではなく、れっきとした「貴族」なのだ。そして自分は、上司が貴族であることを不満に思うことなどなかった。
なによりも、それが自分にとって当たり前の日常だったからだ。
ところが……。
「私の部下が、何か?」
「フェルザー侯爵! いえ、その、しょ、書類について確認しておりまして!」
「そうか。で、その書類は?」
「いえ! 今、直しておりまして!」
「ならば待つ。私が預かろう」
「ご、後日、こちらからお届けいたしますので!」
「そうか。これからは部下でなく私が直接確認しよう。陛下から業務の見直しを申しつけられているのだ」
「は、ははーっ!」
さっきまで有り得ないくらいふん反り返っていた「お貴族様」は、室長の登場によってかわいそうなくらい小さく猫背になってしまった。
お貴族様の書類不備を指摘するのに、小一時間ほどかかるのは毎度のことだ。それなのにどういう風のふきまわしか、今回は室長が自分を迎えに来た。
お貴族様が逃げるように走り去ると、恐ろしいくらい美しく整った顔の室長は、無表情のまま自分を見ている。正直怖い。
「マリク、仕事が遅れている」
「申し訳ございません」
「以後、書類不備については私が取りまとめる。改善のみられない者に関しては、陛下に配置の見直しを進言するとしよう」
「さようで……」
つまり、あの「お貴族様」は、書類不備が重なれば無能とみなされるってことかな?
平民ならどこの勤務でも苦にはならないが、貴族の配置転換は王宮以外絶望が待っている……らしい。
お貴族様の価値観は、よくわからない。
「マリク、仕事が遅れている」
「申し訳ございません」
二回目のやり取りをしたところで、ふと気づく。
自分は今までフェルザー室長から、仕事が遅れているなどという注意を受けたことがないことに。
思わず室長の顔をまじまじと見れば、無表情のまま言葉を発する。
「早くしないと、寝てしまう」
「え、もしや、お子様……ですか?」
「そうだ」
室長がご家族の話をするとは珍しい。
たしか、ご子息は学園の寮にいらっしゃるから、ご令嬢のことだろうか。
「確かに、仕事が遅いとなかなか親子の会話ができないですよね。それでも、寝顔を見れば頑張ろうなんて思ったりします」
「寝顔……だと?」
「ひぇっ!?」
突然、無表情の美形上司に距離を詰められ、思わず変な声が出てしまった。
「寝ているのに、部屋へ行くのか?」
「いえ、その、愛する娘の寝顔だけでも見ることができれば、明日も仕事を頑張ろうって思えたりしませんか?」
「……そうか」
いつも仮面でもかぶっているかと思うくらい無表情な室長が、自分の娘の話をすれば少しだけ目元が緩むことに気づく。
室長と私は、お互いに思わぬ共通点を見出す。可能な限り仕事を早く終わらせ、それぞれ家族との時間を増やしていこうという流れになったのだ。
それにより業務の作業効率が大幅に向上し、平民である自分にまで国王陛下直々にお褒めの言葉をいただいたのは驚いた。
陛下から厚い信頼を得ている上司を持っている自分は、本当に幸せだと実感したものである。
だがしかし。
平和な日々も、長くは続かない。
ある日のフェルザー室長は、とてつもなくドロドロとした仄暗い気配を身にまとって出勤してきた。
「室長? どうしました?」
「ああ、いや、問題ない」
いつも無表情の室長だけど、ここまでの状態なのは見たことがない。
なんというか表情が「無」というよりも「虚無」と言ったほうが正しい気がする。
「問題ないという表情ではないでしょう? 何かあったのですか?」
「問題は、ない」
「ご令嬢のことですか?」
「なっ!?」
手に持っていた大量の書類を、分かりやすくバサバサっと落とした室長。
無表情のまま慌てて書類をかき集めているけれど、いい年したオッサンが「はわわ」ってなってても可愛くないですからね? いくら美形でも、許されると思わないでくださいね?
まぁ、そうは言っても可愛いんですけどね!!!!
美形だしね!!!!
「何があったのです? 自分ごときでは助けにならないと思いますが、話すだけでも楽になると思いますよ」
「いや、マリクには常に助けられていると思っている」
急なご褒美キター!!
なんということでしょう。
周りからは『フェルザー家の氷魔』などと呼ばれている上司が、自分に対してやたら可愛い部分を出してくる件。
「それで、ご令嬢が何か?」
「いや、特に問題はない……はずだ」
「さようで」
「しかし、まさか娘であるユリアーナから……婚……をおねだりされるとは……」
「はい? なんですって?」
「いや、何でもない。聞かなかったことにしろ」
「そうはいかないですよ。ここまで言ったのですから、男らしく最後までしっかりお話してくださいまし」
「お前……遠慮がなくなったな」
「そうでなければ、貴方様の部下なぞやっておれませんから」
「……そうか」
そう言って自分に真っ直ぐな目を向けてくる上司に、部下としてしっかりと腹の奥に力を入れておく。
すべてに対して平等に接する、貴族らしくない貴族である室長。そんな尊敬できる彼にならば、たとえ何を言われても笑顔でいようと思う。
自分だけは、この人の味方でいたい。そう思ったのだ。
「それで? 何があったのです?」
「娘の、ユリアーナが」
「はい」
「まるで、新妻のように」
「はい?」
「私のことを『旦那様』と、甘えるように、愛らしく、上目遣いで呼ぶのだが」
「はあああああ!? アンタって人は、自分の娘になんつーことを言わせてんだこのっ……人類の敵めぇっ!!」
後日、諸々事情があった上の勘違いだったということが判明するまで、自分は本気で室長と一戦交えようとしていた。
絶対に解雇されると思っていたけど「マリクほどの気概がある文官はいない。これからも頼んだぞ」と室長に言われたので、この先ずっと部下として誠心誠意お仕えしようと思っている。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回から、ユリアーナがよちよち動きます。がんばえー。




