とある転移者は乙女ゲームのモブになる
高校生だった私は、不慮の事故(バナナの皮ですべって頭を打ったこと)により、突然砂漠に放り出されてしまう。
最初は夢かなって思っていたけど、その数分後には喉の渇きと肌のカサつき等で「どこか分からないが砂漠で水なし軽装サバイバルをすることになったと自覚した。
なぜ学生鞄に飲み物ひとつ入れてなかったのかと後悔したけれど、幸いにも通りすがりの石油王……じゃない、この国の王様に拾われることになった。危なかった。
「この国を導く巫女が落ちていると私に神託があったのだ!」
「はぁ……」
「なお、神託は今回限りとも言われている!」
「ほぅ……」
「だからこれからは巫女が頑張ってくれ!」
「へぇ……おもしれーじゃん」
いや、まったく面白くなかったし、やれって言われても無理だろうと思ったよ?
でもさ、現状生き残るためには彼の言う『巫女』をやる一択しか無かったからしゃーなしだよね? ね?
ところで、この世界が『異世界』だと知ったのは、目の前で王様が手から水を出した時だ。
下手だなんだって言ってたけど、砂漠で水を出せる人なんて全てにおいて重宝される存在だと思うし、一国の王になることだってできそうだなって思った。まぁ彼は王様だったんだけど。
「巫女よ! 予言はあるかな!」
「え?」
砂漠の国の(水芸が得意な)王様に導かれ、王宮で贅沢三昧を数日ほど堪能していた私は、とうとつに爆弾をブッ込まれる。
予言? なにそれおいしいの? と言いたいのを何とか飲み込み、とりあえず用意していた言葉を出す。
「ないです」
「そうか! また来る!」
この時の私はショートカットでジャージ姿がデフォだったし、さらに日本人特有の「若く見える」というアレで子どもだと思われていたらしい。
だから予言についても見逃されていたところもあったのだけど、さすがに数ヶ月過ぎたところで陰口を叩かれるようになった。
そうだよね。どこの誰だか分からない役立たずの女に、贅沢させる必要なんてないもんね。
「巫女よ! 予言は……」
「あります」
「え!? あるの!?」
失礼な。アンタが予言の巫女だって王宮に連れてきたんでしょうが。
数日ごとに問われ「ないです!」という答えしか返していなかったから驚くのはわかるけど。
状況が変化したのは、隣国に留学していた王家の末の王子が長期休みで帰ってきてから。褐色の肌、薄紫色の髪をした美しさの権化みたいな少年に、私は見覚えがあったのだ。
前の世界でハマっていた『光と闇に愛されて』の攻略キャラ、砂漠の国の王子……つまり私は乙女ゲームの世界に転移したということを、この瞬間理解できたのは幸いだった。これなら私も『巫女』っぽいことができる。
王道ファンタジー学園ものという印象が強かったから気づかなかったよ。砂漠に落ちて王様に拾われるとかロマンス小説の世界かと思っていたけど、私に色気の「い」の字もないからどうしたもんかと思ってたんだよね。
「近々、陛下は暗殺者に襲われます」
「どこで!?」
「寝室です」
「それは無理だと思うよ!」
「そうですか」
私は前の世界から持ち込んだノートに、これでもかと『ひかやみ』の設定を書きまくった。そこには隣国の王子との雑談で「王様の寝室に暗殺者が乗り込んだけど即撃退した」というセリフがあって、王様が強いと自慢していたシーンがある。それは長期休暇の後のことだった。
「まぁ、気をつけておこう!」
「そうですね」
こうして私の予言が当たり、気をつけていた王様は襲撃者をあっさり撃退したわけで。
その後も次々当てることができたのは、攻略対象である砂漠の国の王子様が会話をするたびに王様のことを話すせいだ。
どんだけ好きなの? びーえるなの?
「他の国でもそうだろうが、身分が高くなれば親兄弟の愛情が薄くなるんだ! 私はそれが嫌でね! 身内はちゃんと愛することにしている!」
「良い心がけですね」
「巫女のことも愛しているぞ!」
「そうですか。ありがとうございます」
この王様には子どもはいない。この国では同じ血を引いていれば年齢順に王位継承者となるため、留学している彼は「王子様」ではあるけど、正確には「末の王位継承者」だ。
そして、私の今住んでいるところは後宮だ。そして私しか住んでいない。
先代の王様は多くの姫を住まわせていたけど、このやたら真っ直ぐな王様はそういうことをしない主義みたい。
「王様は変わってますね」
「うむ! よく言われる!」
予言は当たる確率が高く、私は巫女という立ち位置にいても陰口を叩かれることはなくなった。
そして髪も伸びてきたし毎日お肌のお手入れもされて贅沢しているため、なんとか女の子っぽくなってきたと思う。
暑いから外に出ないこともあって、肌も白くなってきたから「神秘的な巫女様」としていい感じに見てもらえているらしい。それは良い事なんだけど。
「なぜ、王様は私を膝の上に乗せるのです?」
「愛しているからな!」
「さっきも言ってましたね」
「うむ! だから愛でている!」
「なるほど……?」
「巫女は伝説にある天使のごとく愛らしい! 世話役の女からも、巫女は成人している年齢だと聞いた! だから愛でてもいいということだ!」
王様の太陽のごとく輝いた笑顔を向けられて目をしょぼしょぼさせていると、唇に柔らかなものが触れた。
「ははっ! 愛らしいな! ここに触れたら熟れた果実のように赤くなった!」
「……っ!!」
照れ隠しに放った掌底打ちは見事だったと、数分後に気絶から回復した王様はたくさん褒めてくれましたとさ。
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