8、教師と護衛
天気のいい日に散歩をしていると、脳内に某アニメ映画の歌が流れちゃうよね。
ふん、ふん、ふーん♪
ふん、ふん、ふーん♪
鼻歌を口ずさむくらいに楽しい。一緒にいるリーリアも楽しそうだ。
あれ? ちょっとまって? 鼻歌って口ずさむものなの?
そんなどうでもいいことを考えている時間があるくらい、侯爵家のお庭は広いです。
前世で「東京ドーム◯個分!」なんて比較対象にされていたドームが、実際どれくらいの広さとか微妙に分からなかったけれど、今はそれが欲しいと思ってしまうくらい広い。
なんならちょっとした森とかあるみたいだし。
ぽてぽて歩く幼女が歩きやすい道を、リーリアが案内してくれている。
体力も筋力も、この一歩から成り立つものなのだ。
「ふん、ふん、ふー……ん?」
歌っていた私は、垣根の隙間から鳥の羽根みたいなものが出ていることに気づく。
けっこう大きい羽根だから、大型の鳥が垣根に引っかかっているのかもしれない。
「お嬢様?」
「リーリア、鳥しゃ、いる」
「いけません、お嬢様こちらに……」
慌てて言ったリーリアに私は気づかず、ぽてぽてと羽根が見える垣根へと寄っていく。
「鳥しゃー?」
「お嬢様!」
そこにいたのは、羽根をあしらったローブを身につけ、やたら派手な虹色の髪をもっしゃもしゃに乱して寝転ぶ……オッサンだった。
「鳥しゃ、ちがう」
「あーん? 誰だオメーは」
「お嬢様! いけません!」
慌てて私を後ろから抱き上げようとしたリーリアよりも、一体何が起きたのか分からないくらいの早さで羽根に包まれてしまう。
ふぉぉ……フワフワモフモフだぁ……。
「お嬢ちゃん落ち着けって。今日からフェルザー家の雇われ魔法使いになった……うぉっ、あっぶね。ナイフ飛ばすなよって」
ナイフ? ナイフが飛んでるの? あぶないよ?
モフモフしている羽根から顔を出そうとしても、なぜか大きな手が頭を撫でているから外に出られない。お父様に匹敵する撫でスキル……だと?
「お嬢様を離せ!!」
「あー、はいはい、ちょっと待ってねー」
フワフワ羽毛からぴょこりと顔を出すと、涙目のリーリアが抱き上げてくれる。すぼっと救出されれば、もしゃもしゃ虹色頭のオッサンが困ったような笑顔で私を見ていた。
「鳥おじちゃ、だれ?」
「おぼえてないか? 王宮で治療しただろ?」
「ちりょう……まりょくぼうそう?」
「そうだ。よくおぼえていたな。えらいぞー」
オッサンから距離をとっていたリーリアさんの、私を抱っこしている腕の力が少しだけ緩む。
「もしや、ペンドラゴン様、ですか?」
「おう。よく知ってるな」
「いえ、母から聞いておりました、から……ああっ!?」
そっと私を地面におろしたリーリアは、そのまま流れるような所作で土下座をする。
え、ちょ、土下座!? 突然どうした!?
「宮廷魔法使いであらせられるペンドラゴン様に! ご無礼を!」
「気にすんなって。俺がここで力尽きてたのが悪い」
「ちからつきてた? まりょく?」
「おう。嬢ちゃんは頭いいなぁ。王宮からここに魔法で飛んできたら、途中で力尽きて落ちちまったんだ。ははは」
笑い事ではない。下手すれば墜落死していただろう。
「鳥おじしゃ、だめおじしゃ」
「お、お嬢様……」
「そうだよなぁ、ダメおじさんだよなぁ」
豪快に笑っている派手なオッサンに、私は首を傾げる。
宮廷魔法使いのペンドラゴンといえば、長い髭のお爺さん魔法使いのはずで……。
よくよく聞いたら、鳥オッサン……ペンドラゴンさんはお父様に「すぐ行け」と言われて、屋敷まで急いで来てくれたらしい。
ご飯を食べていなかったのを忘れた上に魔力を使いすぎて、うっかり力尽きたとのことだ。
うわ、なんかすみません。うちのお父様が無理を申しまして。
庭にある東屋で、急きょ始まるお茶会。
ちょうど午前中にあるお茶の時間だったのもあって、マーサがお茶とスコーンを持ってきてくれた。スコーンは焼きたてで嬉しい。
がっつくかと思いきや、存外マナーにそってスコーンを食べているペンドラゴンさん。
フワフワの羽根が大量に縫い付けられたローブに虹色の髪、金色の瞳は穏やかな光を宿していて、なんともいえない中年の色香のようなものを放っている。
そして私は、なんとなくだけど分かってしまう。
この人、ほんわかしたオーラを出しているけれど、ものすごい魔力を持っていることを。
「嬢ちゃんが魔力暴走した日に、ランベルト……侯爵様がすんごい殺気と魔力を振りまきながら詰め寄ってきてさぁ。うちの師匠、かなり年いってるから泡吹いて倒れちまって。それで急きょ俺が診ることになったってわけ」
「ごめいわきゅ、おかけしました」
「いやいや、なし崩し的に俺が宮廷魔法使いになっちまってさ。まだ顔を知られてないもんだから、今日みたいなことがよくあるんだわ」
いやいやさっきのは庭に落ちていたし、明らかな不審人物でしょう。リーリアに罪はないよ。まったく。
じっとりとした目で鳥オッサンを見れば、さすがにバツの悪そうな顔でリーリアに向かって頭を下げる。
「驚かせて悪かった」
「いえ、私は良いのですが……」
困ったような表情のリーリアの後ろに、いつからいたのかセバスさんが立っている。
気のせいかもしれないけれど、セバスさんの体から湯気みたいなのが出ているように見えるよ。
「しろい、ゆげ?」
「お、嬢ちゃんは魔力が見えるみたいだな。これなら魔法を教えるの楽になるわぁ」
「ゆげ、まりょく?」
のほほんとしている鳥オッサンは、セバスさんから何かが飛んでくるのを全て指先を動かすだけで弾きながら優雅に紅茶をひと口飲んでみせる。
「それをこうやってな、ちょいちょいって動かしてやるんだよ」
「ふぉぉ」
突然始まった魔法の講義に、ただただ感心するだけの私。なんというか、理論とか知らないと出来ないのかと思っていたけど、鳥オッサンは「ふわふわぽーん、しゅるるーん」などと謎の擬音を発するだけだ。
そしてセバスさんは微動だにしないまま、延々と何らかの攻撃を繰り出しているのが怖い。笑顔もそのままキープしてるし。
「んで、執事さん? 試験は合格かい?」
「及第点ですね」
「きびしーな」
「先代のペンドラゴン様と同じ実力程度なら、お嬢様をお任せできませんから」
なんと、気づかぬうちに試験も始まっていたとは……って、私のじゃなかった?
「ま、じーさんには城で宮廷魔法使いの仕事をやってもらって、俺はしばらく嬢ちゃんの護衛と魔法の教師ってところか」
「報酬は通常価格になりますが?」
「それでいいぜ」
なんですと!?
国内でも数少ない高い能力を持ち、今代の宮廷魔法使いペンドラゴンの名を継ぐ鳥オッサンを、今なら通常価格でお買い得!?(混乱中)
ここまでの流れを見ていれば分かるように、鳥オッサンが私の家庭教師になってくれるのはお父様が動いていたのだろう。
でも、護衛までしてもらう必要があるのだろうか?
「セバシュ、ごえい?」
「お嬢様は侯爵家ご令嬢ですから、護衛は必要ですよ」
「ごれーじょー……」
確か設定では、母は伯爵家の出だった。片方の血しかひいてなくても、私は貴族であることに変わりはない。
つまり私は、立派なご令嬢と言っても過言ではないのだ。(ばばーん)
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