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7、挨拶は大事で大事

大事だいじ大事おおごとです。


 早朝、まだ薄暗い部屋の中に入ってきたのはリーリアだ。

 ベッドに近づいた彼女は、そっと私の体を揺する。


「お嬢様、お時間ですよ」


「ん、にゅ……」


 分かっている。起きなければならないと、分かってはいるのだ。

 しかし幼女の体は、卑しくも眠りを欲する。


「旦那様のお見送りをされるのでしょう? もうすぐ朝食を終えてしまわれますよ?」


「ん! おきう!」


 朝イチで噛んだ。




 私の残念な脳みそを振り絞り、この世界で生き抜く作戦をいくつか考えてみた。

 不義の子であっても、お父様とお兄様に迷惑をかけないよう誠心誠意がんばるのは当たり前として、さらに何かするべきではないだろうか、と。

 この前セバスさんが「旦那様に声をかけてあげてください」って言ってたし、ちゃんと挨拶をしないとダメなのではって思ったんだ。


「いそぐです」


「こちらのお洋服なら帯を結ぶだけですよ」


「おねがい、リーリア」


 悲しいかな、幼女は着替えもまともに出来ない。

 ボタンがたくさん付いてる服も苦戦するけど、背中にあるリボンを結んだりとか難関中の難関だったりする。

 お父様はマーサとリーリアを付けてくれているから、その辺に不自由はしていない。ほんと、感謝です。


 階段をリーリアに抱っこしてもらってエントランスに出ると、すでにお父様は外套を着ているところだった。あわわ、ギリギリセーフだ。


 ぽてぽてと走ってくる?私に気づいたお父様は、その場に片膝をついて迎えてくれる。


「ふぉっ!」


 途中で足がもつれ、勢いのままお父様の胸に飛び込んでしまった。ごめんなさい。

 痛くないようにふんわりと抱きしめてくれたお父様、マジイケ侯爵様。


「何かあったのか? ユリアーナ」


 ハグされている状態であるがゆえに、身体中に響くバリトンボイスにメロメロ……おっといけない。

 ジワジワ顔が熱くなっていくのが分かるけど、とにかくミッションをコンプリートさせねばならぬ。


「あの、ごあいさつをしましゅ」


「ご挨拶?」


「いってらっしゃいませ! おしごとがんばってくだしゃい!」


 やっぱり噛んでしまった。

 でも、お父様の厚い胸板とか、体の?いい匂いとかにメロメロだったからね。しょうがないよね。


「……セバス」


「王宮での執務は国王様との面談のみです。領地関連の決裁については、こちらで可能かと」


「面談は必要か?」


「お伝えしておきます」


 え、ちょっと待って。国王様の面談って、めちゃくちゃ重要な案件じゃないの?

 慌てた私は、お父様のシャツを掴んで軽く引っ張る。


「だ、だめです」


「何がだ?」


「おうしゃま、だいじです」


「国に関わることに、私個人の意見を求めてもしょうがないだろう」


 いや、そういうことじゃなくて!

 国王様はお父様の意見が聞きたいから、面談をするんだと思うよ!


「おうしゃま、ないちゃう、かあいそう」


「……セバス」


「伝言は取り消しました」


 はぁ、よかった。危ないところだった。




 お父様の抱っこからセバスさんの抱っこに変更し、無事お見送りを終えた私。

 なんだかすごく疲れたよ……セバラッシュ……。


「お嬢様、ありがとうございます。ここだけの話ですが、国王様は旦那様をとても頼りにされているのです」


「たより?」


 そんな裏事情があるわりに、セバスさんはお父様の指示にあっさり従おうとしてた感じがするのだけど……。

 ロマンスグレーなセバスさんは、じっとりとした目をしている私に軽くウィンクした。

 ふぉっ! 素敵! 私ったらチョロい!


「今日は何をされる予定ですか?」


「えっと、うんどうして、おべんきょうしたいです」


「さようでございますが。まだ朝も早いので、もう少し寝たほうが良いですよ。朝食のお時間にリーリアを向かわせましょう」


「はい」


 幼女だから、いっぱい寝ないとね。お父様のおかげで二度寝という贅沢ができる、なんという幸せ……!!


 ふかふかお布団で二度寝から目覚めた私は、パン粥から普通のパンに進化した朝食をいただく。

 分厚いベーコンと卵のオムレツ、オレンジドレッシングがかかっている葉物サラダにはチーズが乗っていて、パンにはバターとジャムが付いている。

 食事については詳しい設定はしていなかったけれど、こう見るとかなり充実している。和食は望めなくても美味しい洋食があるなら良し。

 ろくなもの食べてなかったユリアーナの味覚は、なんでも美味しく感じるみたいだ。


 ああ、なんだか切ないな。

 もともと感情がなかったユリアーナの中に前世の『本田由梨』が入ったもんだから、心はほとんど由梨になってしまった。

 でも体はユリアーナであるから、多くのものを欲してしまう。

 卑しいわけじゃなく、必要だから欲している。それがどうしようもなく、やるせない気持ちになってしまう。

 がんばって口をモグモグ動かしていると、リーリアが声をかけてくれる。


「お嬢様、お茶の時間もありますので、あまり食べすぎないほうがよろしいかと」


「んぐ、はい」


 たくさん食べるのはいいけれど、食べ過ぎてお腹を壊したら本末転倒だ。

 この体を健康体にして、体力をつけないとね。


「セバスからの申し送りで、運動をしたいとのことですが、何をされるのですか?」


「おしゃんぽ!」


 それと、もうちょっと噛まないようにしたいね。



お読みいただき、ありがとうございます!

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