DREAM WONDER LAND
夢の世界と言ったらどんな世界だろうか。
楽しい世界なのか。辛い世界、悲しい世界、何もない世界、はたまただれかとの再会を夢見
るのであろうか。
夢とは、実にはかないものである。眠って見た夢も起きてしまえばすぐに忘れてしまうだろ
う。
どんなに忘れてたくなくても人間はその程度のことと判断して、忘れてしまう。
人間とは実にはかない生き物であり、忘れていく。
でも、僕は忘れない。否、忘れるはずもない。あの日、夢の中で出会った彼女のことを。
夢の中での日常を。そして、夢の中で彼女と交わした、あの約束を。
★
ここはどこだろうか。
それが、最初にこの場所に来た感想である。
僕がいた場所は、滑り台、小さな子供が乗れるような紐のブランコ、一台のいかにも小さい
子供しか乗れないようで経年劣化や雨風で錆びてしまった、ばねで支えられていて、子供の
体重を支えるにはとても心もとない、シーソー、そして木で作られ、塗装がはがれ、背もた
れのないベンチしかない小さな公園だった。
何故か、周りを散策する気にもならず、僕はベンチに腰掛けた。
ベンチに座っても、何もする気になれず、ただぼうっとしていた。否、今は、何もしたくないのである。
自分の家は、両親が離婚しており、母親が引き取った。
離婚の原因は、父親のほかの女性との駆け落ちである。
母親は俺を引き取った。でも、離婚後、母親からは冷たい態度で接せられた。
僕は、父親から金を受け取るための道具としか考えられていなかった。
なんでも、離婚前に教育費やその他諸々に費用を父親から母親に対して支払うように取り決めをしていたらしい。
母親はその金を自分の娯楽にしか使ってなかった。
小学生の頃から家に帰ってもだれもいない。母親は、毎日夜遅くまで男と遊んではの繰り返し。
たまには男に暴力を振られたこともあった。暴力を振られたのに、母親は止めてくれないどころか、嘲笑うようにして、蔑みの目線を僕に向けてくることもあった。
それでも、僕は認められたくて、中学生の頃は部活に励み、勉強も頑張って、どちらも結果を残した。でも、母親は認めてくれないどころか、無視された。まるで、ゴミのように存在
価値のないようなものを見る感じで。
そのせいもあってか、僕は何もかも興味がなくなったかのように、部活や勉強で結果を残せないどころか、どんどん悪くなっていく一方。
すべてにおいて興味がなく、友達もみんな離れって行った。
高校では、勉強をしなかったせいで、底辺の高校に入った。
そこでは、何もかも興味がなく、取り柄のない僕に友達などできるはずもなく、次第にカースト上位の人からいじめられるようになった。
バケツで水をかけられたり、コンビニで買った弁当に泥水を入れられたりもした。
学校の先生も見ていたそうだが、全員見て見ぬふりをしていた。
一人を除いて。
学校の先生が全員見ていた中、一人だけ、一応、僕を気にかけてくれた先生もいたが、その先生も結局ほかの先生から嫌われるのが嫌なのか、僕のことを気に仕掛けなくなった。
いつも通り僕が挨拶していたら元気に返してくれていたのに、返してくれなくなった。
そして、挙句の果てには、「そんなへらへらしてるから、お前はいじめられるんだよ」とか
「お前が、話しかけると俺の評価が落ちるから、もう二度と話しかけんな。」などいろんな
ひどいことを言われる始末。
この時俺は、人間という生き物を理解した。
集団からはぶられることを恐れ、自分の利益しか考えないどうしようもない愚かな生き物
だと。
自分の利益が侵されない範囲で行動する。
「俺がいつでも、君の味方だ。」というあの先生の言葉は何だったのだろう。
やはり、あの先生も愚かで、自分の利益が侵されると自己防衛体制をとるそこら辺の人間と
変わりなかった。
どうせ、俺の味方なんかいなければ、話を聞いてくれる友人や知り合いもいない。
どうして、僕は生まれてきたのだろう。
どうして僕は存在しているのだろう。
自分の生きている意味が分からない。
自分の存在意義がわからない。
この世の中はなんて残酷で、とても醜いのであろうか。
こんな世界なんて、くそくらえだ。
こんな世界なんて、消えてしまえ。
分からない。ワカラナイ。
どうしてなんだろう。
僕なんて最初から存在しなければよかったのに。
僕は何のために生きているんだろう。
そんなことを思っていた。今もそう思っている。
そんな事情があって、僕は何もかも興味がなくなった。
いや、奪われたというべきか。
ベンチに座って、どのくらいたっただろうか。
辺りは静寂に包まれたままだった。
その刹那、あたりの静寂が突如、破られた。
「ねえ、君。そこで、何してるの?」
「え?」
突如、誰かに話しかけられた。
彼女は、髪型はボブカットに茶色、目はくりくりとかわいらしい茶色の目をしていた。
突如、話しかけられて、動揺していると
「ごめん、ごめん。急に話しかけちゃって脅かしちゃったみたいだね。」
こんなことを言いながら、彼女は公園の木々の合間にぽつりとできた入り口から入ってき
て、僕の座っているベンチに近づいてきた。
そして、そのまま僕の隣に座ってきた。
「君ここで、何してたの。」
「…ずっとぼうっとしてただけですよ。」
「ふぅん。」
彼女は興味をなくしたように返してきた。そして、話すことがなくなり、俺は再び黙り込んだ。
しかし、、静寂は再び彼女によって破られることとなった。
「君、とても悲しい顔をしてるよ。なんというか、認められたかったけど、認められず、足
掻いても意味がなかった時みたいに。そんなときみたいな顔をしているよ。」
僕は、顔を見開いた。
自分の状況と図星だったからだ。
彼女が言葉を続ける。
「その表情、やっぱりそうなんだね。図星みたいだし。」
「…お前に俺の何がわかるんだよ。お前には俺の境遇なんか分からないだろう。」
心の鎖が外されたように言葉があふれてきた。
「お前に、僕の何がわかるって言うんだよ。お前もそう言って、あの教師みたいに、自分の
自己利益が危うくなったら、どうせ、僕から離れていくんだろ?そして、味方から敵に変わ
る。人間なんて、皆くそくらえだ。人間なんて、皆そうだ。僕がいじめられていても、誰も
助けてくれやしない。それどころか、皆、嘲笑ってくる。そして、皆、僕をいじめているや
つの言うことを聞く。自分もそうならないために、上位の者に合わせる。上位の者に媚びへ
つらって、上位層に組み入ろうとする。所詮、人間なぞ、自分の自己利益しか考えていない、
生き物なんだよ。親もそうだった。父親はほかの女性と駆け落ちして、母親と離婚した。母
親は、僕をただの金鶴としか考えていなかった。離婚のときの取り決めで、父親が僕の教育
費などの諸々の費用を母親に渡すことになっていた。でも、母親はその費用にまで手を出し
た。その金を使って、男を何人、いや、何十人と連れてきた。そのうちの何人かは、俺に暴
力をふるってきたりした。ほかの男たちも、俺をさげすむような目線で見る。母親もだ。」
言葉が止まらない。それでも、彼女はこんな初対面で得体の知れない僕の話を聞き続けてく
れた。
「それでも、俺は、母親に認められたかった。褒めてもらったり、賞賛をしてほしかった。
でも、あの母親は俺のことを認めようとしおなかった。いや、無視されたというべきか。認
められようと頑張った僕は何度も認められようとしたけど、結局認めないどころか、無視し
てくるばかり。そこから、何もかも興味、関心を失った俺の気持ちの何がわかるって言うん
だよ。お前に何がわかるって言うんだよ。」
俺は、彼女の襟首を掴んでいた。でも、そんなことは関係ない。
今自分の中にあったのは、この世に対する憤怒であった。
「ああ、とてもよくわかるよ。よーくわかるよ。」
「だから、お前に何がわかるというんだよ。何もわからないくせになにが『とてもよくわか
る。』だよ。なぁ。なんか言ってみろよ。」
彼女話し終わったとき、僕は、とても後悔した。彼女が話した内容が、少し違うが、僕と同
じ境遇であったからだ。いじめられても、誰も助けてくれない。親に認められようと頑張っ
ても、認めてくれなかった。自分の唯一の理解者であった父親は、中学生の時に、交通事故
で失った。母親は、父親の保険金を使って、家に男を連れ込むようになり、男と遊ぶように
なった。そして、男からは暴力三昧だったそうだ。それでも、耐えた。児童相談所の人が来
ても、ロボットのように張り付いた笑顔で、暴力は受けていないと答えた。そして、学校で
転んだといった旨を伝えていた。
彼女の家庭事情は、こんな感じであろうか。彼女にはまだ、少数の友達や祖父母がいたため、
心の支えを失わずにすんでいた。
そんなことを彼女から聞いた僕は、掴んでいた彼女の襟首をそっと離した。
とても後悔した。自分が一番この境遇をわかっているはずなのに、何故、事情を聴かないで、ムキになってしまったのだろうか。事情さえ聴いていれば。そう思っていたことを彼女は見
透かしたような真顔で、僕のことを見てきた。
「ムキになってしまうのは、致し方のないことだよ。私も友達にムキになって、殴っちゃっ
たことがあるんだ。『あなたになにがわかるの』ってね。後で友達が謝ってきたけど、その
時は許せなかったな。何も事情を知らない人に、言っても意味なんてない。でも、あなたは
私のように心の支えとなる人たちがいなかった点では、私と大きく違う。でも、取り巻く環
境からあなたのことは、分かったつもりではいるんだ。だから、あなたのことをわかってる
つもりでいるよ。」
「っ」
俺は何も言えなかった。いや、自分のしでかしたことに対しても怒ってないみたいだった。
初対面でさらに襟首まで掴んでしまった自分を怒るどころか、彼女は同情の言葉を口にし
てくれた。情けない。とても情けない。こんな彼女に慰められるどころか同情の言葉までか
けられてしまった。今後は自分を戒めなければならない。そんな決断をしてると。
「この話もうやめやめ。まだ、自己紹介とかしてなかったから自己紹介しようよ。まずは、
私から。」
彼女はそう言って、自己紹介を始めた。とても、切り替えられるとは思わなかったが、彼女
は強引に話をそらしてくれた。多分、僕への気遣いであろう。
「私の名前は、一条 蓮花。よろしくね。」
そう言って、彼女は僕のしでかしたことを気にすることもなく、手を差し出してきた。
僕は、迷っていた。彼女の手を握っていいのであろうか。彼女にあんなひどいことをしたと
いうのに彼女は、許してくれるどころか、僕を受け入れてくれようとしてくれる。なのに俺
は。深く考えすぎだろうか。でも。
こんな風に考えていると。
「もう、じれったいな。まだ、私にしたことを気にしてるの?」
彼女がそう聞いてきた。俺は、しばらくの考えた後、無言で頷いた。
「はぁ。呆れた。そんなことまだ引きずってんの?私も言ったでしょ。カッとなって友達殴
っちゃったって。私もあなたと同じようなことをしたけど、後悔はなかった。だって、わか
るはずないもんね。私たちの境遇って。だから、そんなクヨクヨしないで。私たちは、同じ
境遇を経験してきた人たちなんだから、そんなことで深く考えても仕方ない。だから、過去
を振り返るんじゃなくて、未来に向かって、考えるの。そうすれば、少しは楽になるんじゃ
ないかな。」
僕には、彼女がまぶしく見えたような気がした。彼女がこんな前向きなのに、俺は。
そんなことを考えていると、彼女が強引に僕の腕を引っ張た。そして、僕の右手のひらを彼
女はそのまま、自分の左手の手のひらにくっつけてきた。その刹那、彼女は左手をギュッと
した。握手である。
「とりあえず、強引だけど、よろしくの握手はしたね。んじゃ、君の名前を教えてよ。
呆気に取られていると、彼女がそんなことを言ってきた。
「…深大寺 宏大。よろしくお願いします。」
彼女がさらに、ギュッと僕の右手を握ってきた。痛い。
「宏大か。改めてよろしくね。」
「こちらこそ、改めてよろしくお願いします。一条さん。…それで、手、そろそろ痛いので、
話してもらえませんか?」
そんなことを言うと、彼女は、拗ねたように言った。
「…敬語。」
「…敬語?」
「敬語をやめてくれたら、考えてあげなくもない。あと、私の名前は蓮花って呼んで。」
「…わかりました。蓮花さん。敬語やめるので、離してくれませんか。」
「……」
「わかりま、分かった。蓮花さん。だから、いい加減手を放してくれないかな。」
「…さん?」
「分かった、分かったから。蓮花。いい加減手を放してくれ。さすがに、血が止まる。」
「よろしい。」
彼女はものすごい満足顔でやっと僕の手を放してくれた。手が青くなってる…。
それにしても、彼女はなぜここまで強引なのか。ものすごく、ペースを乱される。
でも、何故か、悪い気はしなかった。
「じゃ、仲良くなったところで、早速海に行きますか。」
「何が、じゃだよ。しかも、そこまで仲良くなってないし、まだ会って一時間もたってない
し。」
そんなことを言うと、彼女が上目遣いで聞いてきた。
「私たち、友達じゃないの…?」
「っ。友達だよ。ともだち。うんうん。そうだよな。」
彼女の上目遣いは反則だと思う。やっぱり、女子から涙目での上目遣いで聞かれたら、肯定
返せない。俺は、焦って答えた。
すると、彼女は満面の笑みで僕に抱き着いてきた。いきなり抱き着くとかどうかと思ったが、
さすがに何も言えなかった。また、上目遣いの涙目攻撃を食らうのは勘弁だ。
「そうだよね。宏一。私たち、友達だよね。」
「あぁ。そうだ。そうだ。」
なにこのやり取り。このやり取りをしているときに思ったことだ。この子は、情緒が不安定
なのだろうか。僕も、そこまで野暮ではない。何か事情があるのだろう。決して、友達がい
ないとかそういうことではないのだろう。うん。僕は心の中で、そう誓ったのであった。
「それはそうと、海へ行くんだったな。この辺り、海ないみたいだし。ていうか、ここはど
こなんだ。気づいたらここにいたけど。」
「…ここは、夢の世界よ。」
「…?」
何を言ってるんだと思った。確かに、思い返してみれば、僕は、ベットに入って寝た直後に
この世界に来たけど、それでも、彼女の子渡場の言っている意味が分からない。
「今、何言ってるのかわからないって顔をしてるでしょ。確かに、何言ってるのかわからな
いでしょうね。でも、これ見たら信じてくれるかな?」
そう言って、彼女は、手をおもむろに公園の中央にかざした。彼女の手のひらに、白い光が
集まる。その刹那、白い光が公園の中央に集まってゆく。そして、一台の小さな白いスクー
ターが現れた。傷一つない新品の状態で。
「こんな感じで、自分の想像したものを生み出せる。この世界も私が想像した世界よ。」
こんなことを見せられては、信じるしかいないのだろうか。いや、やはりまだ夢を見ている
のだろうか。でも、やはり夢の世界なのではないだろうか。やはり信じざるを得ない。そこ
でふと思ったことを聞いてみた。
「それなら、どうして、この世界を創った。」
「逃げ出したのよ。現実からね。」
彼女は、そういうと俯いてしまった。分からなくもない。自分もこの世を恨んでいたから。
「だったら、なんで部外者であるはずの俺が、君の世界に…?」
「…私が呼んだからよ。あなたが、私と同じような体験をしているって直感で分かったのよ。
実は、あなたの記憶の中を見させてもらったのよ。ごめんね。でも、宏一の記憶を見たこと
は後悔してない。だって、私の直感通り、あなたは私と同じような境遇だった。でも、私と
違う点が一つあったの。それは、心の支えになる人たちがいなかった。だから、私は決断し
たの。」
そこで、彼女は、言葉を区切った。
「私が、あなたの心の支えになるってね。」
そう言って、彼女は、照れ臭そうに笑った。
彼女の言葉を聞いて、俺の中の楔が解けていくように、心が軽くなった。
ずっと求めてやまなかったもの。それは、心の支えになってくれる人であった。刹那、涙が
あふれだしてきた。
「…なんでだろう。涙が止まらない。女の子の前でかっこ悪いな。僕。」
「ずっと求めてたんじゃないかな。私みたいな人のこと。私は宏一の一番の理解者になりた
い。そして、ただ一つを除いて、ほとんど同じである。あなたを放っておけない。私だけは
あなたの味方よ。」
僕は、さらに、泣いた。まるで、小さな子供の頃に戻ったように。
ずっと求めて、欲しくて、心の支えになってくれる人が今現れたのである。
「大丈夫よ。ずっと私が、あなたの味方だから。世界中があなたの敵に回ったとしても、あ
なたの唯一の味方であり続ける。同じ経験をしたから言えるだけかもしれない。私が経験してなかったら、宏一の味方なんてなってなかったかもしれない。それでも、今は関係ない。
だって、今は今だから。どんなに、世界が違がかろとも、今は今。だから、今を生きよう?
私がついていてあげるから。」
彼女は、そう言ってくれた。不思議なほど。心にしみていく。
「っ。」
急に抱きしめられる感触がした。そして、さらに抱きしめられていく。
暖かい。でも、ただ、暖かいだけでなく、心の温かさも感じた。
初めて感じる心地のいい、ぬくもり。それを今、感じられている。感じている。
いつまで泣いていただろうか。すでに数時間経っていた。泣き止んだ僕は、とても軽くなっ
た。まるで、振り子からとても重い、重りが外れたように、心が軽くなった。
「そろそろ泣き止んだ?」
彼女が自愛にも満ちた声で語りかけてきた。最初のほうはなにもかんじなかったが、鈴のよ
うに凛としている声はとても心地が良かった。ずっと聞いていたいほどだ。
「取り乱しちゃって、ごめん。 蓮花。」
「ううん。大丈夫だよ。あなたは、今まで、つらい思いをしてきた。いや、しすぎた。もう、
十分じゃないかな。私と一緒に忘れよ?」
彼女が優しい言葉をかけてくれる。また泣きそうになるが、何とか堪える。
「味方になってくれるといったよね。ほんとに、ほんとに、僕の味方になってくれるのか?」
「うん、世界中が君の敵でも、君の味方であり続けるよ。」
「ありがとう。君にそう言ってもらえただけでもうれしいよ。」
「信じてないでしょ。本当に君の味方であり続けるよ。地獄の果てでも追いかけるんだから
ね。覚悟しなさいよ。
「怖い怖い。普通に怖いからやめていただけると、大変ありがたいのですが…。」
「なんで怖がるのかな?しかも、なんで敬語なの?ドン引きしないでよ。せっかく私が決意
したのに」
そんな話をしながら、僕たちは他愛のない話をしていた。
「ねえ、海行こうよ。」
彼女が唐突に言い出してきた。そういえば、海行こうといってたな。
「いいよ。でも、どうやって行くんだ?」
そう聞くと、彼女は、公園の真ん中を指さした。
そういえば、ここが夢の世界であるということを証明するために、彼女が創造したんだっけ。
「でも一台しかないんだが。」
「それがいいのよ。」
「どういう意味?」
「二人乗りよ。」
彼女が効果音が鳴りそうなキメ顔で言った。
「いや、二人乗りは危険すぎるでしょ。しかも夢の世界なら、スクータに自動運転機能でも
つければいけるんじゃないの?」
そういうと、彼女は呆れたように肩をすくめて言った。
「ロマンがないな。男女で二人乗りだよ。憧れない?二人乗り。」
「いや別にそんなことは---。」
「ごたごた言ってないで行くよ。」
そう言って、僕の腕を掴んで、強引に公園の中央に、連れていかれた。
スクーターのあった位置で彼女は立ち止った。
「宏一は運転できる?」
「一応、バイトができるようにとってあるけど。」
「やったー。んじゃ、運転してよ。私後ろに乗るからさ。」
「分かったよ。運転すればいいんだろ。」
「なにそのめんどくさそうな返事。」
後ろで何か叫んでいるが、無視。
そして俺は、スクーターにまたがった。
「ほら、乗って。」
「うぅ。無視された挙句、華麗にスルー。さすがにひどいよ。宏一。」
僕たちは、スクーターで二人乗りをしている。運転席のほうに、僕。そして、その後ろに彼
女が乗ってる。ものすごい力で抱き着いているが、今は気にしない。苦しいけど、気にしな
いったら、気にしない。
「海行ったら、何する?」
「いや、特に何もするつもりはないけど。それ言ったら、言い出した蓮花が決めるんじゃな
いのか。」
「いや、何も決めてないけど。」
「んじゃ、なんで、海行こうとか言ったの。」
「なんとなく。」
「ノープランで言ったの?」
「うん。そうだけど。何か問題でも?」
「いや、別にないけど…。」
そんな他愛のない話をしながら、僕たちは、目的地である。海に到着した。
海はとてもきれいだった。浅瀬のところは、日本の本州の海では考えられないような、エメ
ラルドグリーン色で、深いところは、どこまでも飲み込む、ブラックホールのようにどこま
でも、青かった。
海をもっと近くで見たく、近づいた。その時。
「水かけちゃえ。」
「へぇ?」
そんな間抜けな声を出すのも、つかの間、僕は濡れてしまった。彼女に、海の水をかけられ
たのである。一瞬、何をしているのか理解ができず、固まっていると。
「そんなに、ぼうっとしてても楽しくないよ。もっと、無邪気に楽しまないと。」
そう言って、彼女は、またしても、水をかけてきた。
ここのままでは、かけられっぱなしだ。だから、僕も、彼女に、水をかけることにした。
「ほら、やられた分のお返しだ。」
「やったな。そしたら、私も、もっと、かけちゃう。」
ずっと、水遊びをしていた。
こんな無邪気に遊んだのは、いつぶりだろうか。自分の取り巻く環境が環境だったから、僕
は、ほとんど家に引き込まっているか、公園に行ったとしても、遊んでいる子供たちや風景
をぼうっと眺めているだけであった。ほかのことは遊ぶ気にもなれなかった。
でも、今は違う。ただの、小さな子供みたいな水遊びだが、それでも、初めて、心の底から、
楽しいと思えた。
どのくらい時間が経っただろうか。日が、完全に傾き、空が、きれいな橙色に染まる。そし
て、夕日が地平線の彼方に消えていく。
なんとむなしい光景だろうか、でも、太陽は、また、現れる。いつでも、どこでも、世界を
照らしているように。
日が完全に傾き、黒の闇に染まった。空には無数の銀砂をまぶしたように、小さく、それで
も力強く、光り輝く、小さなものが光りだしてゆく。
「ねえ、やっぱり、海での最後は、花火じゃない?」
彼女はそう言って、いつの間に取り出したのやら、花火セットを持っていた。
「ああ、そうだな。」
「じゃ、準備しちゃうね。水はないから、近く水道に水くみに行ってくれないかな。」
彼女に頼まれ、僕は、水を汲みに行った。
そうこうしているうちに、準備が整った。
「じゃ始めようか。」
「うん。そうだね。」
そう言って、僕は、蝋燭に火をともした。そして、二人で、花火に火をつけた。
その刹那、僕たちの花火が、小さなロケットのような音を出しながら、火を噴きだし始めた。
僕は、緑。彼女は、青だった。
花火がこんなきれいだったとは、思いもしなかった。小さいころや中高生の頃も一人で、打ち上げ花火ではあるが、見に行ったこともある。それでも、きれいとは感じなかった。
次の花火を点火していく。日本持ちでやってみたり、彼女の花火から出ている火花で、僕の花火を点火したりもした。
どのくらいやっていたのか。わからない。でも、楽しい時間は一瞬だった。
「花火の最後は、なんといっても線香花火でしょ。」
彼女はそう言って、左手に持っていた線香花火を僕に手渡してきた。
「線香花火で勝負しない?どっちが早く、火の玉が落ちちゃうか、勝負しようよ。」
「ああ、いいぞ。」
そう言って、二人で線香花火に、火をつけた。
線香花火の火花が、弱くはあるが、それでも力強く迸る。言うなれば、生命のようである。
こんなに強く火花を迸らせようとしてる。
「あっ。」
思わず、つぶやいてしまった。火花が落ちてしまったからだ。
「私の勝ちだね。」
「もう一回、もう一回だ。もう一個ぐらい入っているんだろ。」
もう一度勝負をした。
結果はまた、僕が、負けてしまった。
「また私が勝っちゃった。」
彼女は満面の笑みで、満足そうにつぶやいた。負けたのは悔しいが、それでも、とても楽し
かった。今までで一番楽しかったかもしれない。
辺りが、日の光を失い、再び、静寂が僕たちを包む。さざ波の音だけが耳を包む。が、突如
として静寂は破られることとなった。
「ねえ。もし、あなたは、私がいなくなっても、見つけ出してくれる?」
彼女が、おもむろにそんなことを聞いてきた。一瞬何を言ってるのかわからなかったが、僕
は、すぐに答えた。そんな答え、当然決まってる。
「ああ、もちろんだ。世界のどこにいようが、絶対この手で見つけ出しおてみせるよ。」
「…ありがとう。」
彼女はそう言って、一拍した後言い出した。
「…私もね、心の支えを探していたのかもしれない。確かに友達や祖父母がいた。でも、変
な気遣いばかりで、逆に、私の心は閉ざされていったの。でも、あなたがいた。宏一がいた
から。私の支えを見つけたから。」
「…蓮花。」
「…きっと見つけ出してね。」
彼女がそう言うと、急にガラスが割れたような音がした。いや、世界に亀裂が入っていた。
「もう時間みたい。夢の世界が崩壊し始めてる。私が私でいられる存在を見つけたからかな、
宏一。」
「それはどういう---。」
「きっと見つけてよね、私のこと。現実の、日本のどこかにいるから。見つけてくれたら、またこうやってもう一度、海で、水遊びとか花火しようね。」
「っ。」
そう言って世界が崩壊を始めた。僕たちを中心に白い光が広がっていく。彼女は、見えなく
なる間際にこんなことを言った気がした。
『ありがとう。宏一。そしてきっと見つけてね。私のこと。』
この時一瞬だったが、すぐに俺は決断できた。
彼女を見つけ出し、現実でまた、彼女と一緒にさっきみたいに海で遊ぶことを。




