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奴小説  作者: 奴
3/18

すべてを台無しにするような

 奴botとは切っても切り離せないものが、いくつかある。

 草、冷奴、シナモンとカスタードの奴、災害時の「大怖俺」、不謹慎。

 ざっと思いついたものはこれくらいだが、これらは全て、奴botになくてはならないものである。切り離すなんてとんでもない。

 ただ一つだけ「出来れば切り離したいが絶対に切り離せないもの」がある。それは、ツイッターユーザーなら誰もが恐れる絶対零度の一撃必殺。つまり「アカウントの凍結」である。普段の傍若無人な振る舞いから、奴botに対して永久凍結を心配する声と望む声の双方が後を絶たない。

 奴botにとって、アカウントの永久凍結はすなわち「死」を意味する。あくまでツイッター上でのキャラクターとして動いている以上、一度永久凍結を食らったらそれまでだ。新しくアカウントを作り直す気はしない。偽物は出てくるかもしれないが、多分三日も経てばバカバカしくなって辞めるだろう。

 それでも、もしこれまでと同じ@de_detaawwwwwのIDでアカウントを復活させられる可能性がごくわずがでもあるなら、なんとしてでも必死こいて復活させる。凍結食らってハイおしまいじゃあ、腹の虫が収まらないし、奴botを赤の他人に勝手に消されるのは嫌だから。

 そんなわけで第三話は、奴botが過去に一度だけ運営によって凍結させられた時の話を書こうと思う。前回のセカオ輪との抗争に続き、今回は運営とのバトル。三話目にしていきなりラスボスと対峙する怒涛の展開、他の異世界転生モノでは味わえないスリルが、ここにある(ない)。




  二〇一六年二月八日の早朝、友人から一件のLINEが届いた。

「奴bot凍結おめでとうございまーすwwwwwwwwwwwwwwwww」

 その文章を見た瞬間血の気が引き、すぐに怒りがこみ上げてきた。もしサーモグラフィーで見ていたら、普通だった体温が一瞬にして真っ青になり、一瞬にして真っ赤になるのを拝む事ができただろう。その映像を年端も行かぬ子供が、暗い部屋の中、至近距離で繰り返し観ていたらぶっ倒れるんじゃないかと思うくらいの、青から赤への瞬間的な切り替わりだったと思う。そしてそこで初めて、奴botの事を嫌いな人たちの気持ちがわかった気がした。無駄に草を生やされて心底イラッとした。慌ててツイッターを開くと、確かに「エラー このアカウントは凍結されています」という文字が記されたクソ憎たらしい目障りなウインドウが、奴botのホーム画面に乗っかっていた。とりあえず記念にスクショを撮ってから(ツイッター映え)、ツイッターのサポートセンターを開いた。友人には「絶対に復活させる」という旨の文章と一緒に、思いつく限りの罵詈雑言を返信した。

 そもそも奴botが凍結された理由がわからなかった。思い当たる節がなかったわけではなく、むしろその逆で、思い当たる節が多すぎてどのツイートが原因で凍結されたのかが、わからなかった。セカオ輪の叩き過ぎにしてはちょっと遅いな。ジャニオタに報告されたかな、いや奴botが頭の悪いジャニオタ風情にやられるわけがない。あっ、この間晒したメンヘラか! いやいや奴botよりメンヘラの方がキショいし、凍結されるべきはむしろ……。

 そんな不毛な推測を頭の中で彷徨わせつつも、寿司打(回転寿司をモチーフにしたタイピングゲームです)の上級コースで五万円分くらいお得になるんじゃないかと思うくらいの速さで文章を作成し、運営に送信した。

「凍結された原因がわかりません。規約には違反していないはずです。一刻も早くアカウントを復活させてください。迅速な対応お待ちしております」

 詳細には記憶していないが、確かこんな感じのメールを送った。こっちが強く出れば運営も「もしかしたら勘違いで凍結させてしまったのかも」という考えに至ってくれるだろう。そんなジャニオタよりも遥かに頭の悪い安直なカマをかけた文章だった。

 しかしメールの送信後、脳内で引き続き行っていた不毛な犯人探しに終止符を打つ決定的な記憶が蘇った。蘇った瞬間、あまりのくだらなさに頭を抱えた。

 当時、ツイッターではジャニーズ事務所に所属する大人気グループ「嵐」の「Love So Sweet」という楽曲をBGMに使用すれば、どんな動画もドラマチックになる、とかいう著作権をフルスイングでドブに投げ捨てたようなネタが一部で流行っていた。それに便乗してなんとかジャニオタを煽れないかと考えた結果「絶対にドラマチックにならない動画とLove so sweetを合わせよう」という謎の発想に至ってしまった。そして、それに選んだ動画がまずかった。

 遡ること二〇〇四年。自分探しの旅と称して海外をフラフラしていた日本人の青年(アホ)が、イラクのアルカイダ組織を名乗るグループに人質として拘束され、日本政府の必死の説得も虚しく、彼は首を切断され殺害された。

 あろうことか奴botは、その様子を収めた動画にLove so sweetをくっつけたものを作成し、アカウントが凍結する前日に「全然ドラマチックにならねーじゃねーか」という一文と共にツイートしていた。雀の涙ほどのモラルは残っていたため、斬首シーンはカットしてあったが、投稿と同時にそのツイートは、至極当然の話だが、荒れた。

「これは流石にまずい」

「これはやったらだめな奴」

「消しとけ」

 そんなリプライが鬼のように寄せられたが「大丈夫だろう」と高を括っていた。大丈夫じゃなかった。

 あの時フォロワーの忠告を素直に受け入れて削除しておけば。そんな後悔も先には立たず、アカウント凍結という現実はなくならない。まず、脳内で犯人と疑ってしまったセカオ輪の皆さんとジャニオタの皆さん、そしてメンヘラの皆さんに謝った。本当にごめんなさい。クソが。

 奴botを殺したのは、他でもない自分自身だった。実際にトドメをさしたのはツイッター運営なのだが、自分で奴botをメッタ刺しにして虫の息にしたところで、たまたまそこを通りかかったツイッター運営が倒れていた奴botにつまづき、それが致命傷となって死んだ、くらいの割り合いだろう。文章によるツイートが凍結の原因だったなら「それはニュアンスが違ってて」とか「それは例えばの話で」とか、屁理屈をフル活用する手もあったが、なにせ今回の原因は「動画」だ。言い訳のしようがない、決定的証拠が残ってしまっている以上、甘んじて凍り続けるしかない。前回記したドラゲナイ騒動で調子に乗りまくったクソカスアカウントらしい最期と言えた。

 頭を抱えて二時間ほど経った頃、ツイッター運営から返信が来た。どうせ奴botは二度と生き返らない。それを告げるお悔やみのテンプレートだろう。絶望以外の感情をなくした面持ちで、メールを開いた。

「アカウントを復活させました。こちらの手違いによる凍結、誠にお詫び申し上げます」

 えぇ……。喜びや安堵よりも先に「復活して良いのかよ」という疑念が湧いた。試しにツイッターを開くと、確かに先程まで邪魔をしていたウインドウが、奴botのホーム画面から綺麗さっぱりなくなっている。試しに「あ」とツイートすると、そのツイートは瞬く間にRTされ、

「復活おめでとうございます」

「ほんと良かった」

「帰ってくんなゴミ」

 といった祝福の言葉がリプライ欄に溢れた。トレンドを見ると「奴bot」が上位にランクインしており、

「奴botがいないとTLが寂しい」

「奴bot凍結!? あいつ嫌いだったんだよね~wwww」

 そんな、凍結を惜しむ声と祝う声が5:5くらいの割り合いで投稿されていた。

 こうして、 二〇一六年二月八日未明に凍結した奴botは、同日正午をもって復活し、満を持して「切っても切り離せないあのシンプルでおいしい料理名」を交えて、こうツイートした。

「で、でた~wwwwww朝っぱらから凍結してアカウント冷奴~wwwww」


 後でわかった話だが、奴botが例の動画をツイートした丁度その日に、ツイッター運営がテロリストのアカウントを万単位で一斉に凍結させたらしい。そこで「怪しい動画をアップロードしているテロリスト」とみなされ(ほぼ事実だが)、奴botもそれに巻き込まれる形で凍結されるに至った、というのが、今回記した騒動について最も有力な結論だ。

 現在、奴botのツイッタープロフィールには、

「2016/02/08 当アカウントが凍結されたのは運営側の手違いでした」

 と、限りなく奴botにとって都合の良いように記されている。正しく書けば、

「2016/02/08 当アカウントがめっちゃ不適切な動画をアップロードし、テロリストと間違えられ凍結されたのは多分運営側の手違いで、永久凍結されてもおかしくない案件でした」

 こんな感じ。

 アカウントが復活して少し落ち着いてから確認すると、例の動画を添付したツイートは削除されていなかった。今後「ツイートして良いこと」と「ツイートしたらダメなこと」の線引きを見定めるための自戒として、その動画は自らの手で削除した。

 削除する前にもう一度再生してみたら、意外とBGMとマッチしていて、なかなかドラマチックに仕上がっていた。Love so sweet、名曲です。第三話はこれで終わり。

気が向いたらまた書きます

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