表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スコップ1つで異世界征服  作者: 葦元狐雪
69/75

第69話 「魔の手」

 ガス爆発のような音を聞きつけ、一同は慌てて外へ飛び出した。

パンパカーナは煙が立ち昇る建物の方を見た。それはここから三軒隣だった。

剣呑な雰囲気に包まれる。急激に上昇した心拍音が鼓膜を殴打している。

いったい、何が起きたのだろうか。まさか、もう彼奴が——


 と、煙の中から咳き込みながら、小さな白ひげの老人が転がり出てきた。


「オッホ! オッホ! ああ、スマン。ちと機械がいかれちまって」


 老人は凝然と見ているパンパカーナたちにいった。


「しっかりしておくれよ、じいちゃん。怪我はないかい?」


 困った顔で、マキナが老人の安否を気遣う。 


「大丈夫、大丈夫。おっと、迷惑をかけたな、お客人方!」


「あはは......」 


 パンパカーナは乾いた愛想笑いをすると、溜飲がちょっと下がったように感じた。

よかった。てっきり、彼奴が攻撃を仕掛けてきたのかと思ったが、

どうやら、それは杞憂だったようだ。


しかし、安堵に浸っている場合ではない。

こうしている間にも、刻一刻と破滅のタイムリミットは近づいてきているのだ。

戸賀勇気はどこで何をしているのだろうか。


この世界的規模のクーデターが、たった一人によって行なわれているという未曾有の人災の渦中に、彼が何もせず、バジコーレで呑気に逗留しているはずがない。


 ——既に殺されているのでは?


 なきにしもあらず。いや、可能性は大いにあるだろう。

考えたくはないが、それも視野に含めて、今からどう彼奴と闘うのか、

また、どう活路を見出すかを思案しなければならない。


 ——八人の勇者と共に——


 そう。我々は本来ならば敵対する者どうしだが、緊急を要する事態故、

一時的な同盟関係を結ぶことは至極当然の成り行きであり、不承不承などと戯言をのたまういとまなどないのだ。

さしあたっては、勇者達に現状を把握してもらい、被害を最小限に抑えることが能事ではなかろうか。

民の安全が第一だ。——私なら、そうする。


 パンパカーナはマキナに自身の草案を伝えようと口をひらきかけたが、

眼前に現れた黒い影にあっけにとられたため、吐き出しかけた言葉を飲み込んだ。


「おい、マキナ! お前んとこは無事か」


 黒いボロのマント。パールホワイトの瞳に無精髭、白髪でアシンメトリーの髪型の男——エレボス。

あのとき以来だ。『バンダ』で圧倒的な力の差を思い知らされ、『シーボ』へ強制的に転移させられた、あの......。

傍らには、青いコートに身を包んだレベッカが神妙なる面持ちで立っていた。

エレボスは必死の形相でマキナにそういった。マキナは答える。


「エレボスにレベッカじゃないか! ああ、こっちはまだなんとも......」


「手を貸してくれ。あれは魔王の比じゃねえ。既に牡丹とカイザリウス、ヴォイスが殺られた」


「——ッ」


 マキナは絶句した。ややあって、力なく地面にへたり込むと「ああ、そんな」と嘆息するように呟いた。

 死んだ? あの嘘みたいに強い彼女たちが、死んだ——

 エレボスは膝まずき、やおら彼女の肩を抱くと、


「大丈夫だ。これからレベッカを連れて蘇生しに向かう。今ならまだレベッカの魔法が効く。だから、大丈夫だ」


「......」


 その言葉を反芻するように、何度も頷くマキナ。

 エレボスは彼女の手を取り、こちらに目もくれずに去ろうとする。


「ま、待って!」


 パンパカーナはとっさに呼び止める。

彼は私が言わんとしていたことを全て知っていた。

だが、このまま趨勢を座視しているわけにはいかないのだ。


「すまねえ。いま、お前らに構ってやれる暇がねえんだわ」


 エレボスは知悉したような目でパンパカーナを見る。

その憂い顔には、焦慮と自己に対する呵責の念が混在している風に思えた。

 引き下がるわけにはいかない。真実を確かめるまでは——退けない。


「私たちも協力させて欲しい」


 パンパカーナは毅然としていった。


「なんだと」


「私たちだって、戦える。倒すなんていわない

——けれど、隙を作ることはできるかもしれない。お願いだ、同行させてくれ」


「あの牡丹やカイザリウスが殺られたんだぞ。かつて、パーティの戦力の要だったあいつらが」


「それを承知のうえで頼む」


「やめろ。わざわざ殺されに行くようなものだ。俺たちが束になって勝てるかどうかさえわからない相手なんだ」


「それでも、頼む」


「おい、お前ら仲間だろ? 誰かこいつを止めてやってくれ」


 エレボスがエニシとアーミラに水を向ける。

 二人は互いに顔を見合わせると、エニシは脂下がった顔でパンパカーナのそばへ寄り、


「ワシはパンパカーナに賭けるぜ。こいつ、こう見えて結構強いんだ。それに、運がいい」


 彼は「のお、お前さん」と屈託のない笑顔でパンパカーナにいった。


「エニシ......」


「......私も行く。アレは世界ほ滅ぼす。だから、倒す」


 今度はアーミラがパンパカーナの左側へ並んだ。

三人は諦観した瞳でエレボスを見ている。

絶対に諦めないと、目で訴えている。


「......ッ」


 エレボスは面喰らった。

そして塾考するように顔を下にやると、少しして、息を吐き出しながら上を向いた。


「いいか、くれぐれも俺たちの足だけは引っ張るなよ」


 不承不承にエレボスはいうと、黒いマントを空へ放り投げた。

マントは六メートルくらいに拡張され、それはあたかも小さな夜が落ちてくるようであった。


「恩にきるよ、エレボス」


 パンパカーナがいう。


「着なくていいよ、面倒くさい。いいから早く、こっちに来いよ」


 エレボスが手をヒラヒラと振って催促する。

パンパカーナは彼の方へ駆け寄る。遅れて、エニシとアーミラも走りだす。

闇に足を踏み入れる寸前、パンパカーナは違和感を覚えた。


 レベッカがいない。


 先ほどまでエレボスの傍に佇んでいたはずだ。

なのに、そこには彼とマキナの二人だけしかいない。

彼らは気づいていないのか? レベッカが忽然と姿を消したことに!


「おい、レベッカはどこへ行ったんだ」


 パンパカーナがいうと、エレボスの顔は一瞬にして青ざめた。

あたりを見回し、レベッカの姿を探す。

そして、夜がパンパカーナたちを包む三秒前、ようやく彼女を見つけた。


目を大きく見開いている、苦悶に満ちた表情のレベッカの首を——


「レベッカ!!」


 エレボスの叫びに呼応するように、混声三部合唱の哄笑が鳴り響いた。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ