表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スコップ1つで異世界征服  作者: 葦元狐雪
56/75

第56話 「因縁」

 しばらくして、運転手は目を覚ました。

 まぶたの淵にある、長く先端が軽やかに反り返った睫毛が持ち上がる。何度か瞬きをした。グレープフルーツ・グリーンとオリオン・ブルーの瞳が覗く。意識を確かめるように首を振り、俺とパンパカーナを交互に見比べている。やがてパンパカーナに焦点を落ち着かせると、口をへの字にして、追い詰められた動物のような、鋭利な眼光を差し向けた。


「ちょっといいか」


 俺は敵意のないよう努めていった。

 それに反し、運転手の肩や胸を鎧が覆いはじめた。しかし、一瞬痛そうに顔を歪めると、中途半端な鎧はパキパキと音を立てて崩れ去った。脇腹に受けたダメージ。思ったよりも彼女を苦しめているようだ。あばら骨が折れている可能性がある。助けてやりたい。だが、まず優先すべきことがある。彼女の敵対意識の是非を了知することだ。

 

「何もしない。だから、聞かれたことについて答えてくれ」


 俺はもう一度、地面に下半身を埋めた運転手に問うた。


「......拒否する。と、いったら?」


 運転手は無表情でいった。首に白刃が添え当てられる。


「さいあく殺す。質問は三つ。慎重に答えろ」


 凄みを効かせていう。しかし、彼女は動揺せず。まっすぐに俺を見据えると、ふっと息を溢していった。


「......なに?」


「じゃあ、ひとつ目の質問。お前は何者だ」


「......魔女。タクシーの運転手。昼日勤で月給二万エウロ。プラス歩合で」


「待て。タクシー会社の給料形態は聞いていない。それより魔女とは」


 このままだと話が脱線してしまうことを危惧して慌てて止めた。

 俺は彼女の口から飛び出した『魔女』というワードが気になり、それについて質問した。


「......私は古の鎧魔女族の末裔。禁忌の力はこの身に」


 訥訥と話す運転手。

 いまいち要領が掴めない。鎧魔女とはなんだろう。初めて聞く言葉だ。ラルエシミラに訊ねてみたが、どうやら知らないらしく、ゆっくりとかぶりを振った。


「鎧魔女ってのは何だ。それは魂の神器とは違うのか」


 俺の質問に運転手は首を傾げた。口を半開きにしている。

 もしや、この子は魂の神器を知らないのではないか。では、その力はこの子自身の特異的な能力であるのか。俺は重ねて問う。


「禁忌の力とは」


「......三つめ」


「なんだと」


「......質問。それで三つめだけれど。いいの?」


 邪気のない目でいう。

 こいつ......。


「どいて!」


 痺れを切らせたパンパカーナが俺を手で押しのけた。パンパカーナの手でも収まる、小さな肩を掴んで、揺すりながら詰問調でいった。


「どこに売った! 私の魂の神器!」


「......むっ」


 目つきが変わった。運転手は訝しげな目でパンパカーナを睨む。


「さあ、答えろ!」


「......あむっ!!」


 突然、運転手がパンパカーナの白い腕を噛んだ。


「いっ」


 涙を目の端に溜めて、困惑と痛みで歪んだ顔をして、腕をブンブンと振り回している。

 離さない。運転手は唸り、スペアリブにむしゃぶりつくように、少女の柔肌に歯痕を刻み込んでいる。


「......ぐううう」


「ちょっと! 何してんだ、離せ。離せ」


 俺は運転手の口とパンパカーナの腕を引き剝がしにかかる。が、なかなか離そうとしない。歯はさらに食い込む。


「......ぐうう」


「痛い痛い痛い! 助けて、お願い。痛いの」


 涙目で懇願するパンパカーナ。とらばさみに掛った動物のように悲愴な表情と、必死に体をくねらせている様子から察するに、本当に痛そうだった。


「......ぐう」


「このっ! いい加減にしないとなぁ」


 俺は歯茎の上下に指をかけようとした。しかし——


「......」


 寝ている。噛み付いたまま寝ているようだ。狸寝入りかだろうか。いま、この状況で? 

 俺は頬を叩いて意識の確認をする。ついでに呼吸の有無も確認した。本当に寝ているようだ。

 パンパカーナの腕が解放される。涎まみれの腕を気にしている。仕方がないので、スコップで水を掘り起こして、洗うよういった。ついでに運転手も土から出してやった。

 俺は枷をした運転手を背負った。


「よいしょっと」


「ちょっと、その子、どうするの」


 パンパカーナが柳眉を吊り上げていう。


「まだ聞きたいことがあるからな。このままバジコーレへ連れて行く」


「危険では。勇者の仲間かもしれない」


「そうだなぁ。その可能性はなきにしもあらずだ」


「大アリよ! もし、また襲われたら——」


 パンパカーナは不安げに眉をひそめた。


「枷はしてある。それに、襲われたのはパンパカーナが発砲したことが原因かもしれないだろう」


「うっ......」


「な? あと、片割れの場所の手がかりを聞き出さなくっちゃな。さ、行こう行こう」


 俺は静かな寝息を立てている少女を背負って歩きはじめた。ややあって、後ろから追いかけてきたパンパカーナが「どうなっても知らないから」といって、不機嫌に顔を背けた。




 大きな門にたどり着いた。多くの人々がとめどなく出入りをしている。皆、ほとんどが和装だった。色とりどりの美しい着物姿。帯刀している者もいる。まるで江戸時代にタイムスリップしたような感覚に、頭がくらっとした。門の上には『れーこじば』という看板が掲げてあった。パンパカーナは「やぽーにゃ! やぽーにゃ!」と目を輝かせてはしゃいでいた。


「絶対におかしい」


 俺は眉根に力を入れていった。


「ここだけ日本だ。しかも、大昔の」


「今は違うの?」


「ここまで緻密に再現しているのは歴史テーマパークくらいだ。多くはビルやマンションが立ち並び、洋風の住宅ばかりだ。昔ながらの木造建築なんて都心部ではほとんど見ないね」


「そうなんだ」


 とパンパカーナはいった。


「そうだ。おそらくこれは、以前にはなかった。誰かが変えたんだ。国の伝統や建物や人を。そう、こんなことをするのは、あいつしかいない」


 俺は言いながら、勇み足で門をくぐった。


「あいつとは」


 パンパカーナが左横に滑り込む。

 下唇をちょっと噛み締めたあと、俺はいった。


「十二単牡丹」




 革靴で砂地を踏む。木造建築物が隙間なく立ち並んでいる。黒い瓦が屋根を覆っている。二階の窓淵に腰かけて、着物を着崩した男がキセルを燻らせている様子が目にはいった。


 白や紺の暖簾が棚引く。そこには食堂、呉服屋、小間物屋、八百屋、魚屋、酒屋、桶屋などの文字があった。藁の束が台車の上に敷き詰めてある。住人たちは活気に満ち溢れているようだ。違和感なく、疑心なく、現状を享受している。遠く向こうには豪奢な城が見え、それは高くそびえ建っていた。あそこだ。俺は歩みを速めた。


「戸賀勇希。あれはなに」


 唐突にシャツを引っ張られる。パンパカーナが左手にある建物を指し示していた。

 暖簾には団子の絵に『甘味処』と書かれている。


「あれは団子とか。まあ、甘いおやつを食わせてくれるところだな」


「おやつ......。甘い、おやつ......」


 そう呟くパンパカーナは、さらに強くシャツを引っ張った。


「行こう。さあ、行ってみよう」


「待てまて。今じゃないとダメなのか」


「ダメ。もうダメ」


 どういうことだ。甘味処について説明をしたのが不味かったのだろうか。いずれにせよ、パンパカーナの心に火をつけてしまったのは俺の落ち度だ。致し方ない。ここはあえて興に乗ってやるとしよう。

 俺たちは暖簾をくぐった。


「いらっしゃい!」


 店員の威勢のいい声が響いてきた。桜色の着物の袖を紐で持ち上げていた。半袖になる格好だ。


「相席になりますが、よろしいでしょうか」


 店員が申し訳なさそうにいった。


「構いませんよ。パンパカーナ、いいか」


「問題ない」


 生唾を飲み込んでいったパンパカーナの視線は、客の食べているみたらし団子に釘付けだ。


「では、あちら。奥の席へどうぞ」


 いわれるがまま、奥へ通される。異国の方、三名様ですと後ろから聞こえた。

 テーブル、カウンター席はどれも満席だった。よほど評判が良いのだろう。どの客も美味そうに団子やらぜんざいなどを食べている。

 奥の席に視線をやる。俺はその瞬間、全身が凍りついた。足が止まった。袖を引くパンパカーナも俺が立ち止まったことに気がつき、振り返った。


「どうした、戸賀——」


 俺の顔を見て、パンパカーナは言葉を濁らせた。どんな表情をしているのかわからない。だが、額にある青筋が強く痙攣していることはわかる。俺の視線はただ一人を捉えていた。テーブル席で団子を頬張っている、色とりどりの豪奢な着物を幾重にも重ねた女。今紫色の髪は足元まで長い。美しく品のある顔立ちをしている。丸い目に、瞳は太陽のように紅い。


「こんなところに......いやがった」


 俺たちの存在に気がついた女がこちらを睨む。

 と、次の団子の串に手を伸ばしながら女はいった。


「何をぼうっと突っ立っとんねん。はようこっちいや」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ