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スコップ1つで異世界征服  作者: 葦元狐雪
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第50話 「温泉、はじめました」

 パンパカーナは自己の良心を呵責しているのか、うーんと唸りながらかぶりを振っていたが、やがてふっと短い息をすると、困ったように微笑して、


「反対しようと思ったけれど、他に良い代案なんて思い浮かばなかったし。いいよ。協力してあげるわ」


といって「ただし具体的なプランとこれから先、旅をするにあたってのルールをちゃんと決めようね」と付け加えた。


「もちろん。じゃあ、まずはプランのことから話そう。その前に、泉質の調査が必要だ。泉質は九種類あり、それぞれ効能が違うから、ちゃんと確かめないとダメなんだよ。泉質によってターゲットも変わってくるからな」


 俺の考えとしては、予定期間は一ヶ月迄とし、目標金額を八千エウロに設定。一エウロ約百二十円なので、約九十六万円。そして今回の目的は目標金額の達成だ。温泉施設の様式や外観、設備は非常に簡易的なものだが、地中にある金を使用して百坪ほどの黄金の大浴場を構築する。女湯と男湯は一つの浴槽のちょうど真ん中に、木でできた高い仕切りを設置して分け、外から見られないよう、周囲を仕切りと同様の素材で取り囲む。石鹸やタオル類は持参してもらう方式をとる。ちなみに入浴料は大人一人四エウロ。子供はその半額だ。


 能事は、泉質を解析し、その効能などをしっかりと把握したうえで、セグメンテーションを行うことだ。例えば、掘り当てた温泉が、温泉水一キログラム中に含有成分が千ミリグラム以上あり、陰イオンの主成分が硫酸イオンの温泉である硫酸塩泉だった場合は、傷や末梢循環障害、冷え性、うつ状態、皮膚乾燥症、胆道系機能障害、高コレステロール血症、便秘などに効果的なので、それに合わせてターゲティングを行う。


ポジショニングの方は顧客の意見を取り入れながら流動的に行おう。さしあたっては『世にも珍しい黄金の温泉』といったところか。また、無色透明なその湯は飲用することにより、健康的な効果が期待できるので、これを謳うことは温泉施設にとっての強みになるだろう。


だが、これらがこの異世界で適応されるかどうかは甚だ疑問である。それに温泉が湧くという確証もないのだ。ただの勘だ。我ながら適当だ。ちなみにこのことはパンパカーナには話していない。なぜかって? 怒られそうだから。しかし大丈夫だ。なぜだかよくわからないが、ここから湧いて出る気がするのだ。俺のシックスセンスがそういっている。


 俺はその勘とやらに導かれるまま、おもむろにスコップを地面に突き立て、解析をはじめた。砂、泥、粘土、礫類、植物、微生物、液体などをかき分けながら、奥へおくへと潜っていくイメージをする。どこだ。どこだ。どこだ。俺は懇願するように探し続ける。頼む。掘り当たってくれ。

すると、熱いものが柄を通して手の神経に反応した。まさか。


「おい、 パンパカーナ。ちょっと離れてろ。いや、違う、クッソ離れてろ」


 俺がそういうと、パンパカーナは歓喜したような表情で目を輝かせ、スキップ気味に鼻歌交じりに去っていく。

パンパカーナの位置を確かめ、もういいだろうと判断した俺は、スコップを引き抜いて、パンパカーナのいる方へ全力で走った。

地面が小刻みに揺れはじめ、滝のような音が地の底から、徐々に大きくなって聞こえてくる。


「やばい。もう出そう」


「がんばれがんばれ」


 パンパカーナが嬉しげにはしゃいでいる。俺の台詞に対し、人によってはとんでもないと思われる返しをしたパンパカーナに他意はないのだろうが、それは四六時中ネットの海にダイブしていた頃を思い出すので、やめていただきたかった。下ネタに過敏に反応するラルエシミラがやっぱり「トガさんってば何考えてるんですか。スケベですね」などというものだから、再び意識の底に押し込んでやった。なぜあいつは知っている。と俺は思った。


 ややあって、湯気を伴った水の柱が天を目指して、五十メートルほどの高さまで噴き上がった。思わず「おー」という声が出た。隣でパンパカーナが「すごーい」と言いながら胸の前で、小さく手を叩いていた。


「やったぜ! 温泉を掘り当てたぞ!」


「うん、やったな! いえい!」


 パンパカーナと俺はハイタッチをした。弾けたような音がしたが、目の前で噴き上がっている温泉の轟音にほとんどかき消された。

しばらくこの景色に魅入っていたかったが、そうもいかず、直ちに大浴場やら排水溝や湯口の構築に、泉質の解析や例のルールを決めるなどをやらねばならなかったので、俺たちが一息つく頃には、日が傾きはじめていた。


 夕日に照らされた違法建築師も驚きの建築期間数分の温泉施設は、チープな外観が逆に趣を感じさせ、黄金の浴槽によって無色透明な湯までもが黄金に輝いてみえた。とりあえず作ってみた鹿おどしが一定の間隔で風情ある音を奏でているが、パンパカーナに「なんだあのうるさい置物は。いらん」と言われてしまったので、泣く泣く叩き壊した。


 俺たちは礫を粘土でつなぎ合わせてできた門を通って、丸く平たい石が縦に連なった道を歩き、屋根のついた料金徴収所を挟むようにして分かれている、男湯とする予定の、まだ青い暖簾もかかっていない右側の入り口にはいり、カラーボックスをたくさん集めたような簡単な荷物置き場がある鏡もない脱衣所で俺は胡座をかいて、パンパカーナは横坐りをしながら対面で会話をしていた。


「よし。じゃあ、おさらいするぞ。ひとつ、敵以外は殺さない。原生生物も同様であるが、例外として、もし殺してしまうのであれば、それは食料の調達という事情に限る。ふたつ、堕落した欺瞞者のように人を欺き、騙して金銭を奪うようなことはしない。いくら征服者とはいえ、最終的な目的から逸脱した行為は極力避けること。みっつ、勝ち目がないと判断したら、全力で逃げること。特に一目で力量の差を確信できるような人物には要注意。何がなんでも生き残ること——以上だ」


 俺がそういうと、パンパカーナは双眸を閉じて、口許を少し緩めながら、うんうんと頷いた。


「うん。おっけー! 紙に書いておきたいところだけど、これくらい憶えられるよね」


「もちろんだ。しっかしまあ、腹減ったな。ここ、電気ないから真っ暗になるぞ。そろそろ出ようぜ」


 腹をさすりながらいう。


「出るって、どこへ? お金もないのに」


 パンパカーナが肩をすくめて訊ねる。おそらく、彼女も相当腹が空いているはずだ。あれから何も口にしていない。育ち盛りの我々はいますぐカロリーを摂取する必要があった。しかし金銭的問題に衝突する。だが、当てはある。うちの師匠ご贔屓の、リピーターが一パーセントの料理屋が。


「飯屋だ。満漢全席が食えるぞ」


「満漢......全席」


 パンパカーナが涎をこぼしそうになるほど、表情を緩めた。たくさんのご馳走の想像に浸りながら、あれにしようか、どれにしようかと迷っているのだろうか。

 門に金の錠前をして、金の鍵をスーツのジャケットのポケットへ入れた。パンパカーナが白いローブを着て、シーボ国の橋梁を目指す。


西日が川面をオレンジに染めて、宝石のようにきらきらと輝いていた。ようやく訪れた束の間の休息を噛み締めながら、たわいのない話をして、お互い、無意識に歩調を合わせて歩く。遠くの空は藍色がかっており、菱形の星々が瞬いていた。


もうすぐ夜が来る。人々は家路を急ぎ、バンダナを巻いた男たちが愉快そうに笑いながら肩を組んで飲食店の暖簾をくぐったり、親子が楽しそうに手をつなぎながら、晩ごはんの献立を話し合ったりしている。

今日の街はなんだか賑やかで暖かく、そんな雰囲気にノスタルジーを覚えたりして、暖簾に『大満腹食堂』と書いてある料理店を指差してやると、パンパカーナは俺の袖を引っ張って、はやく行こうといった。そんな彼女が今宵、汚い虹を架けたのは言うまでもないだろう。



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