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スコップ1つで異世界征服  作者: 葦元狐雪
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第45話 「きっかけ」

 日本から直線距離で約三千六百二十八キロ離れた国のとある閑静な町。そこでは、まだ幼いパンパカーナが母親と手をつなぎながら、石畳の歩道を仲睦まじく歩いていた。

空は真っ白だった。街路樹は皆、茶色に枯れていた。


「あ、色が違う。ここ通ったらダメなんだよ」


 パンパカーナがオレンジ色の部分を指差していうと、金髪の女性は「通ったらどうなるの」といった。


「死んじゃうの」


「あら」


 女性は大袈裟に驚いたふりをして、口元に手を当てた。


「じゃあ、どうしたらいいのかしら」


「とぶのよ。こうやってぇ〜......ぴょんって!」


 短い足を精一杯使って飛び越えた。クリーム色の石畳に着地した。パンパカーナは喜悦の表情で女性を見上げると、頭を撫でられた。


「ほら、パンパカーナ。あそこにもあるわよ」


 今度は女性がオレンジの石畳を指差していった。


「もちろん。とびこえるよ! お母さんもいっしょにとぶんだよ。じゃないと、死んじゃうんだから」


「ふふ。パンパカーナがいればお母さん、きっと大丈夫ね」


「うん、まかせて! ねえ、早くいこ!」


 女性は焦らないのといいつつも、楽しそうに笑ってパンパカーナと手をつなぎながら、狭い歩幅で駆けた。

 と、対向車線からトラックが走ってきた。住宅街で出して良いスピードではなかった。制限速度を大幅に超えていた。運転席に目をやると、ドライバーはハンドルを握って俯いたまま、車輪は徐々にパンパカーナと女性の方へ向かっていた。


「パンパカーナ!!」


 トラックに背を向けた女性は、パンパカーナを体全体で覆い隠すように抱きしめる。


「どうしたの? おかあさ——」


 体に伝わる衝撃。パンパカーナと女性は宙を舞う。小さな頭部を腕全体で包み込み、背中を向けるようにして、遥か先の道路へ叩きつけられた。

そこからさらに転がり、後頭部から血を流したまま冷たくなっていく女性に抱きかかえられたパンパカーナが泣きながら「お母さん」と叫んでいた。


 十六歳になったとき、パンパカーナはあの日のことを思いだしながら、父に気晴らしにと連れてこられた射撃場で、ライフルを的へ向かって撃っていた。

 あれから父と二人暮しになった。娘に気を使わすまいと、父は一所懸命に働いた。母との思い出の詰まった家は売り払った。辛かったのだ。


(お母さんとお父さんと私の三人で暮らしたい。もしもお母さんが帰ってくるなら、あの日を変えることができるのなら、私は何でもする。何だってできる——この世に神がいるのなら、どうか聞き届けてほしい。ただひとつ、この、願いを)


 引き金を引き、放たれた弾丸が的にある真っ赤な印にめり込んだ。

 その時、パンパカーナの体はその場から消え、地面に硝煙を燻らせているライフルがぼとりと落ちた。


「ここは......?」


 目をさますと、見上げるほど高い石段から降りてくる銀髪の女性に目がとまった。

秀麗だった。眩しかった。きっと神様だ。そう思った。


「ようこそ、アンダーグラウンドへ。私はラルエシミラ・ラミシエルラ。あなたの願いは何ですか?」


 なんたる僥倖。願っても無いことだ。パンパカーナは懐疑心なく、そして迷うことなくいう。


「私を、母のいた世界に。母が生きている世界に、戻して」


「相わかりました。ただし、条件があります。それは——」


 それからパンパカーナは朱印玉を二つ飲まされ、二対一体の魂の神器が小さな口から吐き出された。

歪なスナイパーライフルとベレッタ・オート9のバレットをさらに太くしたような銃だった。それらは木で出来ていた。


「魔王を打ち倒した暁には、その願い、必ず叶えましょう。行きなさい、災厄の世界『モンドモルト』へ!」


 凛とした声を聞くと意識が遠のき、再び目が覚めた場所は森に囲まれた『シッタ・シッタ』と呼ばれる村だった。

 そこで手厚い歓迎を受けたパンパカーナは、宴の席で魔王が八人の勇者によって倒されたという情報を知ることになる。

 こんな酷いことがあるだろうか。何のためにここへ来た。もう、私の願いは永劫叶うことはないのだろうか。


「気を落とすな。パンパカーナ。何もまだ叶わないと決まったわけではない。探せば見つかるかもしれん。どうだろう、落ち着くまでしばらくここで暮らしてみては。皆、パンパカーナを歓迎しておるしな」


 焚き火の前でそういってパンパカーナを励ます老人は、この村の長の『レグノ』である。

 レグノは優しかった。村民たちは気さくな彼を慕い、愛した。パンパカーナも同様にそれだった。

 しかし、平和な生活はある日突然に終わりを告げる。


 正体不明の異形の怪物がシッタ・シッタ近郊に現れたという。

すでに犠牲者が出ており、腹は引き裂かれ、獣に臓物を食い散らかされたような惨い状態だったそうだ。

直ちに厳戒態勢が敷かれ、遺伝的に超越した腕力をもつ村民達は武器を手に取り、寝ずの番で村を警護していた。


「パンパカーナ、怖かったら逃げてもいいんだや」


「そうだよ! わたしたちより弱いんだし、その......魂の神器? だっけ? それ、焚き火をするときくらいしか使えないよ」


 詰るのは大きく出たおでこが特徴的な『テラ・エンドライト』と、青髪の長いポニーテールの『マーレ・ボルトアンカー』だ。

彼女たちは互いに幼馴染で親友だ。テラが銛を、マーレが釣竿を手に慎ましい胸を張っていた。


「まだ! ——まだ、慣れてないだけだから、戦えるから......」


 尻すぼみするようにパンパカーナはいった。

 彼女は未だに魂の神器を使いこなせず、その力は蒔に焚べる火ほどの威力しかない。

 それはパンパカーナにとって、実に不如意なことであった。


「大丈夫。危ないときはぼくが助けてあげるや。なんたって、父ちゃん譲りのこの力があるんだもん!」


 そういうと、テラは拳を掲げた。すると、ぼんやりとした赤い光が見えた。

 魔力だった。にわかだが、彼女は魔力を使うことができた。


「テラの父ちゃん、どこ行ったんだろうね」


マーレが肩をすくめていった。


「うん。早く帰ってきてほしい。寂しいや」


 テラの父は一月ほど前から大物を狩ってくるといったきりだった。テラもマーレと同じように肩をすくめてため息をついた。

ふと、獣の断末魔のような声が遠くから聞こえてきた。

二人ははっとして顔を互いに見合わせると、頷き、その声の方へ駆け出した。


「ま、待って! 置いてかないで!」


 慌ててテラとマーレの背中を追いかけるパンパカーナの足取りはぎこちなく、何度か小石につまづきそうになった。

 暗がりを一所懸命に走っていると、今度は人間の断末魔が聞こえた。


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