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スコップ1つで異世界征服  作者: 葦元狐雪
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第39話 「雲泥」

「なあ、ラルエシミラ。ちょっと聞いていいか」


 俺は淡いテーブルランプの光に照らされて、頬杖をつきながら陶然たる面持ちをして、慈愛を含んだような眼差しをこちらに向けているラルエシミラに問う。


「はい、なんでしょう」


 たわやかな唇が婀娜っぽく上下し、悠々たる声音に乗せた言葉は鼓室を懇ろに愛撫する。


「あの、シッタ・シッタで魔傑の腕を切り落とした剣についてなんだけど」


「問題にされている特定の事柄である『件』でしょうか、それとも柄と刃、鍔をもつ鋳造された刃物である『剣』しょうか」


「後者だよ。わかってて聞いてるな?」


 俺は分厚いハードカバーで装丁された本を閉じ、眉根を寄せていう。


「いえ、そんなことはありませんよ。もう、そんな訝しげに見つめないでくださいよ、照れるじゃないですか」


「......」


 俺は嘯くラルエシミラを放っておいて再び本を開き、羅列された文章に目を落とした。

 故意に仕立て上げた束の間の沈黙。

 ややあって、小さな机の上にゴトッという重い音がしたので、思わずそちらを見やると、片頬を膨らませたラルエシミラが不機嫌そうな顔をしていた。


「無視するなんてひどくないですか?」


「それは?」


 俺は机上にある銀色に輝く鞘に納まった、柄の青い剣らしきものを見ていう。 


「ほら、また......。もういいです。トガさんのいう『剣』とはこれのことでしょう?」


「多分それだ。答えられる範囲でいいから教えてほしいんだが、それは何物だ?」


「これは『閃光・改の剣』という禁忌の魔剣です。斬りつけた相手に必ず致命傷を与えることができますが、死に至らしめることはできません」


 俺はラルエシミラの戯言が飛んでくるかと身を構えたが、それは杞憂に終わったようだ。

 それはどのようなもの、いかなるものという意味の『何物』でしょうか、それともどのような人という意味の『何者』で、また、擬人法を用いて刀を人として捉えたということでしょうか。などと言われるかと思ったのだが。


「ただし、斬れば斬るほど切れ味は落ちていきますので、切れ味を最高水準に保つためには、刃を鞘に戻してから再び抜き、また戻す。という使い方をしなければなりません」


 ラルエシミラは鞘の表面を指先でなぞりながらいう。

 よく見ると表面はザラザラとしているようで、まるで鮫の肌である。


「その鞘には切れ味をもとに戻す力があるのか」


「はい。浄化作用と研磨も兼ねています」


 不思議なものだ。

 原理は全く不明だが、この剣が業物であることは間違いないだろう。

 俺はいくつかの疑問をぶつけてみる。


「それは魂の神器か」


「半分正解です」


「もう半分は」


「いえません」


「その類は他に存在するのか」


「はい。これと対をなす刀が存在します」


「どこにある」


「わかりません」


「ラルエシミラはそれを求めているのか」


「はい。欲しています」


「なぜ」


「いえません」


「なぜカリア村近辺の森にいた」


「いえません」


「アロウザールさんを洞穴で助けたのはラルエシミラか」


「いいえ」


「それは誰だ。また、黒いラルエシミラとは何か、そいつと『閃光改の剣』と関係があるのか」


「わかりません。後者の問いにはお答えできかねます」


「この世界の勇者を打ち倒すことで得られる、ラルエシミラにとってのメリットとはなんだ」


「成し遂げ次第、わかることでしょう」


 質問終了だ。

 後半は詰問のようになってしまったが、ラルエシミラは終始口許に笑みを浮かべて答えていた。

 ほとんど何も言わなかったな。女は秘密を着飾って云々と、行く先々で殺人事件が誘発される類稀なる才を秘めた小学生の登場する漫画でそんな台詞があった気がするが、あまりにも隠し事が多いのは考えものである。

 俺は再び本を開く。


「トガさん、初めて会ったときと比べると、なんだか落ち着きましたね」


「そうか?」


 今度は本に目を向けたまま答える。


「ええ。最初は騒がしくて倒錯性欲の変質的な助兵衛さんだと思ってました」


「おい。最後の方、意味的にはぜんぶ変態だぞ」


「えー、そんなことないですよ〜」などといいながら、剣を机の下の方へ持っていったのを視界の端で捉えた。

 床に置いたのだろうか。それにしてはなんの物音もしなかったな......。

 取り出したときもそうだ。

 いったい、どこへ隠し持っているのやら——


「ねえねえ、トガさん」


 ラルエシミラが呼んでいる。

 構うことなく、俺は読書に耽る。


「ねえ、こっちみてくださいよ、トガさん」


 どうせ、たいしたことでもないのだろう。

 俺はページをめくった。


「トガさん、ねえってば」


 ええい、鬱陶しい!

 根負けした俺はその方を見やった。

 すると、そこには片膝を立てて煽情的な表情でこちらを見るラルエシミラ。

 黒いニーハイと透き通るほど白い肌の対比が美しい......ではなく、前掛けのようなものが垂れ下がっているその左右に腰と太ももの境界線が見えるのだが。

 こいつ、まさか——


「ん? どうしたんですか?」


 俺はとっさに本のページに目を向ける。

 ラルエシミラが何かいっているけれど、知ったことではない。

 そのとき、俺の顔は灼けるように熱かった。



 $$$



 顔が熱い。

 交感神経が興奮し、アドレナリンがドバドバと溢れ出してくる。

「逃走か闘争か」

 分泌される際のホルモンはこういわれているそうだ。

 そう、俺はまさに今、『闘争』状態にある。


 夢幻の中とはいえ、汗は出るし、息もあがる。

 まったく、忠実に再現してくれるな。上方的補正をかけてくれてもよさそうなものだが。

 そうなると、長期決戦は無用だ。短期で決着をつけるしかない。

 体力面を考慮しての判断だった。


 まずは地質の解析だ。

 この地面が何でできていて、何ができるかを把握することこそが能事である。

 俺はスコップを突き刺し、地質の解析を試みる。

 ラルエシミラから目を離すことなく、状況判断と情報収集を同時に行う。


 個体、液体、気体。それぞれ、3対4対3か。

 少し液体が多い。ここが湖畔であるからだと推測する。

 個体は砂と細礫、中礫を中心とした小石、粘度の高い粘土。

 そして木片、糸状菌の胞子や枯死した木の根などを含む腐植物質。

 これらのうちからいずれかを抽出し、武器とする。


「——っ! また来やがるのか!」


 スコップを地面から取り出し、両手を草の上に被せ、中腰になる俺。

 ラルエシミラは白銀に輝く剣を抜刀し、そのまま天を突き刺すように上へと刃をもっていき、腕を耳にピタリとくっつける。


『閃光・改の剣——第八の刃・國崩し』


 切っ先が燦然と輝き、丸い光の玉が構築される。

 嫌な予感がする。このままでは死ぬだろう。

 頭の奥で誰かが警鐘を鳴らしているような感覚だ。


 やるしかない。

 信じろ、己を。そして、イメージしろ。

 アロウザールの言葉が飛び込んできた。


 俺はスコップを地面に突き刺し、先より得た情報から選択する。

 構成するは盾。抽出するは礫の集合体と粘土だ。

 脳内でイメージする。様々な形をした礫とそれを接合させる膠の役割として、粘土を採択。

 ——完了した。俺は、スコップを抜く。


 その瞬間、地面から巨大な城壁が俺の眼前から現れ、光まで覆い尽くした。

 半球体の壁が出来上がり、暗闇に閉じ込められる。

 ややあって、衝撃が体に響いた。

 どうやら、ラルエシミラの攻撃が炸裂したようだ。

 無数の爆弾を投げつけられているような感覚。


「ぐ......」


 俺は耐える。神に祈りながら。

 と、城壁の一部に穴が開く。

 蒼がこちらを見ている。

 思わず目を眇めると、

 その穴から光の玉が流星のように飛び交っているのが見えた。


 やがて暴力的な流星群は止み、それと同時に、壁は音を立てて崩れる。

 ちょうど、ラルエシミラが鞘に刃を納めているところだ。

 カチンという音がした。その直後、突如ラルエシミラの足元から半径30センチほどの底なし沼が出現し、右足が吸い込まれはじめた。

 すでに脹脛まで泥に浸かっている。

 脱出しようと片足で踏ん張るが、そちらも泥に浸かりはじめていたため、踏ん張りが利かなくなっていた。


「両足は封じた。もう、動けねえだろ」


 俺は立ち上がり、もがいているラルエシミラにそういった。




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