表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スコップ1つで異世界征服  作者: 葦元狐雪
31/75

第31話 「女王の力」

 アロウザールは遠い目をして、顎を撫でながら、顔をほころばせている。


「けっこう、壮絶な過去だな」


 俺はアロウザールの蒼白な足に目を落としていう。


「そうだろう、そうだろう。『母殺しのアロウザール』ってな。村の連中にそう呼ばれていたもんだ」


「それで」


 再び、俺はアロウザールの目にピントを合わせて、


「それで、森の奥へ行って、どうなったんだ?」


 という。


「長いのでな。続きは後日、話してやる。ほれ、はようラルエシミラと対話せい」


 アロウザールは片方の眉を吊り上げて、俺の頭頂部あたりを人差し指で差した。

 足を組み直す。意識を頭の天辺、銀色の短冊に集中させる。

 時間が過ぎていく。

 聞こえるのは風が窓の隙間に入り込んでくるような、人の叫ぶ声に似た音と、アロウザールの息遣いだけである。

 そして、頭の中から聞こえてくる、ノイズ——


「だあ—っ! ムリ! ぜんっぜんできねぇ。ラルエシミラ、どこにいるんだよ」


 俺は体勢をくずし、両足を放りだした。


「根性ないのう。厳しいかもしれんが、今は仲間のことを考えず、ラルエシミラのことだけを考えろ」


「そんなこと言われても」


 実際、俺の脳内はパンパカーナを一刻も早く助けだしたいという焦燥感と、

 自身の力不足により、パンパカーナを死の淵へ追いやってしまったという罪悪感に支配されていた。

 普段より、必要以上に力の入っていた全身は、倍以上の疲労感をもたらし、体力、集中力を欠乏させる。

 ラルエシミラのことを考えている余裕は、正直なところ、ない。


「やれやれだの。仕方ない。コツを教えてやるから、よ〜く聞くように」


「——っ! お願いします」


 アロウザールはスコップを持ち出し、ナイフを用いる曲芸師のように振り回す。

 ああ。そういえば渡したままだったな、と俺は鮮やかなナイフさばき、もとい、スコップさばきを眺めながら思った。


「魂の神器を使う感覚で臨め」


 スコップの柄を逆手に受け止め、アロウザールはいう。


「と、いうと......」


「お主は無意識だろうが、魂の神器を使う際には、自らの魂から力を引いてくるのだ。心の臓から脈を伝い、手にした神器に力を宿す。そのイメージでやれ」


「ああ。なんとなく、わかった。やってみる」


 俺はまた、あぐらをかいて集中し、

 思い出す。突き立て、引き抜く。

 地の底から溢れ出る液体、噴出す魔傑の血液。


 胸の中心が暖かくなり、熱いなにかが首にある太い血管を伝い、登ってくる。

 やがて、双眸にたどり着く。

 目玉を丸ごと取り外し、感覚を保ったまま、炭酸水に浸したようだ。

 しかし、痛くはない。むしろ、心地よいとさえ思った。


 頭頂部に熱が集約されていく。

 銀色の短冊が輝き、なびくようなイメージをする。

 俺は幻想の中でスコップを振りかざし、力の限り振り下ろす。

 すると地面に亀裂が入り、ヒビは全方位に広がる。


 大地は形を保てなくなり、崩れ落ち、濃い闇が顔をのぞかせた。

 俺はその闇の中へ飛び込んでいく。深く深く。潜り込むように。深く、深く——


 ————————


 ——————


 ————


 ——


 —



 気がつくと、淡い光のライトスタンドと、四本足のついた小さな机が見えた。

 丸椅子に座り、本を読んでいる、ひとりの女性。

 それは銀髪で、毛先を軽くウウェーブさせたショートボブのラルエシミラ。

 背後にはラルエシミラを取り囲むように、山積みになった本が乱雑に置いてある。


 銀色の短冊をしおりにして、本に挟み、閉じた。

 目が合う。

 ラルエシミラは微笑し、


「ようこそ、私へ。ゆっくり、おはなしでもしましょうか、トガさん」


 と、いった。

 俺は空席の丸椅子に腰掛け、ラルエシミラと向き合った。



 $$$



「助けに来た、だと?」


 レベッカは怒りに震えた声でいった。

 使用人、使用人長、衛兵、衰弱したパンパカーナ。

 それらの視線が一つに集まっている。


 俺はベルトに引っ掛けてあるロープを取り出すと、

 カウボーイがロープで獲物を捕らえるように、パンパカーナの胴体に巻きつけ、引き寄せた。

 引き寄せたパンパカーナを片腕で抱きかかえ、


「ごめん、パンパカーナ」


 という。

 パンパカーナは驚いたような顔をして固まっていたが、すぐに、


「謝るな......謝らなくていい......ありがとう」


 そういって、涙をこぼして笑った。


「おい」


 声のする方を見やる。

 レベッカの顔は、怒りにより、さらに険しくなっていた。


「我の供物になにをしている、賊。貴様が触れて良い代物ではないぞ、よこせ」


 レベッカの片手が差し伸べられる。

 その手には、触れると掴まれ、そのまま握りつぶされそうな迫力があった。

 俺は臆することなくいう。


「俺の親友だ。手を、出すな!」


 レベッカの青筋がぶち切れた。

「衛兵!」と叫ぶと、二十人ほどのペリドット色の鎧をした戦士がレベッカを取り囲む。

 槍、剣、ハンマー、銃。

 それらの矛先が俺に対して向けられていた。


「殺れ」


 静かな号令。

 それを合図に、衛兵たちが一斉に襲いかかってきた。

 斜め右から剣が三つ。真ん中から槍が三つ。斜め左からハンマーが二つ。

 奥には銃が六つ、こちらに狙いを定めている。


「力を貸せ、ラルエシミラ」


(はい)


 刀身が輝き、目下にある地面に向けて剣を振り下ろす。

 削り取るように、斬撃は弧を描いて地面に傷をつけた。

 そこから噴出する鋭利な白く輝く結晶の塊。

 クリスタルのようなそれは、衛兵の硬い鎧を貫いた。

 また、細く伸びた岩はパンパカーナの手枷を砕く。


 遅れて放たれる銃弾は、巨大な白い結晶に阻まれ、こちらに届かない。

 即死したようだ。

 八人の衛兵はみな、心臓付近に大穴をあけ、手足はたれ下がり、ピクピクと痙攣している。


(この床は、『白亜結晶質石灰岩』製です。トガさん、覚えておいてくださいね)


 俺の中でラルエシミラが人さし指を立てていう。


『白亜結晶質石灰岩』とは、

 石灰岩がこの世界、『モンドモルト』の地底深くで生成されたマグマによって再結晶化したものであり、その美しさと希少価値から、グラム約一万エウロで取引されている。

 成分にカルシウムを含み、また、

 稀に魔法石を内包していることがあり、その場合、価値は十〜五十倍に跳ね上がる。


「やっぱ、まだ覚えきれてねえな」


 レベッカを取り囲んでいる残された衛兵たちは狼狽し、後ずさる。


「うろたえるな! 同胞よ、臆せず進め! 我行く道に屍はあらず!」


 レベッカはそういうと、藍色をしたペンを取り出し、空中に筆を走らせた。

 尋常でない速度で紋様が出来上がり、その紋様に手を添えて唱える。


『枯 骨 廻 天』


 碧色の輝きがほとばしる。

 クリスタルは割れて、息絶えたはずの衛兵が次々と立ち上がり、武器を構えた。


「馬鹿な」


 パンパカーナは目を見開き、レベッカの持つ奇跡の力に対し、驚きを隠せずにいた。

 俺は長剣を構え、今度はレベッカの上半身に狙いを定めた。足の筋肉に力を込める。

 このまま一気に突撃し、血液を根こそぎ『掘り起こす』


 さあ、行くぞ。

 と、体を動かそうとしたが、微動だにしない。

 まるで石に変えられてしまったかのように、ピクリとも動かせなかった。


「なんだ、これは......」


(トガさん、これは......魂の神器の力です。あの、奥。あそこにいる女性が......)


 ラルエシミラの呼びかけに従い、視線をその方へもっていくと、舌根まで見えるほど舌を出している女性が見えた。

 その舌には大きな目玉があり、こちらを睨んでいる。


「——っ! 戸賀勇希! そいつの能力は——」


 パンパカーナの声は途切れた。どうやら、パンパカーナも動きを封じられたようだ。

 すると、舌に目のある女性の舌先が割れ、口ができあがる。

 俺に対し、その口は男とも女ともわからぬ声で言葉を話した。


「女王陛下の御前です。控えなさい」


 と。

 このとき、俺の脳内ではアロウザールの言葉が反響していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ