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スコップ1つで異世界征服  作者: 葦元狐雪
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第28話 「天啓」

 パンパカーナとルトは唖然とした。

 檻を開けてみると、身を寄せ合い震えている三人の少女たちと出会うという、

 全く予想だにしなかった出来事にどう対処すればいいのか分からず立ち惚ける。


 赤、黄色、青。まるで、信号機のようだ。

 パンパカーナはハッとして河川敷での出来事を思い出す。


 戸賀勇希に荒唐無稽なことを言われ、泣き叫びながら逃げていった少女たちだ。

 それがなぜ、ボロ切れを着せられ、この地下牢獄に閉じ込められているのだろうか。

 パンパカーナは自身より一回りも幼い少女たちに近づき、両膝をついて話しかける。


「お前たち。どうして、こんなところにいる?」


 幼い少女たちは震えて何も喋らない。

 瞳は潤み、口を一文字に閉じて俯いている。


「あの、私たちは何もお前たちを責めたてようとか、痛めつけるために来たわけではない。ただ——」


 パンパカーナがそう言い終わるや否や、幼い少女たちは堰を切ったように涙を流しながら、パンパカーナの腹部あたりに顔を埋めて嗚咽をあげた。


「ちょ、ちょっと」


 突然の事に驚いたパンパカーナだが、やがて目尻を下げて慈しむように微笑むと、


「——よしよし。怖かったね。辛かったね。よく、がんばったね......もう大丈夫、大丈夫だからね」


 小さな体を抱き寄せ、優しく頭を撫でた。

 随分と心細かったのだろう。かわいそうに。

 そう思いながら、パンパカーナは頬に手を滑らせる。


 と、異様な感触を覚える。

 黄色いポニーテールの少女の顔を両手のひらで包み、顔を凝視する。

 薄暗いため、目立たないが、そこにはミミズが這っているような赤い筋がいくつか確認できた。

 酷い。他の二人も同様に顔や体に傷があることがわかる。

 パンパカーナは文字通り、腫れ物に触るように傷をなぞると、黄色いポニーテールの少女は痛みに顔を歪めた。


「いったい、誰がこんなことを」


 パンパカーナは静かに肩を震わせている。

 少女たちに悟られないように、恐れられないように。

 その瞳には憤怒の炎が燃えたぎり、主犯格を滅却せんと血気盛んに渦巻いているようであった。


(助けてやる。絶対に、助けてやる)


 そう決意したパンパカーナの首に、背後から抱きしめられるようにするりと二本の腕が絡んできた。

 腕はクロスする形になり、そのまま一気に首元を締め上げる。


「かはっ」


 パンパカーナの体は宙に浮かびあがる。足をバタつかせ、空気を蹴り、かき混ぜる。

 とっさに腕を掴んで引き剥がそうと試みるが、力が強く、振り解くことができない。

 パンパカーナは徐々に締まる首をわずかに捻り、背後にいる人物を見ようと試みる。


「違う、ごめん、違うんだ......違う、ごめん、パンパカーナ、違う......」


 震える声で訴えるルト。

 それに反して、力はさらに強まっていく。


「な......ぜ......」


 意識を刈り取られないように、なんとか抵抗をするパンパカーナ。

 ルトの腕に爪を立てようとしたが、再び腕を握り直した。

 幼い少女たちはパンパカーナを助けようと立ち上がる。しかし、その体は地面に叩きつけられうつ伏せ状態にされてしまった。


「愚かですね。あなたたち」


 突如、背後から何者かの声。

 パンパカーナは知っている。声の正体を知っている。

 捻出した空気とともに、言葉を送り出す。


「使用......人長......!」


 パンパカーナの首を締め上げるルトの背後に、使用人長がランタンを持って立っていた。

 その顔は無表情で冷淡である。

 口だけが動き、まるで腹話術に用いる人形のようだ。


「本当に、愚かです」


 使用人長がそう言うと、パンパカーナの首は解放された。

 代わりに、今度は両肩を封じられて背後から羽交い締めにされる格好となり、

 ルトは踵を軸に半回転し、止まる。パンパカーナは使用人長と対面した。


「いつからだ、使用人長」


 血の気の引いた青白い顔で言うパンパカーナ。

 使用人長は微動だにせず、口だけを動かす。


「最初からです。あなたたちが宮殿を嗅ぎ回っていたことも、脱出の計画を企てていたことも知っていました」


「馬鹿な」


「ちなみに、その鍵は全てダミーです。どれを使おうとも、開く扉はこの宮殿に一つとして存在しません。」


「ありえない。鍵を使って開けたはずだ」


「違います。私が開いたのです」


 淡々と語る使用人長。ランプの灯りが影をつくり、不気味な影芝居を催している。

 ルトは耳元で懺悔の言葉を繰り返す。ごめん。違う。ごめん。

 使用人長は表情を変えないまま溜息を一つして、


「私はパンパカーナ、あなたのことが気に入りません」


 と言った。

 しかし、その声からは何も感じられない。怒りも、嫉妬も、哀しみも。


「ふん。さては私が女王陛下に気に入られていることが妬ましいのか?」


 パンパカーナは扇情的に言う。


「そうです。最初から気に食わなかったのです。女王陛下直々に治療を施していただきながら、恩人である女王陛下に対して悪態をつき、侮蔑する。それにもかかわらず嬢王様から寵愛の眼差しを受ける、あなたが——そこで私は考えました。どうすればあなたを屈辱的に苦しめることができ、なおかつ正当な理由でこの宮殿から追放できるのかを」


「そうかい。こっちはたまったもんじゃないけど。お生憎様、そっちの趣味はないんでね」


 使用人長の神経を逆撫でするようなパンパカーナの言葉。

 しかし使用人長は応えず、語る。


「まず、この宮殿から脱出するきっかけを与えられるよう、あなたを扇動する協力者を提供しようと考えました」


「だから、ルトを私と組ませたわけか」


「そうです。愚かなことですが、以前から彼女も女王陛下に対してあなたと同様の思想を持っていました。それに、年齢もあなたと近しいのでちょうど良いと判断したのです。彼女のことですから、志を同じくする者が現れれば、協力して脱出を試みることは容易に予想がつきました。思考が短絡的なので」


 使用人長は無意味にルトをなじる。

 そして続けて、


「あなたがルトとある程度信頼を築いたところで、私は罠を仕掛けました」


 と言う。


「それが偽物の鍵ってわけか」


「はい。わざと腰にぶら下げて、ルトの目の前を通りました。すると、あっさり盗んでくれました」


「で、どうして偽物の鍵が使えたんだ」


 パンパカーナに対し、使用人長は再び溜息をつく。


「先ほども言ったように、私が開いたのです。衛兵が近づいてきたことに気づき、扉を必死に開けようとするあなたは実に愉快でしたよ。そしてタイミングを見計らい、ギリギリのところで錠を解除しました」


「どこから見ていた」


 パンパカーナは静かに言う。

 使用人長はあっけらかんとして答える。


「見てはいません。感じていました」


 意味がわからなかった。

 この女は千里眼でも持っているのだろうかとパンパカーナは思う。

 ルトは相変わらずパンパカーナを拘束している。

 試しに体を揺すってみるが、解放してはくれなかった。


「ところで、脱走を図った者はどうなるかご存じでしょうか」


「いや、知らない」


 実際、どうなるのか聞いたところで顔を伏せたり、そそくさとどこかへ去っていく者ばかりで知ることはできなかった。

 触れてはならない暗黙の了解。それだけは理解することができた。

 使用人長はランタンを持ち替えて言う。


「女王陛下と交わった後、死刑です」


「——っ!?」


 言葉に詰まった。

 詰まった言葉が気管に入ったため、大きくむせてしまい、咳を何度か吐き出した。

 ああ。狂気だ。

 やはりここは、狂っている。


「そこの三人娘は残念なことに脱走をして捕まりました。しかしまだ十三歳にもなっていませんので、適齢期である十六歳までこの地下牢獄で暮らしていただくのです」


 使用人長は表情を崩さない。

 どんなに非人道的なことを言おうと、眉ひとつ動かさなかった。


「あきれた。そんなことが許されると思っているのか、恥を知れ」


 パンパカーナは侮蔑を込めて言う。

 だが、使用人長は動じない。


「恥じるべきはあなたです、パンパカーナ。このお粗末な『計画』を実行した、あなたを」


「話をそらすな。人としてどうあるべきかという、道徳的な話をしているのだ」


「まさに私が言わんとしていることがそれでしょう——あなたは友人を、ルトを止めるべきでした。実行するべきではありませんでした。こんな穴だらけの『計画』を——『計画』とは何百、何千と考え、シュミレートし、成功する確率が高いと思われる案をいくつか選別する。


 さらに残った有力な候補をふるいにかけ、厳選し、シュミレートする。これを何度も何度も何度も繰り返して、ようやく『計画』と呼べるのです。あなたたちの考えたものは便所の落書き以下の戯言。真の『計画』とは程遠い......その結果、仲間は命を落とすことになるのです。パンパカーナ、あなたの稚拙な戯言のせいでね」


 パンパカーナは黙った。

 言い返せないわけではない。むしろ、いくらでも言い返してやれるくらいだ。

 ただ、この人物には何を言ったところで、話は通じないのだろうと判断した為である。


「私は女王陛下にとって悪であると判断した者は、たとえ女王陛下の寵愛をその身に受ける者であろうと排除する。そう、固く心に決めています——なぜなら、女王陛下は『勇者落ち』である私を救ってくれた唯一無二の御方。そして、私はこの宮殿を守り、支配する者——」


 使用人長は口を裂けんばかりに開き、舌をダラリと垂れ下げる。

 その舌の真ん中には大きな目玉がひとつ。ギョロギョロと動いていた。

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