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スコップ1つで異世界征服  作者: 葦元狐雪
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第23話 「改革への第一歩」

 そこの角を曲がりますよ、とボールドは言う。

 俺は『アロウザール旧元帥・齢0歳』という胡散臭さの塊のような人物について考えていた。

 勇者たちが魔王を討伐してからどれほどの月日が経つのか不明瞭だが、赤子が『元帥』とは何事だ。

 しかも、勇者を鍛え上げたというのだから、ますます胡散臭い。

 俺は狐に化かされるような思いでボールドに着いて行く。


「なあ、ボールドさん。勇者が魔王を倒してからどれくらい経つんだ?」


 俺は予てより感じていた疑問をなんとなく、藪から棒に、背後からぶつけてみる。


「一年と、三ヶ月くらいですかね。ええ」


 ノータイムで応えるボールド。まるで、問われることを知っていたかのようだ。


「そのあと勇者が国を乗っ取ったのは、いつからなんだ?」


 もう一度、今度はそれに関連した疑問を投げつける。


「半年ほど経った頃でしょうか。ある日突然、『現国王が勇者一行の国王就任を宣明する』というような内容が号外として街中にばらまかれました。その時はよく覚えていますよ。ええ。みんな、大騒ぎでしたからね。戴冠式もそのあたりです」


 そこを右に曲がりますよ、とボールド。

 俺は意外にも、たいして月日が経過していないことに驚いた。

 特に理由はなかったが最低でも五年は経っていると思っていたからだ。

 そんなことを考えている俺を他所に、ボールドは軽快な靴音を鳴らしながら、


「はじめの頃はみんな喜んでいました。国を救った英雄が王になったのだ、なんと素晴らしいことよ」


 と、言った。


「はじめは?」


「女王様の性壁が徐々に露呈されたのです。就任から少しして、街の若く、美しい女性たちが次々と使用人として宮殿に迎え入れられました。街の様子はご覧になられましたか?」


「あ、ああ。そういえば、なんだか男とおばさんがやたらと目に入ったな」


 俺は道中で見た露店街のことを思い出す。


「ええ。困ったものですよ。面会も許されないというのですから、慈悲もない話です」


 ボルドーは寂しそうに言った。

 俺は素直に納得したくなかったが、納得した。

 そうか。それでパンパカーナは女王のお眼鏡に適ったがために、使用人に仕立てられたのか、と。


 ここで一抹の違和感。

 ちょっと待てよ。女王なんだよな? 女王ってことは女だろ。

 女が美女を囲うってことは、つまり......


「王女さまは、美しい女性が大好物なんです」


 突飛なボールドの如何わしい発言に、俺は考えを見透かされているようでドキリとした。

 その言葉は女王をなじっているようにも思えて、彼の女王に対する密かな不満を示唆しているようであった。

 ボールドさん。それ、聞かれたらまずいんじゃないんですかねえ......。下手すりゃ、国家反逆罪では。

 おそらく不安に顔を引きつらせているであろう俺をさらに引きつらせるようにボールドは言う。


「酔狂なお人でしょう? ワタクシ、それを聞いた時は我が耳を疑いましたよ。ええ。まさか自国の王女様が——」


「止まれ」


 ボールドの言葉を遮り、聞き知らない声が後方から飛んできた。

 俺たちは歩みを止め、ガチャチャと音を立てて近づいてくるそれを待った。


「そこのお前。今しがた、聞き捨てならないことを口走りおったな。もう一度、言ってみよ」


 それは甲冑だった。

 頭からつま先まで、すっぽりとペリドット色の鎧に包まれている。

 頭部には横一文字に外を見るための穴が開いているが、

 そこから目玉が見えないので、空っぽの鎧が意思を持っているかのように思えてそこはかとなく不気味だった。


 おそらくたまたま通りかかった警ら中の衛兵に、運悪く先の発言を聞かれたのだろう。

 ボールドはスーツのポケットに手を突っ込んで相変わらず飄々とした表情をしている。

 焦る様子も、怯える様子も感じない。

 俺はてんで困って、ボールドの顔を見ていると、彼はポケットから小さな紙切れをスルスルと取り出した。


 巻物のように伸びたその紙に目を凝らして見るとそこには、


『逃げます』


 と、書いてあった。

 おそらく俺がメッセージを読み取ったことを確認したであろうボルドーは、紙をクシャリと握り潰すと、地面を蹴り飛ばして走り出した。


「おい! 貴様ら、待て!」


 とっさに甲冑も動き始める。

 俺も駆け出したボルドーに続いて走りだす。

 背後から甲冑同士がぶつかり合う音が聞こえる。


 右、左、直進、左、右、右、直進、左。

 迷路のような道をひたすら走る。

 しかし、依然として後ろから音が追いかけてくる。


 ガッチャガッチャ、ガッチャガッチャ。


 距離に差はあるものの、甲冑を着込んで比較的身軽な俺たちについてくるとは、実に驚異な身体能力である。

 だが、さすがにそろそろ息が続かなくなってきた。

 脇腹が痛い。右手で揉み込んでやるが効果を感じられない。


 先導するボルドーは肩越しにチラリと後方を確認すると、

 再びポケットに手を忍ばせ、先ほどと同じように紙を取り出すと、それを俺の眼前に突き出してきた。


『右・左・その後・ワタクシに続け』


 どういうことだ。

 ボルドー、何をしようというのだ。

 そんなことを思っていると、前方には右の角道。

 最短距離で曲がる。

 すると前方、目測200メートル先に左への曲がり角。


 後方を確認。甲冑の足が角からはみ出して見える。

 前方、ボルドーが左に曲がる。

 俺もそれに続く。

 すると、何かを手から放つボルドーの姿。


 何かは道の真ん中にあるマンホールに当たると、マンホールは燻りだす。

 やがて空高く打ち上がる金属の円盤。

 空中で激しく回転し、しばし地上のしがらみから解き放たれる。


 ぽっかり空いた穴に飛び込むボルドー。

 甲冑の音が近づいてくる。

 迷っている暇はなかった。俺も同じように暗い暗い穴へと、文字通り身を落とした。


 落ちる最中、聞こえてきた爆音。上から射す光は突然閉ざされた。

 暗い、見えない、暗い、怖い。

 俺は浮遊感に耐え切れなくなり、瞼を思い切り閉じる。


 ——ドスッ。


 ...................


「戸賀勇希さん。大丈夫ですか?」


 目を開けると、そこには微笑を浮かべるボルドーの顔があった。

 どうやら先に着地に成功したボルドーに受け止められたようだ。

 お姫様抱っこで。


「あ、ああ。ありがとう、ボルドーさん」


「いえいえ」


「あの......」


「はい」


「助けてもらっておいてなんだが、そろそろ下ろしてくれるとありがたいんだが......」


「ええ。これは失敬しました」


 ボルドーはゆっくりと俺の足を地面に下ろす。

 ここは......下水道だろうか。

 とっさに鼻を摘んで空気の侵入を断つ俺。


「ははは。大丈夫ですよ。ここは封鎖された下水道ですから」


 そしてボルドーは濃厚な闇に満たされた先を指差し、


「あの道をまっすぐ突き進んで下さい。決して、途中で引き返したり曲がろうとしてはいけません。いいですね」


 と、言った。

 俺はゴクリと生唾を飲み込む。

 あまりにも深い闇に、本能的に足がすくんでしまう。


「大丈夫です。あの向こう側にはアロウザール旧元帥がいらっしゃいます。ワタクシを信じて下さい——それと、戸賀勇希さん。あなたに言わなければならないことが」


 そう言うと、ボルドーは膝を折り、頭を垂れた。


「ちょ、ボルドーさん!」


 俺は困惑し、どうたら良いのかわからなくなる。

 すると、ボルドーの口から放たれたのは意外な言葉だった。


「申し訳ありませんでした」


「え」


「ワタクシ、あれほど必死に懇願する戸賀勇希さんに対し、心ないことを言ってしまいました。本当に、申し訳ありませんでした」


「いや、そんな。全然気にしてねえから」


 俺は頭と手を左右に振りながら言う。

 ボールドは謝罪を続ける。


「あなたは立派です。土下座までして、仲間のために自らの命を危機にさらしてまで助けようと思う人間は、この世の中、そうそういるものではありません。ワタクシは恥じました。愚かでした。莫迦でした。目の前に困っている勇敢な少年を見捨て、考えることといえば我が身を、自分の居場所を守ることばかり。利己的で、卑しい大人です。それに——」


 ボールドはゆっくり立ち上がり、俺にしっかり視線を合わせて、


「やはり、出会った当初とは目の色と顔つきが違いますね。ええ。初めて見た時はなんと幼く、なんと頼りない顔だと思いましたよ」


 と、言った。

 この野郎。

 俺は軽く怒ったふうに言う。


「半分冗談です。んんっ! とにかく、あなたの中で何かが変わつつあります。ここへ来る前も言いましたが、魂の神器を扱えるのですから、あなたはきっと特別な存在なのです。それがなくとも、仲間を大切に想う熱い情熱はあなたの美徳であり、武器でもあります。どうか、その気持ちを忘れずに」


「半分は本気かい。まあ言われて悪い気はしないし、その言葉、素直に受け取っておくよ」


「結構。それでは、ご健闘をお祈りします。ワタクシはやることがありますので、しばしのお別れです」


 ボルドーは丁寧にお辞儀をすると、ここへ来るために通ってきた穴の下に立ち、足元にはんぺんのようなプルプルしたものを置く。

 と、ほどなくしてそれは爆発し、ボルドーは穴の中へ勢いよく飛び込んでいった。

 飛び込む寸前、こちらを見て優しく微笑んだ気がした。


「すぅーーー......。よし! いっちょやるか!」


 俺は覚悟を決めると、果てしない闇の中に足を踏み入れた。


 ——


 ————


 ——————



 ぼんやりとしたオレンジ色の明かりが灯る。

 突然現れた光に、反射的に目をしぼませる。

 すると、しわがれた声が聞こえてきた。


「ほーう。ほーう。ほ〜う。これは、これは......」


 眼前には、朽ちた玉座に老夫と老婦が腰を据えてこちらを見ていた。

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