表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

4、出会えた


 一人きりの帰り道だって、考え事しながら帰れば退屈もしないし、合理的だ。

 

 校門から出たところで、そのまま緑道に入る。これが帰宅ルートらしい。ということは今朝学習済み。

 冬の空っぽの石の道を歩く。両脇に木々が植わっているが、それらはもう骨組みしか残っていなかった。銀杏の木が枝が細々と、幹にしわがよっていた。その様がやせこけているように見えて。僕はそれをまともに見ることが出来なかった。

 去年なら何も感じなかったのかもしれない。

 でも、今年はそれを仕方ないと言えない僕がいた。背中から脂汗が出た。


 ふと、見知らぬ人を思い浮かべた。

 村岡さゆなのことをだ。

 名前の字面しか知らない。彼女の内面も外面も知らない。


 彼女は自殺した。自ら命を絶つ。その選択を彼女に迫らせたのは何だったのか。


 彼女に害を加えた人物、または彼女の環境。そんなものが存在したのか、はたまた存在しなかったのか。


「ま、どうでもいいけど」

 僕には関係のない話だった。

 村岡さゆなを知らない僕、蚊帳の外の僕。まずデータ不足だろうが。予想は不可能。

 だから何も考えなくてもいいはずなのに。


 空を見上げた。曇りかけの空が淡いグレーで陰影をつけていた。曲線の並びが不吉に見えて、怖くなった。目線を下に落とした。

 背中が寒い。誰かがつけているような気さえした。

 はは、被害妄想か、僕っておかしいヤツ。


 

 緑道を抜けると正面に橋が見えた。それを突っ切って信号を渡れば、僕の家がある。

 そこで問題が静かに発生した。

 よくよく考えてみれば僕の眼前でおかしなことが起きていた。

 一瞬、僕は目を疑った。映画の撮影などの特撮的な効果で作為的にこう見えているのかとも思った。

 しかし、カメラは目に入る所には無かったので違うと思う。


 ――――橋の欄干に人が立っていた。


 丸みを帯びており、手で掴めそうな細い欄干の上。その形状からして、人は乗れそうにない。

 が、彼女は器用にそれに自分のローファーを引っかけていた。

 

 濃い緑色のセーラー服。うちの学校の制服だ。

 風になびくスカートとハイソックスの間から、陶器のような白い肌が覗いている。

 人形みたいな作り物の女の子がそこにいた。

 

「何してる」

 僕が問うた。同じ学校の誰かであることは分かるが、初対面の人間に対しての言動にしては不適切だったように思う。

 彼女は僕の方を見た。

 その茶色の目が僕を握りつぶした。身が締め付けられるような目だった。

 彼女の長い真っ黒な髪が針のように橋に突き刺さっているとか。

 つるが巻き付いて離れないとか。

 そうでもなければ成立しないような体勢だった。

 

 彼女はしばらく黙ってこっちを見ていた。目をそらすわけでもなく、猫みたいな眠たげな表情でこっちを舐めるようにみた。

 よく見ると、鼻先がうっすら赤く、鼻を軽くすすっている。

 こんな寒い日に上着もなしに突っ立っていればそりゃあ風邪だって引くだろう。

 

 彼女はぼそっと呟いた。

「もくとう」

 彼女の答えは不適切だった。

 黙祷?

 わざわざ漢字に変換しないと、分からないってなんだよ。

 呆れて口からつい声がぽろっと出そうになったとき、彼女は欄干から飛び降りた。


 ――えっ。

 気がつくと彼女が橋の下に真っ逆さまに落ちていった。

 橋の中間に駆け寄り、真下を覗いた。

 彼女が川に落ちて血まみれになった絵が頭に浮かんだ。

 

 が、実際はそこには何もなかった。

 彼女の姿はそこには無かった。

「嘘だろ」

 それしか言いようが無い。超能力。オカルト。UMA。その他もろもろ。

 いや、幻覚か。それ以外に考えられるのは幽霊だけれど、それも考えられない。



 頭の中が真っ白になる感覚を、初めて心から実感した。

 『分からない』という言葉が頭を埋める感覚もだ。


  閑話休題。急いで帰ろう。

 僕は走った。でも間違って赤信号を突っ切ってしまった。

 車のとおりの少ない道だったからよかったけれど。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ