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2、選り好み

 

――亡くなったのは、村岡さゆなさん。

 出席番号35番。僕は彼女に一度も会ったことはないし、見たことは無い。

 なぜなら昨日彼女には会えなかったからだ。

 昨日から空いていた僕の前の席は、村岡さんのものだった。


 彼女の死を知ったところで、僕はどうすることも出来ない。一度会っていない人間に対して、何かしらの思いがわくはずが無かった。

 ただぽっかりと穴があいたような物悲しさだけが残った。


 2月10日の朝が、重くのしかかる。

 緊急の朝会で体育館に集められて、黙祷した。そしてそそくさと、僕らは教室に戻された。

 人でごった返した廊下に、転校二日目の僕は一人取り残されたような気がしていた。知らない人だらけの、白黒点滅したような長い道。目をそらしても廊下の真っ白なコンクリートがあざ笑う。それが空しいだけで、かえって気分が曇った。


 そんな時だった。誰かが僕の背中を軽く叩いた。


「――よお、転校生」

 僕を呼ぶ声がした。

 振り返ると、ぼさぼさの髪の男子生徒がいた。長い前髪の間から目が二つ覗いていた。

 彼は僕のクラスメートだ。それだけは分かる。名前はわからないが。

「すっかり忘れたんだなあ」

 クラスメートは僕に話しかけている。理由なんかないんだろう。ただ話しかけただけだ。そうに違いない。

 学ランの下にパーカーを着たそいつは、にやにや笑いながらじわじわと距離を詰めてくる。


「俺の名前は松本和也って言うんだ。よろしく転校生」

 やけに明るい口調の男、目が潰れるかと思うくらいまぶしい眼差し。

 作り物みたいな茶色の目が僕を見る。

 いや、それより転校生って呼び方はこの人の中では固定なのだろうか。

「僕の名前は」

 名乗ろうとしたら手を前に出された。

「あ、いいよ。昨日聞いたし」

 言い始めたとたんに却下された。人の自己紹介を平気で遮れる人らしい。押しが強いのか。


 彼こと松本くんは、僕より少し背が高かった。が、どうってことはない。

 中学一年生での身長差はいずれ巻き返しが可能だからな。そう思っている時点で敗北感はあるが。

 上履きのサイズが僕より大きく見えた。ぱっつんぱつんだった。運動部だろうな、この人。なら、絶対これから関わること無いだろうな……多分。

「そうか、ならいいんだ」

 軌道修正。

「ところで松本くん。何かようかな」

 

「なにだったら嫌?」

 いや、何故尋ねる? そこは用件だけ言えよ。

 ダメだ、初対面でケンカ口調は避けよう。ここは柔らかくお返ししよう。

「部活の勧誘なら遠慮するよ」

 用が無いならお引き取りください。と言いたい所だけれど、初対面の人にそこまで言うことはないだろう。

 松本くんは、ああと手を打ち、なにが分かったんだろうな。営業スマイルを向けてこういってきた。


「新聞部に入ってみない」

 おい、お前一体何を聞いていたんだ。

 新聞部? 運動部じゃなかったな予想が外れた……ってそんなことはどうでもいい。

 松本くんは人の話を聞かない人か。

 僕なりに、彼の性格を機械で診断する場合に出てくる結果を想像したところ。

 

 雄大な草原のような広々スペースのポジティブ……とは違う。

 何事も気にしないおおらかなさとは一線を画している気がする。

 結果、『エラー』

 分からない、に投票しておく。


「ふふ。冗談だよ」

 急におどけたように緩めた彼は笑いながら付け加えた。

「部活の勧誘なんか暢気にできる精神じゃないさ、特にクラスメイトが死んじゃった日なんかは」

 ああ、マイペースか空気の読めない人だ。場面場面を楽しんでいるだけなのかも知れないが、否かもしれない。

 もしくは僕の固まった表情筋を気にかけてくれたのか。

 はたまた、周辺の人間を巻き込むタイプのトラブルメーカーかもしれない。予想されるパターンが底を尽きそうにない。後、もうどうでもいいや。

 僕はこの後、一瞬気が緩んだろうな。毒づいてしまった。 


「でも、君は結構暢気だと思うけどな」

 

 気がつくと、僕は松本くんにそんなことを言ってしまった、彼のことを分かった風に言ってしまった。

 こんなの彼のわき腹にナイフを突き刺したのと同じじゃないか。鋭利な刃物で彼の何かを傷つけてしまったに違いない。

 この後の松本くんの行動が目に浮かぶようだ。

 驚いたような表情か、または返答に対して答えを持たずで戸惑うかの二択に決まってる……なんて予想が頭の中のエンドロールを走り出した。

 けれども、現実はそううまくはいかないことを、自分の浅はかさを、僕はまだ知らなかった。


 ――だから、その予想の斜め上のことをしてくるとは思ってなかった。


「――ふーん、よく分かったね」

 松本くんは口を尖らせて、軽くそういった。

 まるで僕の言いたいことは既に承知だと言わんばかりに、彼はわかりきっていた。白々しいように言いたかったのだろう。

 

 松本くんは目を細めて、こっちを見ていた。

 白い仮面に黒い線を二つ描いたような、何も感じられない作り物の微笑みだった。

 

 寒気がした。と同時に、この人の内情が本当に分からなくなった。

 よく分かったね。それはそのとおりだと言うことなのか? 

 松本和也くんは、隣人の死亡を悲しんでいない。

 むしろ喜んでいるのだろう。

 僕は言い訳ばかりを考え続けていた。『分からない』じゃなくて、思い浮かばないの間違いだろ。乾いた息が口からでた。はは。

 

 なんて、馬鹿げた発想だ。

 僕らしくない。今のは虚構だ。真実ではない。きっと見間違いだろう。

 松本くんはそんな僕のことなんか露知らず、ただ続けた。

「転校生は知らないかもしれないけれど、この町には都市伝説があるんだよ。で、うちのクラスメイトは何で死んだか知ってる?」

 素朴な問いかけ、答えは簡単だった。

「自殺だろ」

 

 教壇で死に関する直接的な表現を使うのがタブーなのかはしらないが、朝会の際、校長先生は表現をあいまいにしつつも中学の同志一名の死亡について説明していた。

 自宅マンションの中庭で、頭から血を流して死んでいた。と。

 

 凶器で殴られたとか、首を絞められたとかじゃない、飛び降り自殺だ。

「それが何だっていうんだ」

「村岡さゆなは都市伝説に殺されたって言ったら?」

 都市伝説?

「トイレの花子さんとか、音楽室のなり続けるピアノか?」

「転校生の名前じゃあるまいし、そんな七不思議じゃないよ。もっと怖い方」

 軽く人の名前をディスるって、中々毒があるな松本くん。

「いや、松本くん。それはないんじゃ」

「和也でいいよ」

 そういったとき、僕らはいつの間にか教室の前にいた。人混みに流されていつの間にか到着していた。

「親しい人にはカズぴょんって呼ばれてる。ちなみに後者がおすす」「じゃ『松本』」

 松本の言いたいことを遮った。

 貸しは返せた。はは。ざまあ。

 松本はうっと言いうろたえるが「まあいいよ。なんでも」と言い、大きくため息をついた。

 

「松本はそんな話を信じるのか? 信じるものは救われるとかそういうたぐいだろ、それは」

 僕は幽霊を見たことはない、中二病にもならないだろう。まだ僕らは中学一年だから進級してみないと分からないが。

「信じるものは救われる? それは逆じゃないかな転校生」

 松本は人差し指をすっと立てた。

 それを口の前に立てて、こういった。


「信じるものは呪われるんだよ。ハクア様にね」

 


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