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壁に耳あり障子にメアリー

 「――は?」

 と、僕は国孝という名の友人に、そう聞き返した。その国孝の返答が、あまりにも突拍子もないものだったからだ。

 それは国孝から、こっそりと恋愛相談に乗って欲しいと言われて奴の部屋に呼ばれた時の事で、僕は何も恋愛経験に乏しいこの僕に相談しなくても良いじゃないかと思いつつも、奴の好きな相手が誰なのか気になったという事もあって、ついその相談を受けてしまったのだった。

 「だから、“壁に耳あり障子にメアリー”のメアリーさんだよ!」

 国孝が確かにそう言ったのを受けると、僕は腕組みをした。奴の表情をじっと見てみる。真剣そのものだ。どうやら冗談の類ではないらしい。

 国孝の部屋は和風で、確かに障子がある。“障子にメアリー”のメアリーさんが現れても不思議ではない。何しろ、この部屋にはパソコンだってスマホだってあるからだ。

 

 “壁に耳あり障子にメアリー”などとよく言われるが、これは内緒話のつもりでも、壁に耳を当てて誰かが聞いているかもしれないし、障子にはメアリーさんがやって来てその内緒話を広めてしまうかもしれないから気を付けろという、警句のような意味のことわざだ。

 噂というものはとかく漏れやすいというのは昔から変わらないが、今というインターネットが普及した時代において、特にそれが酷くなったのは間違いないだろう。

 ネットというのは部屋の中などのプライベート空間でやる場合が多い。だから錯覚してしまうのかもしれないのだが、普通なら公の場では言わないような内容を、ネットという公の場で発信して、失敗をしてしまう人は実は意外に多いらしいのだ。

 ツイッターやなんかで差別的発言をしてそれが職場にまで伝わり社会的信用を失ったり、エッチな内容を広めて法に触れたり、企業秘密を拡散して罰せられたりと、大小様々な事件が始終ネット上では起きている。

 だから、まぁ、“壁に耳あり障子にメアリー”のメアリーさん達も、昨今は大忙しのはずなのだ。

 国孝が好きになったのは、そんなメアリーさんのうちの一人らしかった……

 

 僕はメアリーさん事情にはあまり詳しくはないから知らなかったけど、国孝の話によると、この地区を担当しているメアリーさんは、フルネームをメアリー・ヴァン・ブローシュといい、年齢は21歳。僕らよりも年上だ。しかし、西洋人にしては幼く見える外見らしく、「年上だけど、年下に見えるその感じがとても可愛いんだ!」と国孝は力説していた。

 「まぁ、話は分かったよ」

 と、話を聞き終えると僕は言った。

 「でも、そのメアリーさんが好きになったのなら、ネットで呟こうとしたりとかして、彼女を呼び出せば良いじゃないか。この部屋には障子があるのだし」

 そんなにお手軽に呼び出せる女性は滅多にいないだろう。

 すると、国孝はこう返す。

 「それが、そんなに簡単にはいかないから、お前にこうして相談しているのじゃないか」

 「どういう事だよ?」

 どうも国孝は、僕が言ったような事を今までやり続けていたらしい。そして、思惑通りにメアリーさんを呼び出せてもいた。しかしメアリーさんはそれが振りだと見抜くと、さっさといなくなってしまう。とてもじゃないが、話している時間なんてない。しかも、ここ最近は国孝のそれが単なる振りなのだと学習してしまったらしく、滅多に姿を現してくれないのだという。

 「だから、本気でちゃんと内緒話をしないと、彼女は呼び出せないんだよ! 今度こそ、彼女に告白したいのに! なぁ、いったい、どうすれば良いと思う?」

 そう国孝は言った。

 ところが、奴のその言葉を聞いて、僕は気が付いたのだった。

 「あのさ、国孝。今ここで僕らがしているのって、その内緒話なんじゃないのか?」

 奴は「え?」という顔で僕を見た。それからゆっくりと障子を見やる。すると、そこには女性のシルエットがあったのだった。もちろん、正体はメアリーさんだ。

 「今だ! 国孝! 捕まえろ!」

 考えてみたら、捕まえちゃ駄目なんじゃないかと思ったが、奴は「ああ、もちろんさ!」とそれに応えて障子を開けた。すると、そこにはメアリーさんが。なるほど、確かに奴の言う通り可愛かった。奴はメアリーさんの手を掴むと「伝えたい事があるんです!」とそう言った。なんだかモジモジしている。メアリーさんは不思議そうな顔をしてはいたが、嫌がってはいなかった。

 “結果まで見届けるのは、野暮ってもんだな……”

 それから、僕はそう思うと、そこで障子とは反対側にあるドアから、黙ったまま外に出たのだった。国孝だって、知られたくはないだろう。

 だから僕は、奴の告白をメアリーさんが受け入れたかどうかを知らない。……いや、知らなかった………

 

 「国孝、メアリーさんに告白して、見事に玉砕したってな。ご愁傷様!」

 

 次の日、そんな感じの事を、皆が言っていたのを僕は聞いたのだった。なんか、駄目だったらしい。つまり、奴の告白は、思いっ切り噂になっていたという事だ。

 まぁ、相手は“壁に耳あり障子にメアリー”のメアリーさんだし…… ね。

 

 ※ 作者は、このお話の中で、一部嘘を書いています。注意してください。

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