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第七話 惇平の人生初ハーレム日和

ついにやって来た日曜日の朝、八時頃。鵙松寮の玄関チャイムが鳴らされ、

「おっはよう! ワタシ達も誘ってくれてありがとね」

「おはようございます」

 柚希と莉桜菜が訪れて来た。

「惇平兄さん、先日は大変無礼なことをしてしまい、申し訳ございませんでした」

 柚希は惇平のそばへ駆け寄るなり、大きな声で謝罪し深々と頭を下げた。

「いや、そっ、そのことは、もう、いいから」

 惇平はとても気まずそうにする。

「柚希さん、その話はもうしちゃダメッ!」

 ファンニは柚希の髪の毛をぎゅーっと強く引っ張った。

「いったたたぁ、ごめん、ごめん」

 柚希はちょっぴり目に涙を浮かばせる。

 ともあれみんなは、それからほどなく鵙松寮を出発した。

愛紗実は抹茶色地白の水玉サマーニットに桜色キュロットスカート。

陽佳は水色のサロペット。

ファンニはココア色のサマーニットにグレーのホットパンツ。

莉桜菜は白の夏用カーディガンに黄色のプリーツスカート。

柚希はベージュの夏用ワンピース。

惇平はデニムのジーパンに黒の夏用セーターという組み合わせ。  

みんなそれほど派手ではない普段着で、最寄り阪急駅へと向かって歩いていく。

今日の天気は晴れ。少し蒸し暑いものの、絶好の行楽日和となった。

          ☆

 阪急電鉄と路線バスを乗り継いで、鵙松寮を出発してから一時間以上かけてようやく辿り着いたお目当ての『阪神サウスアイランド王国』。

みんなはまずは屋内プールで遊ぶことに。

屋外プールもあるが、例年通り六月三〇日まで休業中だ。

みんなはガラス張り吹き抜け開放感たっぷりのドーム内へ。

「水着のお店寄って行こう! 私、新商品見たいっ!」

「俺は全く興味ないや」

惇平以外のみんなはプールゾーンへ向かう前に、スイムショップへ立ち寄ることに。

「一幡先輩たちはビキニとか紐パンとかTバックタイプの水着は着ぃへんの?」

「柚希ちゃん、高校生の私には過激過ぎるよ」

「わたしはこれは無理です。こんなの着たら惇平お兄さんも目のやり場に困っちゃうよ」

「Tバックのは、お相撲さん以上におしり丸見えだね。あたしはワンピースタイプの方が好き♪」

「アタシもそれが一番落ち着くなぁ」

「みんなまだまだ子どもやね。このタイプの方がトイレに行きたくなった時便利やのに。まあワタシも紐パンとTバックのはさすがに着んけど。あっ! あの海パン、惇平兄さんにぴったりかも」

 女の子みんなでわいわい楽しそうに商品を眺めている中、

なんとも手持ち無沙汰だ。

 惇平は店外の休憩ベンチでスマホをいじりながら退屈そうに待機。

「惇平お兄ちゃん、柚希お姉ちゃんがかっこいい海パン買ってくれたよ。ほら見て。キングコブラさん柄。これ穿いて」

「惇平くん、せっかくだから穿いてみたら?」

「絶対似合うで」

「俺、そんな派手なのは着ないから。無駄遣いはダメだよ」

 五分ちょっとでみんな戻って来てくれた。

 いよいよプールゾーンへ。

やっぱ女の子達はまだ着替え終えてなかったか。予想は出来てたけど、カップルや家族連ればっかりだな。昔来た時と比べて、設備が増えてるな。

 惇平が一番早く着替えを済ませ、プールサイドへ。ショートスパッツ型の地味な紺色水着姿で前方に広がる光景を眺めていると、

「惇平兄さん、どう、似合う?」

 柚希が露出たっぷりレモン色のビキニ姿で現れ、こう問いかけて来た。

「うん、まあ」

 惇平はちらっと見て即答する。

「サンキュー惇平兄さん。惇平兄さんの高校も水泳の授業もうすぐ始まるやろ? 特訓してあげよっか? ワタシも水泳そんなに得意じゃないけど、クロールなら五〇メートルくらいはノンストップで泳げるよ」

「べつにいいって」

「あぁん、もう。それじゃ、いっしょにゴムボートに乗って遊ばへん?」

「断る」

「惇平兄さんったら、照れなくっても」

 柚希はくすっと微笑む。

「柚希、惇平お兄さんからかっちゃダメよ」

「惇平お兄ちゃん、やっぱりキングコブラさん柄の穿いてくれてなーい」

「ジュンペイお兄さんにはそんなワイルドなのは絶対似合わないよ」

「惇平くん、お待たせー」

 他のみんなは露出の少ないワンピース型水着だ。陽佳と莉桜菜はお揃いのトロピカルフルーツ柄、愛紗実はオレンジ地白の水玉柄、ファンニは和風な桜柄だった。

みんなよく似合ってるなぁ。

 惇平はちょっぴりにやけてしまった。

「莉桜菜、流れるプールで遊ぼう」

「うんっ!」

 陽佳と莉桜菜は仲良く水辺へ駆け寄っていく。

「わたし、水泳の練習もしようと思ったけど、これだけ人多いと恥ずかしくて出来ないな」

「私もこの人ごみじゃ泳ごうとは思わないなぁ。ビーチボールで遊ぶ方がいいよ。ねえ惇平くん、ふくらませてー」

「足踏みポンプ使ったら簡単だろ」

「それだと惇平くんに見せ場を作れないと思って」

「作る必要ないと思うんだけど……ふくらませてあげるよ」

 惇平は地球儀型ビーチボールの空気穴部分を口にくわえ、息を吹き込んでいく。

「疲れたぁー」

 満タンにした時にはかなり息が切れていた。

「ありがとう惇平くん、さすが男の子だね」

 愛紗実から感謝されるも、

「惇平兄さん、肺活量少なそうやね。時間かかり過ぎ」

 柚希にくすっと笑われてしまう。

「惇平くん、こっち投げてー」

「分かった。それじゃ俺はあの辺にいるから」

「惇平くんもいっしょにビーチボールしよっ」

「俺はいい」

 惇平は愛紗実に向かって投げると、そそくさ三人がいる場所から離れていく。

「惇平兄さん、せっかくのハーレムやのに勿体ないで。一幡先輩、こっち投げてやー」

「柚希ちゃん、いっくよーっ。それーっ。あっ、ヤシの木の方へ飛んでっちゃった。ごめんね」

「ドンマイ、ドンマイ」

「柚希、パス」

「それっ」

「ひゃっ、柚希、速過ぎよ」

三人は不器用ながらもビーチボールで遊び始める。

 それから五分ほど経った頃、

「あたし惇平兄さんのとこ行って来るね」

 柚希はファンニに向けてトスを上げるとそう伝え、ここから立ち去る。

ガジュマルって独特な形だよなぁ。

 同じ頃、惇平はベンチに腰掛け、プールサイドに生えている熱帯植物を観察していた。

「ねえ惇平兄さん、一幡先輩といっしょにこれに乗ってあげて」

 そこへやって来た柚希は、途中レンタルコーナーに寄って借りて来たビニールボートをかざす。

「嫌だって」

「あそこのカップルだってやっとうやろ?」

「俺と一幡さんはカップルじゃないし」

惇平はベンチから立ち上がり、スタスタ早歩きで逃げていく。

「待って惇平兄さん」

「しつこい」

 惇平が不快な気分でこう呟いた矢先、

「惇平くん、危なぁい!」

 愛紗実の叫び声。ビーチボールが飛んで来たのだ。

「ぐわっ!」

 それは惇平の後頭部に直撃した。

「ごめんね惇平くん、わざとじゃないの。怪我はない?」

 愛紗実はぺこぺこ何度も頭を下げて謝ってくる。

「一幡さん、俺は平気だから、気にしないで」

 惇平は優しく伝えた。

「ねえ一幡先輩、このボートに惇平兄さんといっしょに乗ってあげて」

「えっ、それは、ちょっと、恥ずかしいな。大勢の前では」

 愛紗実は照れくさそうに笑って躊躇う。

「ほら、一幡さんも嫌がってるだろ」

「あぁん、残念や」

「愛紗実さん、惇平お兄さん、ほんの三〇秒だけでもいいので乗って下さい」

「それじゃ、乗ろっか、惇平くん」

「うっ、うん」 

 惇平と愛紗実はプールに浮かべたビニールボートに乗っかると、向かい合った。

「なんかバランス悪いね。ちょっと動いたら落ちそう」

「そうだな」

けれどもお互い視線は合わせられずにいた。

「二人とも、はいチーズ」

 柚希に防水デジカメでちゃっかり撮影されてしまい、

「こらこら」

「柚希ちゃん、恥ずかしいよ」

 惇平は苦笑い、愛紗実は照れ笑いする。

「惇平兄さんと一幡先輩、どっからどう見てもカップルやで」

 柚希は微笑ましく眺めていた。

そんな時、

「うっ、うわぁっ!」「きゃっ!」

 惇平と愛紗実の乗ったボートが突如転覆してしまった。二人とも水中へ放り出される。

「やっほー惇平お兄ちゃん、愛紗実お姉ちゃん」

 陽佳が水中から底の部分を手で勢いよく押し、バランスを崩させたのだ。

「黒岡さん、危ないからそういうことはしちゃダメだよ」

「陽佳ちゃん、私びっくりしたよ」

 苦笑いの惇平と、にっこり笑顔の愛紗実の反応を見て、

「えへへっ」

 陽佳はえくぼを浮かばせ得意げに笑う。

「陽佳さん、ダメですよ、そんなことしたら」

 ファンニは叱らず優しく注意。

「はーい。あたし、これから莉桜菜とウォータースライダーで遊んで来るね。莉桜菜、行こう!」

「うん」

陽佳と莉桜菜は仲睦まじくその設備がある場所へ駆けて行った。

「わたしもウォータースライダーで遊んでこよっと。あれ大好き。位置エネルギーが運動エネルギーに変換される物理現象を体感出来るし」

「ファンちゃん、いっしょに乗ろう。惇平兄さんは一幡先輩といっしょに乗ってあげなよ」

「俺は乗る気ないよ」

「あの、惇平くん、いっしょに乗って。一人じゃちょっと怖いから」

 愛紗実に手首を掴まれ上目遣いでお願いされ、

「わっ、分かった」

 惇平は少し緊張気味に承諾した。

「惇平兄さんと一幡先輩は、二人乗り専用のあれに乗るべきやね」

 柚希は三種類あるウォータースライダーのうち、最も傾斜が急なのを指した。高さも最大だ。

「いやいや、俺は緩やかな青色の方に」

「私もそっちがいいな。もっと緩やかな子ども用の方ならもっといい。あれは見るからにものすごーく怖そう。厳つい表情のライオンさんの口からして」

「惇平兄さん、一幡先輩、カップルに大人気やからぜひ乗ってみて」

「あっちの方が絶対楽しいですよ。わたしもあれに乗るので」

「ファンニちゃんも乗るなら、乗ってあげてもいいかな」

「しょうがない、一回だけだからな」

 柚希とファンニはわくわく気分、惇平と愛紗実は億劫そうに待機列へ。

「柚希お姉ちゃん達、あれに乗るんだね」

「ハルカちゃん、怖そうだけど、あっちにしよっか?」

「そうだね。あたし達ももう大人だもんね」

 青色の方に並んでいた陽佳と莉桜菜も惇平達のいる方へ移動した。

「すごく楽しそうにはしゃいでるね」

「よく楽しめてるね。俺には感覚が理解出来ないよ」

 乗ろうとしているウォータースライダーから急降下したカップルを見て、愛紗実と惇平は苦笑い。

柚希とファンニの後ろに惇平と愛紗実。その後ろに陽佳と莉桜菜が並んだ。

「もう順番回って来たわ。ほな、おっ先ぃ」

「ちょっと怖いけど、楽しみです♪」

 柚希とファンニ、わくわく気分でゴムボートに乗り込み、

「それじゃ、行ってらっしゃい」

 お姉さん係員からの指示で出発。ちなみに柚希が前だ。

「惇平くん、前に乗ってね」

「分かった」

 ついに順番が回って来た惇平と愛紗実は、恐々とゴムボートに乗り込む。二人とも手すりをしっかりと握っていた。

「彼氏さん、怖がらずに頑張って♪ それじゃ、行ってらっしゃい」

 お姉さん係員からの気遣いの声もかけてもらっていよいよ出発。

 二人の乗ったゴムボートが、高さ十メートルの場所から急斜面を猛スピードで急降下していく。

「うをわぁぁぁっ!」「きゃあああああああんっ!」

 落下地点でザブゥゥゥーンと高く水飛沫を上げ、二人ともずぶ濡れに。

「惇平くん、大丈夫?」「当然」

 ボートの動きが落ち着いたのちそんな会話を交わした直後、

「柚希、あれもう一回乗ろう!」

「うん! 今度はワタシを前に乗らせてよ」

 プールサイドを走ってまた同じウォータースライダーの方へ向かっていくファンニと柚希の姿を目にした。

「柚希ちゃんも、こういうの好きなんだね。私はもうこりごり」

「俺ももういい」

惇平と愛紗実はくたびれた様子でプールサイドに上がり、ゴムボートを仲良く持ち合って返却しに行く。

「アタシ、けっこう恐怖を感じたよ」

「あたしもー。でももう一回だけ乗りたいって感じたよ」

 続いて落下した莉桜菜と陽佳も返却場所へ向かい、惇平と愛紗実と合流した。

 それから十分近く、四人で柚希とファンニが戻ってくるのを待つと、

「これから柚希とイルカボートで遊んでくるね」

「惇平兄さんも一幡先輩とイルカボートで遊んであげなよ」

 ファンニと柚希はそう伝え、いっしょに人工ビーチのあるプールの方へ向かっていった。

「ここのプール、ビーチでは今年から貝殻拾いも出来るようになったみたいだね」

「惇平お兄ちゃん、あたし達といっしょに貝殻拾いしよう」

「子どもっぽいから俺はいいや。俺、あの辺にいるから」

 惇平は逃げるようにここから立ち去っていく。

「惇平くん、大人もやってるのに」

「アタシ、ジュンペイお兄さんの気持ち分かるなぁ」

「惇平お兄ちゃん不参加かぁ。スコップ三つ借りて来るね」

 そんなやり取りがあって、愛紗実達が貝殻拾いをし始めてから十五分ほどのち、

「ん? あれは」

 そこから三〇メートルほど先の休憩ベンチに腰掛け、熱帯植物を眺めながら過ごしていた惇平が、愛紗実達のいる方へふと視線を向けると、異変が。

「きみ達、かっわいいね」

「おれらと遊ばない?」

 大学生と思わしき男二人組が愛紗実達のもとへ近寄って来ていたのだ。一人は茶髪ショート系ウルフカット、もう一人は黒のロングヘアだった。背丈は二人とも一八〇センチ近くはあり、日焼けした褐色肌でそこそこがっちりしていた。

「すみません、他に連れがいるので」

「あの、申し訳ないですが他を当たって下さい。アタシ達よりももっと魅力的な若い女性他にもたくさんいらっしゃるでしょう? あそことか」

「……」

 予想外の事態に三人とも戸惑い怖がってしまう。陽佳は強い恐怖心からか言葉が出なくなってしまっていた。

「おれらきみらくらい歳の垢抜けてない子が好みやねん。遊ぼうぜ。なっ!」

「欲しいもん何でも奢ったるから」

「いえ、けっこうですから」

 莉桜菜が震えた声で断ると、

「まあまあそう言わんと。なっ!」

 茶髪の方が莉桜菜の腕をグイッと引っ張った。

まさか、ナンパするやつが現れるとは。漫画やアニメみたいな展開って、本当にあるんだな。どうしよう? 勝てそうな気がしないし、でも、行かなきゃダメだろ。

 惇平はこの事態にすぐに気付いた。数秒悩んだのち、勇気を振り絞って彼らのいる方へ急いで駆け寄って行った。

「あっ、あのう」

 到着すると、

「あっ、惇平くん♪」

 愛紗実の表情が綻ぶ。

「ん? 彼氏?」

「いや、まあ、正式には違いますが、そのようなものでして」

 茶髪の方に問われ、惇平はびくびくしながら答える。

「彼氏だよっ!」

 愛紗実は真剣な眼差しで強く主張した。

「どっちなんだよ?」

 もう一方の男に睨まれると、

「ハハハッ」

 惇平は苦笑いして、

南中さん、助けに来てくれないかな?

 こう思いながら数十メートル先でファンニとイルカボートで楽しそうに遊んでいる柚希の方をちらっと見た。二人ともまだ気付いていないようだった。

「こんなひょろい男よりオレ達と遊んだ方が絶対楽しいぜっ!」

 黒髪の方がノリノリで愛紗実に近寄る。

「あの、やめてあげて下さい」

 監視員の人でもいいから早く助けに来てくれよっと願いながら、惇平が俯き加減でぼそぼそっとした声でお願いすると、

「あぁ?」 

 茶髪の方に顔を近づけられる。

「とにかく、ここは、お引き取りを……この子達、迷惑してるんで!」

 惇平はやや険しい表情を浮かべ、勇気を出して彼なりにきつい口調で伝えた。

「分かった、分かった」

「しょうがねえ」

 すると大学生風の男二人組は惇平を睨んだのち舌打ちし、素直にここから立ち去ってくれた。

「殴られるかと思ったぁー」

 惇平はホッと一安心する。けれども心拍数はなかなか治まらない。

「惇平くん、ありがとう♪」

「ジュンペイお兄さん、すごく恰好よかったよ」

「惇平お兄ちゃん、男らしさを見せたね」

 みんなから感謝されるも、

「いや、まあ、みんな無事でよかったよ」

 惇平はまだ恐怖心でいっぱいで、照れくささは感じられなかったようだ。

「惇平くん、あの怖いお兄さん達がまた私達のところに寄ってくるかもしれないから、いっしょにいて」

「分かった」

 それからしばらく惇平も交じって貝殻拾いを楽しんでいると、

「ただいまーっ! イルカボートめっちゃ楽しかったわ~」

「わたし、お腹すいて来たわ。そろそろお昼ごはんにしましょう」

 柚希とファンニが戻ってくる。

「私達、さっき怖い大学生風のお兄さん二人組にナンパされちゃったんだけど、惇平くんがすぐに助けに来てくれて追っ払ってくれたよ」

 愛紗実は笑みを浮かべて嬉しそうにさっきの出来事を伝えた。

「惇平お兄さん、さすが日本男児ですね」

「惇平兄さん格好ええ! 銭湯の時といい正義のヒーローやね」

「いや、俺は特に何も出来なかったけど、みんな、お昼ご飯、何食べる?」

 惇平は照れくささを隠すようにプールに隣接するファーストフード店へ目を遣る。

「ドリアンジュースが売ってるじゃん。この夏の新メニューみたいやね。ワタシ、ちょっと飲んでみたい」

 柚希は興味津々。

「俺、小学校の時、家族で東京旅行行った時、夢の島の熱帯植物館でにおい嗅いだことあるけど、悪臭にしか感じなかったよ」

「わたしも嗅いだことありますよ。ドリアンは食べたいとは思わなかったな。あの1,プロパンチオールなどの強烈なにおい成分のせいで」

「私は嗅いだことないけど、腐った玉ねぎみたいらしいね」

「あたし、においちょっと気になる」

「アタシもー」

「せっかくやし、試しに買うてみるわ~」

 柚希は衝動に駆られ購入することに。三百五十円を支払うと、

「お待たせしました。ドリアンジュースでーす」

 店員さんからドロッとした黄土色の半液体が並々と注がれた、トロピカルなデザインの紙コップがストロー付きで手渡された。

「すごい色やね」

 ドリアンの強烈な香りが周囲に漂う。

「やはりきついです。柚希、こぼさないようにしてね」

「久々に嗅いだけどやっぱきつい。水着がドリアン臭くなってしまいそうだな」

ファンニと惇平は顔をちょっとしかめ、

「くっさぁーい」

 陽佳は苦笑いしながら鼻を押さえる。けれども楽しんでいるようだった。

「こんなにおいなんだ」

「確かに噂通り腐った玉ねぎみたいなにおいだね」

 莉桜菜と愛紗実は思わず微笑んでしまう。

「うーん、これはちょっと……」

 柚希は少し啜ってみて、後悔の念に駆られたようだった。

「私、ちょっとだけ飲んでみるよ。どんな味なのかな?」

「一幡先輩、協力してくれてありがとね。はいどうぞ」

 愛紗実は勇気を出して柚希から受け取る。

 少し口に含んでみて、

「においはすごーくきついけど、甘みが強くて美味しい♪」

 そんな感想を抱く。

「意外に甘くてすごく美味しいよ」

 続いて莉桜菜も恐る恐る試飲してみて、とっても幸せそうに飲み込んだ。

「めちゃくちゃ不味くはないけど、もういいや」

「……微妙だな。これは加工されてるからまだ飲めたけど、そのままのドリアンは食べれそうにないです」

 陽佳とファンニも結局少し試飲してみてこんな感想。

「惇平兄さん、まだ半分くらい残ってるけど飲んでみる?」

 柚希は目の前にかざしてくる。

「いや、いい」

不味そうだし、なにより間接キスになっちゃうだろ。

惇平はそんな理由もあって即拒否した。

「私が残りを飲むよ」

「アサミお姉さん、アタシもまだ飲みたいから少し残しといてね」

「うん、癖になるよねこの味」

 愛紗実と莉桜菜は協力して、残った分を快く飲んでくれた。

「一幡先輩、リオナちゃん、これ、口臭消し効果があるみたいやで」

 ちょっぴり罪悪感に駆られた柚希は、同じ店で売られていたジャスミンキャンディーを購入し、この二人に渡してあげたのだった。

「わたし、ロコモコにしようっと。あとマンゴーソフトも」

 ファンニは他のお客さんが手に持っていたそのメニューをちらっと眺めて決断する。

「アタシはたこ焼きとナタデココとアイスカフェラテにする」

「南国系のメニューも豊富だな。俺はミーゴレンにするか」

「あたしはチョコバナナクレープとストロベリージュースとフランクフルトにするぅ」

「私はトロピカルフルーツカレーにしよう。あとパイン味のソフトクリームも」

「ワタシはお好み焼きにするわ~」

みんなお目当てのメニューを受け取ったあと、

「ここ、六人掛けのはないみたいだな」

「惇平兄さんと一幡先輩は、あっちの席に座ってね。さあどうぞ」

「みんないっしょがよかったけど、仕方ないね。惇平くん、座ろう」

「……うん」

柚希→莉桜菜→ファンニ→陽佳の並びで四人掛け円形テーブル席に、惇平と愛紗実はそのすぐ隣の二人掛け円形テーブル席に座った。

「惇平お兄ちゃん、あたしのフランクフルトちょっとだけ食べてもいいよ」

 陽佳はトマトケチャップたっぷりマスタードちょっぴりのフランクフルトを眼前に近づけてくる。

「いや、いらないよ」 

 惇平はちょっぴり俯き加減で拒否した。

「じゃああたしが全部食べるね。あ~、美味しい♪」

陽佳はカプリッといい音を立てて味わう。

「惇平兄さんのフランクフルトは、もう少し大人になるまで一幡先輩に食べさせちゃダメですよ」

「南中さん、何下品なこと言ってんだよ」

「あいてぇっ」

 惇平は耳元でにやけ顔で囁いて来た柚希のおでこをぺちっと叩いておく。

「柚希、変なこと言わないで」

「ぎゃんっ」

 ファンニは後頭部を平手で叩いておいた。

「惇平くん、私のカレー少し分けてあげるよ。はい、あーん」

 愛紗実はカレーの中にあったパパイヤの一片をさじで掬い、惇平の口元へ近づける。

「いや、いいって」

 惇平は困惑顔を浮かべ、左手を振りかざして拒否。右手で箸を持ち、麺を啜ったまま。

「あーん、やっぱりダメかぁ」

 愛紗実は嘆く。でも微笑み顔で嬉しそうだった。

「惇平お兄さん、お顔は赤くなっていませんが、きっと照れていますね」

「惇平兄さん、一回くらいやってあげたら?」

 ファンニと柚希はにこにこ笑いながらそんな彼を見つめた。

「出来るわけないだろ」

 惇平は苦笑いしながら伝え、引き続き麺をすする。

「ハルカちゃん、はいあーん」

莉桜菜は真似してたこ焼きを陽佳の口元に近づけた。

「莉桜菜、赤ちゃんみたいで恥ずかしいよ」

 陽佳はにっこり笑ってチョコバナナクレープを美味しそうに頬張りながら伝える。

「リオナちゃんハルちゃんもお似合いの百合カップルやね。ワタシ、お好み焼きだけじゃ少し物足りへんわ~。かき氷買ってくるね」

 柚希はそう伝えて席を離れた。

「ハルカちゃん、波の出るプールで泳いで来よう」

「うん」

 莉桜菜と陽佳はほぼ同じタイミングで昼食を取り終えると、すぐに席を立ってその場所へ駆け寄っていく。 

「陽佳さんと莉桜菜さん、小学生みたいに元気いっぱいね」

「そうだね。若さだね。パインソフトすごく美味しいよ。惇平くん、少しあげるよ」

「いらないよ。そんな酸っぱいの」

「酸っぱくないよ」

「それでもいらない」

「もう、全部食べちゃうよ」

 愛紗実はにっこり笑顔でそう伝え、最後の一口を味わう。

「惇平お兄さんはフルーツあまり好きじゃないみたいですね」

 ファンニはマンゴーソフトを頬張りながら呟いた。

「うん、いちごとか柑橘系は特に苦手なんだ。俺は麻婆豆腐とか担担麺とか、辛い物が好きだな」

「惇平くん、それは人生を損してるよ」

「味の好みは男らしいですね」

 そんな会話を交わしてから約五分後、愛紗実がカレーも残り僅かまで食べ終えた頃に、

「惇平兄さん、一幡先輩、ヤシの実ジュースも買って来たよ。はいどうぞ。二人で仲良く飲んでね」

 柚希が戻って来て、惇平と愛紗実の目の前に置いていった。

 まさにカップルでどうぞと言わんばかりに、ヤシの実にストローが向かい合わせに二本刺さっていた。

「俺、これは飲みたくないな。昔飲んだ時、めっちゃ不味かった記憶が」

「私一人じゃ飲み切れないよ。惇平くんも協力してね」

「飲み切れなかったら協力してあげる」

「絶対飲み切れないよ」

 愛紗実はカレーも平らげると、

「いただきます」

 ストローに口をつけ、美味しそうに飲んでいく。

「じゃあこれ、捨ててくるね」

 惇平は席を立って、近くのごみ箱に紙皿を捨てに。

「予想通りの行動ですね」

「ワタシもこうなると思ってた。惇平兄さんもいっしょに飲まなきゃ」

 ファンニと柚希は、ブルーハワイかき氷を頬張りながら二人の様子を微笑ましく観察する。

「もうお腹いっぱい。あとは惇平くんが飲んで」

「やっぱり残したのか。まだ半分以上はあるな……やっぱあまり美味くはない」

 惇平はこう思いながらも、もう一方のストローで快く飲んであげる。

 そんな時、

「みんなーっ、あたし、これから映画見に行きたいんだけど」

「アタシもちょうど見たいのがあって」

 陽佳と莉桜菜が戻ってくる。

この二人の希望により、みんなこのあとは泳がずに屋内プールゾーンをあとにした。

         *

隣接する大型ショッピングモール内のシネコンへ辿り着くと、

「あたし、これが見たかったの。さすがに莉桜菜と二人だけじゃ入り辛いなぁって思ったから、この機会にみんなでいっしょに見よう」

「大人が見ても、絶対嵌ると思うの」

陽佳と莉桜菜は壁にいくつか提示されてあるポスターのうち、お目当てのものに近寄った。

「これ、CMで予告流してたね。私もちょっと気になってたんだ」

「わたしも同じく。次の回は一時半からみたいですね。もうすぐですね」

「ワタシの好きな声優さんも何人か出とうし、けっこうおもろそうやん。動物キャラが中心でイケメンショタキャラもおるから、大友ウケは悪そうやね」

それは、GWに公開され次の金曜日には上映終了となる女児向け魔法もありのファンタジーギャグアニメだった。

「俺は、この辺で待っとくよ。チケット代の節約にもなるし、そもそも高校生の見るものじゃないし」

 惇平は当然、見る気にはなれず。

「惇平お兄ちゃんもいっしょにこの映画見よう。さっき惇平お兄ちゃんの三倍くらいは年上に見えるおじちゃんが一人で入って行ったよ」

「仕方ない」

 陽佳に背中をぐいぐい押されチケット売り場の方へ連れて行かれる。

「ハルちゃん、これはどないや? ゾンビがいっぱいやで」

 柚希は他に上映されている3Dホラー映画のポスターを指した。

「それは絶対に嫌ぁっ!」

 陽佳は顔をしかめ、すぐにポスターから顔を背けた。

「わたしもそれは見たくないです」

「アタシもー。こういうの好きな人の気が知れないよ」

「私もこういう実写のホラー映画はものすごく苦手だよ」

「ワタシは誘われたら見るけどね」

「俺は誘われても見る気は全くしないよ。中学生四枚、高校生二枚で」

 惇平が代表して、お目当ての映画六人分のチケットを購入。受付の女性がその入場券と共に入場者全員についてくる、キラキラして可愛らしいおもちゃのペンダントをプレゼントしてくれた。

「黒岡さん、これ。俺こんなのいらないから」

「ありがとう惇平お兄ちゃん♪」

 惇平は速攻陽佳に手渡す。陽佳が受け取ったものとは種類違いだった。

チケット売り場向かいの売店でドリンクやポップコーンなどが売られていたが、みんなお腹いっぱいなため何も買わず、お目当ての映画が上映される5番スクリーンへ。

「莉桜菜、楽しみだね」

「うん♪」

 陽佳と莉桜菜はわくわく気分でいち早く座席に着いた。

「一幡さん、周り幼い女の子ばっかりだから、やっぱり、俺達は入らない方が……」

「まあまあ惇平くん。気にしなくてもいいじゃない。たまには童心に帰ろう」

 惇平は否応無く、愛紗実に背中をぐいぐい押されていく。

「惇平お兄さん、気になさらずに」

「惇平兄さん、幼い娘を連れたパパの気分になればいいじゃん」

 ファンニと柚希はその様子をすぐ後ろから微笑ましく眺める。

 真ん中より少し前の列の席で、惇平は陽佳と愛紗実に挟まれるように座った。座席指定なのでそうなってしまった。陽佳の隣が莉桜菜、愛紗実の隣が柚希、柚希の隣がファンニだ。

視線を感じるような……。

 惇平は落ち着かない様子だった。他に五〇名ほどいた客の、七割くらいは小学校に入る前であろう女の子とその保護者だったからだ。

         ☆

 上映時間七〇分ほどの映画を見終えて、

「莉桜菜、とっても面白かったね」

「うん、アタシまた見に行きたいな」

「私もだよ。すごく興奮出来た。童心に帰れたよ」

陽佳、莉桜菜、愛紗実は大満足な様子で5番スクリーンから出て来た。

「しゃべる野菜や果物やお菓子さんもかわいくて、思ったより面白かったわ」

 ファンニもけっこう満足出来たようだ。

「ワタシも愉快な気分になれたで。たまにはああいうのもええなぁ。惇平兄さん、上映中一度も一幡先輩と手ぇ繋がんかったね。しかも途中寝てたし」

わりと気に入った様子の柚希ににやけ顔で突っ込まれると、

「退屈な映画だったからな」 

 惇平はほんわか顔で感想を述べる。

「惇平お兄ちゃんは面白く感じなかったの?」

「うん。もろに幼児向けだし。黒岡さんや衣笠さんより七つくらい年下の子でも、子どもっぽいからってこの映画見ない子の方がずっと多いと思うよ」

「幼児向けでもあたしはすごく面白いと思ったけどなぁ」

「ジュンペイお兄さん、本当は面白いと思ったけど見栄張ってきっと照れ隠ししてるんだよ。そんな表情してる」

 陽佳と莉桜菜にこんな反応をされると、

 確かに思わず見入ったシーンはあったけど。

惇平はこう思いつつも何も言い返せなかった。

続いてみんなは隣接するアミューズメント施設へ。

「せっかくみんな揃ったことだし、みんなで記念にプリクラ撮ろう!」

「いいねえ、一幡先輩」

「惇平くん、どこへ行こうとしてるの? 逃げないでいっしょに撮ろう」

「俺はいいって。状況的に考えて俺は写らない方がいいだろ。俺も写りたくないし。わわわっ」

 愛紗実に腕をガシッと掴まれ、惇平は抵抗するも敵わず無理やり最寄りのプリクラ専用機内へ連れて行かれた。

他のみんなも柚希を先頭にその専用機の中へ。

「プリクラは女の子同士で楽しんだ方が絶対いいって」

「惇平兄さん、ハーレム王になれるこのチャンスを思う存分楽しまなきゃ損やで」 

「惇平お兄さんは、プリクラ撮ったことってありますか?」

「一度もないよ」

「では尚更撮らなきゃダメです」

「オコシュさん、その必要は全くないって」

「惇平くん、きっと高校時代のいい思い出になるよ」

「ジュンペイお兄さんもせっかくの機会なので写りましょう。照れくさがらずに」

「いや、いいって」

 惇平は気が進まなかったが、

「惇平お兄ちゃんもいっしょに写ろうよう」

「分かった、分かった」

 陽佳に服を引っ張られねだられると断り切れなかった。

 そりゃ大勢の女の子達と写れることは嬉しいけど、イケメンでもない俺なんかがいっしょに写っていいのかな?

 惇平は今、こんな幸福感と罪悪感が入りまじった心境だ。

前側に莉桜菜、陽佳、柚希。後ろ側に惇平が愛紗実とファンニに挟まれる形で並ぶ。

「あたしこれがいいな」

陽佳の選んだパンダさんのフレームに他のみんなも快く賛成。

「一回五百円か。けっこう高いな。どこもこんなもんなのかな?」

惇平はそう言いつつも気前よくお金を出してあげた。

 撮影&落書き完了後、

「きれいに撮れてるよ」

 取出口から出て来た、十六分割されたプリクラを真っ先にじっと眺める陽佳。自分が見たあと他のみんなにも見せてあげた。

「南中さん、惇平兄さんハーレム体験中、ハートマークって落書きしないで」

 惇平は迷惑顔を浮かべる。

「いいじゃん惇平兄さん、事実なんだし」

 柚希はてへっと笑い、舌をペロッと出した。

「惇平くん素の表情過ぎるね。もっと笑顔で写らなきゃ。ファンニちゃんは、表情がちょっと硬いね。ファンニちゃん写真写る時こんな風に写っちゃうこと多いね」

「ファンちゃん性格のきつい女弁護士みたいやな」

「ファンニお姉ちゃん、話しかけづらいがり勉少女っぽいね」

「あれれ? 笑ったつもりだったんだけどな。生徒証の写真はもっと表情硬いよ」

 ファンニは照れくさそうに打ち明ける。

「アタシも生徒証の写真は今年のは表情めっちゃ硬いよ。睨んでるような感じだな」

 莉桜菜がさらりと打ち明けると、

「莉桜菜さんも同じなのですね。それを聞いて安心しました」

 ファンニに笑みが浮かんだ。

「ファンニちゃん、今の表情いいね」

 愛紗実はサッと携帯電話をかざし、カメラ機能でファンニのお顔をパシャリと撮影する。

「ファンニちゃん、いい笑顔が取れたよ」

「愛紗実さん、恥ずかしいからすぐに消してね」

 ファンニの表情はますます綻んだ。

「一幡先輩、見せて見せて。ファンちゃん、ほんまにええ笑顔しとうわ~」

「あたしにも見せてーっ。ファンニお姉ちゃん本当にかわいい」

「ファンニお姉さんのこの笑顔素敵♪ 消すのは勿体無いよ」

 柚希と陽佳と莉桜菜はその写真を眺め、和んだようだ。

「あーん、これ以上見ないでー」

 ファンニは表情を綻ばせたまま、頬を赤らめる。

オコシュさん、どんな表情してるんだろ?

 惇平は気にはなったが、罪悪感に駆られ見ようとはしなかった。

「一幡先輩、今度は惇平兄さんとツーショットで撮ったら?」

「柚希ちゃん、それはなんか照れくさいよ。撮りたいけど……」

 柚希に耳打ちされ、愛紗実はほんのり頬を赤らめて微笑む。

「あたし、次はこれがやりたぁーい」

 陽佳はプリクラ専用機すぐ隣の筐体に近寄った。

「陽佳ちゃん、動物のぬいぐるみさんが欲しいんだね」

「うん!」

 愛紗実からの問いかけに、陽佳はえくぼまじりの笑顔を浮かべ、弾んだ気分で答える。彼女がやりたがっていたのはクレーンゲームだ。

「あっ、あのナマケモノさんのぬいぐるみとってもかわいい! あれ一番欲しいっ!」

 お気に入りのものを見つけると、透明ケースに手のひらを張り付けて叫び、ぴょんぴょん飛び跳ねる。

 めっちゃかわいいな。

 惇平はその幼さ溢れるしぐさに見惚れてしまった。

「陽佳さん、あれは隅の方にあるし、他のぬいぐるみの間に少し埋もれてるよ。物理学的視点で考えても難易度は相当高いよ」

ファンニのアドバイスに対し、

「大丈夫!」

 陽佳はきりっとした表情で自信満々に答えた。コイン投入口に百円硬貨を入れ、押しボタンに両手を添える。

「陽佳ちゃん、頑張ってね」

「ハルカちゃん、頑張れー」

「健闘祈っとうよ」

「落ち着いてやれば、きっと取れるんじゃないかな」

「陽佳さん、ファイトです」

 他の五人はすぐ後ろで応援する。

「絶対とるよ!」

陽佳は慎重にボタンを操作してクレーンを動かし、お目当てのぬいぐるみの真上まで持っていくことが出来た。

 続いてクレーンを下げて、アームを広げる操作。 

「あっ、失敗しちゃった。もう一度」

 ぬいぐるみはアームの左側に触れたものの、つかみ上げることは出来なかった。再度クレーンを下げようとしたところ、制限時間いっぱいとなってしまった。

「もう一回やるぅ!」

 陽佳はぷっくりふくれてとっても悔しがる。お金を入れて、再チャレンジ。しかし今回も失敗。

「今度こそ絶対とるよ!」

この作業をさらに繰り返す。陽佳は一度や二度の失敗ではへこたれない頑張り屋さんらしい。けれども回を得るごとに、

「全然取れなぁい……」

 徐々に泣き出しそうな表情へと変わっていく。

「わたし、クレーンゲームけっこう得意な方だけど、あれはちょっと無理かな」

 ファンニは困った表情で呟いた。

「私にも無理だよ。ごめんね陽佳ちゃん」

「アタシも取れそうにないよ」

 愛紗実と莉桜菜も申し訳無さそうに伝えた。

「陽佳さん、他のお客さんも利用するので、そろそろ諦めた方がいいかもです」

 ファンニは慰めるように忠告したが、

「嫌ぁ」 

 陽佳は諦め切れない様子。お目当てのぬいぐるみを見つめながら不機嫌そうにぷくぅっとふくれる。

「気持ちは分かるけど……わたしだって、一度やると決めたことは最後までやり遂げたいから」

 ファンニは深く同情心を示した。

「このままだと陽佳ちゃんかわいそう。ねえ惇平くん、取ってあげて」

「惇平兄さん、ハルちゃんにええとこ見せたげなよ」

 愛紗実と柚希に肩をポンッと叩かれ要求されると、

「俺も、クレーンゲーム得意じゃないし。真ん中ら辺のスッポンのやつはなんとかなりそうだけど、あれはちょっと無理だな」

 惇平は困惑顔で呟いた。

「惇平お兄ちゃぁん、お願ぁい!」

「わっ、分かった」

 陽佳に寂しがる子犬のようなうるうるした瞳で見つめられると、惇平のやる気が少し高まった。クレーンゲームの操作ボタン前へと歩み寄る。

「ありがとう、惇平お兄ちゃん」

 するとたちまち陽佳のお顔に、笑みがこぼれた。

「ハルカちゃんもよく健闘してたよ」

 莉桜菜は褒めてあげ、陽佳の頭をそっとなでてあげた。

まずい。全く取れる気がしないよ。

 惇平の一回目の挑戦、陽佳お目当てのぬいぐるみがアームにすら触れず失敗。

「惇平お兄ちゃんなら、絶対取れるはず」

 背後から陽佳に、期待の眼差しでじーっと見つめられる。

どうしよう。

 惇平は窮地に立たされた。なにせ惇平は、今までクレーンゲームというもので遊んだ経験が一度もなかったのだ。

「惇平くん、頑張れーっ!」

「惇平お兄さんなら、きっと取れるわっ!」

「惇平兄さん、絶対いけるで」

よぉし、いい所見せてやるぞっ!

 愛紗実達からの声援を糧に惇平は精神を研ぎ澄ませ、再び挑戦する。

 しかしまた失敗した。アームには触れられたものの。

けれども惇平はめげない。

「惇平お兄ちゃん、頑張ってーっ。さっきよりは惜しいところまでいったよ」

 陽佳からも熱いエールが送られ、

「任せて黒岡さん。次こそは取るから」

惇平のやる気がさらに高まった。

 三度目の挑戦後。

「……まさか、こんなにあっさりいけるとは、思わなかった」

 取出口に、ポトリと落ちたナマケモノのぬいぐるみ。

惇平はついに陽佳お目当ての景品をゲットすることが出来たのだ。

「惇平くん、お見事!」

「おめでとうございます、惇平お兄さん。三度目の正直ですね」

「おめでとうジュンペイお兄さん」

「惇平兄さん、さらに株を上げたね」

愛紗実達はパチパチ大きく拍手した。

「ありがとうーっ、惇平お兄ちゃあああああああん」

 陽佳はとっても嬉しそうに抱き着いてくる。

「俺、たまたま取れただけだよ。先に、黒岡さんが少しだけ取り易いところに動かしてくれたおかげでもあるよ。はい、黒岡さん」

 惇平は照れくさそうに語り、陽佳に手渡す。

「ありがとう、惇平お兄ちゃん。ナマちゃん、こんにちは」

 陽佳はさっそくお名前を付けた。受け取った時の彼女の瞳は、ステンドグラスのようにキラキラ光り輝いていた。このぬいぐるみを抱きしめて、頬ずりをし始める。

「陽佳ちゃん、いい思い出が出来て良かったね」

 愛紗実は優しく微笑みかけた。

みんなは続いて、アイスやお菓子を買うために一階食品&日用品売り場へ。

惇平がカートを押して、愛紗実はその横を並ぶようにして歩き、他のみんなはその後ろをついていく。

「惇平お兄さんと愛紗実さん、新婚夫婦みたいになっていますね」

「まさに新婚夫婦やで」

 ファンニと柚希からにこにこ顔で突っ込まれ、

「そうでもないだろ」

 惇平は困惑顔。

「そう見えるかなぁ?」

 愛紗実はちょっぴり照れた。

「ここって、シャー芯も売ってるよな?」

 惇平は逃げるように文房具コーナーへ向かい、お目当ての商品を取りに行った。

「愛紗実さん、お菓子は買い過ぎないようにね」

 ファンニから念を押されるも、

「分かってるけど、新しいのが出てるからついつい手が」

 愛紗実は新商品コーナーに陳列されていた南国フルーツ味のポッキーやコロン、キャラメルなどを吸い寄せられるように手に取り、買い物籠へ入れてしまった。

「この夏の新作アイスも出てたよ」

「アタシんちの分もついでに買っといていいかな?」

 陽佳と莉桜菜は協力して一箱八本くらい入りのアイス《ゆず味、メロン味、コーラ味、オレンジ味、ソーダ味、レモン味、ミルク味、抹茶味》をそれぞれ一箱ずつ運んで来て買い物籠へ。

「どうぞ。莉桜菜さんの分もわたしの方で支払っておくね」

「ありがとうございますファンニお姉さん」

「どういたしまして。あっ、あれも買っとかないと。そろそろ少なくなって来たし」

 ファンニは日用品コーナーから、おりものシートと生理用ナプキンを取って来て買い物籠へ。

 あれは思春期を迎えた女の子の必需品だよなぁ。

 惇平は意識しないようにしようとしたが、どうしても意識してしまった。彼が代表してレジを通したあと、みんなで協力して買った物を袋に詰めた。

「莉桜菜、このジュゴォォォーッて出てくるの面白いよね」

「うん、夏を感じるよ」

アイスを入れた袋の方には溶けないように、陽佳と莉桜菜が専用機械にコインを入れてボタンを押し、粉状ドライアイスを入れた。

食品&日用品売り場をあとにしたみんなは、バス停へ通じる出口へ向かって通路を歩き進んでいく。

途中、

「あっ!」

陽佳は何かに気付き、急に表情をこわばらせた。そして愛紗実の背中側に回る。 

「陽佳ちゃん、いきなりどうしたの?」

 愛紗実が問いかけると、

「あっ、あそこ。一年生の時、同じクラスだった子がいるの」

 陽佳は前方を指差した。十数メートル先に、四人で楽しそうにおしゃべりしながら歩いている中学生らしき女の子達がいたのだ。まもなくエスカレータに乗り姿が見えなくなると、

「ハルちゃん、あの子達にいじめられてたんか?」

 柚希は少し心配そうに尋ねた。

「あの子達は違うけど、会いたくないの。もし声かけられちゃったら、反応に困るし」

 陽佳は俯き加減になり小声で伝える。

「ハルカちゃん、アタシもほとんど話したことない子達だけど、そんなに怖がらなくても大丈夫よ」

「陽佳さん、きっといつか克服出来るようになるからね」

 莉桜菜とファンニは優しく微笑みかける。

「俺も学校以外の場所でクラスメートに会って声かけられると気まずく思っちゃうなぁ」

 惇平は深く同情した。

 みんなはこのあとはまっすぐモール内から出てバスに乗り、阪神サウスアイランド王国をあとにした。

        ※

 地元駅へ戻り、柚希と莉桜菜と別れ、惇平と寮生とで鵙松寮への帰り道を歩き進んで行く途中、

「あっ! 私、明日までに提出しなきゃいけない英語の宿題まだ全然出来てないよ。どうしよう」

愛紗実はふとその現実を思い出してしまった。

「じゃ、いつものように俺がやってあげるよ」

 惇平は快く救いの手を差し伸べてあげようとする。

「ありがとう惇平くん。いつもごめんね」

「惇平お兄ちゃん、優しいね」

愛紗実と陽佳はそんな彼に対する好感度がさらに上がったが、

「惇平お兄さん、甘やかし過ぎるのは良くないです」

 ファンニは困惑顔を浮かべた。

「やっぱり、そうなのかな?」

 惇平は少し反省する。

「あーん、惇平くん、お願ぁい。私、先生に叱られちゃうよぅ」

 愛紗実はちょっぴり涙目を浮かべてお願いしてくる。

「でっ、でも……」

 惇平は思わず愛紗実から目を逸らし、視線をちらっとファンニに向けた。

「愛紗実さん、自力で頑張りなさい。テストの時に絶対後悔するわよ」

 ファンニはやや険しい表情で忠告する。愛紗実にはけっこう厳しいのだ。

この四人が鵙松寮へ帰り着いた頃には午後七時過ぎ。

「みんなおかえり。今日は楽しかったかい?」

 光子さん特製の美味しい手料理が用意されていた。

         ※

「惇平くん、ありがとね」

「いやいや、どういたしまして」

惇平は結局、愛紗実が入浴中に彼女の宿題を大方仕上げてあげたのだった。


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