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内緒の魔王くん  作者: 如月結花
第1話「内緒の魔王くん」
8/63

1話目・その8

「魔王くん、あの…グラゼルさんってさっき、やっぱり魔法使おうとしたの?」

「は?」

 茉莉とエル、両名の姿は、今現在エルの自室にあった。

 グラゼルはそのままリビングに居残り、部屋の中に居るのは二人だけである。

 部屋に入るなり、茉莉がそんな問いかけをしたので、エルは面食らってしまった。

「グラゼルさんが何かよく分からない言葉を呟いてたところを、魔王くんが止めた…みたいに見えたんだよね。だから、あれって魔法使おうとしてたのかな、って。」

「何故だ?茉莉は、見たこともない魔法とやらの存在を、信じているというのか?」

「そりゃ、見たことなんてないけど!でも、魔王くんが魔法を使えることは知ってるから。」

「どういう、意味だ?」

「どういう意味って…だからその、ボクも魔王くんが言ったこと、信じてるよってことで…。」

 茉莉の話は要領を得ない。

「我が、言ったこと?我は茉莉に特に何か言った記憶は………。」

 と、そこで思い当たる。

 その記憶がなくても、否、ないからこそ、言ってしまった可能性に思い当たったのだ。

 それは茉莉から、魔法を使えるか?と問われた後のこと。

 茉莉と会話した中で、はっきり記憶がないのは、その時だけだ。

 もし、その時の受け答えで、エルが魔法の存在を肯定してしまっていたとしたら…。

「………茉莉、すまぬが、我はその時、茉莉に何と言ったか、覚えておるか?」

「え、えーと…確か…。」

 聞かれて茉莉は記憶を遡る。その時に、エルが返した言葉を。

「んー、魔法を使えることは、秘密にしてるんだーとか、そんな感じ…だったかな。」

 と、茉莉は何でもないことのように、口にした。

 血の気が引くとは正に、この事だろう。

 エルはそれを、身を以て体感させられていた。

「我はお前に、確かにそう言ったか…?」

「ご、ごめん、流石にちゃんと一字一句まで覚えてないけど…。」

 あまりに普段と様子が違うエルに、何を言って良いか分からなくなり、茉莉は最終的に、冗談を言って場を和ませようとする。

「もしかして、覚えてないとか?あはは、魔王くんって、実は結構忘れっぽい?」

 しかし、その冗談も冗談と受け取れない程、今のエルには余裕がなかった。

「否、そんなことはない。あの時は動揺していた。茉莉が、魔法を使えるか、などと突然聞いてきたのだからな…。」

 どこか諦めにも近い雰囲気だった。

 それを察した茉莉は、恐る恐る問いかける。

「その……ボク、本当に知っちゃダメなこと、知っちゃってたってこと…?」

 無言の沈黙は、肯定の意だった。

「で、でも、安心して!誰にも言わないから!魔王くんが、ボクの秘密守ってくれるって言ったのと、同じことだよ!」

 と、慌てて茉莉は次の言葉を紡いだ。しかし、エルはその言葉に、茉莉が思ってもみなかった言葉で返す。

「同じではない!我のことは、もっと世界の安寧を脅かすような…───」

「同じだよ!!」

 茉莉は、エルの台詞を遮って、叫んでいた。

「魔王くん、それさ、ボクが魔王くんの秘密、守れる訳なんかないって思うから言ってることなの!?友達の秘密守るのは当然だって、自分のことも、ボクのことも、信じてるって言ったの、あれは嘘だったの!?」

 感情を抑えることなく、茉莉はエルに捲くし立てていた。

「信じてるって言ったのは、魔王くんがボクの秘密を一方的に知ってるからって、優越感に浸ってただけだった…?違うよね…?魔王くんはあの時本気でそう言ってた…だからボクも、魔王くんの秘密ちゃんと守りたいって、思ったのに…。」

 これ程に、感情を露にして自分に向かってきた者を、エルは他に知らなかった。

 魔界には茉莉のような関係の相手はいないのだ。

 エルは、自分を戒める。自身の言動に責任を取れず、友人を怒らせてしまった自分自身を。

「茉莉…そうだな、我が言ったことであった。すまなかったな…。だが…誰にも、友であろうと、知られてはいけないことだったのだ…。」

 しかし、楽観視出来ない事情もあった。

 故に、「だから…。」などと、言い訳がましく言葉を繋げようと思ったのだが、またしてもそれは茉莉によって、言葉として発せられることはない。

「ボクが誰にも言わなくても、ダメなの?」

 そう頬を膨らませながら言う、茉莉が遮ったのだ。

「魔王くんと二人でいるとき以外、知らないフリしてても、ダメなの?」

 茉莉が口にしたのは、先程グラゼルが懸念していた可能性、だった。

「それは…ルール違反というか、な…。」

 受け入れることは、エルには出来ない。

 つい先刻、グラゼルにあれだけのことを言った自分が、ルールを違えるなど、あってはならない。

「ルール違反したらどうなるの?死んじゃうの?だったら考え直すけど、そうじゃないよね?答えて。」

 機械的に抑揚のない発音が、エルに逆らうという行動を抑止させた。

 逆らえるとは到底思えなかったのだ…生まれながらに天才と謳われる魔王の息子であるエルが、魔法の使えないただの人間であるはずの茉莉に。

 だから、エルは言葉を詰まらせながらも、正直に答えてしまう。

「う……か、帰らなくては、いけなくなる、な…。」

「そう。じゃあ、そんなルール破っちゃおう。ボクは絶対に、魔王くんを裏切ったりしないから。」

「だが、茉莉、それは…───」

 エルは再び、言葉を絶たれた。

「帰るなんて言わないでよ…お願いだから…。」

 三度目は、茉莉の涙が、そうさせたのだ。

 泣いていた。

 一緒にいたいと思う気持ちが塞き止められず、溢れ出したものだった。

 エルは心が痛かった。

 これ以上、茉莉を泣かせたままにしておくことは出来なかった。

 だから、茉莉の懇願を受け入れるしかなかった。

 覚悟を決めた顔でエルは、茉莉に対して発した言葉の責任を全うしようとした。

「分かった…。このことは、二人だけの秘密だ。」

 そう告げることで、自分が信じた茉莉を、茉莉が信じてくれた自分を、再び信じようとする意志を表したのだった。




 その後、エルが数十分の時間を費やして茉莉をなだめたことで、部屋の空気は、穏やかなものになった。

 だがその間エルは、泣いている茉莉から、もはや尋問と呼んで差し支えがないような質問の数々を投げ付けられていたのだった。

 …魔法使える人間なんているの?

 …人間じゃないなら何なの?

 …魔人って?

 …魔界ってどこにあるの?

 エルはそれら一つ一つの質問を、拒むことも出来ず、律儀に答える他に選択肢はなかった。

 挙句に「魔法を見せて。」とまで言われたが、流石に近くにグラゼルが居る為、魔法を使えば気付かれる…と、それだけは何とか断ることに成功した。

 もはやエルが茉莉に聞き出された『秘密』と呼ぶべきものの総数は、数十にも及んでいた。

 エルが何でも話してくれるのが面白くなって、途中から泣き真似を続けて更に質問を繰り返そうとした茉莉だったが、それは直ぐに見抜かれてしまった。

 バレたことで悪戯っぽく舌を出す茉莉。その時には、機嫌はすっかり直っていた。

 だから特に追及もしなかったし、未だに泣かせてしまったことを申し訳なく思っているエルだった。

 しかし、泣き止んでからの茉莉は普段と変わらない様子で、もう魔法や魔界に関する質問をすることもしなかった。

「そういえば、茉莉は我に話があるのではなかったか…?」

「あ、んー…ボクの話、実はもう終わっちゃったから。」

「ん?そうなのか。」

 エルには心当たりがなかったが、茉莉が良いというのなら、これ以上聞くことでもないのだろう、と気にしないことにした。

「ね、気になってたんだけど、これって、魔界むこうの本?」

 と、茉莉は部屋の隅に積み上げてある十冊の本の前に駆け寄り、視線を落とした。

 それは確かにエルが魔王城から持ち込んだ本であり、茉莉との待ち合わせに出かける直前に並べ替えたのと同一の物だった。

「ちょっと中見ても良い?」

「構わぬが、読める部分はないと思うぞ。」

 茉莉はエルの許可が出たので、積まれていた一番上の本を手に取った。

「んー、よ、読めるところも、…あるよ?」

「は?」

「こ、このイラストのとこ、とか…。」

「それは読むとは言わぬ。見ると言うのだ。」

 よもや人間が魔界の文字を理解出来るのか、と一瞬動揺するが、茉莉の言った内容に、呆れて苦笑する結果となった。

 結局、茉莉はパラパラとページを捲った後、諦めて本を元の場所に戻した。

 それからお互い特に話すこともなくなってしまって、5分程の沈黙が訪れた。

「…ね、ね、魔王くん。ちょっと、お出掛けしない?」

 だから茉莉がそんな提案をしたのは自然な成り行きであり、エルも拒んだりはしなかったのである。




 未だ消沈している執事グラゼルに、秘密を抱えてしまった罪悪感を感じつつも、エルは茉莉を連れて外出する旨を告げた。

 二人がマンションを出て向かった先は、某大型デパート内にある百円ショップ。

 もっと言うと、その中のお菓子売り場だった。

 店内の9割以上の商品が100円という安価で買えるというのは、エルには衝撃的だった。

 人間界のお金の価値というものは正直分かっていないが、100円という小銭1枚で、ここにある商品の中から何でも1つ交換出来るというのだから、破格だと感じるのも無理はない。

 ただ茉莉は、お菓子くらいしか信用出来ない、などと漏らしてはいたが。

 ちなみに、信用出来ない詳しい理由は述べなかった。

「魔王くんは何が食べたい?」

 と、お菓子の陳列された棚と向き合っていた茉莉は、エルの方に視点を移した。

「…我のことは、気にせずとも良い。というか、金は持っておらぬ。」

「このくらい奢るよ。ほら、はーやーくー、選んでー。」

「う、うむ…。」

 急かされるようにして、エルは醤油せんべいの入った袋を手に取った。

「渋いね…。」

「い、否…どんな味なのかは正直分からぬのだが…好みでないなら他ので構わぬぞ…。」

 自信なさげに、醤油せんべいの袋を戻そうとするが、それを茉莉が制す。

「好きだから大丈夫だよ!」

「そ、そうか…。」

 魔界においても自ら買い物するなどとは無縁だったエルは、自分の選択が正しいと思える根拠など無く、たじろいでいた。

「結構量あるし、あんまり食べると晩御飯食べれなくなっちゃいそうだから、これだけで良いかな。」

 茉莉はそんな独り言を言って、エルを連れてレジへと向かう。

 普段とは逆に、今は茉莉の後ろをエルが付いて行く形となっていた。

 エルはレジで店員に商品を渡し、茉莉が代金を支払い、無事に購入した醤油せんべいを再びエルが持って、店を出た。

 店を出たところでエルは疑問を投げた。

「茉莉、お前、小銭を何枚か出していたな…100円なのではなかったのか?」

「あー、それね。消費税っていうのがあってね、買い物とかする時の、えーと、国に納める税金なんだけど。それが発生するから、実際には105円なんだよね。」

「なるほど。そのようなシステムがあるのだな。」

 エルは納得したように、首を縦に振った。

 それが、エルが買い物というシステムに初めて触れた感想であった。

 それから二人は、路地裏にある小さな公園へと足へ運び、ベンチに座って醤油せんべいを食べた。

 完食した後は、今日の学校のことや明日の学校のことなど、他愛もない会話をした。

 日が傾き始めると茉莉はエルと別れて家へ帰る。

 一人残された公園のベンチで、エルは今日までに起こった様々な出来事を思い起こした。




 エルが人間界に来てから、これで学校に来るのは三度目だった。

 本来ならエルの姿は既にこの場になく、一番関わりの多かった茉莉の記憶からも、エルの存在は消えていただろう。

 茉莉がいたから、エルは魔界に帰らなければいけない状況に立たされた。

 しかし、同時にその状況を打破させたのも、茉莉だった。

 茉莉という存在がいなければ、今日この時、こんな状況になることもなかったのも事実だが。

 それも含めて、エルは茉莉という存在の大きさに、改めて気付かされたのである。

 というのも、学校が始まって3日目である今日は、朝教室に入り自分の席に着くと、クラスの男子が数名、エルの前にやって来て、机を取り囲んだ。

 その中に茉莉の姿はない。

 彼らは口々に、エルの机の前で会話を始めたのだ。

「なぁ、お前昨日すっげー可愛い彼女と一緒にいたそうじゃねーか。」

「コンビニの前で、隣のクラスの奴が見たって言ってたぞ。」

「俺にも紹介してくれよー。」

「あ、俺、百円ショップひゃっきんで見たわ。」

「まじか、外人?」

「いや、日本人っぽかったけど。」

「はぁ!?おい、どこで知り合ったんだ、教えろよ!?」

 男子達の視線はエルに集まる。

 軽く息を吐くと、エルは不敵に微笑を浮かべ、一言だけ放った。

「内緒だ。」

 と。

第1話・完

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