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内緒の魔王くん  作者: 如月結花
第1話「内緒の魔王くん」
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1話目・その5

 人間界に来て二度目の朝がやってきた。

 エルはグラゼルに揺り起こされ、目を覚ました。

「おはようございます、エル様。」

「…ああ。うむ。」

 焦点の合わない目で生返事を返した後、ふらふらと立ち上がってエルは洗面所へと向かう。

 エルが昨夜帰宅したのは、22時前のことだった。

 あれから何かしらの答えが出た訳ではないが、グラゼルから「遅くなり過ぎないように」と言われた手前、流石にそれ以上帰りが遅くなるのはまずいと感じたのだ。

 それに学校の存在もある。寝ない訳にはいかなかった。

 しかし、はっきり言ってしまえば寝不足気味だった。

 エルは未だ寝ていたい衝動を押し殺し、洗面所に着くと、依然として眠気の残る意識をはっきりさせる為に、洗面台の蛇口を捻り、勢いよく流れ出る水の下に、頭ごと突っ込んだ。

 思わず「冷たい!」と声を上げてしまいそうな低温の流水が、彼の頭上を水浸しにする。

 多少強引な手段で以て、エルの感じていた眠気は、簡単に吹き飛んだ。

 水の滴る頭をタオルで拭いて、次に歯を磨く。

 それが終わると、リビングへと足を向かわせた。

 既にテーブル上に食事の準備がされており、グラゼルがエルのことを待っていた。

 腹を満たし、身支度を整えると、エルは学校へと出発した。

 今日魔界に帰らなければならないかもしれない、という不安など、少しも感じさせない態度であった。




 1-Dの教室内では、もはやエルに興味を向けている者は殆どいない。

 勿論、昨日の今日である為、彼のやらかしたことを笑い話の種にする者は少なくなかったが。

 そういう連中は単なる笑い話として話題に上げるのであって、実際それをネタに直接エルをからかいに来たり、ちょっかいを出す雰囲気も感じられない。

 クラスの大半はエルのことを「中二病の、かわいそうな子」と認定し、なるべく関わらない方が良いのではないか、という空気が流れていた。

 魔王になる…という中二病的な自己紹介をしたのは、それほど周りから特異な存在であると認知される行為だった。

 言ってしまったものは仕方がないので、エルはむしろ、そのことを前向きに捉えている。

 自分と関わる人間がいなければ、自分が人間ではないと知られてしまう可能性は限りなくゼロに近付く。

 エル達魔人は、外見は人間のようであるが、実際は人間とは異なる。

 人間には持たざる、魔法という超能力じみた力を行使することが出来るからだ。

 人間達からすれば魔人は、人間の常識を覆す存在であり、人間には持ち得ない力を有するという点で、恐怖を抱かせるには充分な存在である。

 もし魔人の存在を知ってしまえば、人間達はいつ魔人に侵略されるかと怯えながら暮らすことを強いられるのだろう。

 魔人達に、人間を害するつもりがなくても、だ。

 人間界に侵略しないのは、歴代の魔界の王達が厳しく遵守してきたルールであり、それを破る者はいない。…と、いくら魔人が主張したところで、人間がそれを安易に信じるとは思えない。

 というか、どう考えても信じるのは無理な話だろう。

 人間世界に迷惑をかけない為にも、魔人たるエルは、自分が人間とは異なる存在であると他人に知られてはいけない。

 魔人には魔人の世界があり、人間には人間の世界がある。互いに干渉するべきではない。

 現在の魔王であるエルの父親も、そんな歴代の魔王達の考えに同調するからこそ、エルが人間界に来るにあたって「人間に魔法を使うところを見られてはいけない」という約束事を課したのだった。

 魔法を見られてはいけない…この約束がある故に、人間界に来て3日目という短い期間にも関わらず、エルは魔界へ帰らなければいけないかもしれないという不安要素を抱えることとなった。

 その不安の原因は、夏川 茉莉という名の、制服を着ていなければ性別の判断に迷うであろう少年にある。

 何故なら、茉莉は昨日の帰り道、エルに「魔法を使えるのか?」と質問をした人物なのだから。

 エルには確かに、魔法を見られた可能性を危惧しなければならない行動が思い当たる。

 それは、人目に付き難い夜だったとはいえ、魔法を使い空を飛び、マンションの屋上から自室のベランダへと降り立った件だ。

 彼が魔法を使わざるを得なかったのは、部屋を出る際にカードキーを忘れた為であったが、予め「部屋を出る際には鍵となるカードキーを忘れないように。」と何度となく言われていたにも関わらず、忘れてしまっていたのだ。

 結果的に魔法を見られた可能性、その根本的な要因を作ってしまったのは、エル自身の不注意が引き起こしたものだった。

 だからエルは茉莉を恨んだりはしていない。間違いなく自業自得であると自覚している。どちらにせよ、過去を変える事など出来ない。魔法であってもそれは不可能だ。

 エルは一昨日の過ちを自己の責任として素直に受け入れ、あとは茉莉が、本当はエルが魔法を使う場面を見てはいない、という可能性に賭けるしかなかった。

 当の夏川 茉莉は、教室に居ながら時折ちらちらとエルの方を窺っている。

 そのことに気付かないエルではなかったが、流石に誰に聞かれるとも分からない教室内でする話ではないので、気付かないフリをした。

 朝のホームルームの時間になり、担任の長谷川 義がやってくると、茉莉もそれ以上エルに視線を向けることはしなかった。




 本日最後の授業が終わった。

 とは言っても勉強をした訳でなく、体力テストやら性格診断テストやらと、エルにとって目新しい知識にならないものだった。

 尤も、魔法に頼る生活をしている魔人は、人間より体力的に劣っているという事実を認識出来たことは、収穫と言えるのかもしれないが。

「それじゃ気ぃつけて帰るんだぞー。」

 ホームルームが終わると、担任教師の長谷川はそう言いながら教室を出て行った。

 教室内の人間達が少しずつ帰り始めるのを待って、エルも席を立ち上がると、後ろのドアから廊下へ出た。

 エルの予想通り、エルを追うようにして、後ろから茉莉が付いて来た。

 昨日曖昧になっただろう質問への回答、それを欲してのことだろうとエルは想像した。

 校門に差し掛かった辺りで、茉莉はようやく口を開く。

「あの、魔王くん。昨日のことなんだけど。」

 妙に明るい声だった。

「何だ?」

 例の質問をされた後、エルの態度は不審に映っただろう。

 自分がその内容を否定していても、やはり魔法を使ったことに対する確信が茉莉にはあったのかもしれない。

 などと考えながら、エルは緊張した面持ちで茉莉の次の言葉を待っていた。

 待っていたのだが、またしてもこの少年は、エルの予想を裏切る言葉を発する。

「えっと、魔王くんって、ボクのことを友達だと思ってくれてるん…だよね?」

 突然何を言い出すのかと怪訝な顔をするエル。

 そのエルの表情を読み取ったらしく、茉莉は慌てて言葉を続けた。

「あ、その…!だから…ボクが勝手に、魔王くんがボクのこと友達だと思ってるんじゃないかって、思っただけ、なんだけど…。」

 さっきの明るさはどこへ行ったのかと思う程、しょんぼりした顔を見せて、言葉の最後辺りではすごく自信なさげになっていた。

 エルは肯定するでも否定するでもなく、

「否、質問の意図が分からぬのだが。」

 と純粋に思ったことを述べた。

「昨日のあれがあったから…友達と思ってくれてるのかなって…。」

 茉莉が言う“昨日のあれ”というのは“魔王くん”と呼ぶ許可をしたことに対してだろう。

 エルにはそれ以外に心当たりがない。

「まぁ、そう取って構わぬ。別に否定することではない。」

 昨日の、エルの存在の核心を衝いた質問がなければ、エルは確かに茉莉に対して、友情に類する感情を抱いていただろう。

 今となっては、茉莉に対し生まれた感情が友情だったとは、確信を持つことこそ出来ないが。

 何かしらの感情が、彼の心に芽生えていたのは否定のしようがない。

 エルの台詞を聞いた茉莉はというと、満面の笑みを浮かべていた。

「じゃあ、えと…これからも、よろしくお願いします、魔王くん。」

「…あ、ああ…うむ。」

 友達として、今後もエルと仲良くしたい…そんな意味合いを持つ茉莉の言葉に、エルは曖昧な返事を返すしか出来なかった。

 何とも複雑な心境だった。

 茉莉が何も知らなければ、茉莉の言うように、これから友として付き合っていくことは可能だろう。

 しかし、エルが魔法を使ったのを認知していた場合、その願いは叶わず、恐らく二度と出会うこともない。

 僅かではあっても初めて己を理解してくれた少年と友でありたい…それはエルの率直な気持ちだった。

 だから、茉莉が何も知らないことを、何も見ていないことを、エルは心の底から望む。

 そう思った瞬間、今まで気にならなかった、ある違和感がエルの頭を過ぎる。

 魔法を使った場面を見ていた場合、茉莉はエルに恐怖の感情を抱いてるはずなのだ。

 もし恐怖より好奇心が勝るとしても、人間とは違う存在であることに、何かしら負の感情を持つはずだ。

 昨日も今日も、エルは茉莉から、そういった感情を感じ取ることはなかった。

 齢15,6の少年が、自分の感情を制御するのは難しいだろう。

 心の動きを悟らせないようにすることが、茉莉にとってのメリットになるとも到底思えない。

 そもそも感情を隠してまで、そんな得体の知れない者と友達になりたいなどとは思わないはずだ。

 もしエルと友達になることで、味方に付けて利用しようと思っているのであれば、可能性がない話ではないが、茉莉はそんな演技が出来るほど器用な人間でもなさそうだった。

 茉莉は何も知らない。何も見ていない。そう考えるのが自然である。

 違和感に気付いたことで、エルの不安は解消される。

 胸を撫で下ろすと同時に、物思いに耽っていた彼は、その間も茉莉が自分に話しかけていたことに気付く。

「魔王くん、魔王くん、ね、聞いてる…?」

「ん?ああ、すまぬ。少しばかり考え事をしておった。」

「魔王くんに知っておいて欲しいことがあるんだけど…その、一旦帰ってからもう一回会えない…かな?」

 何か重要な話があるらしいことを予感させながら、茉莉はそう提案する。

 エルには特に断る理由がない。むしろ茉莉を家に連れて行くには丁度良く、自然に切り出すことが出来そうなので、好都合だった。

「構わぬ。というか、我も茉莉に用があったのだ。どこかで待ち合わせるとするか。」

「うん、分かったよ。それじゃあ、えーと…1時くらいに、そこのコンビニの前に来て貰っても大丈夫?」

 と、茉莉は目の前にあるコンビニエンスストアに視線を流す。

「うむ、では1時にまた会おう。」

 そこで二人は一旦別れて、そのまま帰路に就く。




 昼食を摂り終えたエルは、若干の暇を持て余していた。

 茉莉と約束した13時までには、少し時間の余裕があったのだ。

 時間の使い道を考えあぐねていると、ふと暇つぶしの為に魔界から持ち込んだ本の存在を思い出した。

 無断で拝借してきたので、人目を気にしなければならず、本を選んでいる余裕はなかった。

 既に読んだことのある本も混じっているかもしれない。

 とはいえ、全てが既読の物ではないことも確認済みである。

 なので、この隙間時間を利用し、読んだことのある本と、そうでない本を分類しておこうと思い立ったのだ。

 流石に中を読んでいられる程の時間的余裕もないので、正直あまり意味のない行為だろうが、今のエルにはそんなことくらいしか、時間の使い方が思い付かなかった。

 ぱらぱらと本を捲り、見覚えのあるものと、そうでないものを仕分けていく。

 記憶頼りだが意外と覚えてはいるもので、十冊あった内の半分は前に読んでいたものだったと分かった。

 そうこうしている内に、待ち合わせに出掛けるには丁度良い頃合いになっていた。

 未読の五冊を上にして本を部屋の隅に積み上げると、そのまま自室を出る。

 リビングで洗い物をしていたグラゼルに、魔法を見られたかもしれない人間を連れてくる旨を告げてから、エルは学校と家とのほぼ中間に位置するコンビニへと向かった。




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