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内緒の魔王くん  作者: 如月結花
第5話「会談の魔王くん」
37/63

5話目・その4

「茉莉、怒っておるのか?」

「べ、別にー。人助けしてただけなんでしょ、怒る理由なんてないよ。」

 エルと茉莉がコンビニを発ってから、もうすぐ10分が経過するが、二人は未だ足を止めてはいない。

 怒っている程ではないにせよ、やはり茉莉は少しばかり不機嫌なようだった。

「怒っておらぬなら、少し足を止めてくれぬか…?何処へ向かうかぐらいは把握しておきたい…。」

 茉莉に腕を掴まれて半ば引き摺られている状態のエルにしてみれば、これが後どのくらい続くのか、不安で仕方がないのだ。

「あっ…。」

 向かう先すら決めないまま歩き始めた所為で、茉莉自身も、自分の足が何処を目指して進んでいるのか分かっていなかった。

 指摘され、自分の無計画さに気付くと、引っ張る力を急速に緩め、歩を止めた。

 行き先が決まっていないだろうことは、エルも薄々勘付いていた。

 何より、終わりの見えない前途に疲れ始めていた。

 言い出さなければ、体力切れまで延々歩かされていた可能性も否定出来ない。

 生まれてから殆どの時間を魔王城の中で過ごして来たエルは、魔人の中でも恐らく極端に体力が無く、人間では華奢な部類の茉莉にさえ劣る為、茉莉が聞き入れてくれたことを、エルは心の中で安堵する。

「ご、ごめん………思い付かない…よね?…やっぱり。」

 謝罪と共に、茉莉は気まずそうにエルの顔色を窺う。

 エルは、気にしなくて良い、と諭すように微笑を浮かべると、

「…そうだな、前に行ったカラオケ…くらいか、気にせず話が出来そうなのは。」

 少しだけ言い難そうに、その場所の名を口にした。

 初めてカラオケに行ったのは、2週間程前。

 エルの妹リアが茉莉に使った魔法の副作用で、茉莉の身体は一時的に女性になってしまったことがあった。

 茉莉を元に戻す為の、魔法を行使する場所として、カラオケを利用したのだ。

 あの時は、人目を気にせず会話をするには適した場所なのかもしれない、と思ったが、時間を置いた今は、身内が迷惑をかけてしまったことを思い出させてしまう場所だ、と考えを改めるようになっていた。

 故に、あまり口に出したくはなかったが、それ以外に適当な場所が思い付かなかった為の、苦肉の策といったところだ。

 しかし、そんなエルの心配は杞憂だったかのように、

「お金は掛かっちゃうけどね…。」

 と、茉莉は、エルの内情に気付くことなく、金銭的な心配をしていた。

 茉莉の反応に若干拍子抜けしたエルは、ふっと笑みを零す。

「確かに。我もグラゼルから、無駄遣いはなるべくせぬよう言われておるしな。」

 実はエルは、買い物の仕方を覚えて間もなく、買い物という行為が楽しくなり、ついつい不必要な物まで買い漁ってしまった為、グラゼルから釘を刺されていたのだ。

 限られたお小遣いの中で、必要な時のみ使うように、と。

 それを思い出した途端…エルの頭に浮かんだのは、昨日、そして、いつかも茉莉と行った小さな公園。

「そうか、あの公園があるではないか。」

「公園?えーと…前に行った所?」

 エルは咄嗟に、その思い付きを口にするが、対して茉莉の反応は思わしくない。

「うむ。覚えておらぬか?」

「忘れたりはしてないけど…でも、本当に誰もいない時って、そんなにないと思うよ?」

 苦笑しながら茉莉は自身の判断を述べる。

 自分より人間界に詳しい茉莉が言うなら、そうなのだろう…とエルは納得し、軽く頷いた。

 いざ行ってみて、先客がいれば、別の場所を考えなければならない。

 会話を始めてからも、誰かが来れば話を中断し、場合によっては人のいない場所を探し直さなければならない。

 そういった心配の種が在る状況では、集中して会話など出来ないだろう。

 なるべく集中して話をする、また、話を聞く為には、周りからの干渉を受けない環境である必要性が高い。

 お金が掛からず、尚且つ人目を気にせず話が出来る…というような、今現在彼らが望むような都合の良い場所が、簡単に見つかるはずがない。

 何より、久十里学園の周辺に、それに該当する空間が存在するのかさえも不確実だ。

「…カラオケにしておく?」

 茉莉も、そこ以外なさそうだと認めた。

 やはりカラオケが最も無難で現実的な場所選びなのだろうが、

「方法がない訳ではない。」

 もし非現実的な方法を用いるならば、そちらの分野において天才と称されるエルに、思い付かない道理はない。

「えーと………?」

 ”方法”という表現が、何を指したものなのか分からなかった茉莉は、曖昧に聞き返す。

「魔法を使えば可能…という話だ。」

 エルはさらりと、何でもないことのように言ってのけた。

 金銭を使うか魔法を使うかの二択なら、エルは絶対に前者しか選ばない…と確信を持っていた茉莉からすると、エルが自ら進んで魔法を使う提案をすること自体、予想の外だった。

「本気なの?それとも、冗談?」

 そう茉莉が確認を求めたのは、エルの真意が読み取れないからだ。

「無論、本気で言っておる。」

「大丈夫なの…?」

 スッパリと言い切ったエルを見て、不安になる茉莉。

 もし魔法を人間に見られたら、魔界へ帰らなければならない…という制約の下で、魔人である彼は人間界へ来ているのだ。

 茉莉は唯一人、魔法が実在することを知り、その秘密を共有することになった人間である。

 二人だけの秘密なのだから、茉莉の前でなら、魔法を扱うことに躊躇する理由はないだろう。

 実際に茉莉は、三度魔法を見、その内二度は体感している。

 だから、心配するのは、第三者に見られる可能性の方だ。

 それを勿論、エルも分かっているからこそ、安心させるように微笑を浮かべながら茉莉に応える。

「使う時にだけ気をつければ問題はない。それに、使ってバレるようなものでもない。」

 彼ら魔人の扱う魔法は、詠唱こそ必要だが、魔法を現実のものと認識しない者であれば、例え詠唱を聞かれたとしても、単に外人が母国語で何か喋っている程度の認知しかされない。

 火を起こす、空を飛ぶ…等、誰もが見た瞬間、不自然と疑うような外的変化をもたらす魔法に限って言えば、使用するのが危険なことに変わりはないが、今エルの頭にある魔法は、そういった類のものではない。

人間界こちらの言葉で言うなら、テレパシーに近いものだ。思ったことを相手と共有する…口に出さずとも伝わる故、どのような場所に居ようと、決して第三者に聞かれたり、悟られたりする心配も要らぬ。」

 エルが具体的な説明を加えたことにより、茉莉の心配も取り除かれたようで、

「へー…やっぱり魔法って便利だね。」

 と、純粋に羨ましそうな眼差しをエルに向けた。

「尤も、この魔法には、少々不都合というか、至らぬ点があるのだがな…。」

「うん?」

 難しい顔をしながら、エルは遠回しに言い淀み、何のことか分からない茉莉は、頭に疑問符を並べた。

 魔法の存在を知っているとはいえ、魔法に関する知識など皆無なのだから、茉莉の反応も当然だろう。

 エルは数秒の間を置き、不十分な説明の続き、そして更に、警告を投げかける。

「…共有とは、つまり、相手に対し、どのように思っておるか、偽りなく曝け出すということだ。…もし、知られたくない内があれば、止めておくべきであろう。」

 そうやって念を押したのは、茉莉への気遣いでもあった。

 約2週間前の件が、魔法という存在を、悪いイメージを伴う物と認識させた可能性は大いにある為、無理強いはしたくない…というのが理由の一つ。

 もう一つは、その魔法を使うことへの躊躇。

 何故かというと、エルには、心の共有に対する苦い記憶が残っているからだ。

 言うなれば、先の警告はエルが自らに覚悟を決めさせる為の発言でもあり、無意識下では、茉莉が拒んでくれることを望んでいたのかもしれなかった。

 だが、茉莉の反応は、実にあっさりとしていた。

「それって何か問題あるの?」

 エルは、何も覚悟など必要なかった…と思い知らされる。

 互いに対等な、友人という関係にある二人なら、問題など起きようはずもない。

 そんな風に考えられるのは、茉莉を心の底から認めているからだろう。

「否…要らぬ心配だった。」

 自虐的とも思える微笑を返したエルは、

「では、少し裏通りに入るとしよう。表は目立ちすぎるのでな。」

 と、直ぐに気持ちを切り替え、続けた。

「ん、そうだね。」

 コンビニから学校方面へ向けて表通りを歩いてきた彼らは、現在居る場所から狭い脇道へ入り込む。

 人の流れから外れ、並列して歩くには窮屈な路地を抜けると、エルは魔法の言葉を紡ぎ、横並びの二人の心の間に、見えない糸を繋いだ。

 魔法を唱え終わった直後から、心の共有は始まり、エルは、期待と不安が混在する茉莉の内に話しかける。

〔茉莉…聞こえておるな?〕

〔………うん。魔王くんは?これで本当に聞こえてるの?〕

〔問題ない。〕

 勿論、口に出してはいない。

 だが確実に、互いの声は、互いの心に直接伝わった。

 そうして魔法の効果を体感すると、茉莉の頭には一つのアイデアが浮かぶ。

〔ね、魔王くん。もしかして、この魔法使えば、リアちゃんとも普通に話が出来たんじゃない?〕

 あるいは他にも、会話を可能にするような魔法が存在したのではないか…というニュアンスも含まれていた。

〔不可能だ。このような自分と相手が存在して初めて成立する魔法は、自分が行使しなくてはならない魔法だ。リアが心の共有や、そういう類の別の魔法を使えるなら兎も角、使えぬなら、そこには必ず我の仲介を要する。〕

〔あ、そうなんだ。ちょっと面倒だね…。魔法って何でも出来るのかと思ってた。〕

 エルの小難しい解説に、些か落胆を見せる茉莉。

〔魔法は万能ではない。〕

 人間からすれば、魔法というのは完全無欠の超能力に見えるのかもしれないが、魔法を以てしても出来ないことは多い。

 それに…と、エルは続ける。

〔リアは自分の内を簡単に晒せるような奴ではない。茉莉には心を開いていたが、リアにはリアなりの一線があるだろう。〕

 同時に、郷愁にも似た気持ちが、薄っすらと茉莉の中に流れ込んで来た。

 エルは、魔界に帰った妹を心配しているのだ、と茉莉は理解した。

〔魔王くん、本当はリアちゃんのこと、大切に思ってるんだね。〕

 兄妹仲が悪いと感じていた訳ではないが、お互いに本心を隠しながら接していた風でもあった。

 本音の部分を知ることが出来て、それが妹であるリアへの心配から来ていたのだと知って、茉莉は自分のことではないのに、何だか嬉しくなった。

〔別にリアのことなど、どうでも良い。〕

 エルが返した瞬間、返答には否定の色が加わっていることに、茉莉は気付く。

〔…嘘吐いても分かっちゃうんだね。〕

〔否、待て、嘘など吐いておらぬからな!〕

 心の共有中は嘘を吐けないのは知っている…とはいえ、身に覚えがないのに茉莉が勝手に納得していくので、エルは動揺した。

 深くに埋もれていた感情が、心の共有という要因に依り、露になったのかもしれない。

〔確かにテレパシーっぽいかも。〕

 可笑しそうに茉莉は笑う。

 同時に、先程エルが魔法の説明をする際に挙げた例が、適当な表現だったことに納得し感心した。

 心の共有…違う言葉で表すとすれば、心同士の対話、といったところだろう。

 包み隠さず、偽ることも出来ないのは、何もデメリットだけではないのだ。

 相手の気持ちを知る機会。

 そういう風に考えられるのであれば、エルの心の共有に対する悪いイメージは、払拭されていくのかもしれない。

〔…話題を変えよう。〕

 これ以上変な流れになるのは御免だとばかりに、エルは直球で方向転換を試みるが、

〔先程は、何故怒っていたのだ?〕

 藪蛇を突く形になった。

 だが、本心を知りたいからこそ、敢えてその話題を選んだのだ。

〔だから、怒ってないって。ちょっとなんか嫌だなぁって思っただけ…他の女の子と話してるの見て。〕

 言葉の端々から、茉莉の機嫌を損ねたことは伝わってくる。

 どうせ今は嘘が吐けないのだから、正直に話し、その結果、茉莉が怒るのなら、誠心誠意謝るしかない。

 ある種、腹を括ったエルは、

〔すまぬ…、実を言うと、我はあの女子を茉莉だと思って助けた。〕

 と、言い訳にも聞こえる台詞を放った。

〔何で間違えるのさ。〕

 流石に茉莉は少しムッとした。

〔茉莉と背丈や髪の長さも同じくらいで、茉莉が好んで着るような服装だった。〕

〔うん、…それで?〕

〔先に来た茉莉が一人で待っておる所をナンパされておったのだと思い込み、困っておる様子だった故、助けた方が良いだろうと、確認せず割って入った。〕

 コンビニに居た少女が一人でなければ、また、ナンパ男が少女に声をかける瞬間を目撃しなければ、恐らくエルも間違えはしなかっただろう。

〔…嘘吐いてないよね?〕

 その場凌ぎの発言なのではないか、と疑う茉莉だが、

〔嘘を吐いても分かるのであろう?〕

〔あ、うん…そうだった。〕

 エルに言われ、心の中での会話だったことを思い出した。

 自分を助けようとしてくれていた事実を知れたからか、茉莉の機嫌は直った。

〔ボクがナンパされてたら助けてくれるんだねー。そっかぁ、ボク男だから、大丈夫だったんだけどなぁー。〕

 言葉の端々から、茉莉の心嬉しさが伝わってきた。

〔ふぅ…茉莉の機嫌が直ってくれたようで何よりだ。〕

 息を漏らし安堵したエルは、普段の調子を取り戻し、この後、移動するべき方角の見通しを立てる為に切り出す。

〔ところで茉莉…どこか無言のままでも怪しまれず、お金も掛からない場所に心当たりはあるか?お前に引っ張り回されて割と疲れておる。〕

 普段から様々な考えを巡らせ、実際に口に出す言葉を選んでいるエルは、意識していなければ、それらが全て駄々漏れになってしまう。

 特に、茉莉の機嫌が良くなったことで、気の抜けた今は、余計な一言も加わっていた。

〔ご、ごめんね…。んー…良さそうなのは、図書館?〕

 謝罪の傍ら、茉莉はパッと思い付いた場所を答えた。

〔ああ、否…すまぬ。図書館というと、学校の図書館か?適した場所ではあるかもしれぬが、私服のままではまずいのではないか?特に茉莉は女装のまま学校の敷地に侵入し、もしバレてしまったら、事であろう?〕

〔あー…ううん、学校じゃなくてね、市立図書館だから大丈夫。〕

 茉莉は、エルが何よりも自分を心配してくれていることを嬉しく思う。

〔ふむ、では、そこにするか。〕

 別の案がある訳でもなかった為、エルも反対することなく、あっさりと聞き入れた。

〔…あまり遠くないと良いが。〕

 と、また余分な思考も漏れ出したが。

〔が、学校方面に歩いてたから大丈夫!すぐだよ、すぐ!いやぁこっちに歩いてきてラッキーだったね!ほんと良かった!〕

 焦って応じる茉莉の心の内を聞いて、エルも自身の内がすっかり穏やかになっていくのが分かった。




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