表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
内緒の魔王くん  作者: 如月結花
第3話「遊園地の魔王くん」
17/63

3話目・その1

 朝の9時を回ろうかという時刻。

 エルは通学路の途中にあるコンビニの前にいた。

 普段なら授業が開始されている時間だが、エルに急ぐ様子はない。

 それどころか、コンビニの前で立ち止まっていた。

 学校指定の物でない鞄を持ち、制服も着てはいない。

 どう見ても学校に行くようには見えないが、それはこの日この時を考えれば、至極当然と言える。

 今日は日曜日…つまり、休日なのだから。

 このコンビニは以前、待ち合わせに使った場所であり、今回も同様に、エルは人を待っていた。

 待ち人は、初めての友人だ。

「ごめん、魔王くん…お待たせっ!」

 9時を数分過ぎたところで、急いでやって来た少女が、エルに話しかけた。

 否、正確には少女ではない。

 勿論、外見や服装は完璧に少女のそれであるのだが、エルのことを”魔王くん”と呼んだ人物は、歴とした男なのだ。

「構わぬ。というより、我も先程来たところだ。」

 エルは、その少女のような外見をする少年───夏川なつかわ 茉莉まつりに、軽く微笑みながら言葉を返した。

 では行こうか…と切り出そうとしたところで、エルに背後から話しかけるもう一つの声が有った。

『茉莉姉ぇと二人っきりでどこ行くつもりぃ?』

 話しかけたというか、非難めいた口調で放ったのだ。世界中のどの国にも存在しない言語で。

 声の主はリア。エルの妹である。

 妹は、私も付いて行く…と、目で訴えていた。

『………何故お前がおるのだ、リア。』

 と、エルが疑問を口にするのを横目に、

「リアちゃん、おはよう。」

『おはよ、茉莉姉ぇ!』

 女性の格好をした二人は、互いに軽く手を挙げる仕草をして、親しげに挨拶を交わしていた。

「リアちゃんも誘ったんだね、魔王くん。」

「あ、いや……う、うむ。その通りだ。」

 追い返すことも一瞬考えたが、茉莉がリアの同行に反対ではなく、むしろ嬉しそうだったので、連れて行っても良いか、と思うエルだった。

 リアは、タイミングを見計らった甲斐があった、と心の中で得意気になる。

 元々二人が今日出かけることは聞いていなかったが、今朝家を出るエルの様子から、察しはついた。

 それこそ女の勘とでも言うようなものだったが、エルが茉莉と会うであろうことも勿論、分かっていた。

 分かっていたからこそ、エルが家を出ると同時に、尾行を始めたのだ。

 待ち合わせ場所に着いてからも距離を取り、今まで気付かれないよう注意を払っていた。

 エルが一人の時に見付かって、追い返されるようなことになっては、わざわざ尾行した意味がないのだから。

 そして今、茉莉が来たタイミングで近付き、あたかも茉莉からは、エルがリアを連れて来た、という風に見せることに成功した。

 言葉は通じないにしても、茉莉の反応から、思惑通りに事が進んでいると、リアは確信しているところだ。

「それじゃあ、行こっか。」

 まるでリアの考えを肯定するように茉莉は、エルとリア───人間ではない兄妹に微笑みかけた。




 件のコンビニから歩いて約10分の場所に位置する、久十里くじゅうり駅。

 この駅の名称は、エルや茉莉の通う、私立久十里学園の最寄り駅であることに由来する。

 初めて駅というものを見たエル、リアの両名は、人の流れに圧倒された。

 2人はまるで上京したばかりの田舎者のように、キョロキョロと視線を彷徨わせる。

 茉莉はくすっと笑みを漏らしてしまう。兄妹とはいえ、反応が全く同じなのが、ちょっとだけ可笑しかったのだ。

 人の波に目を見開き、券売機に困惑し、改札に狼狽する。そして何より、数分の後に駅のホームに現れた、彼らの想像を超える物体に驚愕した。

『何これ!』

「何なのだこれは…!」

 声を揃え、眼前の電車に、たじろいでいた。

「電車、乗るって言っておいたよね…?」

「そ、そうか…これが電車か。実物を見るのは初めてだったのだ。」

 茉莉は苦笑するしかない。

 気後れする兄妹を車内へと押し込み、茉莉も電車に乗り込む。

 文字通り、ぎゅうぎゅう詰めの車内へと押し込んだ。

 すぐに電子音と共に扉が閉まり、有無を言わせることなく、電車は無慈悲に加速を始めた。

 電車の旅…と言うと聞こえは良いが、現実は全く以て穏やかではない。

 高層マンションやビルの多い街並みにほど近い久十里駅は、休日であろうと利用客は多く、車内から外の景色を楽しむ余裕など微塵もない。

 満員電車で窮屈な思いを強いられる。苦行を共にする旅と言えた。

 目的地周辺に着いた時には、エルとリアはすっかり疲れ切ってしまっていた。

 人生で初めて電車に乗り、到着までの約20分間を窮屈な空間の中で過ごしたのだから、無理もないだろう。

 しかし、降りた駅のホームで脱力する兄妹に、無情にも叱咤の声が上がる。

「まだ疲れるには早いよ、二人共!」

 茉莉だけは満員電車に乗るのも初めてでない為、そこまで疲弊していない。

『我はもう帰りたくなってきたぞ…。リア…お前はどうなのだ…?』

 エルは情けないことを言っている。

『…付いて来るんじゃなかったって、ちょうど今後悔してるとこ…。』

 リアも同じのようだ。

 彼らの話す言語は茉莉には分からないが、表情から大体のニュアンスは伝わってくる。

「茉莉、このまま帰るという選択肢も………。」

「ないよ!!!」

 茉莉は弱気なエルの言葉を遮る。

「もう少しなんだから頑張ろうよ、魔王くん?それとも、降りたばっかりなのに、あの人ごみの中に今すぐ戻りたい?戻りたいって言うなら無理に止めたりはしないけど。」

 感情というものを一切排除した機械のように、茉莉は淡々と続けていた。

 エルを人間界に引き止めた際にも、似たような喋り方になっていた記憶がある。

 心中穏やかでないなりに、エルは理解する。不機嫌になると茉莉はこういう喋り方になるのだろう…と。

「戻りたくはないな…うむ。すまなかった、茉莉。」

 茉莉の言う通りなのもある。考えなしの発言だったのも勿論あるが、何より今のエルには、茉莉に逆らう気力など湧こうはずもなく、謝罪を述べる以外の選択肢はなかった。

「じゃあ、ちゃっちゃと歩く!リアちゃんもね!目的地はすぐそこなんだから。」

 まだ少し不機嫌さを残しつつも、茉莉は普段と変わらぬように笑顔を見せた。

『行くぞリア…無理矢理にでも歩かぬと、茉莉にどやされる。』

『はぁ…兄貴、茉莉姉ぇと結婚したら、尻に敷かれそうだよね。』

 説明はそれだけで事足りたらしい。リアは呆れながらも納得したように、エルに冷ややかな目を向けていた。

 茉莉の後を付いて行く形で、二人は何とか歩き出す。

 それから約5分、それはすぐ視界に入った。

 程なくして、三人は目的の場所…アニマルランドへと足を踏み入れたのだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ