4日目―2 意外な刺客!?
よろしくお願いします。
私は、無我夢中で銃を構えていた。
(彼が危ない、助けないと……!)
その想いだけが体を動かし、引き鉄を引かせていた。
先程までの動悸や火照りはなく、『無音の射手』としての私が、そこにはいた。
しかし、何故そんな事を考えたのか、体が勝手に動いたのか見当がつかない。
そこで私は、一目散に彼の元へ歩み寄り、手を握ってこう言った――
「教えろ!私のこの胸の高鳴りはなんだ!?何故君を見つめる度に体が熱くなる!?」
「えっ?ええええええ!?」
「こんな事……生まれてきて初めてだ。だから教えてくれ!この感覚の意味を!」
「そ、それは……」
私の問いに、彼は、思いがけない返答をする。
「それは……恋、なんじゃないかな?」
「こ、こい!?」
(こ、これが「恋」って感覚なの!?嘘、そんなの嘘よ!)
戸惑う私の後ろから、誰かの声が聞こえる。
おそらくは、警備隊の隊員だろう。
「ちょっとそこの人ー?検問でつかえてるから、詳しい事は面談室にでも行って
話してくれないかー?」
「マモル、その子をこっちへ連れてきてくれない?」
「え?はっ、はい!」
そう言うと、彼は私の手を取って門の方へ向かう。
また、私の胸がにわかに騒ぎ出す。先程は感じなかった高揚感まで……。
「や、やっぱり君、私を魅了しているんだろう?」
「え?なんの事ですか?」
「惚けるな!術式で私の心を操っているに違いない!でなければこんな感覚……」
「やだなぁ、僕にはそんな能力ありませんよ?他の力ならありますけど」
「え……?」
彼に連れられるがまま、私は門内にある面談室へ入った。
「だから、この外套は脱げないと言っている」
「けど、ベルグランデの決まりでそういうことになってるのよ。
要求が飲めない場合は即刻退去してもらうことになるけれど、それでいいの?」
僕が面談室へ連れてきた、マントを羽織った女性らしき人は、ここへ来た途端だんまりを
決め込んでいた。
面談室は結構簡素なつくりで、長机に二、三人ほどが一度に座れるソファが両側に
置いてあるだけ。机の距離もそれほど遠くなく、襲いかかろうと思えば出来てしまう
位の近さだった。
(そういえば、この人たしか街でぶつかった人だ)
ぼんやりと、アメリちゃんと買い出しに行った時の記憶が思い起こされる。
突然の告白で気が動転していたけれど、さっき僕が捕まった時この人が助けてくれた
というのなら、ちょっと強引だけどつじつまが合うんじゃないだろうか?
「はぁ、さっきから何も答えないわ正体も明かさないわ、なんなのよこの子」
「あっ、あの……」
「なあにマモル?何か名案でも浮かんだ?」
「あの、もしかしてこの人、僕を助けてくれたんじゃないかな、って……」
「え?この子が?」
そう言うと、いきなりマントの人が立ち上がった。
「そうだ!何故かは分からないけれど、体が自然と動いたんだ!
だから言っているだろう?あの感覚は何なのか、って!」
「だ、だから……僕が思うにそれは恋かな、と……」
「そんな事はない!この私が、『無音の射手』とまで言われたこの私が
何故恋などしなければ……」
「ちょ、ちょっと待って!あなた今、『無音の射手』って……」
瞬間、マントの人はしまった、というような反応を取る。
すると、僕の方へ視線を向け、指をさして言い放った。
「こ、この少年と二人きりにしろ!条件を飲むなら話してやる」
「……え?」
「分かったわ。それなら、身に付けている物はすべて没収よ。その外套もね。
私達、訳あって彼を危険な目に遭わせるわけにいかないから」
「……交換条件という訳だな。了承した」
そう言うと、その人は徐にマントを脱ぎ捨てた。
マントの下から現れたのは、可愛らしい獣の耳と腰から伸びるふさふさの尻尾。
ワインレッドのショートカットが良く似合う、凛とした顔立ち。細身でスタイルも
よく、僕は一瞬どきっとしてしまった。
「これは私の形見でな、これだけは渡すことは出来ない。
気にするな、この箱に何が仕込まれていようと、彼を襲おうなどとは考えていない」
と、獣耳の女性は自分の傍らに、身長と同じくらいの箱を置いた。
「マモル、何かあったらすぐに叫ぶなりして、私達に伝えて」
「わ、分かりました!」
女性隊員さんが談話室を出て、いよいよ僕と彼女の二人きりになった。
彼女は意外と肌の露出が大きい格好をしていて、目のやり場に困ってしまう。
「ふっ、ここまでしても完全には信用してくれないか……」
「あ、あの……それで、何を話して下さるんですか?」
「先に名乗っておく。私はエルマ、この大陸で知らない者はいない傭兵だ」
「よ、傭兵って、あの……雇われて働くっていう?」
「ああ。私は今回、ある国の王からの命を受けて、君を暗殺しに来た」
「!?あ……暗殺!?」
僕が驚きで思わず叫んだ瞬間、エルマさんは素早く近寄り僕の口を塞いだ。
「む、むぐぐぐぐ!」
「しっ、静かにしろ。私が傭兵だという事は教えても構わないが
この事は私と君だけの秘密だ」
何度か頷いた後、ようやくエルマさんは僕を離してくれた。
けれど、だったらなんで僕を助けるなんて真似を……?
「そこで、だ。私が命令に反した行動をとった事によって、その国へ反旗を翻したと
思われるだろう。だから、私をこちらで匿って欲しい」
「えぇ?い、いきなりそんなこと言われても、僕にはそこまでの権力はないし……
それに」
「なんだ?何か疑問でも?」
「それなら、どうして僕を殺そうとしなかったんです?
あなたにとっては、僕は標的のはずですよね?」
そう言うと、エルマさんは顔を伏せて頭を抱える。
「うぅ、確かにその通りだ。私は今まで、標的を仕留め損なったことは一度も
無いと自負している。だが、君を見ていると、その……」
「その?」
「何故だか、胸が苦しくなるんだ。頭もぼーっとして、集中が途切れてしまうし
体が熱くなる感覚も生じる……一体、何がそうさせるのか見当がつかない」
「そういえば、さっき僕があなたの心を操ってる、って言ってましたよね?」
「そうだ!元はといえば君がはっきりしないのが悪い!君の能力は何だ?教えてくれ!」
身を乗り出して、頬を赤らめつつ迫るエルマさん。そこで僕は、身の潔白を証明する
ために、そして彼女の疑問に答えるために、彼女に提案をした。
「そ、それじゃあ、僕の「能力」をお見せします。これでおあいこですよね?」
「な、何?」
「その箱の中に入っている物、もしくは箱で僕を殴ってみて下さい」
「なんだと……正気か君は?」
「はい。あなたは僕を助けてくれたかもしれないし、だからこそ隠し事は
しておきたくないんです」
「そ、そうか。分かった」
エルマさんは、傍らの長く大きな箱を担ぎ、思いっきり横から僕を殴りつける
動作をした。
結果は案の定、僕の周りに「壁」のドームが発現し、彼女は箱もろとも吹き飛ばされる。
「きゃぁっ!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
心配する僕をよそに、壁に打ちつけられたはずのエルマさんは、箱の損傷を確認する
余裕すら見せて、ソファに座り直す。
「ふう、私は傭兵だぞ?これ位の事は日常茶飯事だ、心配はいらない。
そうか……それが君の「能力」なのだな」
「はい。瞬時に「壁」を作って、攻撃を防ぎつつ弾き飛ばす力です」
「成程……しかし、それでは接近された時どうする?例えば、今私に組み付かれたと
したら?」
「いえ、その……それはー……」
僕が戸惑う様子を見せると、エルマさんはくすり、と口元を緩ませて言った。
「そうか、その力にも欠点があるようだな。なら、君を私が警護するという口実で
国に雇わせてもらうのはどうだ?」
「えっ、ええっ!?」
「これなら、矛盾なく私がベルグランデに滞在でき、しかも君が危険に晒された
場合に助けてやれる……悪い条件ではないだろう?」
「え?それじゃあ、僕を助けてくれたのは、やっぱりあなただったんですね!」
僕が当たり前のような返事をすると、彼女は顔を真っ赤にして
「だ、だからさっきから言っているだろうに!体が勝手に動いてしまったと!
こっ、今回の件はノーカウントだ!」
「けど、僕を助けてくれたのには変わりありませんよね?ありがとうございます!」
「う、うぅ~……」
ようやく彼女が助けてくれた事がはっきりし、僕が笑顔でお礼を言うと、何故か
彼女は耳をぺたんと畳んで、リンゴのように赤くなった顔を逸らした。
「ほほう、なんという心掛けだ!素晴らしい!
『無音の射手』エルマよ、そなたを我が国に快く迎え入れよう!
ようこそ、ベルグランデへ!」
「有り難きお言葉、感謝の至りでございます。国王様」
場所は変わってベルグランデ城内。あの後、僕が先程の条件をマルグリットさんらへ
伝え、エルマさんの正体を明かすと、最初はみんな彼女を疑っていたけれど
「彼の身に危機が及んだ場合、私がこの身をかけて、彼を守り抜く。
それが傭兵の流儀というものだ」
この一言で信用してくれたらしく、検問が終わった後一路城へ向かい、事の次第を
話そうということになった。国王様も、初めはエルマさんを本人だとは思っていなかった
ようだったけど、彼女が箱から取り出した銃を見て、目を丸くした。
「おお……そ、それは噂に聞きし『魔導銃』ではないかね?」
「左様でございます。何でしたら、今この場で試射しても構いませんが?」
「むむむ……まさか本当に存在していたとは。『無音の射手』、ただの噂とばかり
思っておった。誠に失礼な振る舞い、許しておくれ」
「いえ、私を見ると大抵はそういう反応が返ってきます故、ご心配なく」
そして、国王様が彼女を本人だと認め、僕の警護を任せる代わりに滞在させてくれると
快諾してくれたのだった。
「良かったですね、エルマさん!」
「なっ、何故名前呼びに!?」
「ようやく正体が認められたし、僕にとっては恩人ですから。
エルマさんも、遠慮なく僕を名前で呼んで下さい」
「あ、ああ、そうか……。じゃあ、その……ま、マモル?」
「何ですか?なんだか、また顔が赤くなってますけど……」
「そ、その……急な頼みで申し訳ないが、わ、私の頭を撫でてもらえないか?」
城を出た後、唐突にエルマさんが僕に要求した申し出を、断る訳もなく。
僕は、立ち止まって優しく、彼女の綺麗な髪を撫でた。
すると、彼女の尻尾が勢いよくぶんぶんと、壊れたメトロノームのように振り乱された。
「~~っ!」
「え、エルマさん?どうしたんですか?」
「……ねえ、マモル君。ちょっといいかしら?」
そうだった。僕らのやり取りを、監視の為に付き添ってきたマルグリットさんが
眺めているのをすっかり忘れていた。
マルグリットさんは、なぜか笑顔のまま額に青筋を立てている。どうして?
「他人の前で見せつけてくれるのはまだ許せるわ。けれど……
なんだか無性に許せないの、マモル君と他の女性がいちゃついているのを見てると!」
「ええっ!?ま、マルグリットさん!?」
「わ、私はいちゃついてなどいない!強いて言えば、報酬を頂いたに過ぎない!」
「あなたのその態度がいけないのよ!もう、国境についてマモル君に教えたのは
私だっていうのに……」
「???」
僕は、どうしてマルグリットさんが怒っているのか、そしてこの状況自体が、まったく
理解できていなかった。
こうして、心強い味方が加わり、ますます僕の日常は慌ただしくなっていくのだが……
それはまた後で。
これにて、第一章は終了の運びとなります。
次話からは新たな話が始まりますので、興味のある方は
お読み下さい。