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閑話 狩人の憂鬱

 二人目のヒロインの登場です。

少々話の構成に難儀しました。ご了承下さい。

 私の名はエルマ。訳あって傭われ兵士なぞをしている。

詳しい事は詮索しないで欲しい。この仕事は、顔が割れたら致命的なのでな。

だから私はいつも、体全体を防塵用の外套(がいとう)で覆い、素性を隠している。


 この稼業を始めた頃、まだ大陸全土が穏やかで野盗の討伐くらいしか

仕事が無かった。しかし、数年前に起こったヴァンエルビアでのクーデター

により、状況が一変する。


 ヴァンエルビアの騎士団による、各地への武力侵攻……いや、あれは既に

「侵略」と言っても過言ではない。それが度々起こるようになってからというもの

私達傭兵が戦場へ駆り出される事が増え、結果、日々の飯に困らない程度の報酬を

得られるようになった。

 侵攻を受ける国々には申し訳ないが、私達にとってこの状況は、地獄に仏であった。


 私の武器は、この猟銃――一見するとそのようにしかにしか見えないだろう。

だが、この銃には特別な細工が施してあり、『魔導弾』を込めることが出来る。

 魔導弾というのは、術式が彫られた特別性の弾のこと。それ自体に殺傷力はほぼ

ないが、彫られた術式により様々な属性の魔法を弾丸に付与し、相手を死に至らしめる。

まあ、この世の理である四大元素を元にした弾が主流なのだが。

 付け加えると、この銃は父の形見でもある……幼い時分の私に、父がよくこれを

使って狩猟する様を見せてくれたからこそ、今の私がいると言ってもいい。

そのため、私は片時もこれを手離した事は無い。


 私は、この銃と共に戦場を駆け、一心不乱に標的を仕留め続けた。

気がつくと、私は戦場では知らぬ者がいない程の有名な傭兵となっており

相手に気取られず息の根を止める様から『無音の射主』などという二つ名まで

付けられてしまった。人生とはどう転ぶのか、本当に分からないものだ。



 ある日のこと、私に依頼の文が届いた。差出人は、かのヴァンエルビア帝国国王。

 最初は自分の目を疑ったが、大陸西方、ヴァンエルビアが統治する領地に足を

踏み入れた時、疑念が確信へと変わった。


「お待ちしておりました、あなたがエルマ殿ですな?」

「……何故分かった?」

「身なりを見るに、観光客のそれとは違いましたので」


数人の騎士を従え、仮面を着けた大臣らしき男が、私を出迎えた。


「国王様がお待ちです。さあ、こちらへ」


仮面の男は、すんなりと私を城下へ通し、その先にある城へと案内した。

そして、おそらく国王が座しているであろう部屋の扉まで連れて来ると


「国王様、仰せのとおり『無音の射主』を連れて参りました」

「ほう、案外早かったな。お前は下がれ。用があるのは、傭兵エルマのみだ」

「はっ、承知致しました」


低く腹の底に響く、まさに悪を体現したかのような声が扉越しに響き

仮面の男は私に、中へ入るよう促す。

 私は、ゆっくりと重い扉を開いた。


「待っていたぞ、傭兵エルマよ」


やはり、目の前の玉座に腰かけているのは紛うことなき、ヴァンエルビアの現国王。

武力で国を統治したという話は伊達ではなく、その雄々しき風貌と滲み出る威圧感に

思わず冷や汗が垂れる。


「で、私なんかを雇って何をする気だ?ヴァンエルビアにとって、私は邪魔者以外の

何者でもないだろうに」

「ふん、言ってくれる。確かに、我々の軍の一部はお前の活躍によって、壊滅まで追い込まれた。

今回はお前のその腕を見込んで、ひとつ頼まれてはもらえまいか?」

「何……?」


私の言うように、ヴァンエルビアの侵攻軍は傭兵にとって格好の標的でもあり

何人かの将軍を暗殺した経緯もあった。だからこそ、国王の提案に驚きを隠せ

なかったのだ。


「さて、返答は如何に?」

「……依頼とあらば断る理由はない。言ってみろ」

「ククク、そうこなくてはな。では――」


そう言って、国王は懐から人相書きを取り出した。

見た目からして、年の頃は十五、六といったところか。しかし、こんな少年風情を

何故始末しなければならないのだろう?


「よく覚えておいてもらおう。今回の標的だ」

「了解した。で、そいつはどこにいる?」

「ベルグランデの『国境警備隊』に配属されたようだ。国境に居座れば

そのうち姿を見せるだろう」

「成程。報酬は?」

「好きなものをくれてやる。富でも権力でも、或いはそれ以上に大事なものが

あるのなら、可能な限りの報酬は出そう」

「……ふっ、面白い。交渉成立だ。」


こんな少年を手にかけただけで、好きなものが手に入るという魅力的な取引に

私は思わずイエスと答え、その場を後にした。しかしだ、あのヴァンエルビアが

手を焼いているということは、それなりの覚悟はしておいた方がいい。

 取りあえず、私はまずベルグランデへ潜入し、標的の素性を知る事から

始めることにした。かの国は商業国家なので、滞在許可を申請しない限りは

自由に中を見て回れる。『国境警備隊』の隊舎へ忍び込むのも容易だ。



 ヴァンエルビア国王から依頼を受けた次の日、私は一路ベルグランデへ向かった。

事前に用意していた、偽装用の箱を背中に担いで「関門」へ入る。

愛用の銃は箱の底へ隠し、観光客として入国する事に成功した。


「西側から来たなんて大変だったでしょう。楽しんでいって下さい!」


(しかし、かのベルグランデの警備も大したことは無かったな)


私は悠々と、露店の並ぶ城下に足を踏み入れていた。ここに標的がいる……。

近くにいた『国境警備隊』の一員らしき者を捕まえ、場所を聞き出す。


「済まない、警備隊の隊舎はどちらにある?」

「ん?あんた観光の人かい?

悪いねえ、うちの隊舎には部外者立ち入り禁止なもんでさあ」

「ちょっと外観を見るだけでいいんだ。教えてもらえないか?」

「うーーん……そんな事言われてもなぁ」


押し問答をしていると、私にぶつかってくる人影があった。


「うわっ!?ご、ごめんなさい!」

「マモルさん、だから前見てって注意したじゃないですか!」

「あ、うん。ごめんねアメリちゃん」


その時、丁度ぶつかってきた者と目が合った。

 なんの(けが)れもない、純粋無垢(じゅんすいむく)な眼差し――。

瞬間、私の体に電撃が走ったかのような、妙な感覚を覚えた。


「あの……大丈夫ですか?」

「え、ええ。ちょっとぶつかっただけ」

「ほっ、良かったぁ。」

「お、マモルか!城下まで何しに来たんだ?」

「あ、はい!ちょっと買い出しを頼まれてて……それじゃ」


丁度同い年くらいの少女と連れだっていたが、私の目ははっきりと、その姿を捉えた。

この髪型、そして、警備隊の関係者と顔見知り……。


(国王の差し出した人相書きにそっくりな髪型の少年……まさか!)


私は、脇目も振らずその少年の後をついていった。


「ええと、紙にインクに飲み水……それから」

「ねえマモルさん、あそこにお菓子売ってますよ!ちょっと寄って行きましょう!」

「だ、駄目だよアメリちゃん。頼まれたもの以外買ったら……」

「見るだけですって!さあさあ!」


彼は少女に手を引かれ、近くの露店へ向かった。

 おそらく、彼が国王の言っていた標的だ。彼の後を追っていけば、おのずと

警備隊の隊舎へ辿り着く。勘が当たっていればいいのだが。


 その後、暫くの間彼らの動向に目を光らせていたところ


「それじゃあ、メモにあるものは買ったしそろそろ戻らないと」

「残念だなぁ、ボクはもうちょっとマモルさんと楽しみたかったのにー」

「隊舎へ戻ったら、国境の話を聞かないといけないし、また今度だね」


と、決定打となる一言が発せられた。


(狙い通りだった!やはり、彼は警備隊に所属している。標的に違いない)


そのまま私は、彼らの後を気づかれないように追跡し、隊舎へと向かった。

だが、私にとってはその後が問題だった。

 ここまで偶然にも、とんとん拍子に事が運んでいるのは喜ばしい。しかし

私の胸は先程から、動悸にでもなったかのように激しく脈打っている。

そして何故か、言い知れぬ高揚感が頭を駆け巡る。体もこころなしか火照ってきた。

一体これは何だというのか。


(気にしている場合じゃない……場合じゃないけど……)


そうこうしている内に、彼らは警備隊の隊舎へ到着した。


「じゃあ、僕はこれを渡してくるね」

「はい!また後で!」


彼が少女と分かれた矢先、私の胸の鼓動がより速くなってゆくのを感じた。

 あわよくば、ここで少年を(さら)ってしまいたい……そんな欲求に駆られたが

あくまで目的は「彼を暗殺すること」だ。今は落ち着いて行動した方がいい。


 その夜、私が隊舎の窓を覗きこむと、彼は警備隊の誰かと勉強している。

おそらく、資料からして国境に関することを学んでいるのだろう。

真剣に、そして熱心に学業に励む彼の姿を、私はつい目で追ってしまっていた。


(あんな顔もするんだ……ふふ。って、何を考えている私!?)


と、何故か緩んだ頬を引っ張って、気を引き締め直す。

 まさか、彼は珍しい術式でも行使出来るのだろうか?それなら、国王が

警戒していたのも頷ける。そんな者を野放しにしておくことは、かの国の

侵略計画に支障をきたすだろうからだ。

 そんな事を考えつつ、私は彼が眠りにつくまで、ずっと窓の外から傍観を

決め込んでいた。その時も、胸の鼓動は治まらぬままに。



 そして、時は流れ三日後……。思い起こせば、仕留める機会(チャンス)は幾度も

あった筈なのに、私は一切手が出せず、彼の動向をある時は背後から、ある時は

遠目から、またある時は窓の外から眺めているだけだった。

 いや、彼の名前が「マモル」だという情報は、唯一の収穫だった。


(今日こそは、彼が国境へ向かう今日こそは――)


意を決して、私は行動に移す。

 彼が南側の国境へ行くことは、昨日の隊員達の話を聞いて事前に知っていた。

ならば、先回りして確実に仕留めるのみ。

 私は足早に国を出て、緑鮮やかな南側の「関門」へ向かった。


(要らぬ手間をかけてしまったが、これでようやく目的を果たせる)


「関門」付近の木陰に身を隠し、箱に仕込んであった銃を取り出して構える。

ここを彼が通った時が、最後のチャンスだ。


 息を潜めて、待つこと約一時間。向こう側から馬の足音が聞こえてきた。

その方向を見ると、たしかに彼が馬に乗っている姿が確認できた。


(やっとお出ましか!)


後は撃つのみ。私は慎重に息を整え、射線が彼を捉えるのをじっと待つ。

緊張はしていなかった。いつものように仕事をこなせばいい。

しかし――


(!?む、胸が、苦しい……?)


突然、あの時に感じた動悸が私を襲った。頭がぼーっとし、狙いが定まらない。

それどころか、引き鉄にかけていた指が震えだしていた。


(だめ……彼を、撃ったら……!)


無意識のうちに、脳が真逆の信号を体へと伝え、私を混乱させる。

彼の表情が次々と思い起こされて、とうとう私は、引き鉄から指を離した。


「はぁ、はぁ……っ」


(何故だ、何故撃てない!なんなんだこの感覚は!?)


彼を撃とうとする度、胸を締めつけるような動悸が襲い、恐れにも似た感情が

沸き上がってくる……。

 それは、私の生まれてきた中で初めての経験だった。


(この理由、彼に……マモルに直接聞くしか方法がない!)


私はゆっくりと、門へ向けて歩き出す。

彼に会う為に。彼に真相を問いただす為に。


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