1日目 未知なる力、そして入隊!?
よろしくお願いします。
「我が国のしきたりでね。国外出身者はまず、必ず国王と
謁見をして、素性と身分を明かさなければならないの。
大丈夫、落ち着いて」
と、マルグリットさんに言われるがまま、部屋を出てお城まで向かう
僕、間衛でありました。
外に出ると、城下のいたる所に露店が並び、色々な物が置かれている。
店の人々には活気が溢れていて、まるで縁日の屋台巡りをしている時の
ような、心躍る感覚を覚えた。
「そういえば、まだ名前の方を聞いていなかったわね」
「あっ、そうですね!ぼ、僕は、間衛っていいます!」
「へえ、マモル君か……いい名前だわ」
そう言って、マルグリットさんは僕の頭を軽く撫でた。
突然のことで、僕はその場で顔を真っ赤にしあたふたとする。
「あ、あわわわ……」
「?どうしたの?顔が赤いけれど」
「い、いえ!お気になさらず!」
「ふふっ、緊張し過ぎると、国王様に怪しまれてしまうわよ?」
「ぅえええ!?」
からかうつもりで放たれる一言にも、敏感に反応してしまう僕。
それを見て、マルグリットさんは目を細めてはにかむ。
(あ、そういえば……)
ふと、先程言おうとしていたことが頭に浮かんだので、忘れないうちに
言っておくことにした。
「あ、あの……マルグリット、さん?」
「ん?何か聞きたい事でもあるかしら?」
「い、いえ。その……僕を助けてくれてありがとうございます!
本当は、さっき言いたかったんですけど、ちょっとぼーっとしちゃって……」
「いいえ、構わないわ。私は、その言葉が聞ければ本望よ。
その為に、警備隊に入ったのだから」
自分に言い聞かせるようなマルグリットさんの表情……なんて綺麗なんだろう。
そうこうしている内に、僕たち二人は、立派な城の前まで足を進めていた。
まるで中世の時代に建てられたものを連想させるような、尖った三つの尖塔。
その中央には、真っ白に塗り込まれた壁と太い柱が目を引く。そして、柱の
間には、大きな扉が悠然と構えている。
「うわぁ……」
「ふふっ、滞在者は大抵、初めはそういう反応をするの。
さあ、中へ入りましょう」
マルグリットさんは、そう言って鎧姿の槍を構えた、門番とおぼしき
人達を素通りしていく。すると、門番風の人達がそのままの状態で
「マルグリット様、お仕事お疲れ様です!」
と、槍を持っていない方の手で敬礼する。
(すごい……そんなに偉い人なんだ、マルグリットさん)
僕は、門番風の人達に圧倒されて、思わず息を飲んだ。
城の中はとても広く、まず僕一人では迷ってしまうことが容易に理解できた。
私の後ろを離れないで、と、マルグリットさんが先を行く。
その姿は、僕にとって掛け値なく、女神にも等しい美しさだった。
(けど、なんでマルグリットさんは警備隊なんて危険な仕事を……?
家族を殺された復讐のため、とか……そういう家柄なのかもしれない)
僕がそうこう考えている内に、いつの間にか国王様のいる部屋へ着いて
しまったようだ。思わず体がこわばる。
「大丈夫、マモル君?」
「はっ、はいぃ!」
「……ふふ、もっと肩の力を抜いて。
国王様は、悪人以外には寛大で誠実なお方よ。怖がることは無いわ」
「はいっ!分かり、ました」
「よし。じゃあ、謁見の間に入るわね」
綺麗な装飾が施された扉を開けると、案の定、赤い絨毯が敷かれていて
その先には、これまたお約束の段差が数段、そして玉座が置いてあった。
段々と近づいてゆくと、玉座に腰かけている人のシルエットが見えた。
(あの人が、国王様……?)
僕は緊張して、国王様の顔を見られなかったけれど、きっと
威厳のある顔をしていらっしゃるんだろう。
そう思うと、余計に体がこわばってくる。
「国王様、『国境警備隊』第三部隊所属・マルグリット、謁見に参りました!」
「おおマルグリット!警備の務め、誠にご苦労である!
して、此度の謁見は何用かな?」
「はい。国王様に、私が国境付近で保護した少年の滞在を許可して頂きたく――」
「はっはっは!なるほど、滞在申請だな!最近はめっきり減ったもので珍しい位だ。
さて、そこの少年よ。名前と身分を言ってごらん」
「え、ええと……な、名前は、間衛です。今は……」
と、ふと言いかけそうになって、僕はある事に気づいた。
それは、この国では馴染みのないものだろうが、僕のいた世界では
『マイナスイメージの象徴』ともいうべき称号だった。
「?どうしたのマモル君?身分は言えるわよね?」
「え、ええとー……」
「ん?どうした少年、何か言いづらい理由でもありそうな様子だが?」
「あ、あの……僕……」
「大丈夫、マモル君は悪党の類いではないのでしょう?
それなら、思い切って国王様に伝えて!」
マルグリットさんの後押しで、ようやく踏ん切りがついた僕は
声を大にして言ってしまった。
「王様、僕……“引きこもり”なんです!!」
瞬間、辺りを沈黙が覆い、国王様はおろかマルグリットさんも
僕を珍しいものを見るような目で見つめてくる。
何が起きたのか見当がつかない僕は、まずい事を言ったのかと
テンパってしまい、つい余計なことを口走ってしまった。
「え、ええと僕、一年の頃からクラスに馴染めなくて、それで
休み時間は本ばかり読んで、時々寝たふりもして……。
三年になるとますますエスカレートして……休みの日は家にこもりっきりに
なって、進路もまだ決まってなくて……」
その時、国王様から衝撃の一言が放たれる。
「な、なあ、マルグリット?彼の言っている「ヒキコ・モーリ」というのは
一体なんの事だろうな?」
「さ、さあ……私にも見当がつきません。おそらくは、トーアの研究所
ではないか、と……」
「は、ははは……あの国は変わり者が多いからな!彼くらい小さな
研究者がいたとしても、おかしくはないだろう!」
「……え?」
二人が困惑した表情をしていたのは、僕が引きこもりだという事実に
ではなく、その「言葉の意味」についてだったらしい。
ようやく状況が飲み込めた僕は、ひと安心すると共に、自分の
黒歴史をぺらぺら喋ってしまったことに恥ずかしさを覚えていた。
「ううむ、しかしだな……もしトーアの住人だったとしても
本国との確認が取れなければ、彼は一時牢屋へ勾留せざるを得まい」
「そんな!今一度お考え直し下さい国王様!
彼は悪行に手を染めるような人柄ではありません!」
「しかしだなマルグリット、これは先代国王から続いているしきたりで
あるからして、そう簡単には……」
と、国王様は難しい顔をして、マルグリットさんの訴えに同意できない様子。
明らかに、僕の発言で事が悪い方向へ進んでいると感づいた、その時。
突如、謁見の間の扉が勢いよく開け放たれた。
「む?何者だ!」
「ベルグランデ国王、覚悟ーーっ!!」
そこには、数人の兵士たちを振り切って、刃物のようなものを
手にした黒装束の男が、国王様のいる玉座目がけて迫って来ていた。
そして、男の手から刃物が勢いよく投擲される。
「国王様!」
マルグリットさんが国王様との間に入るが、予想外の事態が起きる。
なんと、その刃物は軌道を大きく逸らし、僕の方目がけて飛んできた
ではないか!
「え、ええぇぇええ!?」
「なんと!?」
「マモル君、そこから離れて!」
(いやいや、急にそんなの無理だよぉ!)
僕は、慌てて目の前に両手を突き出した。
なぜそうしたのかは分からない。けれど、今出来る行動はそれしか
思い浮かばなかった。
(ああ、このままこの世界で、僕の人生終わっちゃうのかなぁ……
そんなの、そんなの嫌だよぉ……)
ふと、頭の中でそう呟いた時だった。
僕を目がけて飛んできた刃物は、ぱきん、と音を立てて
床に転げ落ちた。
「………え?」
目を開いた先のまさかの光景に、僕はあ然とした。
何か、目の前に薄い膜のようなものが、周りを覆い囲むように広がり
足元には、僕に向かって飛んできた刃物が落ちている。
(な、なんだこれ……?何が起きたんだ?)
突然の出来事に、僕だけではなくその場に居合わせた人たちが
言葉を失ったように沈黙していた。が、少しの間を置いて
兵士達が黒装束の男を取り押さえると、国王様が急に立ち上がり
「す……素晴らしい!今のはなんと言う呪術なのだ!?
少年よ、是非ともその力、我が国の役に立てて欲しい!」
と、いきなり興奮しながら僕に頼みこんでくるじゃないか!
「え、ええぇえ!?」
「マモル君……なぜそのような力を持っている事を国王様へ申し上げなかったの?」
「そ、それは……」
驚いた表情をこちらへ向けて、マルグリットさんも気が気ではないようだ。
(だって、今分かったんだから話しようがないじゃないかぁ!)
そう心の中で悲鳴を上げつつも、どう言い訳しようか悩んでいる僕を
横目に、マルグリットさんが国王様へ向き直す。
「国王様、差し出がましい事は承知の上で申し上げます。
彼――マモル君を、我々『国境警備隊』の一員として、迎え入れる事は出来ませんか?」
「おお……」
「これは私の独断です、判断は国王様に一任致します」
国王様は、少しの間思案する素振りを見せた後、僕に向かって言い放った。
「……うむ!それは名案だ!
マモルとやら、君を正式に我が『国境警備隊』の隊員として迎え入れよう!」
「え!?何!?どういうこと?」
「国王様……私の不躾な要求を了承して下さり、至極感謝致します!」
何が何やらな僕に向かって、マルグリットさんが笑顔で呼び掛ける。
「良かったわねマモル君!あなたは正式に、この国の滞在者として認められたわ!」
「えぇ!?一体どういう事ですか?」
「私があなたを『国境警備隊』へ推挙したのよ。それを国王様が
認可して下さったの!」
「へ?つ、つまり、僕は……」
「そう、これからは私達『国境警備隊』の仲間として働くの!
あそこは国の防衛の要。衣食住が確保されているし、何より先程
見せた力が、多くの国民を救う鍵になるかもしれないわ!」
「うむ!マモルよ、今一度君に頼みたい。その力、我が国の為に振るってはくれまいか?」
「そ、そこまで言われたら……」
(僕に拒否権なんて、ある訳ないよぉ!)
かくして、僕は謎の力のおかげで『国境警備隊』の一員として、ベルグランデ王国に滞在を許可されたのでした。
その後、マルグリットさんの案内で警備隊の隊舎に行ってみると、丁度ガルゥさんが、多くの隊員さん達を引き連れて戻ってきた所だった。
「いやぁー、本日も大漁大漁。お前らー、今夜は景気づけに一杯やるぞぉー!」
「「おぉーーっ!!」」
賑やかな雰囲気の一団へ、僕とマルグリットさんが歩み寄る。
すると、ガルゥさんが真っ先に気づいてくれたようで
「おうマルグリットー!少年の方はどうだったー?」
と、僕らの方へ手を振ってくれた。
「相変わらずの嗅覚ですね、隊長。
その件なのですが、良い知らせになりそうですよ」
「なにっ?国王様の機嫌が良かったのか?」
「いいえ。彼――マモル君が、我々警備隊の一員に迎えられる事が決まりました!」
「あぁん?おいおい冗談だろ?いくら何でも、ただの一般人が
俺達の一員になんて……」
「それが、彼、素晴らしい力の持ち主だったことが分かったんです!
彼がいれば、国境警備もより安全に行えるかと存じます」
そこまで話した所で、ほほぅ、とガルゥさんが不敵な笑みを浮かべる。
そして、僕を指差しこう言った。
「ぃようし少年!明日、その「素晴らしき力」ってのを見せてもらおうじゃねえか!」
「え、えぇぇええ!?」
「隊長命令だからな!絶対逃げるなよー?っはは!
そんじゃあ、少年の歓迎会も兼ねて、今夜はパーッといこうぜ!」
「「おおーーっ!」」
と、なし崩し的に、僕も警備隊の皆さんに連れられて街の酒場へ向かうことに
なってしまった。
(と、取りあえず、なんとか牢屋に入れられる事は避けられたけど……
この力のこともよく分からないし、これからどうしたら良いんだろう……)
僕の心は今、安堵と不安がないまぜになった、とても複雑な心地です。
考える事は山積みだけれど、今は少しだけ、元の世界では味わえなかった
「他人との交流」を楽しみたい。そんな気持ちで一杯だった。