☆7日目―2 招かれざる者
いきなり三人称視点を挟んでしまった事に、今更ながら
後悔しております。ご了承の上お読み下さい。
目を覚ますと、衛は救護室のベッドの上にいた。
体が動くことを確認し、起き上がって辺りを見回すと、既に二、三人程の選手が
手当てを受けているようだった。見知った顔を見つけたのもその時だ。
「あ、アメリ君!お疲れ様!」
「あっ、マモルさん!意識が戻ったんですね!」
ぱたぱたと足音を立てながら、アメリは衛のいるベッドの方へ駆け寄る。
よく見ると、カルテのようなものの他に手紙を持っているのが窺い知れた。
「あの、今大会はどこまで進んでるの?」
「まだ一回戦の第五試合辺りですよ。今から行けば、警備隊の方々の試合に間にあ……
そうだ!マモルさんに伝えておかないといけない事があって」
「え?何かまずい事した?」
「いえ、そうじゃなくて。国王様が是非、特別席で試合を観戦しないかとのお誘いが
あったもので。丁度、救護室を出た先の左側に裏口がありますから、そちらから入って
真っすぐ進んで下さい。」
「あ、ありがとう。丁寧に教えてくれて」
「いえ、これも救護班の仕事のうちですから!お礼なんて要りませんよ!」
アメリは、誰がなんと言おうと女性にしか見えない、可愛らしくも輝いた笑顔で答えた。
早速、衛は救護室を出て左側、特別席のある裏口に入った。中は薄暗く、灯りが
欲しいところだったが、そうも言っていられない。
手探りで道を進み、丁度光が差し込んできた方へと歩いてゆくと……。
「おお!マモル!体の方はどうかね?」
「あらあら~マモル、意外に早かったですわね♪それとお父様、仮にも私の
見込んだ男ですのよ?そう簡単にくたばられては困りますわ♪」
「国王様!それに……クロワール姫様。ど、どうも」
「さあさあ、こちらへ座りたまえ!」
国王が手招きをする方へ歩いてゆくと、なんと先にメルティーが座っており
その隣には、いかにも大物の風格を漂わせた、恰幅の良い人物が座っていた。
「きゃははっ!マモル、おきたかー!」
「ほう、そちらさんがマモルどんですかい?お初にお目にかかりますのう。
ワシは『蛮族の国』の国王を務めておる、ダインと申します。どうか
お見知り置きを、でごわす」
「わっ、こ、こちらこそよろしくお願いしますっ!」
(す、すごい体格……あっちの国の人って、これ位差があるのが普通なのかな?
でも、メルティーちゃんはあんなに小さいよね?)
椅子に座りつつ、挨拶を返す衛だったが、余りの身長差にそちらの方が
気になってしまっていた。
「いやぁ、先程の親善試合では、まんまとやられてしまいましたなあ!きっと
ゴドクも、この報せを聞いたらさぞ悔しがるでごわすよ!」
「マモル、誇って良いんだぞ?君はまがいなりにも、メルティー嬢との試合で
勝利したのだから!」
「そ、そんな……僕の考えが偶然当たっただけで、メルティーちゃんの方が
実力は上だったんですよ?」
「にゃは~♪あのとき、マモル、すごいつよかった!ティー、びっくり!」
褒めちぎられて、半ば舞い上がってしまう衛。そうこうしていると
クロワール王女が、目の前にある装置から映し出された画面を見てはしゃぐ。
「まあ!見て下さいませ!今から『国境警備隊』の一員が戦いますわ!」
「おお!これは見物だな。第三部隊のジョーンズか!」
「え?ジョーンズさん?」
衛が映像を見つめると、確かに筋骨隆々とした、見覚えのある姿があった。
ジョーンズは、観客のいない闘技場で見ている物にアピールするかのごとく
各所に配置された球体へ向かって手を振る。
「ふむ、相手はトーアから来た選手のようですのう。はてさて、どう戦うのか
わしも見届けさしてもらおうかね、でごわす」
「うおー!なんだあれ?がちゃがちゃだー!」
「対するは、トーアが誇るキケンな技術者!ウォーリィー!」
メルティーが言ったように、がちゃがちゃと金属音を響かせ現れたのは、全身刃物で
固められたロボット。おそらく蒸気機関を用いているその背部からは、大きな
パイプがこれ見よがしに見えており、せわしなく煙を吐き続ける。
「へぇー、こいつがトーアの技術力ってやつか!がっははは!腕が鳴るねぇ!」
「ひひひっ、あんた、丸腰でええのんかぁ?この「KILL=デンネン壱号」の刃で
八つ裂きにされてまうでぇ?」
「へん!そんななまっちょろい武器で俺に傷をつけられるもんなら、つけて
みろってんだ!」
「言ったなぁ?後悔するんやないでぇー!ひひひっ」
「それではぁ!一回戦第七試合ぃ、レディー・ファーイッ!」
ゴングが鳴り響いた瞬間、ウォーリー操るロボットは左手の丸鋸をフル回転させ
ジョーンズへと襲いかかる。が、相対するジョーンズはその場で立ち止まり、動く
素振りを見せない。
「ひゃははっ!やっぱり怖気づいたんやなぁ?そないなとこに
いたら、あっという間にスッパスパやぞぉ?」
「……へぇ、そうかい」
「じょ、ジョーンズさん!?」
(い、いくらジョーンズさんでも、あんなのが相手じゃあ……)
映像を特別席から見ていた衛は、明らかに不利な状況に思わず声を
上げざるを得なかった。しかし――
「お、おぉーっとぉ!?これはどういう事だぁー!?
ウォーリー操る蒸気機関製の絡繰人形が、確かにジョーンズへ
一撃を加えたかに見えたのだがぁ……?」
次の瞬間、闘技場を驚きと感嘆の声が支配する。
「な、ななななぁーにぃ~!?」
「どうした?生憎と俺は頑丈でなぁ!この程度のおもちゃで切断される
ような、やわな体はしてねえんだよ!」
なんと、ジョーンズの首に触れている丸鋸が、まるで金属とぶつかっているかの
ように火花を上げている。
「ひ、ひぃい!あ、あんさんどないな細工をぉ!?」
「いやぁ、これ言っちまうと、俺の知り合いにこっぴどく叱られるんだわ!がはは!」
「ち、畜生めぇえ~!」
余裕の表情を見せるジョーンズに対し、ウォーリーは焦りを隠せない。
全身に備え付けた刃物で、体じゅうを切り刻もうと前進してくる。が
「ひっ、ひえぇ!?う、うごか……へん、やと?」
「オラオラどうしたぁ!力比べでも負けちまうのかぁ?」
その場から一歩も先に進めないロボット。ジョーンズは、そのまま両腕を
力任せに捻り上げ、使い物にならなくしてしまった。
そして間髪入れず、ロボットの唯一刃物が仕込まれていない背部へと回り込み
胴部分を掴んで、そのままバックドロップの体勢へと持ってゆく。
「あ、そーらぁよっとぉ!」
「ぎ、ぎぃやぁぁあ~!」
哀れ、ウォーリー操るロボットは操縦者ごと地面へ叩きつけられ、試合続行
不可能の判断が下った。
「こ、これはなんということだぁー!仮にも絡繰人形相手に、微動だにせず
勝利をもぎ取ったぁー!」
「がっはははは!どうだ!これが警備隊いちの力自慢、ジョーンズ様の実力だぜ!」
ジョーンズは両腕を高々と上げ、観衆に勝利のパフォーマンスをする。
それと同時に、再び周囲から歓声が沸き上がり、会場のテンションはうなぎ登りに
上がってゆく。
試合の光景を特別席から観覧していた衛は、またしても超人的な振る舞いを
するジョーンズに、ふと疑問を持ち始めていた。
「うふふっ、見ました父上?警備隊の選手が勝ちましたわ~♪」
「そうだなぁクロワール!私としても鼻が高い!」
「いやいや、流石は国の護りを任されておられる『国境警備隊』。強者揃いのようで
ワシも羨ましい限りでごわすよ!ごわっはっはっは!」
(ジョーンズさん……なんで体があんな風になったんだろう?
もしかしなくても、術の影響でああなったのは予想出来るとして、その上で
あのとんでもない力をどこから……)
「んゆ?マモル、どしたー?」
「あ、い、いや!な、なんでもないよ!なんでも!」
「ふぅん?それにしては、結構な焦りようですわねぇ~?」
「ちょ、ちょっと姫様!?」
「こらこら、詮索するのはよしなさいクロワール。
それより、二つ先の試合にも警備隊の一員が名を上げているぞ。
第三部隊隊長のマルグリットだな」
「え!?もうすぐマルグリットさんの試合なんですか?」
「うむ。しかも、相手は警備隊第一部隊の槍兵・アレックスだ」
「そ、そんな!警備隊同士の試合だなんて!」
「ははは!心配しなくてもよいぞマモル。かれらは分を弁え、正々堂々と
勝負してくれる。私達なぞが気にかけずともな」
「さぁーてぇ!いよいよ一回戦も後半に突入だぁ!
第八試合に登場する選手は、ヴァン……え、えぇ~~!?」
この勢いで波に乗ろうと、選手を呼び出そうと意気揚々としていた
アナウンスの声に動揺の色がみえる。何が起きたのだろう。
場所は変わって選手控え室。これからの出場を控えた選手や、試合を終えて
観客にまわった選手たちが、室内に併設された画面を食い入るように見つめている。
そんな中で、マルグリットは試合の準備をするべく、自分の鎧を確認しつつ
着込んでいる最中だった。突如として、観衆と化した選手たちが、にわかに
どよめき出す。
「……何事?」
嫌な気配を感じ取ったマルグリットは、足早に鎧を着込み画面の方へと向かった。
画面に映っているのは、警備隊員の誰よりも大柄で、かつ奇妙な鎧を身に付けた
厳つい顔をしたスキンヘッドの男の姿だった。
身近にいた出場者の一人に、咄嗟に声をかける。
「ねえ、一体どうしたの?」
「どうしたもねえよ!なんでここに、あいつが……!?」
「おい!誰か運営側に話つけてこい!今ならまだ間に合う!」
「分かった!俺が行ってくる!」
周囲の緊迫ぶりに、何が起こっているのか見当のつかない彼女に向かって
横から現れたガルゥが話しかける。
「マルグリット……こいつぁちとまずい事になったぞ」
「隊長!一体何が起こって……」
「あの画面に映ってる男、ヴァンエルビア帝国の革命軍で名をはせた一人だ。
たしか、名は……バレルド」
「バレルド?つまり、この大会にヴァンエルビアの兵が紛れこんでいたと!?」
「ああ。何としても奴だけは止めないとならねえ。どんなやり口で戦うか
底が知れねえからな」
(西の警備を任せた奴ら、くたばっちゃいねえと信じたいが……ちっ)
ガルゥが真剣に画面を見据える。それだけ実力も兼ね備えた強者なのだと
マルグリットは直感し、息を飲んだ。
「え?そ、そんな……登録ミスじゃないですよねぇ?」
闘技場では、アナウンスが既に素に戻って、狼狽え始めていた。その時。
「おぉい、早く俺の名前を呼びやがれよ?こっちはずっと待たされて
鬱憤が溜まってんだ!今すぐにでもブッ飛ばしてやりてえんだよぉ!
ギヒヒヒッ」
「ひっ、ひええ!?」
「へへへっ、冗談だよ!いや、何ならそっちまで行ってやろうかぁ?
俺はヴァンエルビア帝国の切り込み隊長、剛堅のバレルド!
そら、早く俺の対戦相手を呼び出しやがれ!」
「は、はいぃ!分かりましたぁ!
えー、つ、続いて対戦相手は……蛮族の国きっての技巧派!鎖使いのヘルガぁー!」
向こう側から現れたのは、バレルドと比べれば小柄なものの、身長はゆうに
百八十センチを超えるであろう、アスリートの如き逞しい体つきをした
女性だった。両手や腰に、武器に使うであろう鎖を携えている。
「あたしの相手はお前かい?ふん、妙な形の鎧を着けただけで、勝てるなんざ
思わないこったね!」
「ゲヘヘヘ!その言葉、そっくりてめえに返してやるよ!」
「そ、それでは……一回戦第八試合、れ、レディー、ファーイッ!」
控え室の選手たちの行動も空しく、試合開始のゴングが鳴り響いた。
まず動いたのはヘルガ。中距離から両手の鎖を自在に操り、バレルドの
両手首を捉える。
「こいつはうちの工房で打った特注品でねえ、ちょっとやそっとの力じゃ
引きちぎる事もかなわないよ!」
「ほう、そりゃあすげぇ!けどな……こっちにとっちゃあ好都合なんだよぉ!」
余裕の表情を見せるバレルドは、そのまま鎖を手繰り寄せ始めた。
危機感を察知したのか、ヘルガは片手の鎖を放し、一際長い鎖を腰のリングから
外して、バレルドの首目がけ投げつける。
鎖の先には、鋭く尖った刃物が付けられており、いくら巨漢といえど喰らえば
ひとたまりもないだろう。
「ほぉー、そう来たか……読みは良かったが、相手が悪かったな!ゲハハッ!」
目にも止まらぬ速さで投げられた鎖。しかし、先端の刃物が件の妙な鎧に
引き寄せられるように軌道を変え、遂には鎧にくっついてしまったではないか。
「なっ、何が起こったっていうんだい!?」
「ヒヒヒヒィ、こいつだけじゃあねえぜ?そおら!」
次の瞬間、ヘルガの右腕が、何かに引っ張られるかのような強い力を感じる。
思わず鎖を放した彼女だったが、なおも引き寄せられる感覚が治まらない。
「くっ!?なんだっていうのさ!こ、この力は……!?」
「ホラホラぁ!早く俺の胸に飛び込んでこいよぉ!ゲハハハ!」
なんと、バレルドの鎧は彼女が耐えている間にも、前面に無数の棘を突き出した
姿に変わっている。あれに触れたらただでは済まない。
されど、抵抗空しく徐々に彼女は、バレルドの鎧へと吸い寄せられてゆく。
「さあて!そろそろ頃合いかぁ?俺の方から熱い抱擁をくれてやらぁ!ヒャッハァー!」
(くそっ、足が……思うように動かない!)
一歩一歩、ヘルガに近づいてくるバレルド。その時、ヘルガがその場で跳躍する。
おそらくは鎧に当たったとしても、致命傷を避ける為に跳び上がったのだろう。
案の定、彼女の体は急速に鎧の方へ吸い寄せられ、両足を棘に貫かれる。
激痛が足を伝わり、並の人間なら意識が飛びそうになるであろう状況で、彼女は
それでも両足の力を緩めず、次の行動へ移ろうとしていた。
「ぐぁあっ!……けど、これで終わりだよっ!」
「ほほーぅ、俺の攻撃の特性をよく見て対応してきやがった!ギヒヒ!
あんたの判断力は称賛に値するぜぇ!」
腰からもう一つの刃物付き鎖を外したヘルガは、バレルドの脳天目がけ鎖を放つ。
しかし、起死回生の一撃に放ったその鎖すらも、あえなく鎧へと吸い寄せられ
遂には、彼女が身に付けている他の鎖まで鎧へと引きつけられる。
バレルドは、獲物を狙う肉食獣のように舌なめずりをし、次の瞬間。
「初見で俺をここまで楽しませてくれたあんたにゃあ、それなりの礼をして
やらねえとなぁ!ごるぁあ!」
「ぐ……がはぁっ!」
剛腕がヘルガの脇腹を捉え、数メートル程吹き飛ばされた。
痛みにのたうち回る彼女へと、再びゆっくりと歩み寄るバレルド。
「そぉらぁ!遠慮はいらねえ!俺様からのプレゼントをたぁーっぷり
貰っていきなぁ!ヒャハハッハハッハハハハ!」
「ま、待て!降参だ!あたしはもう……ぐふぅっ!」
そのままマウントポジションへ持っていき、彼女の体を、顔を、重量の乗った
拳で殴り続ける。まるで正気の沙汰ではない。
止めとばかりに、両手を高々と振り上げた時、彼女の戦意喪失の声を微かに
聞いていたアナウンスから、試合中断の合図が出た。
「えー、た、ただ今ヘルガ選手から、降参の意思表明を確認いたしました!
よって、勝者はヴァンエルビアのバレルドォー!」
「ちっ、もう終わりかよ。つまらねえなぁ」
試合終了を告げるゴングが鳴ったと共に、バレルドは先程と打って変わって
興味なさげに闘技場を後にする。
そこには、体じゅうに痛々しい傷跡を残した、ヘルガしかいなくなった。
「救護班!すぐに彼女を回収してくれ!治療の準備だ!」
「は、はいっ!」
その場に駆けつけたアメリも、あまりの惨状に本能的に身震いしそうになったが
衛からの言葉を思い出し、ぐっと堪える。
「くそっ!あいつがヴァンエルビアの兵だと知っていりゃあ、手遅れに
ならなかったもんを!」
「よせジョーンズ。過ぎちまった事ぁ仕方ねえ」
選手控え室では、苛立つジョーンズをガルゥがなだめ、彼の肩を叩く。
「だからよ、次の試合でお前があいつをぶっ倒してこい。お前のやり方でな」
「……分かったぜ隊長。奴が悲鳴すら上げる前に終わらせてやらぁ!」
拳を打ち合わせ、決意に燃えるジョーンズであった。
ご一読頂き、ありがとうございました。