6日目 蛮族の少女
※補足
この物語でいう「蛮族」とは、ファンタジーのドワーフに近い存在です。
ご了承の上お読み下さい。
クロワール姫様との出会いから、はや一週間が過ぎようとしていただろうか。
僕は順調に、任された南門警備補佐の仕事をこなしてゆき、その間は目立った事も
起こらず、まさに平和そのものだった。
今日もまた、南門の警備補佐へ向かうことになった僕。今回はエルマさんと
ジョーンズさんが同行している。
「がっははは!どうだぁマモル?警備には慣れたのかぁ?」
「は、はい……皆さん優しく教えてくれたので、大分出来るようになりました」
「かといって、君を狙う追手がいつ来るとも限らない。慎重にな」
「へん、そんな奴ら、俺様がひと捻りにしてやるってもんよ!ホッ、ハァッ!」
ジョーンズさんが、手綱を離してワンツーパンチを繰り出していると、先に
「関門」へ向かった隊員さんが走って来るのが見えた。何かあったんだろうか?
「おぉーい!大変なことになったぞぉー!」
「あん?なんだか今日は穏やかじゃあなさそうだな!」
「ど、どうしたんでしょう?」
慌てて走ってきた隊員さんは、僕達に事の次第を告げる。
「たっ、大変だ!国境から百メートル程先で『蛮族の国』からやって来た
交易車が、野盗の襲撃を受けているそうだ!門の警備は任せて、お前達はそっちへ
行ってくれ!」
「なにぃ!?『蛮族の国』だとぉ!こいつぁ一大事だぜ!
マモルぅ、急ぐぞ!」
「マモル、私に任せてしっかり捕まっているんだ!」
「えっ、えええぇえ!?」
ジョーンズさんは手綱をしっかりと握り締め、真剣な面持ちで馬を走らせる。
僕の乗った馬も、エルマさんのおかげかあっという間にスピードを上げ、後ろを追う。
門を抜け、森林地帯を過ぎ道が開けると、広大な草原の上を走る一台の車らしき
物体が、唸りを上げてこちらへ近づいてくる。その両脇には、馬に乗った野盗が
迫っていてその内何人かは取りついており、予断を許さない状況のようだ。
僕達は手前で馬を止め、まず野盗を車らしきものから引き離すことに。
「おっしゃあ!ドーンと来ぉい!!」
四股を踏みつつがっしり構えたジョーンズさんに、車らしきものが突進していく。
「お前、何をする気だ!?」
「へへっ、ひょろっちい傭兵さんにゃあ出来ねえ事だよ!ふぅうん!!」
次の瞬間、なんとジョーンズさんは、車らしきものの前方を鷲掴みにして
そのまま地面から数十センチの高さまで持ち上げてしまった!なんて怪力だ。
「う、うぎゃあぁ!!」
「なっ、なんだこいつは!?」
突然の出来事に、反応できず車を追い越す野盗たちと、振り払われないように
必死にしがみつくその仲間。
(僕が黒づくめの人たちに襲われた時といい、一体どういう仕掛けなんだろう……)
「おらぁ!ぼーっとすんな!!早く取りついてる奴らを片づけてくれぇ!」
僕が不思議に思っていると、間髪入れずにジョーンズさんの檄が飛ぶ。
それを合図に、エルマさんは魔導銃を構え、僕は馬の方へと走っていった。
エルマさんの正確無比な射撃が、確実に野盗たちを仕留めていく。僕は僕で
他の野盗たちが乗った馬へと駆け寄り、「壁」を発現させて落馬を狙う。
かなり無茶のある連携だったが、これで半数以上の野盗を無力化できた。
「こっ……こん畜生が!」
「はっ……!?」
「エルマさん、危ない!」
落馬した野盗のうちの一人が、いつの間にか取り出していた拳銃をエルマさん目がけ
放った。僕は全速力で彼女の目の前へ駆け出し、野盗に背を向ける形で間に割って入る。
するとどうだろう。僕の「壁」がエルマさんまでもを覆い、銃弾を跳ね返したじゃないか。
「な、なんじゃありゃあ!?弾が跳ね返った、だと!?」
「くそう、こりゃあ分が悪りぃ!引き揚げだ――」
「どぉこへ引き揚げるってぇ?んん?」
気がつくと、車は動きを完全に止めており、両手の空いたジョーンズさんが
野盗たちをじわじわと追い詰めていた。しまいには、縄で身動きが取れないよう
縛られて馬に乗せられることに。かくして、一件落着。
車から現れたのは、額に角を生やした褐色肌の人物だった。
「いやぁ、危ない所を助けて下さり、感謝のしようもありませんデ」
「で、その交易車にその身なり、間違いなくあんたらは『蛮族の国』から来た人らだな?」
「へい。警備隊の方々に支給する武具鎧が出来上がったもんデ。お届けにあがる最中
でしたワ」
「何度か依頼で赴いた事はあったが、初めて見たな。これが『無限精製機関搭載車』か」
「お、おーとま……?」
『蛮族の国』やら『おーとまとん』やら、訳の分からない単語が飛び出すので頭が
混乱状態になっている僕に、突然反対側のドア部分が開き……何かが飛びついてきた!
「う、うわぁっ!?」
「お?マモル、何びびってんだぁ?」
「マモル!?どうした!大丈夫か!」
「あぁーメルティー!出てきたら駄目だと言ったデ!」
僕に飛びついてきたのは、車から現れた人と同じく褐色肌で、広いおでこに角が一本と
牙を生やした、綺麗な黒髪で金色の目の女の子だった。年齢は十歳くらいだろうか。
服装は、現代でいうところのオーバーオールに近い格好をしている。
彼女は、びっくりして倒れた僕を見やり、たどたどしい口調で喋る。
「ティー、たすけてくれた、おまえか?」
「え……?」
「なあ、ティー、たすけてくれた、おまえか?」
「う、うん。そういうことになるけど……」
僕が素直にそう答えると、女の子は信じられない力で抱きついてきた。
例えるなら……プロレスラーに全力で掴みかかられたような、逃れようのない
圧迫感が僕を襲う。
「そうか!おまえ、ティーたすけた!ありがと!」
「あ、あははは……」
(ぐ、ぐるじい……)
女の子の純粋無垢な笑顔に、僕は思わず「離して」と言えなくなっていた。
が、驚いたのはその後だ。
「おまえ、なまえ、なに?」
「あ、あがが……ま、まも、る……」
「おおー!マモル!マモルだな!マモル、ティーの、おんじん!
ティー、マモルのヨメ、なるー!」
「ぐげ……え!?」
「な、なっ……!?いきなり何を言ってるんだこの子!」
唐突な「嫁発言」に、エルマさんが敏感に反応した。もっとも、意識が遠のきそう
だった僕は何を言っていたのか、まったく分かっていない。
「ったく、なんだぁこのおちびちゃんは?」
間一髪のところで、僕からジョーンズさんが女の子を引き離してくれた。
しかし、車に同乗していた人は慌てた様子で
「ああ!ご丁重に扱ってほしいデ!彼女は我が国の生きる宝、ゴドクの娘だデ!」
と言った。その言葉の意味がまたも分からず、加えてさっきの抱きつきによる
呼吸困難が原因で、僕は一言も喋れなかった。
「はぁ!?あのゴドクだとぉ?そりゃあ本当かぁ!?」
「はいぃ!ですから、あまり乱暴にはしないで下さいだデ!」
「ゴドク?まさか、あの『生ける伝説』として名高い鍛冶師の?」
「そうだとしたら、こんな場所で油売ってるヒマぁねえぜ!あんた、車を出しな!
マモル、もう立てるな?門まで急いで行くぞぉ!!」
「げほっ、ごほっ。……へ?戻るんですかぁ!?」
置き去りにされないよう急ぎエルマさんの後ろに跨って、僕達はその場を
後にした。
「関門」まで戻ると、他の隊員さん達が検問をしている最中だった。
僕達がやって来たのを察知したのか、一人の隊員さんが門の中から現れた。
「おーい!どうだった?交易車には被害はなかったか?」
「がははは!見ての通りだ!ついでに野盗共も縛り上げてきたぜぇ!」
「それより、彼らの聴取を頼みたい。乗員の中に、ゴドクの娘を名乗る者がいる」
「何っ!?ゴドクの娘だって?分かった、すぐに聴取の準備をする!」
車を降りた二人は、早速面談室へと案内される。しかし、女の子の方は
僕の腕をがっしりと掴んでいて、離す気配がない。
「あ、あのー……そんなに強く掴まないでくれる?」
「いーやー!ティー、マモルのヨメ!ヨメ、ダンナのそば、いる!ぜったい!」
「こ、こんなこと言ってますけど……」
「あちゃあ、すっかり懐かれちまったなぁ!」
僕らの様子を見かねてか、エルマさんが彼女に、優しく諭すように話しかける。
「なあ少女よ、どうしてマモルだけをそんなに気に入っているんだ?
君を助けたというなら、私やジョーンズだって同じだろう?」
「むー……」
彼女は、無言で二人を見比べるように、左右に目配せする。そして二人を
交互に指差して
「おまえ、女。男ちがう!だからヨメ、ならない!」
「な、なっ……!」
「おまえ、村のオヤジ、いっしょ!なんかやだ!やっぱり、マモルいい!」
「あ!?んだとぉ!?俺ぁこう見えてまだ……」
「まあまあ、ジョーンズさん落ち着いて。小さい子の言う事ですから」
「くぅっ、マモルぅ!いいよなぁお前は!!おっさん扱いされる身にもなれってんだ!」
そうこうしている内に、聴取の準備が整ったというので、みんなで面談室の中へ。
薄暗い机の上には、今まで見たことのない簡易プラネタリウムのような機械が
置かれ、壁には白い垂れ幕が下がっていた。
「この装置は、ここから城内にいる者と会話が出来る、いわゆる『遠距離連絡装置』だ。
これで、彼女がゴドクの娘かどうか、見知っている方に連絡して判断してもらう」
「その顔見知りとは誰のことなんだ?」
「いや、それが……生憎のところ、仲が良いと噂されるクロワール姫しか、判別できない
状況なんだ。国王様は、直接お会いした事が無いらしくてな」
「な、何……?」
「まじかよ!気まぐれ姫さんのこった、顔なんざとうに忘れてんだろ?」
僕らが意気消沈している中、なぜか女の子だけは、反応が違っていた。
「クロ!クロいるのか?ティー、はやくあいたい!」
「これメルティー、クロワール王女様が覚えておいでかは分からんだデ?
たしか最後にお目通りした日は……」
「クロなら、ティーしってる!はやく!クロにあわせる!」
彼女が妙にはしゃぐので、隊員さんもそれなら、と装置を動かした。
垂れ幕に投影されたのは、とうに見慣れた城内の風景。装置に付いている
摘みを隊員さんが捻ると、謁見の間や図書館などが映し出される。
その内の一つに、フリルのカーテンやピンク色のカーペットで装飾された部屋が
現れた。そこで急に、女の子が声を上げる。
「クーロー!クロいるかー?ティーだぞー!」
[まあ!その声はメルティー?どこから話しかけていらっしゃるの?]
と、急に下から顔を覗かせたのは、紛れもないクロワール姫様その人だった。
「クロー!やっほー!」
[うふふ、相変わらずの壮健ぶりで何よりですわ♪あら?
奥にいるのはマモル達ではありませんの?]
「うん!マモルもいっしょー!」
[あらあら~♪ということは、国境にまで足を運んで下さったのね~。
お父上のゴドク様は、本日はお見えになっていませんの?]
「うん!きょう、ティーとおつれだけー」
[あら~、それは残念。お父様が、お顔を拝見したいとしつこいものですから~。
こちらへ来たら、是非また私のお部屋までいらっしゃって~♪]
「わかった!クロのへや、ぜったいいくー!」
楽しげに会話をする二人を見て、周囲はざわついた。
きっと姫様が、このメルティーと呼ばれた女の子を知らないと信じて
疑わなかったんだろう。
開口一番、ジョーンズさんが驚きを隠せない声色で言った。
「お、覚えてた……だとぉ!?」
「まさか、姫が暫く顔を合わせていない他人をご存知とは……!」
「お、おお!メルティー、よかったデね!王女様が覚えてて下さるとはナ!」
「なんだ?あの王女はそこまで忘れっぽいのか?」
「ああ。覚えてる方が奇跡、とまで言われる位だからな!きっと忘れられねえ程
楽しいコトでもしたんだろうよ!」
と、いう訳で。クロワール姫様に認められたメルティーちゃんは、晴れて
ベルグランデへの入国を許可されたのでした。
けれど、問題はメルティーちゃんを連れて、城へ行った時に起こった。
言われた通りに姫様の部屋へ行くと、丁度二人分のティーカップが机に並んでいて
反対側には姫様が、待ち構えるかのように座っていた。
「クロー!おひさだなー!」
「うふふ、ようこそメルティー♪何日ぶりかしらねぇ?
あ、警備隊の方々も楽にして構いませんわよ?」
「そんじゃあ、俺達も失礼して……」
と、近くにあった椅子を人数分持ってきて、僕達はそこへ座った。
「それで、メルティーは何をしにはるばる『蛮族の国』からこちらへ?」
「うーん?いきたい、っていったら、つれてってくれた!」
「え~と、つまり……「我が国へ連れて行って欲しいと強引に頼んでみたら
条件付きで連れてきてもらえた」と、そういう事ですわね?」
「おおー!クロすごいな!だいたいあってる!」
無邪気にはしゃぐメルティーちゃんと、彼女の言葉を通訳するクロワール姫様。
まるで息の合った漫才コンビかと思わせる会話ぶりに、ほぼ口を挟めない僕達
だったが、隙を見計らってエルマさんが話を切り出した。
「あの、談笑のところ失礼致します、王女。実は彼女、野盗に襲われておりまして
あと一歩遅ければ、奴らに捕まっていたやもしれない状況だったのです」
「まあ!それは本当ですの?」
「はい。そこで我々が……」
「うん!ティーのこと、マモル、たすけてくれた!だから、ティー、マモルのヨメ!」
間髪入れず、メルティーちゃんが口を出したかと思うと、次の瞬間、僕の腕に
抱きついてきた。さっきと同じありえない力加減で。
その光景を見ていた姫様は、カップを口へと持っていくと、一瞬唇の端を歪めた。
「……ふうん、つまり、マモルはあなたのもの、という事ですのね?」
「そう!マモル、ティーのダンナ!つれてく!」
「ま、ま、マモルを、連れて行く!?」
「ええっ!?なんでそういう話になってるの!?」
混乱する僕に脇目も振らず、姫様はどんどん悪意に満ちた表情へと変わっていく。
そして、メルティーちゃんを指差して宣言した。
「マモルを連れてゆくのは結構。ですが、それでは私が面白くありませんわ。
という事で……」
「んー?」
「うへぇ、こりゃまた無茶なご要望が飛び出すぞぉ……」
「我が国で『闘技大会』を開き、その親善試合でマモルに勝てたら、連れ出すことを
許可いたしましょう!」
「………え?」
「おー!いいぞー!ぜったいにー、かーつ!」
突然の提案に、もはや叫ぶ事すら忘れてしまった僕。
さて、姫様の時の一声で無理矢理決定してしまった『闘技大会』、果たしてどうなって
しまうのやら……。
次話からは、闘技大会編の始まりです。
なんとかペースを上げて、書き切れるよう善処致します。