5日目 天然王女?
第二章の開幕です。宜しくお願いします。
朝。いつもと同じ目覚めのはずが、今朝は大分違っていた。
僕が目を覚ますと、目の前に微笑みながらこちらを見つめる顔――
そう、エルマさんの姿があったのだ。
「ふふ……おはよう、マモル」
「うぇ、ええぇぇえぇええ!?」
「何をそんなに驚いているんだ?昨日、そういう話になっただろう」
「で、でででもっ!」
(やっぱり、女の人と一緒に寝るなんてなんかまずいよぉ!)
昨日、エルマさんがこの国に滞在するという話をガルゥさん達に伝えたところ
一目会わせろとガルゥさんが食い下がってきたので、渋々彼女と顔合わせ
させる事になった。
「ほほぉ、こいつがあの高名な傭兵・エルマか!随分とちっこいな!」
「ふん、傭兵の実力というのは体格がどうこうで決まるものではない」
「言えてるねぇ。へへっ、いい面構えだ!
ん、その姿……獣人とのハーフか何かか?」
「まあ、な。父親が獣人で、その血が流れている」
「おっと、そうか……いや、なんか悪いこと聞いちまったな」
ガルゥさんはばつが悪そうに、頭を掻いた。
僕がその光景に疑問符を浮かべていると、エルマさんが僕の方を向いて口を開く。
「マモル、私のような獣人は、たとえ混血であっても偏見の目に晒されやすいんだ。
そちらの隊長殿は、環境が違ったおかげか差別もさほど受けなかったようだがな」
「えっ!?なんで獣人ってだけで、そんな……?」
「エルマの嬢ちゃんばっかりに言わせるのも酷だ。後は俺が話すぜ」
そう言うと、ガルゥさんは僕の肩に手を置いて、いつもの明るい表情からは
信じられない程落ち着いた顔をして、語り始めた。
「いいか、マモル。俺たち獣人ってえのは、この大陸で文明が生まれた時から
最下級の、いわば『奴隷』に近い扱いをされてきたんだ。その因習が、今でも
一部の地域には根づいていて、俺みたいなのを見るにつけて「何故奴隷風情がこんな
所にいる!」なんて言われたもんさ。きっとエルマは、運悪くその辺に生まれ
ちまったんだろうな」
「あ……ご、ごめんなさい!言いたくもない事言わせちゃって……」
「いいんだよ!いつかは教えておかねえとなって思ってたし」
ガルゥさんは、いつもの笑顔に戻って僕の頭を軽く撫でた。
そして、エルマさんの方へ向き直して
「そんじゃ、今日から国王の勅命により、あんたはマモルの警護を任されたわけで……
そうなると、別々の部屋で寝かせるのは得策じゃねえかもなぁ?」
「な、なにっ!?」
と、若干の笑いを含んだ言葉をかける。エルマさんは、顔を赤くして動揺していた。
瞬間、僕の脳裏に嫌な予感が走った。
「あ、あの、ガルゥさん?それって……」
「おう!マモルが想像した通りだ!
今日からお前達二人は、同じ部屋で寝泊まりしてもらう!
実際、寝込みを襲われたら対処する方法がそれ位しか浮かばないからなぁ!はっはっは!」
(や、やっぱりそうなるのーー!?)
……という訳で、今朝のこの状況に繋がっているのでした。
けど、よく考えたら添い寝なんてしないで、僕が床かどこかで眠ればそれで
済んでいた話じゃ……と、今になって後悔しています。
「マモル、そろそろ朝礼の時間じゃないのか?早く支度した方がいいぞ」
その発端となったエルマさんは、何事もなかったようにシャワーを浴びてから
僕をせかす。
(も、元はといえばあなたがいけないんですからね?)
と、心の中で呟きながらも、急いで支度をして隊員さん達の列に並んだ。
「よーし!一人も遅れてないようだな!感心感心!」
「隊長、サイファの奴が眠りこけてますが……」
「ははっ、そいつにしては上出来だ!立ってるなら寝かしておけ!
それでは、朝礼を始める……と、その前に」
ガルゥさんは、僕のいる第三部隊の方を指差して言った。
「本日から、我が警備隊に頼もしい助っ人が加わることになった!聞いて驚け!
あの有名な『無音の射手』、傭兵エルマだ!偽物じゃあないぞ!」
自ら進んで前へ出るエルマさん。隊員さん達からは、多少どよめきが上がったけれど
「うひょお!エルマって女だったのか?大歓迎だぜ!」
「へえ、二つ名に似合わず可愛いじゃない!」
「驚いた。あの『無音の射手』が、こんな年端もいかない少女だったなんて……」
ここでは日常茶飯事のようで、すぐにあちこちで驚きの声が上がる。
「えー、静かに!これから彼女はマモルの警護を務めてくれる事になった。
お前たち、我が隊の鉄則である『共受の掟』に則って、彼女とも
分け隔てなく接するように。よろしく頼むぞ!」
「「はいっ!」」
朝礼の後、マルグリットさんに話を聞くと、今回、僕は国境の方へは
行かず、城の中で書類の整理をする事になったそうだ。付き添いは彼女が
してくれるそうで、エルマさんは隊舎に居残る事になった。
「何故私がこのような雑務を……マモルの側にいるのが条件ではなかったのか?ぶつぶつ……」
「がははは!まあそうふて腐れんなって、傭兵さんよ!」
「それに、夜になれば嫌でもマモルさんと一緒なんですから。今はガマンです!」
「……そんなに彼の隣りにいたいのか?」
「う、うぅ~……」
さて、場所は変わってベルグランデ城内。僕はマルグリットさんと共に、書庫にある
古い資料を別室へ運ぶ作業をしていた。
「マモル君、出来る限り紙の痛んでいない資料を優先して運んでちょうだい。
くれぐれも、無理はしないようにね?」
「は、はいっ!分かりました!」
早速二手に分かれて、資料の移動に取りかかった僕達。書庫の奥の棚から、なるべく
紙にシミや虫食いのないものを選びつつ、書庫から百メートル程先の部屋へ運んでいく。
僕が手に取った資料の中には、この大陸ができた経緯や『国境警備隊』の設立当初の
記録、そして、エルマさんらが言っていた、民族間の差別意識に関する書物があった。
ふと手を止めると、マルグリットさんが気遣うような口調で話しかけてくる。
「マモル君、大丈夫?一度に沢山持っていかなくても、持てる分だけで……」
「……あの、マルグリットさん」
「ん?何かしら?」
「その、昨日聞いたんです。エルマさん達から。獣人が、この世界では差別を受けて
いるって話……」
「まあ……それは余程ショックだったでしょう?マモル君、最初にガルゥ隊長を
見た時、驚きはしたけれど受け入れてくれたって、隊長も仰っていたから」
「あの、他にも昔からの習慣や、僕の知らない事ってあるんですよね?
出来れば、それも教えてもらいたいなぁ、って」
「ええ、君が歴史や習慣に興味を抱いてくれるのは、私としても喜ばしいことだわ。
時間が空いたら、隊舎で話してあげるから来てちょうだいね」
「は、はい!」
マルグリットさんが教えてくれるなら、きっと分かりやすいだろうなぁ、と思いつつ
俄然やる気になった僕は、片っ端から資料を別室へと運んでいった。
気づくと、日が昇ってお昼近くになろうとしていた頃だったろうか。
大体の片づけも終わり、僕が最後の資料を運んでいた、その時だった。
(あれ……あの人は?)
廊下の窓際に、さっきは見かけなかった人影がある。近づいてみると、その人は
僕と同じくらいの身長で、綺麗な装飾が施されたドレスを身にまとっていた。
窓際から外を見つめる表情はにこやかで、やや緑がかったロングヘアーが
より上品さを際立たせている。おそらくは、高貴な身分の女性なのだろう。
(ん?あの髪の色、どこかで見たような……)
僕が立ち止まって彼女を見つめていると、丁度彼女も僕に気づいたようで、表情は
変えずにどんどんこちらへ近寄って……近寄ってくる?どうして?
「あらあら~!あなたがマモル?そうでしょう当たりでしょう?
私の目に狂いはありませんわ~♪」
(へ?なんでこの人、僕の名前を?)
彼女は出会い頭に僕の塞がっていた両手を無理矢理握りしめ、その場でダンスを
踊るかのようにくるくる回り始めた。やられている僕からしたら、何が何やら訳が
分からない。
「うふふふ、私ずっと会いたいと思っていましたの~。お父様が仰っておられた
この国を救ってくれるであろう逸材……どのようなお方なのかと思ってみれば
なんの事はない、見かけは私と同い年の少年ではありませんか~!」
「あ、あの~……失礼ですが、どなたですか?」
「あらあら~?どうして私のことはご存じないのでしょう~?
あっ、そうだわ!きっとお父様が興奮して伝えて下さらなかったのね!
もう、お父様ったら肝心な所を言い忘れるんですから~」
なおも回りつつ、彼女は、さも自分が何者なのか分かっている体で話しかけてくる。
いきなりこんなことをさせられているこちらとしては、理解しろという方が難しいの
だけれど、お構いなしに彼女は回転をやめ、僕の目の前に立った。
そして、貴族特有のドレスの裾を上げた恭しい仕草をしつつ
「うふふ、初めましてマモル♪私はベルグランデ王国王女、クロワールと申しますわ。
以後、お見知り置きを」
「へ、へぇ~、じゃあお姫様ってことです……!?」
(え?お、お姫様!?僕の目の前にいる人――お姫様なの!?)
突然の出会いに慌てふためく僕をよそに、クロワール姫様はその様子をくすくす
笑いながら眺めている。
「あら~?何を不思議がることがありまして?ここはベルグランデ王国の城内、付け
加えると、私の自室の近くですのに。面白い反応をしますのねぇ~♪」
「え、えっ?姫様の部屋の近く!?誰も教えてくれませんでしたけど!?」
「うふふふ♪この廊下を突き当たった先の、前から三番目の部屋ですわ♪」
挙動不審になる僕を見て、姫様はますます笑顔になっていく。
と、そこへ丁度マルグリットさんがやって来てくれた。
「マモル君、何かあったの?……クロワール王女様!?」
「そ、そうなんですマルグリットさん!姫様が、姫様がー!」
「うふふふ、ごきげんよう~マルグリット。ちょっとマモルとお話ししていたの~♪」
「王女様、今はまだお勉強の最中では?もしや……!」
姫様の様子を見て、マルグリットさんは溜め息をつきつつ額に手をやる。
「だ~って~、いつもいつも国の歴史ばかり教えられていたら、退屈にも
なるというものでしょう~?少しは息抜きが必要なのです!」
「その言葉、三日前にも聞いたと私の記憶が申しておりますが?
次期国王候補としての自覚を、もう少し持って頂きたいものですね。
それとも、そのようになられてしまわれたのはお父上である
国王陛下のせいだとでも仰るのですか?」
「あらあら、お父様が原因だとは一言も口にしていませんわよ~?
私はただ、『楽しいもの』を求めて散策しているだけなのです~♪
うふふふふ~♪」
姫様がポーズを決めつつ、にこにこと一人話している中、マルグリットさんに
耳打ちされた。
「マモル君、彼女がクロワール王女だというのは、もう分かっているわね?」
「はっ、はい……」
「王女は大変に気分屋で、自分が楽しいと思う事を後先考えず行ってしまう
悪い癖があるの。それでついたあだ名が『気まぐれ姫』、困ったものでしょう?」
「あ、あははは……」
「ちなみに、国王様もお祭り事には目がないから、王女様がああなったのも
国王様の影響だ、と吹聴する者もいて……本当に参ってるのよ」
そういえば、警備隊の最初の仕事で薪を運びに行ったけれど、あの時ジョーンズさんが
「気まぐれ姫」って言ってたのは、この事だったのか。
さぞ、城の人たちは苦労しているんだろうなぁと考えていると、廊下の向こう側から
大きな声がした。
「姫様ー!まだお勉強が終わっておりませんぞー!姫様ぁー!」
「あらまあ~、ディラドったら、嗅ぎつけるのが早いこと♪」
走ってくるのは、白い髭を生やしたいかにもお守り役の姿をしている、見かけは
初老の男性。きっと姫様を探し回っていたんだろう。
「ふぅ、ふぅ……見つけましたぞ姫様。さあ、お部屋へ戻りましょう!」
「あらディラド、どこまで探し回っていたの?
う~ん、そうですわね~……ディラドがここで逆立ちしながらお願いして
下さるのでしたら、戻ってもよろしいわよ~?」
「さ、逆立ち!?姫様、歳を重ねた私の身に、そのような悪意ある仕打ちを
されるのですか?」
「うふふふ~♪良いのですわよ?私の要求を受け入れずに
ご・う・い・ん・に、連れ去っても~♪」
「ぬ、ぬぬぬぬ……卑怯ですぞ姫様!」
(うわぁ……絶対無理だよこれは。姫様も無茶なこと言うなー)
目の前で行われている漫才じみたやり取りがなんだか可哀想になって、僕は
思わず口走ってしまった。
「じゃ、じゃあ、僕がやりますっ!」
「な、なんと!?」
「え?マモル君?何言ってるの!」
「ひ、姫様がそれで戻ってくれるなら……!」
僕の宣言を受けて、クロワール姫様の表情がより悪意に満ちたものへと変貌する。
そして、見下すような笑みを浮かべながら
「うふふ、面白い提案じゃありませんの、マモル?けれど、あなたじゃ逆立ちなんて
軽々とこなせるでしょう?だ~か~らぁ~♪」
「ひ……ひっ!?」
「この城内を逆立ちで一周してから、私に土下座なさいっ!」
「え、えええぇぇええぇ!?」
(こ、この姫様本当は性格が悪いんじゃないの!?一周なんて無理だよぉ!)
唐突に突きつけられた無理難題に、僕がしどろもどろしていると、マルグリットさんが
助け舟を出してくれた。
「お待ち下さい王女様!ならば、彼に秘められた「能力」をお見せ致しましょう。
それで今回はお許し頂けないでしょうか?」
「……あら~、私そちらの方が興味ありますわ~♪是非拝見させて頂けるかしら?」
「では……やるわよ、マモル君」
「え、えぇっ!?こんな場所でですかぁ!?」
姫様の眼差しが向けられる中、マルグリットさんは、腰に下げた短剣を
引き抜き、僕に向かって投げつけた。
短剣は、僕の発現させた「壁」によって弾かれ、近くの床に突き刺さる。
一瞬の出来事に、姫様とディラドと呼ばれていた大臣らしき人は、目を丸くした。
「おお……何が起こったのですか!?」
「まあ~!一体どういう仕掛けなの?マモル、教えてちょうだい!」
「い、いや、僕もよく分からないんですけど……意識を集中すると出来る
らしくて……」
「あら~、そうなんですの~?残念」
けれど、姫様は機嫌を直してくれたようで、先程のにこやかな表情に戻っていた。
そして、くるりと後ろを向いたかと思うと、廊下の向こうへ歩き出す。
「ふふっ♪良いものが見られて、私大満足ですわ~!さあディラド、部屋へ戻りましょう!」
「はっ、はい!只今!……マルグリットとそこの少年、大変助かりました。感謝致しますぞ」
「ディラド大臣、毎度のことですが、お疲れ様です」
「まったく、王女様ときたら、最近は要求のケタが外れてきて城の者達もほとほと
困っている次第でしてなぁ。いやはや」
「心中お察し致します。それでは、私達はこれにて失礼させて頂きます」
「しっ、失礼します!」
ディラド大臣は、軽く手を振った後姫様の後をついていった。
そして、残された僕達二人は、最後の資料を運んで隊舎へと戻る。
しかしながら、とんでもない姫様だったなぁ……。
「マモル、遅かったじゃないか!何かあったのか?」
隊舎に戻ると、真っ先にエルマさんが飛びついて僕の肩を揺する。
他の方々も、続々と集まってきた。
「そ、それが……クロワール姫様に捕まっちゃって……」
「ちょっと時間を取られてしまったの。マモル君の力が無かったら、今頃城内を
逆立ちで一周させられていたところよ」
「ははぁ?なーるほど!だから昼を過ぎても帰ってこなかったのか!」
「ご、ご愁傷様です。クロワール王女、時々無茶なコト仰いますもんね……」
「あの人は、苦手だ。よく頑張った」
「くそう、その王女、どうにかして大人しくさせられないものか……!」
「だ、ダメですよエルマさん!暗殺とかそういう方向で考えたら!」
こうして、僕と姫様とのファーストコンタクトは何とか穏やかに幕を閉じた。
けれどまさか、この出会いが後にとてつもない形で降りかかって来るとは、今の
僕には予期しようもなかった。
全体的に文章に締まりがありませんが、お読み頂いてありがとうございます。