冬の一日 おとまり
クリスマスに書くつもりがこんな時期に。
何も考えずに書きました。練習作品です。
雪が降る。
寒空は白一色に染まり、地面は純白色に塗り替えられる。
「クリスマス、だな」
手に自動販売機で買った安いコーヒーを持ちながら、一人呟く。
冬、そして雪が降ってきて、もちろんのこと外は寒い。手は冷えるし、耳も痛い。寒いなら室内に入れと言うかもしれないが、それはできない。
話は先日の事である。クリスマスを目前に控え、母と父はいつも通りにいちゃいちゃと過ごしていた。見ていて暑苦しくなるような光景は日常茶飯事だから慣れたが、この時期になるとさらに酷くなる。溶ける、そんな感じだ。
その父と母がクリスマス当日は帰ってくるなと言う。ホテルにでも泊まれと金は渡されたが、その金をなんと俺は落としてしまったのだ。さんざん探し回ったが報われず、ポケットに入っていた僅かジュース一本分の小銭を残して消えてしまったのである。
なけなしの金でとりあえず暖をとり、今に至るわけだ。
「頼りになる友人達(自称)は皆デートだしな」
皆、彼女持ちだ。呪われろ。
「とりあえず、何処か店にでも入るかな・・・・・・」
服は濡れているし、身体も冷えている。これ以上外にいても体調を崩すだけだ。
地面に積もる雪を足でかきわけ、前に進む。
「あれ、蓮太郎じゃない」
ふと、背後から聞き慣れた声が聞こえる。女性にしてはやや低く、凜とした声。
「ミナミ」
振り向くと、見慣れた姿がひとつ。黒い肩までの髪に、赤色の双眸。僕のクラスメイト兼同じ部活の部員である少女だ。
「どうしたのよ、こんなところで傘もささないで」
瑞々しい唇が形を変え、僕に問いかける。質問に答えようと口を開こうとすると――
「まあいいわ。とりあえずうちに行きましょう。そのままだと風邪をひくわ」
問答無用で家につれて行かれたのであった。
「お風呂の位置はわかるわよね? 着替えは父さんのを置いておくから」
「あ、ああ・・・・・・」
「あと、タオルは棚ね。私の・・・・・・ピンク色のを使っていいから」
「それじゃ、ゆっくりどうぞ。リビングで待ってるから、出たら声をかけてちょうだい」
それだけ言うと、ミナミは脱衣所から姿を消した。
「人の家のお風呂ってのは、緊張するなあ」
女の子の家なのだから、尚更なのだろうけど。
浴室に入ると、そこには一般家庭より大きいであろう浴槽が目に入った。
女の子らしいピンク色の垢すりや、高そうな洗髪剤が置いてあり、なんだかとても落ち着かない。いや、落ち着いていたらそれはそれでおかしいのだろうけど。
「ううむ、これは本当に使っていいのだろうか」
頭を洗い、身体を洗おうと垢すりをとるとなんだか軽い罪悪感に苛まれた。
――普段、彼女が使っているのか。
ふと邪な考えが頭をよぎる。彼女が彼女の身体を洗ったモノ。手に握るそれを凝視する。服の上からでも分かる豊満な体つき。それに――
「ッ! 駄目だって!」
邪な思考を遮断。確かに魅力的だけれど、それをするわけにはいかないよね。
「・・・・・・今日は流すだけでいいか」
さっさと済ましてお風呂を出ることにした。
「あら、随分遅かったわね
「ちょっとね・・・・・・」
お風呂から出るときも大変だった。タオルも彼女のだった――どうしようもないからそれを使ったが、いい香りもするし、なんだか柔らかいし・・・・・・それはタオルだから当たり前か。とにかくお風呂から出るだけでなんだか疲れてしまった。
「それで蓮太郎。――何が駄目なのかしら?」
「聞いてたのか!?」
「ちょっと脱衣所に用事があってね。それで、一体何が駄目なの?」
――聞かれていた! いや、しかしその一言だけでは判断できないはず。僕が変態だと思われないためにもなんとか誤魔化さなくては!
「お風呂で歌を歌うのが僕の趣味でね。でもここはミナミの家だろう? だから迷惑をかけないように今日はやめておこうって」
どうだ、うまくいっただろう。
「ふうん。でもあのときはだいぶ切羽詰まっていたようだけれど」
「それほど僕にとってこの趣味は大切なのさ!」
ちょっと、苦しかったかな?
「・・・・・・まあ、今回はそういうことにしておきましょうか。ほら、暖まるもの作ってあるから」
エプロンをしたミナミが笑みを浮かべながら言う。
テーブルの上には色とりどりの料理がところ狭しと置いてある。・・・・・・僕ひとり、いや、ふたり分だとしても多くないだろうか。僕はそもそも多く食べる方ではないから、ちょっと心配である。
「えっとミナミ? この量は一体・・・・・・」
「何って、私達の夕食だけれど」
「夕食?」
頭を上げて時計を見る。既に針は夕食時を指している。いつの間にこんな時間がたったのだろうか。日が暮れるのも冬になってから早くなったもんだなあ。
「さて、なんとかして宿をさがさないとなあ」
「もう何処のホテルも一杯でしょう。日が日だし、時間も時間よ。野宿でもするつもり?」
呟きを聞かれていたらしい。・・・・・・野宿も視野にいれないと駄目かも。寒いのが駄目な僕である。もしかしたら朝を迎えられないかもしれないけど、仕方がないよね。
「そうだね。野宿もいいかもしれないね」
「冗談はよしなさい。それに、こんな寒空の下に人を放り出すのは人としてできないわ。今夜は泊まっていきなさい」
「・・・・・・いいのか? 男を泊めるなんて。親御さんが黙っていないだろ?」
普通、娘の友人とはいえ男を泊めるなんて、親はいい顔をしないだろう。嫁入り前だしね。僕が親だったら怒鳴り散らす自信があるよ。女の子だったらいいけれどね。
「いいのよ。母さんと父さんは今夜はいないし。・・・・・・仕事なのよ。新しい企画があるらしいの。だから、遠慮せずに泊まっていきなさい」
ミナミはいいと言う。しかしどうだろう。一つ屋根の下に若い男女が二人きり。世間一般的には拙いのでは。だからといって他にあてもない。
「・・・・・・よろしくお願いします」
そう言うほかなかった。
「まあ、あなたが相手では間違いも起きないでしょうしね。ほら、料理が冷めてしまうわ。はやく食べましょう?」
エプロンを畳み、開いている椅子の背にそれをかけるミナミ。おそらくはいつも座っているであろう席に彼女は腰を落とした彼女を見ながら僕は言った。
「・・・・・・僕は、どこに座ればいいかな」
「好きにしなさい。あなたのそういうところは嫌いよ」
優柔不断、僕の欠点だ。彼女はそれが気に入らないらしく、よく注意してくる。でも、仕方ないじゃ無いか。その選択で先が変わるんだから少しくらい悩んだっていいだろう?
少し悩んでから、結局彼女の対面に座る。
「それでいいのよ」
なにやら満足げに呟くミナミを見ながら、再び料理を見る。やはり多い、多すぎる。頬に冷や汗を垂らしながら前を見る。満面の笑みのミナミがいた。それにあれは・・・・・・期待してる目だ。とてもじゃないが、全部は食べられないなんて言えない。これは、男として食べきらねば! なよっちい僕でも男の矜持は持っているさ!
「いただきます!」
いざ行かん、食の極点へ!
結果、残しました。善戦、善戦はしたんだよ? 普段の三倍は食べた。けど量が減らないんだよ。いくら美味しくても限界はあるんだって・・・・・・。
「その、味はどうだったかしら。最近お料理を習い始めたからちょっと不安だったの」
「すごい美味しかったよ。・・・・・・ごめんね、残しちゃって」
男の矜持だとか言ったくせに残す僕、実に格好悪い。
「・・・・・・いいのよ。それに、浮かれて私も作りすぎてしまったわ。ごめんなさい」
しゅんと項垂れるミナミに僕は申し訳ない気持ちになる。これは、次回までに食の特訓をしておく必要がありそうだ。ミナミに、ミナミでなくともこんな顔はさせたくないからね。
沈黙を破るように、少し乾いた口を開いた。
「謝らないでよ。確かに多かったけど・・・・・・それだけ僕を思って作ってくれたんだよね? だったら、期待に応えられなかった僕の力が足りなかったんだ。だから、そんな顔しないでよ。ミナミらしくないよ」
凜々しくて、格好良くて、笑顔を僕にくれる女の子だ。だから、笑ってほしい。
「・・・・・・あなたは、いつもそういうことを言う。普段はぼんやりしているくせにこういう時だけは敏感で。なのに、本人は言ったことの重要さに気づいてないのよね」
「? ミナミ、もうちょっと大きい声じゃないと聞こえないよ」
「ふふっ、なんでもないのよ。片付けるわ。あなたはソファにでも座っていて」
笑顔になったミナミ。理由はわからないけど、笑ってくれたならいいや。
「僕も手伝うよ。ごちそうになったんだし、これくらいはね?」
してもらってばかりじゃあ申し訳ない。
「その、居ても邪魔になるだけだから」
「邪魔って、キッチンはすごい広いじゃないか」
一般家庭――僕の家に比べてだが、普通の一軒家である我が家の台所の二倍程度はありそうなミナミ宅のキッチン。軽く十人は入れそうなんだから、邪魔になるってことはないと思うんだけど。
「そういうことじゃなくて・・・・・・。蓮太郎、あなた洗い物はしたことあるの?」
「僕が毎日自分でお弁当作ってるって、ミナミは知ってるよね」
「~~! そうだったわね。もう、いいから座ってなさい。洗い物は一人で充分よ。テレビでも見てて」
そういって強引に僕の肩を押すと、ソファに座らせてくる。なにやら怒っているらしいミナミをこれ以上刺激する意味もないから、大人しくテレビを見ることにする。
リモコンで電源を入れると、画面には学校で話題の恋愛ドラマが映っていた。一人の男が二人の女性を好きになって、付き合ったり浮気したり・・・・・・そんな内容だ。ものすごいどろどろな展開で、ものすごい展開が気になる。
「ねえ、ミナミ。もしこのドラマみたいに、自分の彼氏が親友にキスしたらどうする? しかも空港で」
「空港は関係ないと思うけれど・・・・・・そうね、刺すわ」
「怖いよ」
キッチンからこちらを見るミナミの目は光が灯っていない。ちょっと洒落にならないくらい怖い。発言とあわせたら恐ろしいことこの上ない。
「今のは冗談だけれど、私だったら親友と話をしてその男との関係を決めるわ。まあでも――譲らないでしょうね、私は」
「ふたりともそうだからこのドラマはおもしろいんだよね」
「相手も譲らなかったらもう殴り合いよ」
だから怖いって。包丁しまってよ。今洗い物してたんじゃなかったの?
「ドラマみたいな状況はなかなか無いとは思うけれど――浮気は駄目よ? 付き合った女の子を泣かせるなんて、私が許さないわ」
洗い物が終わった彼女が、僕の隣に腰掛ける。真面目な言葉に僕は答える。
「知らなかった? 僕って一途なんだ。だから、そんなことはありえないさ」
「そう、なら安心したわ」
真面目な表情から一変して、花のように笑う。そんなミナミに、僕は見惚れてしまっていた。相変わらず、可愛いよなあ。
「それにしても、どうしてヒロインはこの男が好きなのかしら。説教臭いし、浮気もするし。どうにも理解できないわ」
「まあ、それが惚れた弱みってやつなのかもね」
こうして、僕のお泊まりは終わった。あれから帰るまでに特筆すべきことはなかった。少し話をして、彼女のお父さんの部屋で就寝。起きたら朝食を採って家に帰る。なんてことのない、一日。
僕はこれからも、この普通の一日を大切にして過ごして行きたい。
「・・・・・・蓮太郎、何を書いているの?」
「いや、なんでもないよ」
「気になるわ。ほら、見せなさい!」
「おっと、危ない。えーと、ただの日記だって」
「日記・・・・・・興味がさらに深まったわ。一体どんなことを書いているのかしら」
「見せないよ! 恥ずかしいじゃないか」
「いいから、私にそれを渡しなさい!」
「勘弁してよ-!」