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最後の日

 退職届を提出するのは、部長と決めていた。課長は自分の休暇をしっかり消化することばかりに集中していたから。


「佐久間さん、社内規則を知ってるか?」

「ええ、退職は退職日から三週間前に申告する、でしたよね。だから今なんですよ。有給21日残ってるんで」


 白髪混じりの部長が顔をしかめた。

「社としては買い取りをしたいんだがね。引継ぎをしてほしいし、君の手取りも多くなるから」

「嫌です。引継資料もきちんと作成しています。何より、もう出社したくありません」


 私が愛想のカケラも見せずに無表情で放った主張に、部長は溜息を漏らした。


「……君は優秀だが管理職にはなれないな」

「存じてますが」

 パワハラ課長の下に付いている限り、そんなこと不可能だ。


「しかも空気が読めない」

「知ってます」


 定時で帰るのを「逃げる」という業界で、空気を読むのは命に関わる。自己犠牲できるほど忠誠心はない。


「あらゆる人間を無能だと見下してるだろう」

「有能な方は評価しているし相応な態度で接します」

 有能な人間が周りにいないだけだ。因みに責任感のある人間も同じく、私の周囲では絶滅危惧種である。


 部長は大きく息を吐き出して、眉間を揉む。

「君のことだから、自分が抜けて不都合があることくらい理解してるんだろう?」

 役職もない私が抜けたところで、戦力が一人分減るだけだ。私の代わりに誰かが残業しなくてはいけないだろうけど、均等に割り振ればいい。同僚は私以外は仲がいいようだから。デスマーチ以外は私より早く帰る同僚達も、皆で力を合わせて頑張るだろう。

















 オフィスには持ち物制限があり、私が持ち込んだ私物は文房具くらいだ。鋏やバインダーを用意しておいた紙袋に詰める。

 朝一番のオフィスは閑散としていた。疎らな同僚たちがちらりとこちらに視線を寄越すけれど、話し掛けてはこなかった。積極的に関わらない距離感。業務に支障はなかったから問題ではない。


 もしくは単純に席替えか何かだと思ったんだろう。私は利用したことがないが、総務部に申請すれば席替えは容易だ。冷房が効きすぎるだとか、隣の奴の独り言が煩いだとか、簡単な理由で申請できるのだと聞いた。まだ出社していないが、私の隣の席が割り振られている同僚は「近くの席の先輩に失恋したから顔を合わせ辛い」というふざけた理由で移ってきたらしい。


 ノートや紙媒体の資料は引継ぎに必要なものだけ残して、後はシュレッダー専用ごみ箱へ。


 紙袋は二枚用意していたけれど、一枚で足りた。中身もスカスカで通勤用のバッグに一緒に入れても十分だったかもしれない。

 これが、私の数年を費やして、最後に残ったものだ。



 バッグと紙袋を手に退社。誰にも挨拶はしない。口にしてしまえば、皮肉しか出ないだろうから。

 残念ですね、今まで残業を押し付けていた佐久間有希は辞めますよ、精々頑張って下さいね。



 玄関を出てすぐにスマートフォンをバッグから出した。

 まずは友人へ、結婚式に行けないとメール。理由は適当にでっちあげる。


 仕事の関係で結婚式には出席できない、でも祝電を送りたい。


 たったこれだけの内容を、絵文字、顔文字で飾り付け、心底申し訳ないと思っているように演出する。そのメールを送信してから、もう一度違うメアド宛てにメール作成。



『昨日の今日ですけど、今晩飲みませんか?今日は私が奢ります。』


 たったこれだけ。

 不必要な飾り付けはしない。送り先の相手がしないんだから、私がしなくても文句は言わせない。






 自宅に着く頃に二通目のメールが返信された。私よりも更に飾りがない本文。







 それにしても、夜とはいえ当日すぐに時間を作れるとは。小説家というのは時間管理だけに着目すれば、随分羨ましい職業だ。

 まだ一度も退職したことがないので、退職手続きについては知識が不十分です。

 ご了承頂ければと思います。

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