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孵らない

 作者は文系のため、IT業界に関する知識がありません。

 ご了承ください。

 千浦は私のデスクへと、へらへら笑ってやってきた。


「……私まだ自分の仕事残ってるから」

「でも終わんないんですよー」


 井東商事から発注があったシステムは顧客管理のものだ。しかし担当者が機械関係はからきしとのことで、何種類か見本となる資料を作成するという話だったはず。社内で使うため、単純で使い易いものを、と注文に無茶がない優しいクライアントだ。ただし、仕様の大まかな部分さえ決まっていないため、システム自体より資料作成に時間がかかりそうだ。



 と、少し前に千浦と課長が話しているのを、私は傍から聞いて考えていた。


 ―――自分の身には降り懸からないと思っていたのだ。






「あんた今日何してたの?」

「昼に出社しましたー」

 千浦は昨日、デスマーチ○日目な私と違い、定時で帰ったはずだ。

「井東商事の資料作成は時間かかるってわかってたでしょ?なんで前々から用意しておくとか、今日早めに出社するとかしないの」

「昨日もちゃんと定時まで仕事しましたよー。それでも間に合わなかったんで、」

「……とにかく、私はまだ自分の仕事が残ってるから、他当たって」


 私はデスクに向き直って仕様書の作成を再開した。素っ気ない私に何を言っても暖簾に腕押し、と理解したのか、千浦はデスクから離れていく。


「課長ー」




 今日も私は残業らしい。










 自分の仕事を片付けられない千浦も、私に全て押し付ける課長も、苦笑いでさっさと帰宅する同僚も、憎い。


 1時間で完成させる予定だった仕様書は47分で終わらせて、それから11時近くまで千浦に押し付けられた資料作成。帰るときには、オフィスには私一人しかいなかった。

 仕様が固まってないのは、営業とクライアントと話し合いが不十分だった証拠。今回は、管理職になる予定の千浦が経験を積むために付いていったのだから、当然その場で仕様の提案や詳しい方向性の聴取ができたはずなのだ。千浦は本来はシステムエンジニア兼プログラマなのだから。

 私が何時間も残業した成果は、実際にクライアントと話せば1時間で足りたもの。



 それくらい、意味がないのだ。






 私は今月のシフトと学生時代の友人の結婚式の招待状記載の日程、千浦や営業のスケジュールを思い出し、6時以降は絶対に空きそうな日付を確認した。最近追加したばかりのアドレスへメールを送る。



 飲み代一回分と愚痴を等価と言い張る霞先生は、やっぱり変わっていると思う。

 世の中にはお金を払って愚痴を聞かせたい人間がいくらいなのに、あえて逆のことをするなんて。



 私はスマートフォンを操作しながら、霞先生へ吐き出す予定の愚痴を整理する。


 千浦のこと、課長のこと、同僚のこと、友人のこと、彼女の結婚式のこと。



 ―――彼女の伴侶となる予定の、好きだった人のこと。






 霞先生からの返信は実に端的で、絵文字も顔文字もない。句読点すらないのだから、機種の古さではなく霞先生の性格なのだろう。


『件名:Re:


本文:

 了解

 この前の居酒屋で待ってる』

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