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城壁の守護者(1)

一月二日。まだ年が明けたばかりのこの日は真冬にも関わらずほんのりと暖かい。寒さをオブラートで包み込んでいるようだ。大陸の内陸部に位置する一つの村であるリストアも同じである。この村は教会を中心に構成され、その隣に建てられた施設にはジェネヴィーヴクルセイドの隊員達が常時待機している。そのクルセイドが守る城壁は村で一番高い建物、つまり教会でさえすっぽり覆ってしまうほどの高さである。ここを通りかかった旅人は思わず城壁に圧倒され、感嘆するであろう。この城壁には門が二つしかない。一つは外と中をつなぐ、人や馬車が出入りするためのものである。もう一つはさきほどの大きな門の隣にあるもので、近衛隊員のみが使えるものである。この門の出入りには鍵が必要でその鍵はクルセイド関係者しか持つことが許されていない。二つといえど、実質門は一つ。門を一つにすることによって中から外に出る者を確認、注意、場合によれば入るのを制止することさえ出来る。さらに、城壁は丈夫なれんがで作られているが、門だけは木で出来ている。比較的丈夫な木で出来ているとはいえ、れんがと比べて脆いのは言うまでもない。そこを魔物に攻撃され、万一城壁の中に入られでもすれば被害は避けられない。

当たり前のことだが、ここに門番である近衛兵を置き見張らせている。二時間おきに門番のうちの一人が大きな城壁の周りを一周し、周りに魔物がいないか、そして危害を加えようとはしていないかの見回りをする仕組みである。晴れの日も、雨の日も、いてつく寒さで凍える雪の日も、隊員はこの門を守っている。そして今、この日も…

門を守っているのは少年と少女である。少年はずっしりと重そうな銀色の鎧のせいもあるのか微動だにせずその場に立っている。それとは対照的に、少女は暇そうで背伸びしている。着ている鎧も皮か何かでできておりいくぶん軽そうだ。少女の背には少しも汚れのない、白い翼がある。真珠のようだ。彼女はシルフである。

シルフとは、背中に翼を持った人間の一派で風と親密な関係があると言われている。そのためか古来は風を司る妖精として民話に登場している。身体的な特徴といえば背中に生えた翼と、体重が軽く平衡感覚がしっかりしているといったところでる。

隊員専用の門から黒い鎧を着た少女が出てきた。まだ幼さが残る顔立ちの少女の背には黒くつややかな翼がある。彼女もシルフである。そして後ろでまとめているものの、黒く美しい髪をしている。こうして考えると基本が黒ばかりで暗いように感じるが、かえって雪のように白い肌とほんのりと赤く染まったほほがより美しく見える。手に槍を持った少女は澄んだ声で先ほど背伸びをしていた門番に向かって言った。

「お勤めごくろうさま。お姉ちゃん、交代の時間よ。」

姉と呼ばれた門番は眠そうな瞳を右上に寄せて考えると首をかしげながら言った。お前は時計をちゃんと見たのかと。まだ太陽は登りきっておらず、この高さならまだまだ交代の時間ではないと黒い妹に説明した。左の手中にある杖で太陽を指しながら。妹ことジャンヌは姉の暇な右腕を掴むと強引に小さな門まで引っ張って行き、いいからいいからと姉を村の中に入れ、扉に鍵をかけた。ジャンヌは先ほどまで姉がいた位置に着き、誇らしげな顔をした。隣に立ったままである少年はつぶやくようにジャンヌに話しかけた。

「お前はルチアと違って真面目だな。今日遅れてきたのもそうだけれど、来たら来たであくびばっかりだ。どうしたら同じ親からこんなに違う姉妹が生まれるんだろうな。」

先ほどの門番ルチアとジャンヌは正反対の姉妹である。黒い髪と翼をしているジャンヌに対し、くすんだ色だか、明るく輝いているよにさえ見える茶色の短く切りそろえられた髪と真珠のまろやかな光沢がある白い翼を見比べると、とても血を分けた姉妹とは思えない。しかし先ほどの言葉にもあるように正真正銘同じ父と母から命をもらった姉妹である。姉の職務怠慢の様子を聞いたジャンヌは少年を諭すような口調で言った。

「お姉ちゃんは昨日夜遅くまでランプに火をつけて魔法書を呼んでたの。そのまま寝ちゃうと危ないし、明日は朝早いからやめたらって言ったけど止めなかったの。」

少年はジャンヌの言葉にふうんとしか反応しなかった。ジャンヌは続けた。

「あれでもちゃんと努力してるのよ。お兄ちゃんだってもしアンジーやフランシスから『今日はこの辺で止めたら』って言われても止めないでしょ?」

「兄」呼ばれる少年アーノルドはまあなと空を見ながら返事をした。そしてだったら分かるでしょうと言われ、アーノルドは微笑した。アーノルドは話しを切り替えた。

「今日も昨日もその前も魔物は攻めてこないばかりか気配すら感じないと思うのは俺だけか、ジャンヌ?」

この静けさは良いことだということはアーノルドも機械的にではあるが良いことであることは理解している。しかし感覚的、生物的な面から言えばとても気持ち悪いのだ。まるで絶対割れないと公言されている氷の上に家を建てて暮らしているような不安も入り交じる気持ち悪さだ。

 アーノルドは背が高く、短く薄い金色の髪をしている。ルチアやジャンヌのように顕著にヒュムでないことが分からない、つまりはヒュムと見た目でいえば何にも変わらないがアーノルドはヒュムではない。彼はドライアドである。

 ドライアドは古来より植物の恩恵をうけ、植物や大地に力を込めることによって植物から力を借りることが出来る種族である。ギリシア神話では美しい植物のニンフとして登場し、本来の姿は植物である言われている。これはドライアド独特の習慣のことを指しているように見える。

 ジャンヌはアーノルドの質問にそうねとだけ返事をした。彼女の頬は先ほどよりも一層朱に染めていった。二人の口から白い息が漏れた。


妹からほぼ無理矢理村の中に返されたルチアは大きなあくびをしながら施設に帰っていた。ルチアがあくびをするたびに、白息が生じた。全身のだるさと肩のこり、頭痛。原因が寝不足なのは言うまでもない。今のルチアにとっては自分の軽い装備でさえ鉛のようにずっしりと重い。重たい体を引きずりながら歩いていると、それまでどんよりしていた顔の曇りが、長期の雨のあとにやけに明るく輝く太陽のようないつも通りの元気な表情を取り戻すと、お腹に力を入れてこう誰かの名前を叫んだ。「エドガー」という名前の先には馬に乗った少年がいた。年は今もなお門番をしているアーノルドと同じくらいである。エドガーとはその少年の名前である。高く明るい声に呼ばれたエドガーはルチアと目が合った。

ルチアは大きく手を振り、こっちに来いと合図した。エドガーは首をかしげつつも素直に馬でルチアの方に駆けて行った。この少年もエドガーもジェネヴィーヴクルセイドの一員で、珍しい二刀流の戦士である。軽そうに見える琥珀色の鎧を身につけ、黒い馬に乗っている。短くそろえられた栗色の髪が汗で光っている。ルチアはエドガーが自分の前で止まるや否や、本人の了承も得ないまま軽々と騎馬状態にある同僚の後ろに乗った。ルチアはエドガーの腰に手を回すと明るい声で教会までと運転手に行き先を伝えた。エドガーが怪訝な顔をするとルチアはこのような条件を提示した。

「今度あんたが休みたいときにいつでも変わってあげるから。良いでしょう?」

 エドガーはそれならよしと言うとリズミカルに相棒を走らせた。メトロノームのように軽快な足音がする。

「お前、昨日の夜更かししたろ。本でも読んでたのか?目、悪くなるぞ。」

 エドガーは昨晩ルチアがしていたことをあたかも見ていたかのように言った。ルチアは胸に懐疑の念を抱き首をかしげた。なぜと聞こうとすると運転手は客に向かって何でもお見通しといわんばかりの口調でこう指摘した。

「目が充血してるし、くまがある。鈍感な俺にだって分かるぞ。」

ルチアはしまったと、思わず腰から手を離し両手を目元にやった。

「おい、しっかり捕まってろ。ダンカンは気性が荒いから振り落とされるぞ。」

 そういうとエドガーは思いっきり手綱をならすと馬のダンカンは草原を駆け抜けるが如く、勢いよく走り始めた。ルチアは一瞬振り落とされそうになったが持ち前の平衡感覚ですぐさま体勢を立て直すとエドガーの背中を強くたたいた。金属音が冷たい空気の中を駆け抜けた。


 しばらくして教会に着いた。城壁には劣るものの細く高い塔があり、印象的である。規模が大きいとは言えないが、白い壁とれんが色の屋根が晴天の空に映え、その存在感を強調している。ルチアは全体重を教会の扉にかけてゆっくり、ゆっくりと重い扉を開けた。息切れでもしそうである。ルチアは扉を自分がかろうじてすり抜けられるほどの隙間まであけ、そこをすり抜けた。ルチアはぐぐっと背伸びをし、はぁという声を漏らした。

「おかえりなさい、ルチア。」

 そうルチアに話しかけたのは淡いクリーム色の修道服を着た赤毛の、ウェーブのかかった髪を頭の下の位置でふたつに結った少女であった。

「アンジェリーナか……ちょうど良かった。外にいる奴に聞けば分かるから、私の代わりに行ってね。」

 ルチアは睡魔のせいか、支離滅裂なことを言いのこし、教会の御堂を通り抜け体を引きずり、自分の部屋に帰っていった。アンジェリーナはこの言葉に不安になった。しかしルチアが言い残した「外にいる奴」を確かめるため半信半疑ではあるものの、教会の扉を開けた。すると外にはエドガーが立っていた。お互い予想外の人物の登場に驚き、わっという声を出した。


 アンジェリーナはダンカンに乗り、エドガーがそれを引いている。二人はことのいきさつの話をした。アンジェリーナはルチアの、彼女らしいといえば彼女らしい行動に微笑した。漏れた息はやはり白かった。先ほどのアレグロとは違う、アンダンテの速さの蹄の音が心地よい。そして蹄の音は負の加速になりレンガ造りの暖かみのある家の前でピタリと止まった。家は二階建てである。正面の壁には“Turner Studio”と書かれた、弧の形をした木の表札がある。ここはジェネヴィーヴクルセイドには必要不可欠なターナー工房である。ターナー工房は隊員の鎧や武器等の製造、修理をしている村唯一の工房であり、商家である。外からくる輸入品もこちらから出る輸出品もすべてここを通しているのだ。武器だけではなく、教会経営においての必要な衣装や飾り付けの道具もここ発である。

 エドガーは工房の前にある柱に手綱を結びつけると、アンジェリーナの手を取りゆっくりと、慎重におろした。そして二人は工房の中に入っていった。ドアについている鐘のチリンという音が軽やかに鳴った。中からばしばしとした口ひげを生やしたいかつい男が出てきた。

「親父、アンジェリーナがあれ取りに来たから……」

 エドガーはそう言うと奥に入っていった。ここから分かるようにこの二人は親子である。エドガー・ターナー、このターナー工房の主人アーネスト・ターナーのひとり息子である。父アーネストは息子のこの言葉を聞いて大きな声で叫んだ。

「リラ、アウロス、どっちでもいいからクルセイドの注文の品を持ってこい!」

 すると今行っているというエドガーの声が聞こえたかと思うと、奥に入ったエドガーが荷台と綱をもって出てきた。それに遅れ、どたどたという足音をたてて少年がひとり二階から降りてきた。大きな箱を抱えている。みごとな黒髪に浅黒い肌が同じ黒髪でも雪のような白さのジャンヌとは対照的である。筋肉質の体に引き締まった顔は少年ながら職人の風貌さえうかがえるが瞳にあどけなさが残る。少年は荷物を荷台の上に置くとまた上に行って、エドガーとこの作業を三度繰り返した。

「これで全部だよな、アウロス。」

 作業を終えたエドガーが職人に尋ねた。

「あぁ、リラの分も全部入れたから……これで全部だ。」

 アウロスは大きな手を荷物に置いた。男二人は荷台に積んだ荷物を外に運び出し、工房の馬につないだ。アウロスがアンジェリーナと馬に乗って、安全確認をして出ようとしたときだった。

「待って!」

 女性の高い声の後に上からドサッと何かが荷台の上に落ちてきた。人の頭ほどの大きさの麻袋だった。アンジェリーナとエドガーがあっけにとられている間、アウロスは落ちてきたものを一目見ると上を見るまでもなく言った。

「リラ!なに注文品落としてるんだ、傷がつくだろう!」

 上を見上げるとベランダに少女が立っていた。濃い黄土ともとれる金と茶の何とも言えない輝きを放つ髪を後ろで三つ編みにして束ねている。目があうと吸い込まれそうな大きく碧い目に、深紅の唇。一言でいえば実に美しい。快晴の空を背景に薄目の藍色の服を着ていても、色に存在が同化されない。

「悪かったわね、あんたが入れ忘れるからよ!そうそう中身はあまり布だから。」

 リラと呼ばれた少女はすこし笑いながら言った。この二人はターナー工房の職人である。アウロスは主に鍛冶を、リラは主に服飾の担当をしている。

 そしてこの二人もまたヒュムではない。セイレーンである。セイレーンには身体的違いからスカイタイプとマリンタイプのふたつに分類されている。スカイタイプはシルフと同じく背中に飛行可能な翼をもっており、マリンタイプはいわゆる人魚である。ギリシア神話では半人半鳥の海の魔物で、その歌声を引きつけられ、セイレーンのいる島に近づくとたちまち渦や大波にさらわれる形で取り殺されるという恐ろしい魔物として登場する。そして後世では、その姿は人魚とも言われている。セイレーンの歌声には魔力があり、たちまち人の心を魅了してしまうのは紛れもない事実だが、魔力を抜きにしても、彼らの歌の実力は言うまでもない。アウロスはスカイタイプ、リラはマリンタイプのセイレーンであるが、普段は生活に適応するため尾びれを魔力で立派な足に変えている。アウロスも生活に支障はないが、過去の経験から翼を魔力でしまっているのだ。だいたいのセイレーンはこのようにして翼や尾びれを隠したり変化したりしている。この種族は昔から並はずれた魔力を持っていたこと、神話で「魔物」として登場することからしばしば多種族から迫害を受けてきた。そこでセイレーンであることを隠すため常に魔力で該当箇所をかくしているため、もっている魔力が桁外れに発達したというのは何とも皮肉である。

「ところでデイビスの斧の修理は終わったの?」

 アウロスはそんなことがどうしたという表情でまだだと答えた。するとリラは眉間にシワを寄せで怒鳴った。

「ばかね、納入日は明日でしょ!そんな暇あったら早くする!」

 アウロスは言い返す身分でもないと悟ってか、何もいわず速い足取りで工房の中に入っていった。リラはやれやれとため息をつくと暖かい部屋の中に入っていった。アンジェリーナはくすっと笑うと自分の馬であるかのようにホレーショーに乗り、ゆっくりと教会へと帰っていった。

 

 アーノルドとジャンヌが門を守り、アンジェリーナが荷物を取りに行っている間もルチアは寝ている。規則正しい吐息のリズムで、自室のベッドの上で鎧も着、杖を持ったままであるがちゃんと毛布を掛けて。


 教会への道が半分すぎた頃であったろうか、アンジェリーナを呼ぶ声がした。アンジェリーナは声が聞こえた方に目を向けると明るい黒の体毛をした馬に乗った青年がいた。成年はこっちに向かってくる。アンジェリーナは「デイビス」とつぶやいた。アンジェリーナはかじかんだ手を白い吐息で暖めた。馬に乗った青年デイビスはアンジェリーナの前で馬を止めた。真ん中で小豆の髪を分け、濃紺の鎧を装備しており今まで「少年」といわれた彼らとそう年の違いはないようだがが、どこか大人びて落ち着いている雰囲気である。濃紺の鎧には十字架が見える。彼もジェネヴィーヴクルセイドの隊員である。デイビスはアンジェリーナにこう尋ねた。

「牧師さんを知らないか?」

知らない。アンジェリーナはこう即答した。デイビスはそうかと顎に右手をやるとアンジェリーナの荷物が視界に入った。デイビスは修道服の少女の苦労をねぎらった。

「こんなのたくさんの人の命と戒律を守るジェネヴィーヴクルセイドの苦労に比べればたいしたことないでしょ。」

 アンジェリーナは隊員の苦労は承知のことというような口ぶりで言った。デイビスは優しく笑ったうと思い出したように自分の斧の事を尋ねた。アンジェリーナは分かっている。あのアウロスの様子からまだあまり手をつけていないということくらい。納入日は明日なのに。アウロスは腕は良い。しかしジェネヴィーヴクルセイドの人数に比べ、ターナー工房はあまりにも人手不足で作業はなかなか進まない。アンジェリーナは渋い顔であまり期待しない方が良いと答えた。

「そうか。」

デイビスは予想通りという口ぶりだった。


 アーノルドとジャンヌは相変わらず門番をしている。辺りには冷たい風が醸し出す静寂さと、平穏の臭いしかしない。今日も暇で、明日も暇で、あさっても暇で……自分たちがぼさっと立っているだけの日がどんなに平和なことで喜びであるか、身に染みる。しかしどんなにそれを望んでもやってくるはずがない。この世は常に不安定。ローマ帝国のように、一定の極みに達すればその後は衰退の色が強くなる……この平穏もそこまでつづかない。その証拠となるものがリストアの門番の前に一歩一歩近づいてきている。なんだか今日も暇で終わりそうねとジャンヌが言いかけたときだった。その証拠がアーノルドの目の中に入った。

「どうやらお前の予想に反したことが起きそうだぞ。」

 それがジャンヌの目にも入った。そうねと返事すると、アーノルドは剣を、ジャンヌは槍を構えた。

「ねぇ、あの数どう思う?」

 ジャンヌはアーノルドに尋ねた。アーノルドはジャンヌに顔を向けないまま、あの数と勢いでは自分達二人ではきついと思うがなと答えた。アーノルドとジャンヌはお互いの顔を見た。考えていることは同じということを悟った。ジャンヌは城壁に掛かっている笛を吹いた。リストアに高い、絹をさくような音が響いた。全部で四部隊からなっているジェネヴィーヴクルセイドは、敵が攻めてきたとき壁に掛かっている四つの笛のうち、今門番をしている者が所属している隊を笛で呼ぶのである。笛は部隊によって音の質、高さが違うので隊員はそこで自分が呼ばれているのかどうか知るのである。そして今門番をしている、最も年齢層の若いヒルダが笛によって呼ばれたのだ。

 むろんこの音をアンジェリーナやデイビス達が聞いていないはずはない。まだアンジェリーナと話していたデイビスはこの音を聞くとじゃあなとアンジェリーナと別れ、危険を知らせるためやぐらへと走った。さほど遠くないのにかかわらずものすごい速さでデイビスの相棒メイは走る。赤みを帯びたたてがみが荒々しく風の向きに従ってなびく。アンジェリーナも急いで自分の仕事に戻る。飛ばして振り落とされては元も子もないと馬から降り、全速力で教会へ駆け出した。また絹を裂くような音がした。デイビスがやぐらでヒルダに出動するよう知らせたのだ。この音でようやく事に気づいた人物がいる。ルチアである。一回目、ジャンヌの笛の音で眠りが浅くなり、二回目のデイビスのもので目が覚めたのだった。まだどこか重たい体を起きあがらせ、窓の外を見た。そこから見えたものは鍬を投げて走り去る農夫、わが子の手を引き急いで家に帰る母親、そして相棒ダンカンで疾走するエドガーだった。ルチアは悟った。敵が来、自分が所属するヒルダが招集されていることを。そして部屋の外から階段を荒々しく駆け上がる音がしたかと思うと、その人物は自分の部屋の扉を勢いよく叩き、ばんと扉を開いた。アンジェリーナだった。アンジェリーナはずっと走ってきたため息が荒かった。

「ルチア、起きてたのね……早く!呼ばれてるわ!」

 ルチアは今にも窓からでも出ようという勢いである。ルチアはアンジェリーナに相棒の馬のことを尋ねた。

「エドガーがみんなのを出してたわ。」

 ルチアは首を縦に振ると窓のさんにかけていた足に力を入れ思いっきり蹴ったかと思うと、二階の高さから空中に飛び出した。純白の翼を大きく広げ、快晴の空へと飛び出していった。シルフだからこそ出来る業である。窓から飛び出したルチアは「ヒルダ」の名のごとく、しばしば白鳥にたとえられる北欧神話の戦乙女ヴァルキュリアの姿に見えた。アンジェリーナはそれを見届けるとまた走って階段を下りて廊下を走った。ある人の名前を呼びながら。

「父さん。」

 走っていると二人の男性にはちあった。ひとりは口ひげのターナー工房主人ことアーネスト、もう一人は白い修道服に身を包み、深い緑色のストラをかけた聖職者である。無精髭もなく、隣のアーネストと比べると少々寂しいと思われるかもしれないが、その聖職者にはそれを埋め合わせる、それ以上の威厳と気高さがうかがえる。そうこの人物こそが町を城壁で囲い、ジェネヴィーヴクルセイドを創設したウィリアム・サグラダ牧師その人である。アンジェリーナはウィリアム牧師をみるやいなや探してましたの口調で「父さん」と言った。アンジェリーナは修道女ではない。牧師の娘でその助手なのだ。その牧師とはもちろんウィリアムのことである。三人は教会の片方の塔にある会議室に上っていった。そうしながらウィリアムは娘に状況の報告をさせた。父と娘ではなく上司と部下の会話のような淡々とした会話である。

「まだ敵の詳しい数や種類は分かりません。ただ分かっているのは応戦しているのがヒルダということです。」

 またヒルダなのかとそれはないだろうとアーネストは声を張り上げた。実際このところ魔物はヒルダの誰かが警備に当たっているときにやってくる。ヒルダが引き返すよう威嚇をしてもいっこうにする気配はないとの報告もある。

「どうやらこの辺りの魔物達ヒルダを見くびっているようだな。隊員構成が一番若いからといって戦い慣れしているあいつ等をそんじょそこらの子供と一緒にすると痛い目にあるのに。」

 アーネストは鼻で笑った。


 エドガーは自分が放ったヒルダの馬を率いて城壁の大門を突破しようとしていた。引き連れられている馬は三頭だった。エドガーは自分の後ろから自分に「待って」という声があるのに気づいた。声の主はルチアだった。ルチアは猛スピードでエドガー達に追いつこうとしている。ルチアがエドガーに追いついた。ルチアは体の位置を門の高さに合わせた。かなりの低空飛行で、あたかもツバメのようだった。そしてついに門を突破した。門は彼らがそこにさしかかったのと同時に開き、人間も馬も全て出終わると同時にバタンとう大きな音を立てて閉まった。

 城壁の外には門番をしていたアーノルドとジャンヌがメイに乗った隊長デイビスを挟む形で一直線に並んでいた。アーノルドの相棒で栗色のヴィクターとジャンヌの相棒である雪のキーラはそれぞぞれの主人の所へ行った。ルチアもすぐ側にいる相棒ウェスレーにまたがった。

「状況はアクリスが三体にグリズリーが五体。いづれも興奮。」

 アーノルドが淡々と言った。アクリスは鹿に似た魔物で毛並みが灰色と黄土のまだらであり、上唇が大きく俊足である。草食であるがイノシシ並の突進の力をもち、けして大人しくはない性格である。グリズリーはほとんど熊といっても良い。しかし明らかに違うのは熊にしては体が大きく、尾が長いこと。そして毛並みがオレンジのようなキャラメルというところである。気性がかなり激しく、破壊力が桁違いに強いので村に入り込んだらひとたまりもないことは言うまでもない。

 デイビスは威嚇で追い払おうとしたかと尋ねた。ジャンヌは石を投げて追い払おうとして何頭かは逃げたものの結局はこの有様であることを報告した。

「こちらは無駄な殺生は望んでない。ルチア、小魔法であいつ等を追い払ってくれ。ほかの者は戦闘準備。」

 デイビスの指示に皆は従った。ルチアは深呼吸をすると詠唱をしはじめた。

《我欲せん、サラマンダーの灯火を》

 ルチアは魔物の方に左手をかざし、それと同時に大きく息を吸い、叫んだ。

「フレイムアロー」

 火の玉、いや、先端に火のつけた矢の火が矢全体に燃え移ったかのように見える、棒状の火の塊が魔物の群れの中に飛んでいった。フレイムアロー、矢状の火の玉が相手を襲う火系の低級魔法である。火が一匹の魔物の肩をかすった。事前に予想できる攻撃とはいえ「未知なるもの」と言っても過言ではない火の攻撃で魔物の群れはひるんだ。これで彼らが巣ににでも帰ってくれれば事は終わる。しかしそういうわけにはいかなかった。魔物は先ほどひるんだのはどこへやらという勢いでヒルダの方に向かってくる。もしかしたら、「未知なるもの」にかえって興奮したのかもしれない。

「エドガーは右に、アーノルドは左に同じ速さで、ジャンヌはそれに遅れて真ん中を、ルチアはほかよりスピードを落としてジャンヌの後からだ。俺を先頭に続け!」

若き隊長に率いられたヒルダは駆けだした。ハヤブサのように、かもしかのように。

初めまして、作者の糸貫です。この話を読んでくださりありがとうございます。登場人物が多く分かりにくいと思いますがおつきあい下さいませ。


村を脅かす魔物との戦い――「ヒルダ」に所属する五人は果たしてこの戦いに勝つことが出来るのでしょうか?続きは「城壁の守護者(2)」で。

それと物語の感想まってます。「良かったよ。」「ここの部分が分かりにくい」「〇〇って何?」など何でも受け付けますので気軽にどうぞ。

糸貫理

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