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第1話 月の下にて妄執

死人と呼ばれる異形。

不可思議な大鎌。

そして、月下に鎌を奮う美しい少女。


これを目撃してしまう少年、高宮桐人。


少女に気付かれてしまった桐人は死を覚悟する。

しかし、少女の口から出た言葉は予想外で、


「私の助手になりなさい」




目覚めるとそこは自分の部屋だった。

夢――――?


「桐人…………」


それが間違いだということを、

自分を見下ろす少女が教えてくれる。

大鎌を軽々と扱い、人ならざるものを屠る。

漆黒の髪、全て見透かされそうな瞳、

それは、月下に浮かぶ、美しき黒。


「桐人………」


また、名が呼ばれる。

心なしか熱を帯びた声。

少し、変な気分に、


「――――今すぐ起きなければ二度と生殖できない身体に、」


ならない。


「およそ女の使う言葉じゃないぞ。それ」


「あら、起きたの?………残念」


恐ろしいことを平気で言う女だな。おい。

あと少し起きるのが遅いと俺の男としての人生が終了か。


「私より起きるのが遅いなんて、助手としての自覚はあるのかしら?」


「助手って、あれは半強制的に決めさせられただろ?」


それは昨夜の話。


回想



「私の助手になりなさい。」


「……………………………………………は?」


思考がついていかない。

彼女の提案の意味がわからない。


「なにも、さっきみたいなヤツと戦えって言ってるわけじゃないから」


ようやく頭がクリアになる。


「おい、なんで助手なんだ?それに、なる気はない」


それが気に入らなかったのか、少女はその美しい顔を歪める。


「ぐだぐだうるさいのね。あなた」


言葉に棘が混ざる。


「自分の状況、わかってるわけ?その気になればあなた、細切れよ?」


わかっていないはずがない。

本当は怖くてたまらない。

死にたくない。

しかし、虚勢を張らなければ、崩れてしまう気がした。

女に負けるなんて情けないしな。

だけど、


「そっちこそ。夜道で襲われるのは女だって相場は決まってるんだぜ?」


実は、


「へぇ、襲われてみたいものね」


言葉を吐くたびにすっげぇ後悔してます!!!


「しょうがない、説明しましょうか?このままじゃ埒が明かないでしょうし」


少女は呆れたような顔をしている。そりゃそうだ。さっきまで自分を怖がって命乞いまでしていたくせに、今度は反抗してくるのだから。

深いため息を一つ。


「まず、最初に言っておくけど、私はあなたになにもするつもりはない。けどね、アレを見たときわかったでしょう?アレは知っちゃいけない。知られてしまえば仲間に引き入れるか、処理するかのどちらか。わかった?」


「あ、ああ」


「見てしまった以上、選択肢は2つ。私と来るか、“消える”か。さあ、どっちを選ぶ?」


消える

それはあの化物のように、

存在したという証拠すら、消されてしまうということか。


「最初から選択肢一つだろ?お前は俺に何もするつもりはないわけだし」


「そういうこと。というわけで、よろしくね?えっと………名前は?」


「桐人。高宮桐人(たかみやきりひと)


「そう、私は篠月楓(しのつきかえで)。間違えたら殺すから注意しなさい。ちなみにあなたと同い年だから。よろしく」


回想終了


とまあ、こんな感じのことがあったわけだが、


「決まったからには責任というものがあるでしょう?」


相変わらずの強気な態度。

第一印象はあてにならないな。

というか、


「そういえば、何故ここにいる?」


そうだ。こいつとはあの後別れて、


「ここの管理人だから」


「はい?」


嘘だ。入居の時にこんな名前聞かなかったし、

というか人の良さそうなおばちゃんだったはずだろ!?


「桐人が会ったのは私と同業の者。戦いは専門外だけど。まあ、持ち場交代ってとこ」


「あのおばちゃんが!?というかこれは仕事なのか?」


「当然でしょう。趣味だとでも思った?あと、あれ変装だから。中身は結構性格悪いんだけど、今度会ってみる?」


「変装!?じゃあ他にもいたりするのか?その、同業者が」


「ええ、割と沢山。把握していない人もいるけど。あなたの学校にも何人かいたはずね」


「そう、なのか」


平凡だと思っていた日常に、当然のように潜り込んでいる非日常。

それでも、それに満足していたのに。

友人と笑って、馬鹿やって、たまに喧嘩するけど、また笑って。

その友人を“消して”しまう日が来てしまうかもしれない。

今、俺が住む世界は、

そんな、世界なんだろう。


「そういえば、聞きたいことがあるんだけど」


朝食を口に運ぶ。といってもトースト一枚。


「私の朝食ないの?」


………こいつ、今何と言った?

俺は眼の前でパンを焼いていたんだが、


「お前、まさか、料理とかしない?」


「当たり前でしょう?」


思わず頭を抱える。

おい、17歳だぞ?朝食ぐらい…………。


「あああああぁぁぁ!!わあったよ!!飯は俺が作る!助手だしな!!」


自分でもとことんお人好しだと思う。


「元からそのつもりだったけど?」


決意が一瞬で揺らぎそうだよこの野郎。

渋々ながらもパンを焼き、


「足りない」


という楓さんの要望でその他、目玉焼きなど少々。

しかし、


「良く食うねお前。その身体のどこに入ってんだよ?」


「セクハラね。殺すわよ?」


(言葉のセーフティーライン狭っ!!!!!)


「そういやさ、教えてほしいんだけどさ」


「スリーサイズとかは論外よ?」


「違うって。真面目な話」


暇がなくて聞けなかったが、これはこの世界で一番重要な、

生きるための知識。


「死人ってなんなんだ?」


「……………そうね。説明するわ。死人っていうのは、伝染する罪、とでも言えばいいかな。例えば、この前桐人が見たのは〔強欲〕の死人。これは誰しもが持っているであろうものよね?私も、あなたも。その小さな種に死人が接触することで徐々に形を現わしていく。そして、あいつ等の仲間入りってわけね。死人の特徴は怪力、明らかに人ではあり得ない能力や部位、そして、欲望を満たすために行動する」


誰にでも可能性がある?あの化物が、周りにいるって言うのか?


「もし、接触して感染したら、助からないのか?」


「罪が形を成したら無理。その前なら可能性はあるわね。要するに欲を抑えればって話なんだけど、結構きついと思うからあまり現実的じゃないわ。しかも、厄介なのが本人の自覚症状がないってこと」


つまり、不治に限りなく近いということか。


「あの鎌については?」


「あなたは話しても理解できないと思うから。ノーコメントよ」


しれっと受け流すが、

この時の楓の声は、

普通の会話にも、死人の説明のときにも、現わさなかった、

暗い響きを帯びていた。

しかし、納得できない。


「なんでだよ?わかるかも知れねぇだろ」


「わからない。断言できる。それだけの理由よ」


何故断言できる?何故教えてくれない?

俺は魅せられたのだ。あの、暗い輝きを放つ、異形に。

なにより、目の前にいる彼女の姿が、

自分と同じ、17歳の少女の戦う姿が、

俺をどうしようもなく焦らせた。


「…………ヒントをあげる」


希望。

しかし、それは、

彼女なりの、拒絶だったのだろう。


「白と黒。この相対する色は何を表わしているでしょう?」


俺は、それに気付くことができなかった。


「白と黒、か。わかった。待ってろ。速攻で解いてやる」


「期待しないで待ってるわ」


こうして、俺は自分から今までの日常を捨てた。

平凡を捨てた未練は意外にも、どこにもなかった。

それほどにまで、アノ異常達は俺を狂わせたのだ。                

                    

                   ■

迂闊だった。

人のいない路地。

ただそれだけの油断。

まさか、人に見られるなんて思ってもみなかった。

運が悪かった。

私。そして、彼も。


「私の助手になりなさい」


そう言ってみた。

彼の反応は悪い。当然だ。目の前で人の形をしたものを、

彼にとっては恐らく、人間を、“消した”んだから。

見られれば始末する。それが暗黙の了解なのはわかっている。

でも、人を殺すことは絶対にしたくなかった。


「見てしまった以上、選択肢は2つ。私と来るか、“消える”か。さあ、どっちを選ぶ?」


「最初から選択肢一つだろ?お前は俺に何もするつもりはないわけだし」


彼はそう言って、事を承諾してくれた。


「そういうこと。というわけで、よろしくね?えっと………名前は?」


「桐人。高宮桐人」


平凡な響き。

それが、私は愛おしかった。


                    ■


「フェリッシュ?こちらリード」


例のアパートの管理人に連絡をとる。

ちなみにこれらはコードネーム。

フェリッシュこと姫島由利亜(ひめじまゆりあ)

そして私がリードだ。


『なんですか?リード。貴女からかけてくるなんて珍しいですね。明日は雪が降るんですか?』


……………わかるように、彼女はかなり性格が悪い。電話しない理由の一つだ。

もう一つはする必要性が感じられないから。


「相変わらずいい性格してるわ。あなた」


『貴女には負けますよ?』


「…………まあいいわ。あなたのポジション空けてくれない?」


『といいますと?』


「助手をとったのよ。だから近くにいる必要があるの」


少し、間がある。

しかし、意外にも深く追求はされなかった。


『わかりました。でも、なんで管理人なんです?住めばいいでしょう?』


「お金、ないのよ」


ここには来たばかりで、廃屋なんかで一夜なんて当たり前だ。


『じゃあ、今、リードは酷い体臭なんでしょうね。確かに私は近くの空間にいたくありません』


「なんで心読めるのよ!!」


『図星ですか?…………引く』


ストレスに押し潰されそうになる。

耐えろ。私。


「とにかく、よろしくね」


『わかりました。私は移動します。………助手、ですか。優しすぎますね。貴女は』


そう言って通話は終了。

彼女は情報が専門。ここ一帯の情報で知らないことは1割あるかどうかだろう。

このことはその1割にはいるわけだが、


「優しいのはどっちだか」


追求するわけでもなく、流してくれたのはきっと彼女なりの親愛なのだろう。

                

                ■


鍵を受け取り、4号室に侵入。


「へぇ、意外と綺麗ね」


というか物が少ないだけなのかもしれない。

奥のベッドに人が寝ている。

黒い髪、なかなか引き締まった身体、容貌はそこそこ。モテてそうな感じがしないでもない。


「昨日、あんなことがあったんだし、今日はサービスしてみようかな」

ベッドに腰掛け、耳の傍で囁いてみる。


「桐人…………」


彼は少しだけ目を開ける。しかしまだ覚醒はしていないようだ。

ワンモア。


「桐人………」

今度は少し色っぽく。

変化なし。サービス終了。

―――――――というわけで完全に覚醒したらしい桐人。

一人で朝食を摂ろうとしていたのを阻止して、

自分の分も作らせた。まあ、自分でも作れるんだけど。

その後、質問に答えてやった。

けど、途中で気付いてしまった。

私が憧れた平凡を、彼は、桐人は捨てようとしている。

他でもない、私を手伝うために。

彼なりにこの狂った世界を生き抜くために。


「あの鎌については?」


「あなたは話しても理解できないと思うから。ノーコメントよ」


戦わせてはいけない、そう思った。

この力を使えば、溺れてしまうに違いない。

いや、違う。

進んでこちらに来ようとするこの男が、憎かった。

だから、


「白と黒。この相対する色は何を表わしているでしょう?」


絶対に解けないであろう、課題を出した。

この世界は嫌だと、逃げたいと思わせようとして。

なのに、


「白と黒、か。わかった。待ってろ。速攻で解いてやる」


彼は諦めるどころかむしろ、希望を得たような顔になって、


「期待しないで待ってるわ」


この世界の醜さを知らないこの少年は、

無邪気に微笑みを浮かべた。

                    ■


俺の通っている沢神高校は、とにかく普通だ。

学力も、校風も、行事も。

ただ、今日から異常が発生した。


「今日から転校お世話になります、篠月楓です。皆さん、よろしくお願いします」


「…………………………はぁ」


男子が大喝采だ。

しょうがないと思う。あいつ、めっちゃくちゃ綺麗だしな。

性格が難ありだけど。

今日の朝、学校に行く時、ついてくるから変だとは思ったんだが。


「席は……後ろが空いてるな。そこに座りなさい」


都合良く、俺の隣に置かれる机。


「よろしくね?高宮君」


なんて微笑みやがるのだった。

楓の話では、「初対面だから」ということらしいから。

まあ、視線が集まるよな。

俺に憎悪の視線が。

すると、ナンパ小僧こと南原小蔵(なんばらしょうぞう)のお得意のナンパが始まる。実際は成功したことないけど。だから香織さんに振り向いてもらえないんだよ。


「楓ちゃん。今まで色んな人を見てきたけど、キミのような綺麗な人は初めてみたよ」


「そんなこと、ないですよ。(本当にこんなこと言う人っているのね)」


「どうだろう、お友達にならないかい?(キラーン)」


「はい、喜んで♪(イジりがいがありそうね。ラッキー♪)」


なんとなく裏が読めるのは気のせいか?

わかりやすい奴らだな。

小蔵は素だけどな、多分。

そんなこんなで昼。


「ねぇ!いっしょに食べない?」


「俺たちと食おうぜ」


「付き合ってください!!!」


やっぱり人気あるねぇ。一人、流されたけど。

俺は屋上で一人―――――といくわけもなく。


「桐人く~~~~ん!!!いっしょに食べよう?」


いじめか!!!初対面の設定はどうしたよ?

なんとなく俺、闇討ちされそうだな。

逃げられそうにないな。


「わかった。屋上でいいか?」


「いいよ」


そう言って微笑む。

ちくしょう、わかっててもやっぱ見とれるな。くそ。

憎悪の視線を全身に浴びながら屋上へ。

基本、屋上は俺以外使わない。

狭いのもあり、一人で食う場所という認識が固定されつつあるからだ。

そして、俺はほとんど一人。たまにプラス小蔵。

というわけで、2人きりだ。


「いや~疲れたわ」


被っていた仮面を剥ぎ取る。


「正直、本性を知っている身としては気持ち悪い限りだな」


「さっき、私に見とれてたでしょう?」


「…………………………少し」


「素直でよろしい」


なんとなく、疲れたという割には生き生きとしているような気がする。


「さて、次の死人はだれかしら?」


「なっなんだいきなり!」


「あの中ですでに2,3人。元はわからないけど」


俺の学校の中に死人?

その響きは酷く現実から遠く離れて聞こえた。


「大丈夫?顔、青いけど」


「大丈夫だ。」


今は彼女の助手なのだ。

今までの常識なんて通用しない。

覚悟は決めたはずだ。平凡は捨てた。


「で、どうするんだ?そいつ等を、その、“消す“のか?」


かつてのクラスメイトを消す。

俺にとってそれは殺しと同じことで、これからは避けられない道。


「そうね、改善が見られなければね」


「名前はわかるのか?」


「待って、今書いてあげる」


そこに書かれたのは3人の生徒。

その中に、見つけてしまった。


「嘘だろ…………!?」


橘香織(たちばなかおり)

親友の想い人の名前を。




「香織さん、今日いっしょに帰らない?」


「え、ええ!いいの!?だって高宮君には篠月さんとか南原くんとか帰る相手が沢山いるんじゃないの?」


正直、俺は人より少しばかりモてる。こんなやつのどこがいいんだか。

こうしている分には普通なんだけどな。本当に手遅れ直前なのか?


『原因を探りなさい。まだ間に合うかもしれない』


それが楓のことばだった。


「死人になんてさせるかってんだ」


「え、なに?」


「な、なんでもないよ。行こう」


小蔵には悪いことしたな。

というわけで質問タイムだ。


「最近さあ、なんか満たされないんだよね。そういうことってない?」


なんだこの質問。我ながらセンスの欠片も感じられない。

しかし、彼女は気にした様子もなく、


「はは、あるある。あたしって男運なくてさあ。いつもダメな男ばっかりでね?なんでこんなんばっかりなんだろうって」


「大変だな。ちなみに好きな人とかいたり?」


「男運ないって言ったばかりでしょ?って言いたいところだけど、実は、いるんだ。」


なんだ?雰囲気が、違うような。

これが当たりなのか?


「そのひとね、すごい優しいんだ。あと、面白いんだ。だからなにか辛いことがあっても

その人見ると吹っ飛んじゃうんだ」


そのとき、彼女の目が濁って見えた。

楓とは違う、淀んだ、黒。


「だからね、私、そのひとがすきなんだ。ほんとに、ほんとにほんとにすきなんだだってね?わたしがないてるときはなぐさめてくれたしわらわせてくれたしあとね……」


狂ったように彼女は愛を叫び続ける。

ホシイ、欲しい、彼がほしいと。

恐ろしい。怖い。

自分の身体に、昨日の記憶が語りかける。ただ一言。『お前は死にたいのか?』


「もういい!!」


ようやく身体が動く。


「あっ………ごめんなさい」


「いや、楽しかったよ、それじゃ」


そして、別れる。

走る、走る、走る。

手遅れだ。助からない。

俺には救えない………!!

俺はただ、それを認めたくなくて。

走る、走る、走る……………。 



「―――そう。お疲れ様」


アパートに戻ると、楓が迎えてくれた。

泣きそうになる。込み上げてきた嗚咽を噛み殺した。口内に血の味が広がる。


「なんとかして………救えないのか?」


「見たんでしょう。彼女の狂気を。ならわかったはずよ。自分には救えないって」


その通りだった。

自分には、なにもできない。

元に戻すことも、消してやることさえも。


「でも、なにか、なにかできないのか!?」


「思いあがらないで。今のあなたに出来ることは、せいぜい〈見る〉ことぐらい。全てを観測しなさい。全てを受け止めなさい。それが、私があなたに与える、助手としての仕事よ」


見る

それは、あのときのように、

隠れて見ていろと、

そういうことなのか。


「さあ、行くわよ。」


俺は何も言うことができなかった。

それは当然。

楓の言うことは、残酷なくらいに真実だったのだから。


外に繰り出す。


「フェリッシュ。橘香織の場所、わかる?」


『沢神高校周辺です。のたれ死んだりしないで下さいね。処理が面倒ですから。ご武運を』


「ありがと」


高校周辺に向かう

空には半分に割れた月が浮かんでいた。

まるで、無力な俺を嗤うかのように。


「止まって」


開幕の時間が迫る。

目前には、


「香織さん………」


「うふふふふふふっくうふふふひひひひひ…………!!!」


変わり果てた、

親友の想い人の姿があった。


「もう、完璧にイっちゃってるわね」


楓が宙に手を翳す。

月明かりを背景に〈黒〉が集結する。

それは、昨夜見た、あの大鎌の形。

気付けば、鎌は実体をもってここへ姿を現していた。

命の鼓動。

鎌はまるで生命を宿しているかのように輝いている。

戦いで血を吸いたいと

早く敵を蹂躙したいと。


「じゃあ、あなたはここで待ってなさい。いい?私がもし、殺されそうになったとしても、絶対にここにいなさい」


「わかった………」


俺の仕事は〈見る〉こと。

わかっている。悔しいが、俺が行って何ができるというのか。

楓は風のように走り出す。

真っ先に連想するのはかまいたち。

鎌はあっさりと死人の首に到達し、切断した。

はずだった。


「―――――――!!」


鎌が腕で止められている。


「ゥフフフフふふフひッアタし、シアワセなの。ダカら、」


腹部が盛りあがる。


「アナタモ死合わセにナって」


瞬間、腹を突き破って、

ごぼ、ぐしゃ。

周囲に(はらわた)を撒き散らし、現れたのは剣のような無数の牙。

喰らうべく、楓を襲う。

腹に空いた口。

そう表現するのが一番相応しい気がした。


「死人の夕食なんて冗談じゃないわ!!!このっ!」


重心を前に。鎌の柄を長めに持ち、牙の隙を薙ぐ。


「ヴぉアああアアいいいいイイいイだイイだい痛いダィイイイいい!!!!!!」


死人の腕が飛ぶ。血しぶきが鎌を彩る。

黒い天使が舞う。


「次っ!!!」


続いて足を払う。


「シニタクナイシニタクナイシニタクナイ!!!!!」


牙が襲う、襲う襲う襲う。

しかし、当たらない。

(ことごと)く避けられ、弾かれ、

最後にはその牙さえも、鎌によって打ち砕かれた。


「そんな単調な攻撃が当たるとでも?」


不敵に笑う。


「すげぇ………」


気付けば俺はこの異常な戦いの(とりこ)となっていた。

そして、彼女の隣で戦いたい、認められたいと思った。

敵として、

かつてのクラスメイトの、

親友の想い人の姿が、あるというのに。

終幕。

鮮やかに、凄惨に、残酷に。

迷わず楓は終わりを告げる。


「さようなら、醜い黒。迷わず逝きなさい」


「――――――――南原ぐン」


死人は、香織さんは親友の名を呼んだ。

一気に現実に戻される。人間としての感情が、

なだれ込んでくる。


「まってくれえええぇぇぇ!!!!!!」


走り出す。

まだ、戻れるのかもしれない。

そう、希望を抱きながら。

しかし、

そこには、楓以外、存在していなかった。


「出てくるなって、言ったわよね」


「で、でも」


「まだ間に合う、そう思ったんでしょう?」


まるで、初めからわかっていたかのように、彼女は言う。


「今日、あなたに戦いを見せたのはわからせるためよ。実際、わかったでしょう?」


つまりは、俺はこの世界において無力だと。

そう言いたいわけだ。


「じゃあ、俺は何をすればいい?〈見〉てるだけでいいって?無力なのはいらないって、

邪魔だって言いたいわけか?」


「そうは言っていないわ。時が来るまで、この世界を知りなさいって言ってるのよ」


「………………」


「冷静になって。焦らないで。そしていつかは―――」


――私の隣であなたの戦いを見せて

今にも泣きそうな、そんな顔で。


「わかったよ。………待っててくれ」


「当たり前でしょう。いくらでも待ってあげる。――――っと仕事も終わったし、速攻で帰っ

て晩御飯!作るのは任せたわ!!」


「はいはい」


俺には今は何もできない。

でも、

彼女の日常を盛り上げてやることぐらいできるんじゃないか?


「そうだ、ゆっくり行こう。」


今日の月夜は、いつもより明るい。


才能の欠片もなく書かせていただいています。

間藤ヤスヒラです。

読んでいただけること、とても光栄です。

ダークファンタジーとして書いているこの物語ですが、

ファンタジー?って感じですね。

自分としては限りなくダーク。

それでいて、ちょいとコメディという比率を保ちつつ行こうと思っています。

感想など、お待ちしております。

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