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第9話 黒の協会

 黒の双塔。協会というには無理がある。しかし、協会。名を『黒の協会』。

 思い出すだけで歓喜する。狂喜する。それはおぞましい、人を人から外れさせる、始まりの塔。

 一つの塔に六人ずつ割り振られた子供たち。髪の色や瞳の色、年齢もそれぞれ違う、色々な国の子供たち。そしてそれらを支配する存在。それが教官、高宮だった。

  子供たちは一から十二までの番号で呼ばれた。

毎日配給される食糧をめぐる、当たり前のように行われる争い。そこに年相応の生活は許されていない。 疑い、傷つけ、そうして強くなる。賢くなる。生きるために。


「今日は総取りだ。最後まで残った者が食糧を得られる。塔を出なければ何でもあり。今回は味方がいない。気を引き締めて行くことだ」


「「はい」」


 食糧の争奪。ここではこれが当たり前だ。

 負けたものは食べることが出来ない。それが続くと、争いに勝ち抜く事が難しくなる。だから皆、必死になる。

 戦いの条件は毎日変わる。塔同士で争う、一つの塔のなかで争う、また、今日のように全員でなど。

しかし、全員が食糧を得られる日はない。

それでは争う理由がないからだ。


「四号、こちらに来い」


「何でしょう」


 オレを呼ぶ高宮の目は笑っている。見下すように、蔑むように。高宮はこの協会では神と同じような存在。オレたちは彼に逆らうことは出来ない。逆らえば命はない。


「四号、お前、昨日一人殺しそうになったそうだな」


「はい」


「そうか………くく、それでいい。褒めてやる。お前に遠慮が消えてきた証拠だからな」


 高宮はオレの頭に手をのせる。撫でるというには乱暴すぎる動きでオレの髪を乱す。正直、不愉快だった。

 周りから視線を感じる。オレ以外の子供たち。うらやむような、憎むような、嫉妬の籠もった濁った瞳。

 何故、そんな感情を抱くのか、わからなかった。

 この男は決して家族ではない。オレたちが争うのを見て笑い、出来の悪い者を嬲る。

 正に悪魔そのものだ。醜い人間だ。いつか殺してやる。オレは常々そう思っている。


「ふふ、それでは――――闘争を開始せよ」


 一斉に散る。子供とは思えない機敏さで隠れる。

 武器は塔の中に隠されている。場所は未定。見つかるかどうかは運の善し悪し。最悪、素手での戦いが強いられる。それは仕方のないこと。そう納得するしかない。

 塔は上に広い。よって、上で待ち構えるか、下から攻めるかが基本となって来るわけだが。


「ふふ、お前は動かないのか」


「別に、動く必要もありませんから」


「ああ、そうだ。今日、お前にサプライズがある」


「…………どういうことでしょう?」


「時が来ればわかる。きっと気に入るだろう……くく」


高宮の態度を怪訝に思いつつ、オレは行動を開始する。散って行った仲間たちを追って、歩きはじめる。

 確か鬼ごっこという遊びがあった。鬼を一人決め、それからその他が逃げる。正にそれではないだろうか。

 逃げているわけではない。しかし、逃げているように見える。オレから、逃げて行く。

 笑みが浮かぶ。気分の高揚を感じる。何者にでもなく、言葉を呟く。

――――――さあ、ゴミ掃除の時間だ。


                               ■


 一つ目の塔。オレが生活している方の、よく見知った塔。

 武器を探そうとは思わない。この戦いの勝利条件は、殺さずに相手を倒すこと。つまり、戦意を喪失させる、意識を狩る、動けなくなるまで身体を痛めつける。

 その三つ。意識を狩るのに武器は必要ない。少なくとも自分は。

 武器を持つことは油断を生む。自己が武装しているという安心。

この死地をくぐり抜けてきた相手にそれはない?自分たちが子供だということを忘れてはいけない。少なくとも、恐れがある。恐れには安心が付きまとう。油断が付きまとう。


「殺気は消せるみたいだからな……一人目」

 

 二つの部屋が並ぶ、短い廊下。その最奥に立つ、槍を持った少年。目に感情はない。ただ、オレを再起不能にすることだけを考えている。

 しかし、それだけでは強いとは言えない。


「早めに降参した方がいいぞ」


「誰に言ってる、六号。オレは前回生き残ったんだぞ?」


「その油断が命取りになること、教えてやる」


  言われるまでもなく、油断などしていない。

六号が踏み込む。一瞬で槍の間合いだ。流石というしかない。六号は素早くオレの胴を突きに来る。狭い廊下ではかわせる場所も限られる。一度かわしても、次が来る

だが――――それがどうしたのか。


「………なんでっ!?」


「どうした、六号。動けないのか?」


 笑みがこぼれる。六号がおびえているのが気持ちいい。サディスティックな気分の高揚。

六号が驚くのも無理はない。オレは今、槍を二本の指で押さえている。だというのに、槍が動く気配はまるでない。

 オレが掴んでいるのは槍の先端。ギリギリで刃に触れない位置。


「純粋な力比べだ。ほら、どうしたっ!」


「ぐぶっ」


 槍を押し込み隙をつくり、槍ごと壁に蹴り飛ばす。間髪いれずに鳩尾に蹴りを一発。

 槍を取り上げ、六号の頭を壁に押し付ける。


「残念だったな。お前、一抜けだ」


「なっ、や、嫌だ!そんなぁっ!」


「嫌も何も、本当に残念としか言えないんだけどな」


 頭を壁に思いっきり二回打ち付ける。

 すると、びくん、と一度動いてしん、と静かになる。だらりと腕が垂れ下がり、一見死んでいるようにも見える。目をこじ開け、死んでいないことを確認。


「さて、一人目終了だな」


 ついでなので、槍を回収して行く。投擲に使えるかもしれない。

 軽い足取りで塔の階段を上る。

 塔の階数は六階。六人は無事に入ることが出来る。まあ、保障出来る者はいないわけだが。

 オレも当初、というと五歳くらいになるが、やはり皆に合わせて部屋で待ち伏せをするのが最も有利だと考えていた。

 しかし、十歳になった今、考え方は変わる。隠れるということは動かないということ。常に動いていなければ身体は固まり、動きは鈍くなる。

 待ち伏せしているはずが、逆に待ち伏せされるなんていうのはよくある話だ。それで散々オレはやられ続けた。これが最善なのだと信じ続けて。

 しかし、徐々に馬鹿らしくなる。これならば、自分が出向いた方が効率がいいと学習する。


「二人目」


 二階、二つの部屋。そのうちの扉の一つが少しだけ開いている。見え透いた誘いだ。

 あえてその誘いに乗る。大体の展開は読める。長年の戦闘で使い古された戦術だ。待ち受けているとすれば部屋の中か………。


「もしくは隣の部屋とかな」


「――――ふっ」


 予想通りの方向からナイフが突き出す。その手を掴み、ひじの辺りに腕を当て、相手の腕を折りにかかる―――しかし、相手も伊達に場数を踏んでいない。身体をひねるようにしてオレの拘束を振り払う。

 相手はオレから数歩幅を取る。すると、廊下の薄暗い電灯でその顔が明らかになる。

 オレと同じ、黒い髪を持つ男子。ナイフは低めに構え、油断なくオレを睨みつけている。


「八号か。もう三日は飯食ってないよな。だからか、必死すぎて動きにむらがあるぞ?」


「………黙れ」


 未だ声変りしていないはずの声は擦り切れたように低く、しわがれていた。 目はうつろで、そこにはオレが映っているのかどうか。

 酷い有り様だとは思うが、同情などしない。オレだって日々の生活が危ういのだ。


「手取り早く済ませよう。悪いけど手加減は出来ない」


「……………シネ」


 獣の如く跳躍する八号。バックステップの間際、先ほど拾っておいた槍を投げる。

 八号はそれをかわし、更に追撃してくる。ナイフがオレの鼻先に到達する。

―――――――――馬鹿め。


「え――うごっ」


 バック転で回避しながらの蹴り上げ。狙い通り、蹴りは八号の顎にちょうどつま先が当たる形でヒットした。八号がひるむ。

 間髪をいれずに突進。顔面を殴ると共にひじ打ちを漏らさずに当てる。

 鈍い音がして八号の身体がゆれる。カラン、と音を立ててナイフが滑り落ちる。

 そして、小さな八号の身体がオレの目の前で崩れ落ちた。一応、生死を確認する―――生存。


「二人目、終了」


 特に何を感じるわけでもなく八号の身体を見下ろし、その横に落ちている二十センチほどのナイフを拾う。

 オレが一人目の相手だったらしく、刀身はまだ血を吸っていなかった。

 そこまで確認して次の階へ上ろうとした時、

 

――――うあああ………!

 

塔を響き渡る悲鳴が耳に入る。どうやら上の階でも戦闘が起こり始めたようだ。

このまま敵が減るのを待つのも手だが、戦闘しているところをまとめて一掃するという手も……。

しかし、と手元のナイフを見る。

二人であれば素手でも余裕を持って組みふせることが出来るだろうが、三人以上になると少し心もとない。見失って不意打ち、なんてやられ方は情けなさすぎる。


「手の内がばれてるのはオレも同じ、か」


実力にはほとんど差がない。今までは食糧不足で弱っていたのもあり、かなり楽だったが、これからの相手には小細工も何も通用しない。

しばらく壁を背にして考えを巡らせていると………声が止んだ。

叫び声が聞こえてから三分も経っていない。今までの戦闘もこれくらいの速さ、ということは上のヤツはオレと同程度かそれ以上か。

カツ、カツ………。

足音が聞こえる。塔のコンクリの床を靴が叩く音。警戒するでもなく、無造作に近づいてくる足音。

ナイフを弄びながらその敵を待つ。

階段から得物らしき刃が覗く。刀だ。その持ち主は燃えるような紅の髪を持つ男。

見覚えがある。そう、コイツは前回………。


「もう起き上がれるなんてさすがだな、三号。あれから何時間も経っていないのに」


「当たり前だよ。そこらの雑魚共と一緒にしてもらっちゃあ困る。僕は優秀だからね」


 三号の刀の先がオレの喉元を捉える。刀の長さは一メートルほど。三号ならば弱っている力でも十分に扱える代物だ。

 彼が優秀なのはよく知っている。長年やり合ってきた敵の中で、コイツは一番骨がある。だから、前回は手加減が出来なかった。殺す寸前まで、三号は殺意を失わなかった。

 

「それじゃあ、始めようか!」


 接近。既に刀の間合い。しかし、刀を振らせるほど、オレもお人好しではない。

 ナイフを逆手に持ち、三号の腕を切りつける。前回、飽きるほど見た三号の鮮やかな血液が中を舞う。同時に顎へひじ打ちを打ち込む――がそれはかわされる。


「………っつ、舐めるな!」


「っと」


 刀の刃が腹を掠める。少し、危なかった。三号はオレを殺しに来ている。もちろん、オレもそのつもりだ。

 しかし、殺せばペナルティーがある。殺す気で、殺さない程度にというなんとも矛盾した条件で戦わなければ、ベストは得られない。

 両者が本気で勝ちに来るのだから、この条件は難しい。

 三号と間合いを取る。三号に疲れは見えない。上の階では余裕を持っての勝利を収めたのだろう。それはオレも変わらないが。しかし。


「三号、焦ってるな」


「僕が?あり得ないよ。あるとすれば……四号、君への憎悪だ」


 じりじりと距離を詰める。極度の緊張感は空気すら重くする。

 三号の憎しみの籠もった目。オレがつけた首の切り傷。首には未だに包帯が巻かれたままだ。

―――――静寂は三号によって破られた。


「今度はお前が死に際に行く番だ!」


「それはないと思うぞ」


 刀の突きをすれすれでかわし、腕で巻き込み、固定する。


「そういえば、こういうことも出来る、ぞ!」

 

 そのまま身体をひねり、刀身を破壊する。三号の顔に驚愕の色が広がる。


「ちぃっ、まだ終わってない!」


「いや、終わりだな」


 突進してきた三号を壁に叩きつけ、首を絞める。抑える場所は頸動脈。意識を飛ばすにはもってこいの方法だ。抵抗は免れられないかもしれないが、昨日の怪我もあることから有効な手だろう。


「………、…あ、………く、そぉ」


「残念。またオレの勝ちだ」


 オレの首を絞めようと三号が手を伸ばしてくるが、届いたところで意識が消える。パタリ、と三号の腕が床へ落ちる。決着したようだ。


「三人目…………っつぅ!?」


「は、はは、馬鹿が……」


 三号の腕。握られたナイフ。それは先ほどオレが投げつけたもの。それが深々とオレの右足のふくらはぎに突き刺さっている。

 三号の最後の抵抗だった。完全に無防備になっていたオレには、その攻撃をかわすことはおろか、反応することすらできなかった。

 そのまま、三号は気を失った。


「……何が起こるか、わかったものじゃないな」


 冷静に考える。このまま抜いてしまえば出血で体力を失うのは目に見えている。止血出来れば話は別だが………まあ、出来ないこともないか。

 ナイフを拾い、服の袖を引き裂く。この塔で支給されている堅い生地の服だ。少し結ぶのには力がいるかもしれない。その点では足が刺されていて良かった。不幸中の幸いというやつか。


「………くそ、少し緩いな。これじゃあ止血になるかどうか」


 しかし、そうも言っていられない。オレが倒したのはたったの三人。コイツが倒した分を含めると恐らく四、五人がいいところ。

 上を見てくるのが手取り早いが……正直、余計な体力を使いたくない。隣の塔での戦闘に備えたい。

 そういえば、高宮が言っていたサプライズ。あれも気になる。ヤツの言うことだ、いい方向に働くモノである保証はゼロに等しい。

 オレに打ち明けたということはオレに関与する何か、もしくはオレを含め全員に関与する何か。

 いずれにせよ、ここで黙っていても仕方がない。

 ナイフを腰のベルトに隠すように差す。ごつごつとした感触が布越しに伝わる。


「さて、四人目はどうなるか………」


 耳を澄ませるが、誰かがいるような音はしない。息をひそめている可能性はあるが、迎撃することは出来る。そのまま階段を下りる。

 ふくらはぎが熱い。やはり完全に止血は出来ていないようで、少しずつ足を血が伝う。

 意識はまだ鮮明だ。動けるだけ動かなければ………!


「……………?」


 一階へ下りて来たとき、目の前に広がる光景に違和感を覚える。

――――六号の姿が、ない。

 まだ意識が残っていたのか?いや、そんなはずはない。完全に意識は奪ったはずだ。この目でしかと確認した。ならば何故、ここに六号の姿がない?

 辺りには誰もいない。静かだ。しかし、その静かさが怪しい。静かすぎる、ような気がする。まるで、もう全てが終わってしまったかのような………まさか。


「既に戦いが終わろうとしているのか……まだ三十分も経っていないハズだが」


 この建物にはいくつもの監視カメラが取り付けられている。戦闘が終わったのを確認するためだ。

 残り三人以下になった時点で倒れたヤツ等は回収される。つまり、六号は既に回収されたと考えるのが自然か……。

 

「これがサプライズ、なのか?」


 残り三人以下。オレを抜いて最低二人。傷を負ったオレからすればありがたいの一言に尽きるが。

 最終決戦だ。これで食糧の行方が決まる。オレは昨日も腹にものを入れているからそこまで必死ではないが、取れるものは取っておきたい。

 一応周囲を警戒しつつ、次の塔へ向かう。

 徐々に塔を繋ぐ廊下が見えてくる。塔の内部の中でも最も明るい場所だ。

 見えたところで、オレの足は止まった。見てしまったのだ。廊下に向かうオレの視界の端に映る者。それは十二人の一人。十号。

 

十号には、手足がなかった。


「…………これは、どういう」


 知らず声が震えた。殺すなという命令で安心していたのか。そうだ。殺すなとは言われたが、それは‘生命活動を止めるな’という意味。人として活動出来なくなるような、事実上、死と同義であろうこの状態でも、許容される。

 十号の身体からは血が流れている。このままでは死ぬ。いや、既に死んでいるかもしれないが。

 どちらにせよ、構っている余裕はない。たった今、なくなった。


「サプライズ、ね」


 ゆっくり、ゆっくり廊下を渡る。右手はナイフに添えられている。足をやられているのが悔やまれる。あれだけの事をやるヤツが、あの中に隠れていたのだろうか。オレが気付かなかっただけ?

 ――――あるいは、高宮が何かしたのか。

 廊下を渡り終え、辺りを見回す。


「これは、酷いな………」


 壁中に散りばめられた赤い斑点。濃厚な血の匂い。そして、十号のものと思しき右腕。

 地獄絵図。同じ人間がやったことのようには思えなかった。呆然と立ち尽くす。


ぺた。


「………誰だ」


ぺた、ぺた。


 足音は絶えず続く。廊下の奥だ。階段の方から聞こえる。

 しばらくして、もう一つ別の音も聞こえてくる。


ぺた、ぺた、ずり、ぺた、ずり、ぺた、ぺた。


 何かを引きずっている音。もしかすると、相手は怪我を負っているのか?ならばオレと同じ条件だが。ここまでやるヤツに怪我……それは甘い考えか。

 しかし、そう思っている反面、そうであってくれと願う自分もいたことは確かだった。

 ここに来て、オレは恐怖を感じていたのだ。

 階段から覗く。

 金の髪がゆれる。ボロボロな服からは血に濡れた雪のような白い肌。手には誰かの足を持っている。引きずったような音の原因はきっとこれだ。

 顔が見える。目線が交差する。それは――――――。


「…………え」


 気付かぬうちに接近する。反応すら出来なかった。そのまま、腹に鈍い衝撃。殴られたことを理解するのに数刻かかった。

 視界が滲む。意識の薄れからか、痛みから流れた涙か。

 そんなことはどうでもいい。オレの心は一つの事で占められていた。

 オレの記憶はしっかりと焼き付けていた。金髪に隠れた、敵の素顔。


 見とれるほど美しい、無情の化身を。


                              ■


 目覚めたのはいつもと同じ、粗末なベッドに埃っぽい布団。食事はない。毎日死なない程度に水は普及されるが、本当に必要最低限なので腹の足しにもならない。

 しかし、そんなわずかな水でも、埃を吸い込み、ざらざらとした口腔内を潤すには十分なもので、絶対に必要なものだった。

 そして、今日もその例に漏れることなく。わずかに配られた水を口に含み、埃と共に飲み下す。そうすることで、ようやくまともに空気を吸うことが出来た気がした。


「―――あ、――、ああ」


 かすれた声が喉から漏れる。息を吐くたびに足が痛む。それだけではなく、腹部にも鈍い、打撲の後のような痛みがある。

 腰には回収され忘れたらしいナイフが刺さっていた。


「………そうか、負けたんだな」

 

記憶が少しずつ鮮明になっていく。手足をもがれた十号に、血塗られた金髪の……。


「そういえば、あいつは男だったのか?」


 記憶の中に残っているのは曖昧ながら、かなりの美貌を持っていた事だけは覚えている。

 手足をもぐほどの腕力を持っているのなら男か?しかし、あれを素手でやったというのは早計かもしれない。それならば女……?

 そこまで考えて、一つの疑問が浮かぶ。

 彼女か彼かはともかく、ヤツは十二人(、、、)の(、)誰(、、)でも(、、)なかった(、、、、)。

 つまり、十三人目。それが高宮の言うところの、サプライズというやつだったわけだ。

 オレをはるかに上回る力と非情。それを見せつけられた。確かに、高宮の目論見は成功したように思える。

 驚いた。圧倒的な存在感に身体が動かなかった。今思い出すだけで手の震えが止まらない。

 ああ、なんて。


「殺しがいのある奴なんだろう………!」


 口を閉ざしても笑いが抑えられない。感情の高ぶりは最高潮に達している。

 次元の違う敵。それを打倒した時、オレはどうなるのだろう?

 オレにはもうヤツ以外の敵は見えないだろう。これからの戦闘は、恐らく。

 どうすれば勝てるのか――――そう考え始めたところで高宮の使用人がオレを呼びに来た。いつも通り、何を考えているのかわからない不気味な笑顔を浮かべている。

 高宮は彼らを人として見ていない。恐らく犬と同じ程度にでも考えていることだろう。

 後ろを黙ってついて歩く。

 しばらくすると、少しずつ他のヤツ等の顔が見え始める。しかし、少ない。


「………他のヤツは今日出てくるのか?」


「……………」


 使用人は不気味な笑みを浮かべたままオレの顔を見返すだけで、そこからは何も知り得ることはなかった。

 高宮の話では主の命令以外では喋らないように教育されているらしい。本当にその通りだった。一体、どんな事をされたのか。オレたちのように、お互いで戦わされた?こんな惨めな人形になるまで?

そう考えるとぞっとする―――――というのは随分前の話。 

今までこの塔で殴り合って、傷つけ合ってきた中で、オレの中に芽生えたのは反抗心。服従などしてやるものか。いつかヤツの首根を掻き切ってやろうと。

 同時にそれはこの生活が終わることを意味している。支配者である高宮がいなくなり、オレたちは自由になる。どこかで聞いたことのある、普通の暮らしに。

オレたちのように殺し合いのない、普通の暮らしに。

―――――――――なんとも、つまらない話だ。

 実のところ、高宮を殺すならいつでも出来る。ヤツもそれなりの手錬れであることはわかるが、神ではない。急所を突けば倒れるし、絶命もするだろう。そう、いつでも出来るのだ。なら、何故そうしないのか。

 つまり、オレは今の生活に満足している。

 支配されることに鬱陶しさを感じつつ、こうして厳しい状況の中で戦うという行為は、楽しかったのだ。それが生きがいになっていたといってもいい。

 そんなヤツが外の平和な世の中で生きていけるとも思えない。結局、ここでの生活がオレには合っているのかもしれない。

 戦いこそがオレをここに引きとめる。そして、今回の高宮からオレへのサプライズ。

 確実にヤツはそのことに気付いている。


「…………おい、使用人」


「…………………がっ!?」


 ナイフで使用人の背を突き刺す。そして、刃先をぐりぐりねじ込む。傷口から鮮血があふれ出る。彼の着ているスーツが濃い赤に染まっていく。


「ほら、回収し忘れだ………駄犬」


「……………くっ!」


 使用人の口から声が漏れる。

 そして、確かに怒りの表情が浮かぶ。

――――――――調子に乗るな。

 使用人の表情からはそう読み取れた。

もし、これがコイツ等の本性だというのなら、オレは認識を改めなければならない。

 

「いいのか?そんな表情を浮かべて。もうすぐで高宮の前じゃないか」


 使用人はオレを睨んだままで息をつくと――仮面を取りつけたように再び顔に笑顔が浮かぶ。

 大したものだ。素直に感心できる。

 そのまま、ひらけた場所に出る。いつも通りの光景。ただ、今日は少しばかり人数が足りない。そして、高宮の横にいる、金の髪を持つ者。何故かフードをかぶっていてその顔はうかがえない。


「おお、来たか四号。早くこちらへ並べ」


 高宮はオレの前を歩いていた血にまみれた使用人には目もくれず、オレを呼び寄せる。顔には嬉しそうに笑みを浮かべている。

 オレが定位置に着くと、横の金髪に手を置く。


「まず、初めに伝えよう。七号、十号、十二号の三名。彼らは戦死した」


 ざわっ

 空気が揺らぐ。あの光景を見た後では、戦死という二文字の言葉はあまりにも軽い。オレはあれほどの惨状を知らない。

 そして、それを作り出した本人がオレたちの目の前にいるのだから、オレとしては落ち着かない。オレ以外にヤツを見た者はいるのだろうか。


「すまないな、許してやってくれ。コイツはまだここに来て間もないのでな。ここでの勝手をわかっていないのだ」


 そう言ってまた金髪を撫でる。皆、怪訝な目でその光景を見ている。

 それにしても、人を殺したことを許してくれ、か。人を殺すと法とやらで裁かれるのが社会のルールと聞いていたような気もするが、ここではお構いなしということか。

 まあ、ここでの生活ではそう聞かされても違和感はない。


「それで、そいつは誰です?」


「三号、何をそんなに怒っている?」


「仮にも、僕たちは一緒に暮らしてきましたから。それに、ここでのルールを破ったそいつを許す、というのも納得がいきません」


「…………それで、四号はどう思う?」


 三号の発言は聞こうともしない。オレが殺しかけた、つまり一度死にかけた者の言葉の戯言、ということか。ひどい扱いだ。


「どうもこうも。問題は、そいつが問答無用で殺しに来るのに対し、オレたちが手加減しなければならないのはフェアではないと思いますが」


「それは当然だな」


 高宮は半笑いで答える。

 そして、とうとうヤツのフードがとれる。金の髪がこぼれ、現れたのは一人の少女。


「女、だったのか」


 女、という生き物はこの塔に二人いる。一人は一号。もう一人は十二号、つまり、死んだ。

 見てきた数は少ない。しかし、それでも言わせてもらうのなら、目の前の少女は美しかった。

 

「彼女は新しくここに入った。十三号だ」


「十二人以外に新しい……それはどういう?」


「それは今から説明しよう」


 ぱんっ、と高宮が一つ手を叩くと使用人二人がワゴンを押して現れる。ワゴンの上には布がかけられた何かが載っていた。こんもりと盛り上がった大きな、もしくは大量のもの。

 それがオレたちの目の前に止まり、布が取られる。


「――――――っ!」


 誰かが息を呑む。無理もない。現れたのは大量の食糧。オレたちが一度に口に出来る量の何倍もの量。それが、目の前にある。


「これは……なんなんですか」


「一号、これは俺からのプレゼントだ。ここにいる、全員へ」


「これ、全てをですか………なんで」


「そんなことはいいだろう。とにかく、食べたまえ。目の前の幸福を掴まないでどうする」


 さあ、とワゴンがオレたちの前に押し出される。

 皆、躊躇いながらもそれぞれ食料を手に取る。次第に争うように食料を奪い合う。大量の食糧はそれでも減っているような気はしなかった。


「四号、どうした。食べなくていいのか」


「…………いえ、食べます」


 オレもその争いの中に紛れる。我先にと押し込むようにして食べる者たちは子供といえど凄まじい力だ。欲望に忠実になっているときほど、人間は強い。

 食料は何でもあった。肉も魚も野菜も果物も。一日あっても食いきれないほどの。

 高宮は無駄な事をしない。水だって出し惜しみするくらいだ。それがここに来て不自然なまでの食料提供。

 これは何かがある。そう、彼は無駄な事をしないのだ。


「四号、どう思う?」


 三号が食糧を口に入れつつオレの横に位置取る。オレとて同じく疑問だ。


「食っておけ。これから何かある。大量に食わなきゃならない何かが」


 三号も同意見だったらしく、首を縦にふると再び食料を取りに戻る。

 オレも手に持ったリンゴにかぶりつく。蜜が詰まっており、口の中に爽やかな甘さと酸味が広がる。今まで食べてきたものよりも上質なものだ。これら全てがそうなのだろう。

 とにかく、食べる。腹が許容する限りの食料を。

 しかし、少しだけの食料に胃が慣れてしまっているせいか、あまり大量には入らない。それが歯がゆい。

 オレたちが貪る様子を高宮はただにやにやと見ている。その横で金髪の少女が無表情で立っている。

 

「よし、そろそろいいだろう」


 オレたちが食べ始めて一時間程度。全員の胃が満たされ、一時の幸福感を味わっていた時、高宮がぽつりと呟く。

 それはオレが待っていたものであり、他の者の望んでいなかったもの。あってほしくなかった言葉。

 高宮は十三号を一瞥し、告げる。


「これから、闘争を開始する。しかし、彼女はまだここに馴染んでいなくてな。ここはお前らが彼女に合わせるということにしようじゃないか」


「それは………まさか」


 一号の顔が引きつり、責めるように高宮に問う。高宮はそれを満足そうに見て、堂々と告げた。


「そうだ、一号。殺し合いをしろ。ただし、彼女一人とお前ら全員が、だ」


 昨日の光景が思い出される。手足のない十号。つまり、あれはオレたちの末路かもしれないということ。彼女があれで手加減をしたというのなら、あの程度でも済まないのかもしれない。

 それを一対九――――これは一見有利なようで不利だ。統率者がいない。

 敵の素情だけでも聞いておきたいところだが。


「そいつの詳細は教えてもらえないんですか?」


「おお、そうだったな。彼女は人造人間だ。個体名称はハートレス。お前たち人間よりも戦いというものに特化した生き物だ」


「人造人間………何故自分たちは彼女と戦わなければいけないのでしょう」


「愚問だな、四号」


 ああ、知っているさ。何故なんてわかりきったこと。


「俺がそれを望んでいるからだ」


                              ■

 殺し合い開始から一週間が経った。今まで殺すということをしなかったオレたちは弱く、十三号は強かった。

 戦いが終わった後は盛大な食事。それがなければ逃げ出してしまいたいほどの惨状だっただろう。

 一方的な虐殺。何を思ったのか、十三号は一日に一人というペースで仲間を殺していった。最後の一日だけは、殺せなかったようだが。

  残ったのは、オレと一号と三号。女である一号はオレたちと変わらず、ヤツとの戦いを乗り切っていた。

 少数となったオレたちは相部屋にされ、かつての敵、そして数少ない味方という落ち着かない相手と共に夜を過ごすこととなった。


「僕たち、どうなるのかな」


「生きる、でしょ。食料は十分にあるんだし、きっと大丈夫」


「はは、そうかな。確かに、殺し合いなんてそう長く続くものでもないか……」


 一号と三号は打ち解けていた。擦り切れた精神のせいか、あり得ない希望を抱きながら夜を過ごしている。何やら、好意を寄せあっているような気配もある。

 ぬるい。これでは持って明日一日がいいところだ。

 十三号は化物だった。見た目は少女の細腕だが、その腕一本で仲間を投げ飛ばし、腕をもぎ、胴を貫いた。こちらからの攻撃は空を切るばかり。十三号は予知しているかのような動きで翻弄する。不意を突こうと死角から狙っても反応される。

 戦い方はわかってきたものの、勝てる見込みはない。

 二人は十二人の中で割と優秀な方だと記憶しているが、この状況下で思考判断力が鈍っている。人数は減る一方。何か打開策は、と考える日々が続く。

 このままでは、死を待つばかり。


「なあ、四号。どうにかならないかな」


「さあな」


 狭い部屋だ。嫌でも二人が目に入る。弱気になっているのか、オレに話しかけてくる時は決まって生き残れるのか、という話だった。オレにわかるわけがないのに。

 寝床を立ち、廊下に出る。


「おい!何処行くんだよ」


「何処でもいいだろう。考え事だ」


 三号の声を遮るように乱暴に扉を閉めると、薄暗い明りに照らされた廊下と静寂が広がる。

 どこに行くわけでもなく、歩く。何もせずに留まっているのは無性に嫌だった。

 この塔は外に繋がる道がない。空気穴、と呼べるものと空には繋がっているらしいが、オレは見たことがない。

 外で見たことがあるとすれば、月。おぼろげではあるが、丸く、美しく輝いていた。

 出来れば、もう一度見てみたい。それは思う。

―――――――――ちりん。

 突如、廊下に妙な音が響く。聞いたことのない音色。不思議と興味がそそられる。


「やあ、人の子よ」


 低く、しわがれた声。人がいるような気配はない。そもそも、声のする位置はオレの足元からだった。

 はっと足元を見下ろすと、黒い影。そこにいたのは……実際目にしたことはないが、猫という生き物だったか。毛色は黒い。


「オレはよく知らされてはいないんだが、猫というのは喋る生き物だったか?」


「喋らん。当たり前のことを聞くな」


「生憎、オレたちには当たり前じゃないんだ」


「ああ、そういえばそうだ。忘れていたわ」


 くく、と低い声で猫は笑う。人以外と話すのはなんとも奇妙な感じだった。


「まあ座れ、人の子。お前は中々いい目をしている」


「それはどうも。オレは一人になりたいんだがな」


「そういうな。俺から思わぬ情報が聞けるかもしれないだろう」


 猫の金色の目がオレを見つめる。あの時の月を思い出させる。暗い空間に浮かぶ輝き。

 それに魅せられてしまったのだろうか。オレは気付けば猫の横に腰をおろしていた。


「情報なんて、本当に知ってるのか?」


「お前を引きとめるための口実かもな」


「別にそれでも構わないけどな。引っかかったのはオレだ」


「くく、面白いやつだな………お前は諦めていない。だから話があったのだよ」


「…………なんだ、諦めろとでも?」


「そんな面白みのないこと言うかたわけ。あがいているお前に、俺からの助言だ」


 猫に助言……自分の常識は外では通用しないと思う。だから、この生物とも割と普通に話せているわけだが、さすがに人外にこの人生の大半とも言える戦闘についての知識を教えられるというのは癪だった。


「遠慮する。猫に何が言える」


「では、人の子よ。人のお前に何が出来る」


 確かに、何の考えも浮かんでいないのは確かだ。


「落ち着け。俺の存在を容認出来るんだ、話を聞くぐらいしてくれてもいいだろう?」


「…………わかった」


 猫の話はまず、外の事から始まった。知識として知っていることや、初めて聞く単語。信じられない現象があることや、深く、広い海の上にこの塔はあるのだということ。

 不思議と猫の話を止める気にはならなかった。むしろ聞き入った。終わるのを惜しむほどに。


「じゃあ、月というのは形が変わるわけではないのか」


「そうだ。物体が欠けているわけではない。形は変わらない。月はあるがままの姿を見せている」


「そういうものか」


「ああ、だが、そうではない時もある。これは一般常識ではないが」


「それというのは?」


「その話をするにあたって、話しておきたいことがある。神と、悪魔についてだ」


「神……あの信仰崇拝の対象となるものの事か?悪魔にしても、どちらも偶像のものだと聞いている」


「それも間違っていないが、俺が今から話すのは別のものだ」


 猫は冷たい地面からオレの膝へと座る位置を変えた。ふかふかとした体毛と生きている温もり。ももに載ったその身体は確かな重みがあった。


「それでは、話すとしよう――――まず、神について。神はこの世界の外側にいる者の事だ。この塔の外の更に外の事だな。次元すら違うその世界にはこの世界で不可能とされる力が無数にある。例えば、時間を自由に行き来したり、想像したものを何もないところに造り出したり、新たな生物を生み出すことも。正に万能と言える。言葉も必要としないしな。彼らは実体を持たないため、我々の信じる姿で存在する。人であれば人型だし、羽が生えていると思えば羽が生えている。定まった形は彼らには不要なのだ。しかし、彼らには唯一弱点がある」


「弱点?」


「そう。彼らの力にも‘元’が存在する。万能といいつつ、無限に使うことは出来ない。それは彼らの手によって生み出されながら、彼ら自身が唯一作り出すことが出来なかったもの。それは我等の命、‘閻’だ」


「閻……オレたちを作り出すことは出来たんだろう?」


「そうだ。しかし、それは彼らの力から分けられたものだ。作り出すというより、分裂するという表現に近かった。自らの消費し続ける閻を回復することは出来ない」


「なるほどな。無限の力はないわけだ」


「神々は考えた。どうにかしてこれを解決できないかと。閻を使いきった者は存在が消滅する。死活問題というやつだ。もちろん、神を再び作りなおすことも出来るが、それだけの閻を消費するため、あまり意味がない。そうする間に神はどんどん減っていき、やがて十三人だけ残った」


「十三、ね」


 減ったわけではないが、オレは今の状況を思い出す。


「しかし、そこで打開策を見つける。それが人間だ。この生き物は作り出した時は少量な閻だというのに、成長すると信じられないほどに閻が膨れ上がる。神は作った。人を何人も何人も。力の許す限り。そうして生まれた人間が今では六十億。頑張ったものだ」


「今の話を聞いていると、オレたちは神の餌みたいに聞こえるな」


「その通りだ。人だけでなく、この世界に存在する生物全てがだが、神は消えないように定期的に人を殺すようにした。殺し過ぎず、徐々に繁殖するのを待ちながら。時間を進めても良かったが、それでは人が早く死にすぎる。世界の違いで時間の流れが変わり過ぎてしまうのが原因だった。待つことに退屈していた神は暇つぶしに人の生活を覗いて見ることにした。そこで起用したのが、神よりも下の位にいる者、魔界の住人、悪魔だった」


「悪魔は随分粗末に扱われているんだな。身分差別は何処にでもあるということか」


「悪魔は神と同じほどではないが、閻を必要とした。悪魔は当然神の要求を受け入れた。その結果、神は退屈をしのぎながらもその生活に興味を示し、人間に近いと思われる者、天使を作り上げた。天使は悪魔と同じ程度に力を持ち、人間とほぼ同じように生活をした。それから、神が人間界の様子を観察することもなくなった」


「悪魔が余計な事をしないように、か?同じ閻を必要としているならそれもあり得る」


「鋭いじゃないか。悪魔は実際、人間を何人か喰らっていた。つまり、神の視察中止は悪魔にとっては不満だったわけだ。悪魔は裏切った。しかし、全ての者が閻のために刃向かったのではなく、純粋にこの世界が好きになった者もいた。人間と恋に落ちた者も。当然神は許さない。神は天使を送り、悪魔を全滅させることを目論んだ。神自身が降りてしまうと、二度と戻って来ることが出来ない。それに、大勢の人間を殺してしまって一度の閻の確保量が減ってしまうからだ。神の思い通り、天使によって悪魔は掃討されたが、今度は一部の天使が神に刃向かう。天使を人間に似せて作ったため、起こった反乱だった。今度こそ、神は地上に降りるほかなかった。結果、天使は壊滅。そのまま今現在に至る」


「その神はどうなったんだ?神は天から降りたら戻れないんだろう?」


「残った。そして、罪人として裁かれたさ。地上に降りた神はその強大な力をどんどん失って行った。何故か、人から閻をとることはしなかった。そんな神を、生き残っていた天使や悪魔が放っておくわけがなかったのさ。神は存在を吸収され、やがて消滅した」


「まるで見て来たかのような言い方だな」


「見てきたさ。俺だって悪魔だからな」


 しん、と空気が静まりかえる。黒猫と見つめ合う。二つの金の瞳。小さな黒い身体。これらが全て単なる入れ物………正直、馬鹿馬鹿しい。


「その悪魔さんはなんでオレに話しかけて来たんだよ?」


「ConfuseBlackというものがある」


 黒猫は話を切り替えるように唐突に声の調子を変えた。しかし、オレと目を合わせたままで。

 金の瞳を見続けていると、まるで全てが筒抜けになっているようで落ち着かない。オレが感じている、わずかな恐怖の事も。


「英語は得意じゃないんだ」


「大丈夫、名前については後で説明しよう。先ほど、閻についての説明はしたな。そして、それを使うことによって使える力があることも。これはその力の名称なのだよ」


 猫はオレの膝からとっ、と飛び降りて、オレの正面に居座る。


「この力は閻の消費によって、‘願い’を叶える力だ。これは悪魔が使うもので、主に敵を殲滅するための力を生み出す。天から降りた天使は堕天使となり、悪魔に近い性質を持つようになった。こちらも同じくこの力を使うことが出来る。しかし、決定的に違う部分が一つ存在した」


「違う部分、ねえ。そもそも本当にそんな力があるのか?」


「まあ聞け。この力は人間に分け与えることが出来た。この時、悪魔は普通自分の力を分け与える。つまり、自分の力は減少する代わりに、その力を使うことのできる者を増やすことが出来る。その間、その者が使う閻は悪魔が吸収するという契約が成り立ち、最終的に悪魔は得をする。別に悪魔は世界を創世するわけではないから、そこまでの閻を消費するわけではないからな。しかし、堕天使の力は違った。彼らの力は人に伝染する。力に対応できない人間の体は変質し、最終的に消滅していった。それは閻が誰に吸収されるわけでもなく、ただ消滅するというもの。たまに身体が適合する者もいたが、悪魔の契約ほどの力は出せず、結局消滅した」


「消滅……それじゃあ、堕天使はいたらまずいんじゃないか?」


「そうだ、まずい。そこで神は対抗する力を生み出し、それを天使に持たせた。それがStillnessWhiteという力だ。これは神によってつくられた者、つまり、天使と人間を閻に戻し、回収する事が出来る。これにより、変質した人間や堕天使を消していった」


「じゃあ、悪魔と神が生き残って、生きているわけか」


「まあ、生き残っている堕天使もいる。大抵が神への復讐を考えている奴ばかりだが、それは神を刺激する結果となり、悪魔にとってはいい迷惑になっている。本当に」


「へえ、悪魔ってのも大変なんだな」


 常識から外れているということはオレでもわかる。荒唐無稽だ。しかし、中々面白い。

 そんなことよりも、これらを教えてこの猫はオレに何を伝えたかったのか。


「で、これは前置きなんだろう?」


「うむ。核心をいうなら、あの人に造られた人の子は恐らく、ConfuseBlackを使っている」


「それは本当か!」


 人に造られた人の子。それは十三号以外に思いつかない。戦闘に特化した生物だからだと思っていたが、人外の力を使っていたのか。なるほど、勝てないわけだ。

 そうだとすると、高宮は何が目的なんだ?オレたちを無意味に殺して奴になんの得がある?

 

「お前はオレに助言してくれるのか?十三号に勝つことが出来るように」


「助言、か。まあ、近いものではあるな。俺が悪魔だというのはもうすでに言っただろう?」


 確かにそう聞いていた。冗談だと思っていたが、まあ、猫が喋っているという時点で異常なのだから何がどうなっていようと今更驚くまい。


「ああ、それで、悪魔だからオレが契約してやろうとでも言うつもりか?」


「そうだ」

 

 猫は短くそう告げた。金色の瞳がオレを捉える。一点も揺らがずその場に留まり続ける。不思議とそれはオレを引きつけ、確かに魔性をそこに感じた。

 オレの答えは決まっている。


「断る」


「ほう、断るか。理由を聞こう」


「まず、お前の話は信憑性に欠ける」


「真実だ、がまあ確かにこれといった証拠はないな。それで?」


「仮にお前の話を信じたとする。そして契約して、確実に勝てるという保証があるわけじゃない」


「当たり前だな。世の中に確実は存在しない」


「そして最後、オレは、強い」


 最後の言葉を言い放った瞬間、廊下の空気が静まりかえる。

 しばらくして、抑えていた笑いが堪え切れなくなったのか、猫の低い笑い声が響き渡る。


「はは……!愚かな人の子よ!面白い、自らを強者と称すか」


「愚か……そうだな。愚か者なんだろうよ。この塔での生活に慣れ切ってしまっていた者たちは皆。虐げられることに慣れ、傷つけることに慣れ、皆、自分が死ぬことなんて考えなかった。だからこそ、呆気なく散っていった。だが、オレは生き残っている。そして、これからも生きる。ヤツを、十三号を殺して!悪魔、お前の力を使わずともな」


 悪魔の力がどうした。悪魔に人間が劣るという道理が何処にある。それに同等の力を得てヤツを倒したのでは、この戦いは終わらないような気がする。ただ漠然とそう思う。


「そうか、わかった。オレは手を出さない。しかし、もし心変わりをするような事があるのなら、またここに来い」


 猫は廊下の暗闇に融けるようにして消えて行く。そして、最後の言葉。


「―――――覚えておくといい。道とは最初からあるものではない。じっくりと、時間をかけて造られるものだ。それなりの犠牲を糧にな」


「何を……」


 既に猫は消えた後。薄暗い廊下にはオレの声が空しく響いた。

 ConfuseBlack。悪魔の力。その他の話も信じがたい話であるが、十三号の人間では考えられない力はそうでもないと説明がつかない。

 大した筋肉もついていなさそうな細腕で、いとも容易く人間を投げ飛ばす。身体を杭のように貫く。腕をへし折り、首を引き抜き、身体の皮をミカンのように剥いてしまう。

 その所業は正に悪魔そのもの。


「………明日、終わるのか?全て」


 なんとなくではあるが、そんな気がした。残りは三人。全てが殺されてしまうのか、それとも十三号を殺すことが出来るのか、はたまた別の結末か。


「見ていろ悪魔。勝つのはオレだ」


 そこにはいない黒猫に宣言する。しかし、聞いているのではないだろうか。何せ悪魔だ。なんとなく、あの黒猫には再び会えるような気がする。

 生きたまま、この場所で。力を得るという目的ではない何かで。

 とりあえず、今日は身体を休めよう。そろそろあの二人も静かになっているのではないだろうか。

 座ったままで固まりきった足を伸ばし、立ち上がる。静寂の中に足音を響かせながら、居心地の悪い狭い寝室へ向かった。

                              ■

 

「今日もせいぜい頑張れ。殺されないようにな、くく」


 高宮は結末が見えているかのように半笑いで今日の戦闘開始を宣言する。

 一号と三号はそれと共に散っていく。オレは十三号と対峙したままだ。

 冷徹な瞳はぼんやりとオレを見ている。十三号に表情はなく、造られたとはいえ、人と言えるのか微妙なところだ。悪魔、そう。悪魔だ。それがしっくりくる。


「なんだ、四号。今日は進んで勝負か?」


「そうですね。そろそろ、終わりも近いようですから」


 高宮は低く笑う。それが当たりだとでも言いたげに。

 実際にこれで終わりという気はする。だからこそ、こうして対峙している。


「おい、十三号」


「……………」


「お前、死は怖くないか」


「……………」


 十三号に反応はない。無表情を崩さずに、ただ黙ってオレの話を聞いている。聞いているという保証はないが、戦いを仕掛けてこないことからそう判断して間違いはないはずだ。


「オレは死んだことがないから、そんなことはわからない。多分、皆そうだ。死とは痛いのか?苦しいのか?それとも、何も感じずに消えて行くだけなのか?」


「……………」


「何か、話せないのか」


「十三号は言葉を知らん。だから言葉を喋ることは叶わん。………しかし、意外だな。お前が死を考えるか」


「おい、答えろ。一言でも喋って見せろ」


 高宮の言葉は無視して、とにかく話しかける。何か、言葉が出てくるまで。

 十三号の口が動く様子はない。


「何か、話せ」


 一歩も動かない状態が続く。不思議と緊張感はない。これだけで対等な立ち位置にいるような気さえする。そして、彼女が言葉を発することはそれを確実なものにさせる。

 さあ、話せ、話せ、話せ!言葉を交わせ。さっさと人であることを認めてしまえ!

 

「…………と」


 ぼそり、と言葉が聞こえる。か細い少女の声。高宮は驚いたように大きく目を見開いている。オレの顔は恐らく、笑みを浮かべていることだろう。

 微かに十三号の口が動いた。見落としそうではあるが、確実に。


「何だって?」


「………あ、と、」


 かすれた声が少しずつ紡がれる。確かに、一音ずつ。


「……あと、すこし」


「あと少し?何がだ」


「あと少し、で」


―――――――――――わたしは、しねる。


 その言葉を聞いた時、既に戦いは始まっていた。

 相変わらずのスピード。繰り出される拳。この一週間で慣れ切った動き。まだ、かわせる。


「このまま行けば、お前はオレに負けるぞ。十三号」


「…………あり得、ない」


 会話が成立しているというそれだけのことで高揚する。同等と見られているかのような錯覚を感じているだけなのかもしれない。わかっている。

 放たれる銃撃にも似た蹴り。頬を掠め、つぅ、と温かい感触が伝う。ボロボロの服から布がはじけ飛び、宙を舞う。

 やられているばかりでは勝利などあり得ない。ならば、反撃するのみだが、これはカウンターに限る。こちらからの直接攻撃は尽くかわされている。

 確実に当てるならば、油断した時。更に、衝撃を流す事が出来ない無防備な状態に行われなければならない。

 しかし、そんな隙を見せてくれるほど甘い相手ではない。一瞬の油断も許されない。

 さて、どうしたものか。

 周りに障害物になるようなものは存在しない。広い空間にオレと十三号の二人。遠巻きに高宮が傍観している。

 純粋な力比べか………面白い。

 殴る、蹴るの応酬。受け、かわし、突き飛ばし、投げ飛ばされ……しかし、確実な一撃はどうしても入らない。十三号はやはりオレより何枚も上手だった。

 反応速度を始め、一撃の威力、急所を把握している知識。それら全てが壁となって立ちふさがる。

 高い壁だ。この戦いで超えられるかどうか。しかし、超えられなければ死ぬだけ。その結末だけは絶対に許さない。


「ちぃっ!」


「…………………」


 十三号は淡々と攻撃を繰り出し、的確にオレの体力を削っていく。その動きに無駄はない。

 今立っていられるのは運の良さといってもいいほど際どい攻撃ばかりだった。急所を狙ってくるとわかってしまえば防ぐ方法はいくらでもあるが、急所など無数にある。

 十三号の蹴りが脛にヒットする。じわりと広がる鈍い痛みに顔をしかめる。痛みを感じている時間はない。顔にもう一撃。これはかわす。


「………くそ、化物が」


「…………………」


 攻撃が止む。オレは肩で息をしているというのに、十三号には息の乱れ一つ見えない。

 この停滞を少しだけ長引かせたいところだが、何かいい方法はないものか。

 オレが気になっていることを聞いて見る、というのはどうか?


「十三号、お前は死にたいのか」


「………………そう」


「何故死にたい?」


「……な、…ぜ………?」


 人造人間。人に造られた人間。彼女は死にたいと言う。造られたというのに、自ら壊れたいと言う。

 どうして死にたい?せっかく与えられた生だ。有益に使えばいい。それとも、オレにはわからない何かがあるのか。

 十三号は少しだけ考えるようにオレから目線を逸らし、口を小さく動かす。


「生きる、という行為、に、いみを、感じられ、ない」


「意味なんていらないだろう。あるとすれば、存在したい。それだけで生きる意味なんて十分だ」


「そん、ざい………」


「死というのは無価値だ。全ての者に平等に訪れるそれは生きているという価値を剥奪する。いずれはそうなるにしても、それを速めるなんてもったいないとは思わないか?死ぬのはもったいないから生きる。それでも十分な生きる理由だ」


「………………じゃあ、わたしはどう、すればいいの?」


「どう生きようがお前の勝手だ。本当ならオレはお前を止める権利なんて持ってない。他人を支配する権利なんて誰も持っていない」


 高宮を一瞥する。彼は半笑いの表情でこの話を聞いていた。

 笑っているがいい。それは今日で終わる。


「お前、どうすれば死ねるんだったか」


「………みんな、ころせば」


「皆を殺して、そして自分が死ねる。最も簡単な死に方があるのに、わざわざ生き残った後で死ぬ。オレたちとしてはそれが腹立たしい。オレたちは生きたいんだ。それを何故死にたがりのお前が奪う?おかしいだろう。だから、お前には生きていたいと思ってもらわないと条件が対等じゃない。このままじゃあ、お前はプラスだけだしな」


「………わたし、生きないと、だめ?」


「生きたいと思え。まあ、オレと戦って負ければどの道お前は死ぬ。そういうルールだしな」


 話してみてわかったが、十三号は赤子のようだった。生と死がわかっていない。恐らく、人を殺すという行為も罪の意識は感じていないだろう。

 少しだけ、十三号の事がわかったような気がする。純粋なのだ。

 疑うことを知らない。素直だ。だからオレの話が彼女の耳に届く。狡猾だなんてとんでもない。生まれてからそうしてきたから、そうするのが当然というようになっている。

 教えられたのが、戦闘だけだったのだ。それしか知らなかった。

 なんて、悲しい。いや、ある意味オレも同じなのか。物心がついたころにはもうここにいて、親の顔は知らず、争いの毎日。

 なるほど、彼女に抱いた興味の正体は、同情でもあったのか。知らず、感じ取っていたということなのか。

 その時、頭上から金属音が聞こえる。何かを叩きつけたような大きな音だ。

 

「おおおおおおおお!」


 天井が崩れる。そこから現れたのは斧を持った三号。落ちて行く先には十三号の頭がある。

 完全な無防備。素直な彼女がオレとの話に集中している今、この一撃を彼女はかわすことが出来るのだろうか。


「……………っ」


「え」

 

 ぐしゃ

 十三号はかわした。更に斧を掴みあげ、引き寄せた三号の胸を右の拳で貫いた。

 三号の背からは十三号の腕が生えていて、その手には背骨らしきものが掴まれており、そこから滴った血が床に血だまりを作っていく。

 凄惨な光景。常人ならその場に立ちすくみ、言葉を失って、思考することも困難な状態にあることだろう。

―――――――チャンスだ。彼女は今、完全に無防備。更に都合よく武器も落ちている。

 オレの姿は三号の身体が邪魔して見えない筈。

 十三号が三号から腕を引き抜こうとして―――――――振りかぶる。


「……………あ」


 十三号が目を見開く。手は全て死体に集中していて、今回は完全にきまった。反応出来ても身体が動かない。

 三号の残した‘道’だ。無駄にはしない……!


「…………し、に、た………」


 骨を砕く音が響く。斧は十三号の右肩から胸までを切り裂いた。激しく血が飛び散り、コンクリの床を赤色に染め上げる。

 十三号はその場に倒れ込み、更に血を吐き出し続ける。壊れた水道管のように、いつまでもその勢いが衰えることはない。



終わった。



 十三号を殺した。終幕だ。これで終わり。悪魔の力を持っていたとして、この傷で生きているとは考えられない。生き残った者はオレと、たぶん一号も。

 唐突に手を叩く音が響き、物陰から高宮が現れる。


「コングラッチュレーション!さすがは四号だ。まさか、彼女を倒してしまうとはな」


「………どうするんだ、アンタ」


「くく、もう猫被りは終わり、ということかね」


「そうだな、終わりだ。争いも、この生活も」


 斧を十三号から抜き取る。血が少しだけ噴き出す。

 高宮にその刃先を向ける。


「どういうつもりだ」


「アンタを殺す。その権利がここにいる全員にある。そうは思わないか?」


「そうか……そうだな。あるのかもしれん。だが、少しだけ時間をくれないか。会わせたい者がいる」


「会わせたい?」


 高宮は道を開ける。そこから現れたのは、昨日の黒猫だった。斧を下ろす。

 黒猫はオレの前で立ち止まった。


「また会ったな。なんだ、こんな時間に会うことになるなんてな」


「そうだな、オレもあの場所で会うと思っていたよ」


 黒猫に合わせて姿勢を低くする。

 こうしていると、オレはどうやらこの猫と会えることを待ちわびていたようだったことを実感する。謎の達成感が胸中を満たしていた。


「なんだ、知り合いだったのかお前等。昨日のも高宮の指示か?」


「昨日のは俺の気まぐれだよ。猫は気まぐれなんだ。知らないか?」


「知らないな。オレは何も知らない」


「無知だな。無知は罪だぞ?」


「それも知らないな。だから、教えてくれると嬉しい」


 猫はオレの知らないことを知っている。そしてオレはそれを求める。何故猫に再会したかったのか、と問われれば、知りたかったからだと答えるだろう。

 何を?全てをだ。


「なるほど、随分気に入られたようだな。俺は」


「そうだな、気に入った。ただ、その男と一緒だというところを除けばな」


 高宮を睨む。高宮はにやにやとオレたちの会話を黙って聞いていた。

 まったく、さっさと殺しておくべきだったか。


「で、オレにどうしろと?まさか、この猫と戦えとでも?」


「いや、それはない。会わせようと思っただけだ」


「………それだけなのか?」


 腹が立つ。裏があるに決まっている。だというのに、高宮の動向が読めない。殺すと宣言した後だ、警戒してもおかしくはない。それなのに、何だその余裕は。

 何故嬉しそうに笑みを浮かべる?何故オレを憎悪した目で見ない?何故、そんな優しい目でオレを見る?


「怖いのか?四号」


「な、何がだ」


「純粋な愛情が、だ」


「馬鹿が、そんなわけがあるか。オレに怖いものはない。この生活を生き抜いたんだぞ?」


「だからこそだ。互いを疑い、争い合うこの中には純粋な愛など無かった。実際に向けられてみるとわかるだろう?怖いんだ」


 高宮が一歩進む。オレは一歩下がる。

 怖い。確かにオレは目の前の男に恐怖を感じていた。優しい目を向けるその男を、信じることが出来なくて。

 だから、オレはこんなことしかできない。オレはそれしか知らないから。十三号と同じだ。オレは、傷つけることでしか人と接することは出来ないから。

 斧を手に取る。


「四号、それでいい。俺が教えたのはそれだけだった」


「…………あああっ!」


 自分でもわけがわからず、叫ぶ。こんなことは今までになかった。頭が真っ白で、自分の身体が制御出来ない。

 手に肉を裂く感触。骨を砕く音。世界がそれらに満たされる。

 そして聞こえる、最後の声。


「――――長かった。これでやっと、揃ったわけだ……そう、だろう?」


 高宮が倒れる。今までオレたちを苦しめた男が、オレの目の前に。

 巨体が倒れると地面が少し揺れる。血がどんどん広がっていく。高宮の命が流れていく。


「気は済んだかね、人の子よ」


「ああ………そうだな」


 実際は何やらすっきりしない。これが正解だったのか?もしかすると、高宮は本当に悪いやつではなかった?

 わからない。確実に言えることは、高宮はオレたちの支配の象徴であり、生活を保障していた唯一の人物。そして、オレの殺すべき相手。


「さて、用件を話そうか」


「用件?やはり高宮はお前に何かを……」


「そうだ。そいつは死んだあとにこの要件を伝えるように頼んできた」


「…………オレが殺すことは見越していたわけか」


 純粋な愛。そう言った高宮の言葉は本気だったような気がする。しかし、それをオレが信じることはないことをヤツは見抜いていた。死ぬつもりだったのか。

 なるほど、オレたちが勝つことは決まっていたのか。十三号が勝った場合、彼女は死ぬ。生き残るのは高宮とこの猫だけ。そして、再びオレたちのような者たちが集められ、十三号が造られる。

 つまり、オレたち。この場に集められる、争う子供たち。愛の知らない子供たち。

 最後の問いは、最終確認か。オレが愛を知らぬ子供であるという確認。


「オレは愛を知らないままでいる必要があった?」


「もうそこまで理解したのか?ならば俺が話すことはあまりないんだがな」


「何故、そんなことを」


「……忘却のためだ」


「忘却って……」


「未来だよ。そう、未来のためだ。必要なんだよ、お前の力が」


 そう言って猫は倒れた十三号の元へ歩いて行く。


「ほら、起きろ。そのままでは死ぬぞ」


「………う、ぁ?」


「な……………!」


 生命活動を完全に停止させたはずの身体がびくん、と動き、そこから微かに声が漏れる。生きている証拠だ。しかし、傷口からは未だ血が流れたままだ。


「どういうことだ!」


「そこの男も言っていただろう。彼女を倒したと」


「殺したとは言っていないと?馬鹿を言え。あれで生きているとわかる方が異常だ」


「確かにな」


 猫がぼそぼそと十三号に話しかける。すると少しだけ十三号は反応を見せる。


「見ていろ。今から悪魔の力を見られるぞ」


「は?何を言って………」


「――、――」


 十三号が何事か呟く。喋ったのかどうかすら定かではない、単なる音。

 しかしその瞬間、十三号の身体、特に傷口の部分から黒い光が発せられる。

 そして、傷口に変化が生じる。ぐずぐずと生き物のように切り口が蠢き、少しずつ接着するように合わさっていく。


「これは……」


「悪魔の力には三つの特徴がある。一つは著しい身体能力の向上、二つ目は思考の現実干渉。と言っても制限はあるがな。これは小規模が常だ。最後は個々によって違う特異な能力。コイツの場合それは‘再生’だ」


「再生ねえ……思考の現実干渉とやらでどうにもならないのか?」


「まあ、確かに少しは可能だが言ったろう?制限がある。例えば、そうだな。傷は塞がる。再生する。しかし、体力は戻らない。これが現実干渉。しかし、傷を塞ぐだけでなく、体力や精神ダメージすら回復するのが特異な能力というわけだ」


「なるほど、特化した能力というわけだ」


「その通りだな。そして、オレの力は‘眼’だ」


「眼?」


「全てを見通す。大気の流れ、人の感情、遠くの景色などが見える。その他も用途は様々だな」


「へえ、便利なもんだな」


「欲しいか?」


「いや、命削ってまで欲しいとは思わないな」


「冷静だな」


 オレと黒猫が喋っている間に十三号の傷口は完全に塞がり、そこには傷痕さえ残っていない。再生。十三号はいつも通りの無表情で立ちあがり、ゆっくりとした足取りでオレたちの(もと)へ歩み寄る。

 少し警戒していたが、十三号には戦意が微塵も感じられなかった。


「もう戦いはいいのか」


「…………いい、しにたく、ないから。それ、に、どちらに、して、も、わたしの、まけ」


「………そうか」


 確かコイツは死ぬ間際、といってもこうして生きているわけだが、とぎれとぎれの声で何かを呟いていたはずだ。

 しにたくない。

 確かにそう聞こえたような気がした。


                                ■


 高宮の死後、オレと黒猫と十三号は塔に残る死体を回収し、一か所に集めた。

 一号の死体は無かった。つまり、生き延びたということだろう。しかし、いくら塔を探しても一号の姿は見当たらなかった。

 オレたちは余った食料で生を繋ぎ、戦いの中、することがなかった会話で盛り上がった。いや、これはオレ一人だけの話かもしれないが。

 過去を覚えているか、外の事、戦いをしてどう思ったか。

 オレたちの会話はいつもそんな話題ばかりだった。これくらいしか知らないのだから、仕方がないと言えばそれまでだが。


「オレたちはどうなる?」


「あと三日だ。そうすれば高宮の死が知れる。お前等は普通の生活を約束されるだろう」


「……………ふつ、う?」


「争いのない、平和な世界だ。確かに前に話したように真理は醜い。しかし、外面だけを見て生活すれば、住みやすい世の中になっているはずだ」


「外面だけ、ね。まあ、好きにやらせてもらうさ。その時はな」


 その会話の三日後、黒猫の言った通りオレと十三号は人の良さそうな顔をしたスーツ姿の男に引き取られた。

 確かに、食べ物は毎日食べることが出来、不自由な事はなかった。

 しかし、なんとなく、オレは物足りなさを感じていた。

 これで良かったのだろうか。これがオレの望んだ結末だったのだろうか。


 これが、オレの望んだ世界だったのだろうか。


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