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「君のその姿を見るたびに吐き気がする」と婚約破棄された腐れ令嬢ですが、愛することをやめたら美しくなりすぎて隣国の王太子に溺愛されました

作者: uta
掲載日:2026/03/28

【お知らせ】

この作品は生成aiを用いて執筆を行なっています

あらかじめご了承の上、お楽しみください

「君のその姿を見るたびに吐き気がする」


エドワード・レイ・クランフォードの声が、王宮の大広間に響き渡った。


シャンデリアの煌めきの下、数百人の貴族たちが一斉に息を呑む。その視線の中心に立つ私——リリアーナ・フォン・ヴァイスガルテンは、婚約者だった男の言葉を、どこか他人事のように聞いていた。


(ああ、やっぱり今日だったのね)


三日前から彼の態度がおかしかったから、薄々感づいてはいた。視線を合わせない。手袋越しでも私の手に触れようとしない。そして今夜、わざわざ王家主催の夜会を選んで——この大舞台を。


「本日をもって、リリアーナ・フォン・ヴァイスガルテンとの婚約を破棄する」


エドワードは朗々と宣言した。まるで演説でもしているかのように、堂々と。


隣には蜂蜜色の巻き毛を揺らした少女が寄り添っている。私の従姉妹、セレスティア。大きな緑の瞳を潤ませて、いかにも「私、何も知らなかったの」という顔をしている。


——その手、しっかりエドワードの腕に絡めてるじゃない。


「エドワード様……!」


セレスティアが甘い声を上げる。


「そんな、私のせいで……私、リリアーナお姉様を傷つけたかったわけじゃ……」


(お姉様、って呼ぶのやめてくれないかしら。あなたの方が三ヶ月早く生まれてるでしょう)


私は静かに二人を見つめた。


長手袋に覆われた腕の下で、黒ずんだ肌が疼いている。首元から鎖骨にかけて、まだら模様のように広がった呪いの痕。今夜は高い襟のドレスで隠しているけれど、頬にまで侵食し始めた黒ずみは、もう誰の目にも明らかだった。


「リリアーナ」


エドワードが私の名を呼ぶ。かつて「愛している」と囁いた唇が、今は嫌悪に歪んでいる。


「君も分かっているだろう。その……病だ。公爵家の次期当主として、そのような伴侶を娶るわけにはいかない」


病。


そう、彼はそう思っている。社交界の誰もがそう思っている。リリアーナ・フォン・ヴァイスガルテンは原因不明の奇病に冒され、かつての美貌は見る影もなく——。


「腐れ令嬢」


誰かが囁いた。くすくすと笑い声が漏れる。


三年前、「氷の薔薇」と称された私を、今では誰もそうは呼ばない。


「……そうですか」


私は口を開いた。


「え?」


エドワードが目を見開く。おそらく、泣き叫ぶか、すがりつくか、そういう反応を期待していたのだろう。


残念ね。私はあなたが思っているほど愚かではないの。


「婚約破棄、承知いたしました」


淡々と告げる。


広間にどよめきが走った。


「リリアーナ、君……」


「何か問題でも?」


私は小首を傾げた。エドワードの顔が強張る。


「三年間、お付き合いいただきありがとうございました。エドワード様のお幸せをお祈りしております」


深々と、完璧な角度でカーテシーを捧げる。


——ほら、こういうのでしょう? 伯爵令嬢として恥ずかしくない所作というのは。


顔を上げると、エドワードは明らかに動揺していた。隣のセレスティアも、期待していた「惨めな従姉妹」の姿が見られず、眉をひそめている。


「……それだけ?」


セレスティアが口を挟んだ。


「え?」


「それだけなの、リリアーナお姉様。三年も婚約していたのに、何も言うことはないの?」


——何を言ってほしいの? 「私のエドワード様を返して」とでも?


「セレスティア」


私は従姉妹の名を呼んだ。彼女の目がきらりと光る。ようやく何か反応が返ってくると思ったのだろう。


「そのドレス、とても素敵ね。エドワード様と並ぶとお似合いだわ」


「……っ」


セレスティアの顔が一瞬、歪んだ。


皮肉だと気づいたのか、それとも褒められたことが気に入らなかったのか。どちらでもいい。


「可哀想なリリアーナ」


セレスティアは勝ち誇った笑みを浮かべ直した。


「愛されない女は醜くなるものよね」


——ああ、そう。


その言葉が、胸の奥に小さな棘のように刺さった。


違うの。違うのよ、セレスティア。


私が醜くなったのは、愛されなかったからじゃない。


愛したからよ。


この男を、愛してしまったから。


「……」


私は何も答えなかった。答える必要がなかった。


「行きましょう、エドワード様」


セレスティアがエドワードの腕を引く。


「ええ……」


エドワードは最後に私を一瞥した。その目には——軽蔑? 憐れみ? それとも、罪悪感のかけらくらいはあったのかしら?


(どうでもいいわ)


二人が去っていく。周囲の貴族たちが道を開け、そしてまた、ひそひそと囁き合う。


「やはり婚約破棄か」

「あの肌では仕方あるまい」

「哀れな……いや、自業自得かもしれんな」

「伯爵家も面目丸潰れだ」


視線が痛い。囁きが重い。


でも、私は立っていた。背筋を伸ばし、顔を上げ、一人で。


(泣くものか)


泣いたら、認めることになる。私がこの男に、この状況に、敗北したと。


「お嬢様」


静かな声が背後から聞こえた。振り返ると、銀縁の眼鏡をかけた男が立っている。


「ギルバート……」


「馬車の用意ができております。お帰りになりますか?」


何の感情も見せない、いつも通りの完璧な執事の顔。けれど、その目だけは——ほんの少しだけ——。


「ええ、帰るわ」


私は頷いた。


大広間を横切る。視線が集まる。囁きが追いかけてくる。


長い、長い道のりだった。


ようやく馬車に乗り込み、扉が閉まった瞬間——。


「……っ」


膝から力が抜けた。


座席に崩れ落ち、手袋を外す。腕に広がる黒ずみを見つめる。


——愛してはならない。


幼い頃から、何度も何度も言い聞かされてきた。


——愛すれば愛するほど、肌は腐り落ちていく。それがヴァイスガルテンの女に課せられた呪い。


分かっていた。分かっていたのに。


エドワードの優しい言葉に。


「君は美しい」と言われて。


「ずっと傍にいてほしい」と言われて。


私は、愛してしまった。


「お嬢様」


ギルバートが向かいの席に腰を下ろした。その手には、湯気の立つティーカップがあった。


「温かいお茶をお持ちしました。今夜は少々……毒舌を吐いても構いませんよ」


「……」


私はカップを受け取った。


「ギルバート」


「はい」


「エドワード様は、素敵な方だったわ」


「ええ。確かに整ったお顔立ちでいらっしゃいましたね」


執事の声は穏やかだった。


「それは外見だけの話でございますが」


「……」


私は、笑った。


涙が頬を伝っているのに、笑いが止まらなかった。


「馬鹿みたい。私、馬鹿みたい」


「いいえ、お嬢様」


ギルバートは静かに首を振った。


「馬鹿なのは、あの方々でございます」


馬車が動き出す。王宮が遠ざかっていく。


私は紅茶を啜りながら、ぼんやりと考えていた。


セレスティアの言葉が、まだ頭の中で響いている。


——愛されない女は醜くなるものよね。


違う。


愛した女が醜くなるの。


でも、誰もそれを知らない。


この呪いの本当の意味を、誰も。


(……愛さなければ、元に戻る)


母がそう言っていた。愛さなければ、肌は再生する、と。


なら、私は——。


「もう、誰も愛さない」


小さく呟いた。


ギルバートが何か言おうとして、口を閉じた。


窓の外を流れる夜景を見つめながら、私は誓った。


もう二度と、愛さない。


もう二度と、この心を誰かに渡さない。


——そうすれば、私は自由になれる。


そう、信じていた。


この夜はまだ、知らなかったのだ。


本当の意味で私を救う人が、すでにこの夜会の片隅で、ずっと私を見つめていたことを。




◇ ◇ ◇




屋敷に戻ると、母が待っていた。


「リリアーナ」


マグダレーナ・フォン・ヴァイスガルテン。銀灰色の髪を上品に結い上げた、私の母。


彼女は何も言わず、ただ両腕を広げた。


「……お母様」


私は、その腕の中に飛び込んだ。


馬車の中では泣かなかった。ギルバートの前では気丈に振る舞った。でも、母の温もりに触れた瞬間、何かが決壊した。


「……っ、う……」


声にならない嗚咽が漏れる。


母は何も言わなかった。ただ、私の背中を撫で続けた。


「知っていたの」


母の声が、静かに響いた。


「え……?」


「今夜、婚約破棄されることを。使用人の間で噂になっていたわ」


「……そう」


「助けに行こうかと思った。でも、やめたの」


母が私の顔を上げさせた。涙で滲んだ視界に、母の顔が映る。同じ淡い青灰色の瞳。その中に、深い悲しみと——それ以上の、何か強い光。


「あなたは一人で立てる子だから」


「……お母様」


「見ていたわ。使用人から報告を受けていた。あなた、最後まで取り乱さなかったのね」


「……馬車の中では、泣いたわ」


「それでいいの」


母は微笑んだ。


「泣きたい時に泣けばいい。でも、敵の前では——」


「泣かない」


「そう。よく分かっているわね」


母に手を引かれ、私室へと向かう。


暖炉に火が入れられた部屋で、私たちは向かい合って座った。


「リリアーナ」


母が私の手を取った。


「あなたは何も悪くない」


「でも——」


「何も、悪くないの」


強い口調だった。


「愛することは罪じゃない。たとえ、その結果として肌が蝕まれたとしても」


「……」


私は俯いた。長手袋を外した腕を見つめる。黒ずみは、肘の上まで広がっていた。


「この呪いのこと」


母が言った。


「全部、話すわ」


「……全部?」


「私の過去も含めて」


母は目を閉じた。


「私も、かつて同じ呪いに苦しんだの」


——やはり。


薄々感づいていた。母の肌は今、雪のように白い。でも、幼い頃の記憶を辿れば——時々、首元に薄い影が差していたことがあった気がする。


「ヴァイスガルテンの女に代々受け継がれる呪い」


母が語り始めた。


「誰かを深く愛すれば愛するほど、肌が腐っていく。愛が深ければ深いほど、速く、広く」


「……」


「でも、逆に言えば——愛さなければ、肌は元に戻るの」


「知っているわ」


私は頷いた。


「だから私は、もう誰も愛さないと決めた」


「……」


母は、悲しそうに首を振った。


「それだけじゃ、足りないの」


「え?」


「愛さないだけじゃ駄目。本当の意味で——自分を解放しなければ」


母が私の頬に触れた。黒ずみの始まった部分を、指先で優しく撫でる。


「私も若い頃、ある男性を愛したわ」


「……」


「あなたのお父様じゃないの。別の、ね。社交界で人気の、素敵な殿方だった」


母の目が遠くを見つめる。


「私は愛した。彼のために尽くした。彼に愛されることだけを願った。そして——肌は醜く変わっていった」


「……その方は?」


「去っていったわ」


母は淡々と答えた。


「あなたのエドワードと同じようにね。『気持ち悪い』と言われた」


「……っ」


「でもね、リリアーナ。私は、彼に去られてもなお——自分を責め続けたの」


母の声が、かすかに震えた。


「『もっと美しければ』『もっと努力していれば』『私が悪かったんだ』——そう思い続けた。愛することをやめても、自分を責める心は消えなかった」


「……」


「だから、肌は治らなかった」


私は息を呑んだ。


「そんな……」


「この呪いの本当の核心はね、リリアーナ」


母が私の手を強く握った。


「『愛すること』そのものじゃないの。『愛されることへの執着』——自分の価値を、誰かの愛で測ろうとする心なの」


「……」


言葉が出なかった。


「私が治ったのは、あなたのお父様に出会ってからよ」


母の目が柔らかくなった。


「あの人はね、こう言ったの。『君が僕を愛さなくてもいい。僕が君を愛する。君は、ただそこにいてくれればいい』」


「……」


「その言葉を聞いた時、私は初めて気づいたの。自分がずっと、『愛されること』に執着していたって。『愛される価値のある自分』を演じ続けていたって」


母は微笑んだ。


「あの人の言葉で、私はようやく——自分自身を愛することができたの」


「自分自身を……」


「そう。誰かに愛されなくても、私には価値がある。誰かに必要とされなくても、私は私でいていい。そう思えた時——」


母が自分の腕を見せた。傷一つない、滑らかな白い肌。


「呪いは、解けたわ」


「……」


私は、自分の腕を見つめた。


黒ずんだ肌。醜い痕。


——これは、愛の代償じゃない。


——『愛されたい』という執着の、証。


「リリアーナ」


母が私の顔を上げさせた。


「あなたは本当に、エドワードを愛していたの?」


「え……?」


「彼自身を。彼の全てを。それとも——」


母の問いかけが、胸に突き刺さった。


「『愛されている自分』を、愛していたの?」


——ああ。


雷に打たれたような衝撃だった。


私は、何を愛していた?


エドワードの優しい言葉。私を見つめる眼差し。「美しい」と言ってくれる声。


——それは、『エドワード』じゃない。


——『私を愛してくれるエドワード』という幻想だ。


「私……」


声が震えた。


「私、何も見ていなかった」


エドワードがどんな人間か。何を考え、何を大切にしているか。私は知ろうともしなかった。


ただ、『愛されている』という事実だけが欲しかった。


「ああ……」


涙が溢れた。今度は、悲しみではなく——何かが剥がれ落ちていくような、奇妙な解放感と共に。


「馬鹿みたい。本当に、馬鹿みたい」


「いいの」


母が私を抱きしめた。


「気づけたんだから。まだ、間に合うわ」


「……」


「あなたには価値があるの、リリアーナ。誰かに愛されなくても。何も持っていなくても。あなたは、あなたのままで——」


母の言葉が、温かく胸に染み込んでいく。


「自分を愛していいの」


——自分を、愛する。


そんなこと、考えたこともなかった。


でも——。


「……試してみる」


私は、母の腕の中で呟いた。


「うまくできるか分からないけど。でも、試してみる」


「ええ」


母が微笑んだ。


「ゆっくりでいいのよ。あなたのペースで」


その夜、私は生まれて初めて——自分自身に問いかけた。


私は、何が好き?


私は、何がしたい?


私は、どんな人間でいたい?


——誰かの期待のためじゃなく。


——誰かに愛されるためじゃなく。


——ただ、私のために。


窓の外で、夜が白み始めていた。




◇ ◇ ◇




王都を離れて三ヶ月が経った。


「お嬢様、お茶の時間でございます」


「ありがとう、ギルバート」


私は本から顔を上げ、執事が差し出すティーカップを受け取った。


ヴァイスガルテン家の別荘。緑豊かな田園地帯の小さな館で、私は静かな日々を過ごしていた。


「今日のお肌の具合はいかがですか」


「見て」


私は袖をまくった。


三ヶ月前、肘の上まで広がっていた黒ずみは——今や、手首の辺りまで後退していた。


「順調でございますね」


ギルバートが眼鏡の位置を直しながら頷く。その表情は相変わらず無表情だが、どこか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。


「順調、かしらね」


私は腕を見つめた。


「まだ、完全には消えていないわ」


「焦る必要はございません。お嬢様は三年かけてこうなられたのですから、治るにも時間がかかるのは道理でございます」


「……そうね」


私は紅茶を啜った。


この三ヶ月、私は何をしていたか。


読書。散歩。絵を描くこと。庭の花の世話。


——社交界のことは、何も考えなかった。


——エドワードのことも、セレスティアのことも。


最初は難しかった。ふとした瞬間に、彼の言葉が蘇る。「吐き気がする」という声。蔑むような視線。


でも、そのたびに自分に言い聞かせた。


——あれは私の価値を決めるものじゃない。


——あの人の言葉は、あの人の浅はかさを示しているだけ。


——私は、私の価値を自分で決める。


最初は空虚な言葉だった。でも、繰り返すうちに——少しずつ、本当にそう思えるようになった。


「お嬢様」


ギルバートが言った。


「先日、王都から手紙が届いております」


「……誰から?」


「差出人の名はございません。ただ、封蝋に——」


ギルバートが手紙を差し出した。


深い紺色の封蝋に、見覚えのある紋章。


「これは……」


「ヴェルディア王国の紋章でございますね」


隣国、ヴェルディア王国。


私は眉をひそめた。なぜ、隣国から?


封を開けると、短い文章が記されていた。


『お体の具合はいかがですか。回復を心よりお祈りしております。

 ——あなたの価値を知る者より』


「……」


奇妙な手紙だった。


差出人の名がない。でも、王家の紋章が使われている。つまり、相手は——。


「ギルバート」


「はい」


「この手紙、いつ届いたの?」


「三日前でございます」


「三日前……」


私は手紙を見つめた。


『あなたの価値を知る者』。


——誰?


「お嬢様」


ギルバートが言った。


「ヴェルディア王国と言えば、六年前の外交行事を覚えていらっしゃいますか」


「六年前?」


記憶を辿る。六年前、私は十四歳。まだ呪いの兆候も現れておらず、「氷の薔薇」と呼ばれ始めた頃——。


「ああ」


思い出した。


「ヴェルディアの王太子が来賓としていらしたわね」


「ええ。ルシアン殿下でございます」


ルシアン・エル・ヴェルディア。


確か、私より二つ年上。夜空のような深い紺色の髪と、金色の瞳を持つ美しい少年だった。


「あの時、お嬢様は殿下と会話をなさいましたね」


「……したかしら?」


正直、あまり覚えていない。当時の私は社交界デビューしたばかりで、緊張の連続だった。


「殿下が庭園で一人でいらした時、お嬢様が話しかけられたのです」


「……ああ」


かすかに、記憶が蘇る。


確か、彼は一人で庭の花を見つめていた。退屈そうに。周囲の貴族たちは遠巻きに見ているだけで、誰も話しかけようとしなかった。


——隣国の王太子だから、うかつなことは言えない。そう思って、皆、距離を置いていた。


でも、私は——。


「私、何て言ったかしら」


「『その花、お好きですか? 私も好きなんです。名前は知らないんですけど』と」


ギルバートが淡々と答える。


「……恥ずかしい」


十四歳の私は何を考えていたのか。隣国の王太子に、そんな馬鹿みたいな話しかけ方をするなんて。


「殿下は笑っておられましたよ」


「笑った?」


「ええ。『僕も名前は知らない。でも、綺麗だから好きだ』と」


「……」


覚えている。その時の、彼の表情。


それまで退屈そうだった顔が——一瞬だけ、柔らかくなったこと。


「それだけの会話だったわ」


「ええ。ですが、殿下はその後——」


ギルバートが言葉を切った。


「何?」


「いえ。何でもございません」


明らかに何かを隠している。でも、問い詰める気力はなかった。


「この手紙の主が、ルシアン殿下だと言いたいの?」


「可能性の一つとして」


「……まさか」


六年前に一度会話しただけの相手が、今さら手紙を寄越すなんて。しかも、私が「静養」という名目で王都を離れていることを知っている?


「考えすぎよ」


私は手紙を折り畳んだ。


「きっと、社交辞令か何かだわ」


「さようでございますか」


ギルバートは何も言わなかった。


でも、その後も手紙は届き続けた。


週に一度。必ず。


『今日の空は美しい青でした。あなたの瞳の色を思い出しました』


『庭の花が咲きました。名前は相変わらず知りません』


『あなたが元気であることを、心から願っています』


差出人の名前は、最後まで書かれていなかった。


でも——不思議と、嫌な気持ちにはならなかった。


むしろ、手紙が届くたびに、胸の奥が少しだけ温かくなった。


「……変な人」


私は呟いた。


窓の外で、夏の日差しが庭の花を照らしている。


腕の黒ずみは、また少し薄くなっていた。




◇ ◇ ◇




半年後。


私は王都に戻った。


「リリアーナ様……!」


「まあ、なんて美しい……」


「本当にあのリリアーナ様?」


王家主催の夜会。大広間に足を踏み入れた瞬間、どよめきが広がった。


銀灰色の髪を高く結い上げ、深い青色のドレスを纏った私。首元から腕まで、傷一つない白い肌。


——半年前まで「腐れ令嬢」と呼ばれていた女と、同一人物には見えないだろう。


(さあ、始めましょうか)


私は静かに微笑んだ。


「リリアーナ様、お久しぶりでございます」


「まあ、お肌が……すっかりお元気になられたのですね」


「お美しい……以前にも増して……」


次々と声をかけられる。半年前まで「腐れ令嬢」と陰口を叩いていた連中が、今は満面の笑みで近づいてくる。


(相変わらずね、社交界というものは)


内心で苦笑しながら、私は完璧な笑顔で対応した。


かつての私なら、この手のひら返しに傷ついただろう。でも、今は——。


(どうでもいいわ)


彼らの評価など、私の価値とは何の関係もない。


「リリアーナ」


聞き覚えのある声に、私は振り返った。


エドワード・レイ・クランフォード。


半年前と同じ、整った顔立ち。でも、どこか——疲れているように見えた。目の下に薄い隈。以前より痩せた頬。


「お久しぶりですね、エドワード様」


私は淡々と答えた。


「君……その……」


エドワードが言葉に詰まる。私の姿を、まじまじと見つめている。


「何か?」


「いや、その……元気そうで……」


「ええ。おかげさまで」


会話が途切れた。


半年前なら、私は何か言葉を探しただろう。気まずい沈黙を埋めようと、必死に。


今は、ただ静かに立っている。


エドワードが何か言いたそうに口を開き——そして閉じた。


「リリアーナ」


別の声が割り込んだ。


「随分と元気になったのね。よかったわ、心配していたの」


セレスティア・フォン・ヴァイスガルテン。


エドワードの腕に絡みつきながら、にっこりと笑っている。


でも、その笑顔は——どこか引きつっていた。


「ありがとう、セレスティア。あなたも元気そうね」


「ええ、もちろんよ。エドワード様と幸せに過ごしているわ」


「そう。それは良かった」


私は穏やかに微笑んだ。


セレスティアの表情が、かすかに歪む。期待していた反応が返ってこないことに、苛立っているのだろう。


「ねえ、リリアーナ」


セレスティアが一歩近づいた。


「あなた、どうやってその肌を治したの?」


「どうやって?」


「ええ。あんなに酷かったのに、こんなに綺麗になるなんて。何か特別な治療でも?」


——特別な治療。


笑いそうになるのをこらえた。


「特に何も」


私は答えた。


「ただ、静養していただけよ」


「嘘よ。何か隠しているんでしょう」


「隠していないわ。本当に——」


私は言葉を切った。


「愛することをやめただけ」


「……え?」


セレスティアが目を見開く。エドワードの表情も固まった。


「何を——」


「リリアーナ様」


低い声が響いた。


振り返ると——そこに、一人の男が立っていた。


夜空を溶かしたような深い紺色の髪。金色に輝く琥珀の瞳。


「ルシアン……殿下……?」


思わず声が漏れた。


ルシアン・エル・ヴェルディア。隣国の王太子が、なぜここに?


「お久しぶりです」


彼は微かに微笑んだ。


その表情を見て、私は確信した。


——手紙の主は、やはり。


「突然の訪問で失礼いたします。今夜は、少々お話ししたいことがございまして」


「お話?」


「ええ」


ルシアンは真っ直ぐに私を見つめた。


「六年前から、ずっとお話ししたかったことが」


周囲がざわめく。


エドワードとセレスティアが、呆然とした顔で私たちを見つめている。


「リリアーナ様」


ルシアンが手を差し出した。


「踊っていただけますか」


——ああ。


私は、その手を取った。


(この人は、あの手紙の通りの人なのね)


温かくて、真っ直ぐで、不器用で——。


「喜んで」


私は微笑んだ。


周囲の視線が集まる中、私たちはフロアの中央へと歩み出た。




◇ ◇ ◇




ワルツが流れ始めた。


ルシアンの手は温かかった。リードは完璧で、私はただ身を委ねるだけでよかった。


「お肌、治ったのですね」


踊りながら、彼が言った。


「……ご存知だったのですか」


「ええ。あなたの呪いのことも」


私は息を呑んだ。


「どうして——」


「調べました」


彼は淡々と答えた。


「六年前、あなたに出会ってから。ヴァイスガルテン家の女性に代々伝わる呪い。愛すれば愛するほど肌が蝕まれる——」


「……」


「そして、愛することをやめれば治る」


私たちはくるりと回った。


「なぜ、そこまで調べたのですか」


「あなたのことを、もっと知りたかったから」


「私のことを?」


「六年前、あなたは僕に話しかけてくれた」


彼の声が、少し柔らかくなった。


「あの花が好きだと。名前は知らないけれど、と」


「……覚えていらっしゃるのですか」


「忘れるわけがない」


彼の金色の瞳が、私を真っ直ぐに見つめた。


「あの時、誰もが僕を『王太子』として扱った。社交辞令と計算だらけの言葉を投げかけてきた。でも、あなただけは——」


「私は」


私は苦笑した。


「何も考えていなかっただけです。ただ、話しかけたかっただけ」


「それが良かったのです」


音楽が高まる。彼の手に、少し力がこもった。


「あなたは僕を『王太子』ではなく、一人の人間として見てくれた。それが——どれだけ嬉しかったか」


「……」


「六年間、ずっとあなたのことを考えていました」


彼の告白は、淡々としていた。熱烈な愛の言葉ではない。ただ、事実を述べているように。


「あなたが公爵子息と婚約したと聞いた時は、正直——辛かった」


「……」


「でも、あなたが幸せなら、それでいいと思っていました。あなたの肌が蝕まれ始めたと噂で聞いても、見守ることしかできなかった」


「なぜ、何もおっしゃらなかったのですか」


「あなたが別の人を愛していたから」


彼は静かに答えた。


「僕が何を言っても、届かないと思った。あなたの心は、あの男に向いていたから」


私は、胸が締め付けられるような気持ちになった。


「でも、婚約破棄されたと聞いて——僕は決めました」


彼の手が、私の腰を少し引き寄せた。


「今度こそ、伝えようと」


「何を……?」


音楽が静まり、最後のステップ。


私たちは、フロアの中央で止まった。


周囲の視線が集中している。エドワードとセレスティアも、どこかで見ているだろう。


ルシアンは、私の手を取ったまま——。


「リリアーナ様」


低い声で、はっきりと言った。


「君が誰も愛さなくても、僕が君を愛する」


「……っ」


心臓が跳ねた。


「君は何もしなくていい。何も与えなくていい。ただ——」


彼の金色の瞳が、真っ直ぐに私を見つめる。


「受け取るだけでいい」


——ああ。


私は、涙が滲むのを感じた。


この人は、分かっている。


私の呪いの本当の意味を。「愛すること」ではなく「愛されることへの執着」が呪いを発動させることを。


だから——「君は受け取るだけでいい」と言ったのだ。


私に、愛することを強要しない。愛さなくてもいい、と。


でも、ただ受け取ってほしい、と。


「……ルシアン殿下」


私は声を絞り出した。


「私は、もう誰も愛さないと決めたのです」


「知っています」


「それでも、よろしいのですか」


「ええ」


彼は微笑んだ。不器用で、でも温かい笑み。


「君が僕を愛さなくても、君の価値は変わらない。君が誰も愛さなくても、君は君のままで——最も美しい」


「……」


私は、笑った。


泣きながら、笑っていた。


「変な方ですね」


「よく言われます」


「六年も待って、こんなことを言いに来るなんて」


「待った甲斐がありました」


「私、あなたを愛せるか分かりません」


「構いません」


「本当に?」


「ええ」


彼の手が、私の頬に触れた。涙を、そっと拭う。


「君が幸せなら、それだけで」


——ああ、この人は。


本当に、本当に——。


「……考えさせてください」


私は答えた。


「時間をください。自分の気持ちを、確かめたいのです」


「もちろん」


彼は頷いた。


「何年でも待ちます」


「六年も待ったのですから、もう少しくらい——ですか?」


「その通りです」


私たちは、見つめ合って——。


そして、二人で笑った。


周囲がどよめいている。何が起こったのか、誰もが固唾を呑んで見守っている。


でも、私たちには——もう、関係なかった。




◇ ◇ ◇




それから三ヶ月後。


社交界は大きな噂で持ちきりだった。


「クランフォード公爵家が、没落の危機だって」


「セレスティア様の浪費が原因らしいわ」


「エドワード様、毎晩のようにため息をついているとか」


私は、紅茶を啜りながら、ギルバートの報告を聞いていた。


「セレスティア様は、婚約後も贅沢を改められなかったようでございます」


「そう」


「毎月のドレス代だけで、小さな屋敷が買えるほどだとか」


「まあ」


「エドワード様が諫めても、『私のことが嫌いなの? リリアーナお姉様の方が良かったの?』と泣くそうで」


「……それは、大変ね」


心から同情する気にはなれなかった。


「さらに、セレスティア様がエドワード様に『意地悪された』と嘘を吹き込んでいたことが社交界で明るみに出たそうでございます」


「明るみに?」


「ええ。セレスティア様の侍女が、良心の呵責に耐えかねて告白したとか」


「……そう」


因果応報、というものだろうか。


「エドワード様は『美しい従姉妹から婚約者を奪った男』として、白い目を向けられているとのことです」


「あら。あれだけ堂々と婚約破棄を宣言しておいて、今さら?」


「左様でございます」


私は肩をすくめた。


「自業自得ね」


「全くもって、その通りでございます」


ギルバートの声には、珍しく感情がこもっていた。


「ルシアン殿下からお手紙でございます」


「ありがとう」


封を開けると、短い文章が記されていた。


『今日の空は美しい青です。君の瞳の色を思い出しています。——会いたい』


「……」


私は、知らず知らずのうちに微笑んでいた。


「お嬢様」


ギルバートが言った。


「そろそろ、お返事を出されてはいかがですか」


「返事?」


「殿下のご提案に」


三ヶ月前の夜会以来、ルシアンは何度も手紙を送ってきた。でも、一度も——答えを急かさなかった。


ただ、日常のことを綴るだけ。「今日は何を食べた」「庭の花が咲いた」「会いたい」——それだけ。


「……そうね」


私は立ち上がった。


「会いに行くわ」


「承知いたしました。馬車を用意させます」


「ギルバート」


「はい」


「私、どうやら——」


言葉が詰まった。


ギルバートは、静かに待っている。


「——愛してしまったみたいなの」


「左様でございますか」


執事は、珍しく——微かに笑った。


「お肌の具合は?」


私は腕を見た。


——何も、起きていない。


三ヶ月前から、ルシアンのことを考えない日はなかった。彼の手紙を読むたびに、胸が温かくなった。会いたいと思った。


でも、肌は——蝕まれていない。


「……大丈夫みたい」


「それは何よりでございます」


「なぜかしら」


私は呟いた。


「エドワードを愛した時は、すぐに肌が——」


「お嬢様」


ギルバートが言った。


「奥様がおっしゃっていたではありませんか。呪いの核心は『愛すること』そのものではなく、『愛されることへの執着』だと」


「……」


「今のお嬢様は、殿下に愛されるために何かをしていらっしゃいますか?」


「いいえ」


私は首を振った。


「何もしていない。ただ——」


「ただ?」


「——受け取っているだけ」


ギルバートは頷いた。


「それでございます」


——ああ、そうか。


私は、ようやく理解した。


エドワードを愛していた時、私は常に不安だった。「愛され続けるために」何をすべきか。「見捨てられないために」どう振る舞うべきか。


愛していたのは——エドワードではなく、「愛されている自分」という幻想だった。


でも、ルシアンに対しては——。


「私、彼に愛されるために何かをしようと思ったことがないわ」


「ええ」


「彼が私を愛してくれなくなっても、私は私のままでいられると——そう思える」


「それが、本当の愛かもしれませんね」


ギルバートは静かに言った。


「相手を変えようとせず、自分も変えようとせず。ただ、ありのままを受け入れること」


「……」


私は、窓の外を見つめた。


青い空。白い雲。


「会いに行くわ」


私は言った。


「今すぐに」




◇ ◇ ◇




ヴェルディア王国の離宮。


ルシアンは、庭園で私を待っていた。


「来てくれたのですね」


「ええ」


私たちは、並んで歩き始めた。


色とりどりの花が咲く庭園。六年前、初めて出会った場所とよく似ていた。


「あの花」


ルシアンが指差した。


「名前、まだ知らないのですか?」


青い小さな花。確かに、六年前にも見た気がする。


「知らないわ」


「僕も知りません」


「……調べなかったのですか?」


「調べませんでした」


「なぜ?」


ルシアンは微笑んだ。


「名前を知らなくても、綺麗だから好きだ——あなたがそう言ったから」


「……」


私は、笑ってしまった。


「変な方ですね、本当に」


「よく言われます」


私たちは、花の前で立ち止まった。


「ルシアン殿下」


「ルシアンでいい」


「では、ルシアン」


私は、彼の目を真っ直ぐに見つめた。


「お返事を、お持ちしました」


「……」


彼の表情が、かすかに強張る。緊張しているのだろう。六年も待ったのだから、当然だ。


「私、あなたを愛しています」


「……っ」


彼の目が見開かれた。


「でも」


私は続けた。


「それは、あなたに愛されるためじゃない」


「……」


「あなたが私を愛してくれなくなっても、私は私のままでいられる。あなたがいなくても、私は幸せになれる」


厳しい言葉かもしれない。でも、これが真実だった。


「だから、私の愛は——あなたを縛らない」


私は微笑んだ。


「あなたも、私を縛らないでくれるなら——一緒にいたい」


「……」


ルシアンは、何も言わなかった。


ただ、私を見つめていた。


そして——。


「分かりました」


彼は言った。


「僕も、君を縛らない」


「……」


「君が僕を愛さなくなっても、僕は君を愛し続ける。でも、それを君に押し付けない」


「ええ」


「君が離れたいと思ったら、離れていい。僕は追わない」


「ええ」


「でも——」


彼の手が、私の手を取った。


「できれば、傍にいてほしい」


「……」


私は、彼の手を握り返した。


「私も、そう思っています」


青い花が、風に揺れていた。


名前も知らない花。でも、綺麗だから好き。


——それでいいのだ。


理由なんていらない。条件なんていらない。


ただ、好きだから、一緒にいたい。


それだけで——いいのだ。


「リリアーナ」


ルシアンが言った。


「君に、伝えたいことがあります」


「何?」


「君は——」


彼は、私の額に唇を落とした。


「愛さなくても、愛されていい」


「……っ」


涙が、また溢れた。


「愛されるために、何かをしなくていい。君は、君のままで——」


「……」


「愛される価値がある」


私は、彼の胸に顔を埋めた。


泣いた。声を上げて、子供のように泣いた。


二十年間、ずっと——「愛されるために」生きてきた。「価値のある自分」を演じ続けてきた。


でも、もう——。


「ありがとう」


私は呟いた。


「ありがとう、ルシアン」


彼は何も言わず、ただ私を抱きしめていた。


庭園の花が、風に揺れていた。




◇ ◇ ◇




一年後。


ヴェルディア王国の王宮で、盛大な婚礼が執り行われた。


「リリアーナ・フォン・ヴァイスガルテン。本日より、ヴェルディア王国の王太子妃となる」


宣言が響き渡る中、私はルシアンの隣に立っていた。


純白のドレス。銀灰色の髪を高く結い上げ、ダイヤモンドのティアラが煌めいている。


——かつて「腐れ令嬢」と呼ばれた女が、隣国の王太子妃に。


社交界では大騒ぎだったらしい。でも、私には関係なかった。


「お母様」


式の後、私は母の元へ歩み寄った。


「リリアーナ」


マグダレーナは、涙を浮かべて微笑んでいた。


「おめでとう」


「ありがとうございます」


「あなた、本当に——綺麗になったわね」


「お母様のおかげです」


「いいえ」


母は首を振った。


「あなた自身の力よ」


「……」


「私は、きっかけを与えただけ。あなたは、自分の力で——自分を解放したの」


母の言葉が、胸に沁みた。


「お母様」


「何?」


「私、ようやく——」


言葉を探す。


「——自分を愛せるようになりました」


「……」


母の目から、涙がこぼれた。


「よかった」


「お母様……」


「本当に、よかった……」


私たちは抱き合った。


長い、長い抱擁だった。


「リリアーナ」


声がして、振り返った。


ギルバートが立っていた。相変わらずの無表情。でも、その目は——確かに、潤んでいた。


「お嬢様——いえ、殿下。お幸せに」


「ギルバート」


私は微笑んだ。


「あなたも来てくれたのね」


「当然でございます。お嬢様の晴れ姿を見届けなければ、執事の名が廃ります」


「……ありがとう」


「こちらこそ」


ギルバートは深々と頭を下げた。


「お嬢様に仕えることができて、光栄でございました」


「ギルバート……」


「どうか、お幸せに」


私は頷いた。


「ええ。幸せになるわ」




◇ ◇ ◇




婚礼の後、小さな宴が開かれた。


その片隅で——。


「リリアーナ」


聞き覚えのある声。


振り返ると、エドワードが立っていた。


かつての婚約者。今は——見る影もなくやつれた男。


「エドワード様」


「おめでとう」


彼の声は、乾いていた。


「……ありがとうございます」


「君は……変わったな」


「ええ」


「綺麗になった」


「ありがとうございます」


会話が途切れた。


「リリアーナ」


エドワードが言った。


「僕は……間違っていた」


「……」


「君の価値を、見誤っていた。外見だけで——」


「エドワード様」


私は、静かに遮った。


「もう、いいのです」


「しかし——」


「あなたは間違っていたかもしれない。でも、私も間違っていました」


「君が……?」


「ええ」


私は微笑んだ。


「私は、あなたを愛していませんでした」


「……え?」


「愛していたのは——『愛されている自分』という幻想でした」


エドワードの顔が、強張った。


「だから、あなたを責める気はありません。私たちは——お互いに、間違っていただけ」


「……」


「どうか、お幸せに」


私は背を向けた。


「リリアーナ」


エドワードの声が追いかけてきた。でも、私は振り返らなかった。


——もう、終わったことだから。


後から聞いた話では、エドワードはあの後しばらく、その場に立ち尽くしていたらしい。


セレスティアとの婚約は、数ヶ月後に破談となった。浪費と我儘に耐えかねたエドワードが、ついに匙を投げたのだという。


セレスティアは「こんなはずでは」と叫んだそうだ。


——自業自得ね。


私は、もう彼らのことは考えなかった。




◇ ◇ ◇




宴の終わり、私はテラスに出た。


夜空に星が輝いている。


「ここにいたのか」


ルシアンが隣に立った。


「ええ」


「疲れたか?」


「少しだけ」


「そうか」


彼は私の肩を抱いた。温かかった。


「エドワードと話していたな」


「見ていたの?」


「少しだけ」


「嫉妬した?」


「少しだけ」


私は笑った。


「正直ね」


「君には嘘をつけない」


「そう」


私たちは、並んで星空を見上げた。


「ルシアン」


「何?」


「私、幸せよ」


「……」


「今、とても幸せ」


「そうか」


彼は微笑んだ。


「僕もだ」


「ねえ、ルシアン」


「何?」


「愛しているわ」


「……」


「でも、これは——あなたに愛されるためじゃない」


「分かっている」


「私が、そうしたいから」


「ああ」


彼は、私の手を握った。


「僕も、君を愛している」


「ええ」


「君が僕を愛さなくなっても——」


「分かっているわ」


私たちは顔を見合わせて、笑った。


星空の下、二人で笑い合った。


——愛することをやめた私は、ようやく自分自身を愛せるようになりました。


そして、その先に——本当の愛を見つけることができました。


これは、呪いの物語。


でも、呪いに打ち勝った——私の物語。




【完】

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