迷惑とご対面
この物語はフィクションです。実際の人物・団体・事件等とは一切関係ございません。
なお、作中の倫理観・価値観が必ずしも正しいとは限りませんので、ご了承ください。
迷惑と対面するとは、夢にも思っていなかった。
決して良い意味ではない。
「だから、楽さん!私はここで働きますんで」
俺の目の前には綺麗な女性、浮気をされた女性、北野南那さんが眉間にしわを寄せてソファに座っている。
「何でですか?北野さんは他に仕事があるんでしょう?」
「やめました」
やっぱりこの人、怖いわ。
ここで働いて何かメリットあるの?
ないよ。
収入ほぼないんだから。
「どうして?」
「ここで働くしかないからです」
「それじゃあ、給料は無くてもいいですね?」
「ならば、法的措置を取るしかないですね」
「それじゃあ、北野さんを雇うメリットを教えてくださいよ」
「楽さんがやりたくないこと、すべてやります」
「マジっすか」
やはり北野さんは良い人だ。
「それじゃあ、経営任せてもいいんですか?」
「はい。もちろん」
「あと、金も稼いでもらってもいいですか?」
「それは楽さんの仕事です」
くそっ。
「それじゃあ、依頼を受けるかどうかは僕が決めてもいいんですねって、何で北野さんを雇う前提で喋ってんだ」
「バレたか」
「何か言いました?」
「何も」
どうしようか。
正直、経営をやってくれるのはありがたい。
本当に面倒だからな。税金とか。
天秤にかけるか。
「ちょっとすいません」
日常を取るか非日常を取るか。
一人を取るか二人を取るか。
「はい。決めました」
「お断りします。雇いません」
「何で?」
「いや、天秤にかけた時に、経営よりも便利屋(仮)の方がめんどくさかったんで」
「ちょっと、それじゃあ私、仕事辞めただけじゃないですか」
「そんなの知ったこっちゃないですよ」
「責任取ってください」
出たよ常套句。
これ言っとけばいいって魂胆が見え見えなんだよな。
恥ずかしくないのかね。
俺は恥ずかしいけどね。
「分かりましたよ」
屈してしまった。
さっそく後悔。
「その代わり、条件があります」
「何でしょう」
「仕事はすべて、隣室で行ってください。僕、一人で居たいので」
「分かりました」
「あと、依頼を受けるかどうかは僕が決めます」
「駄目です」
「何で、頑ななんだよ」
「それだけは譲れません」
「どうして」
「私は、先日の浮気調査で深い悲しみに押しつぶされそうになりました。そんなときに楽さんが助けてくれた。このように、楽さんはこの仕事を通じてたくさんの人を救うことが出来る。私はその手助けがしたいと思ったんです。なので、楽さんにはたくさんの依頼を受けていただきたい」
「お断りします」
「何で」
「人助けなんかしたくない。ホームページにも載ってるでしょうよ」
「あれは、目立ちたいだけじゃないんですか?」
「本心、本心、本心!依頼するなよって圧をかけてるんですよ」
ドン引きしてらー。
気持ちが良いね。
ここまで本心が受け入れられないのは。
「分かりました。隣室借ります」
「働くんですね。分かりました。経営も雑用も全部お願いします」
……………………
「あれ、今僕の貯金っていくらくらいたっけ?」
「今は、5万ちょいです」
いつの間に?
そういえば、北野さんって依頼料払ってないよな。
言いくるめられたんだよな。
俺としたことが。気を引き締めなくては。
「今月、給料無しでいいですか?」
「ダメです」
「それじゃあ、梨でいいですか?」
「面白いと思ってるんですか?あなたの名前の方が面白いですよ」
こいつ、マジで腹立つ。
俺も面白いとは思ってないよ。
でも、一緒に働くなら楽しい方がいいじゃん。
気使ってんじゃん。
分かんないよなー、そこら辺の優しさは。
「まあ、依頼受けますかね」
「いいですね」
「何か良い依頼あります?」
「良い依頼とは?」
「楽で高額な仕事」
「やっぱり最低ですね。今、来てるのですと、これとかはどうですか?」
「どれですか?」
「浮気調査です」
「それ以外でお願いします」
「何でですか?私みたいな人を救ってくださいよ」
お前のせいだよ。
浮気調査は金払いが良いことが多いから受けたいよ、本来は。
だけど、お前が金払わなかったから、ちょっとしたトラウマがあるんだよ。
受けてほしいなら金払え。
「ちょっと理由は言えないんですけど」
「そうですか。でも、これ以外来てないですよ」
「それじゃあ、しょうがないですね。諦めましょう」
「諦めるってどういう意味ですか」
「だから、今月は断食です」
「困ります。チョコちゃんが可哀想です」
「チョコちゃんとは?」
「ワンちゃんです」
そうだ。
こいつ、犬飼ってたんだ。
煩わしい。
犬田にあげろ。
「そうですか。それじゃあ副業でもすればいいんじゃないですか?」
「確かに」
「というか、前の仕事って何なんですか?」
「あー、株してました。貯金も20億くらいはあります」
は?
今なんて言った?
「ちょっと、耳が悪くて」
「株していました」
「そっちじゃない」
「貯金は20億」
こいつバカだな。
キモイわ。
仕事聞いたのに株って返ってきたよ。
意味わかんねぇ。
やばっ。
働かなくていいじゃん。
「あのー、情けないお願いを聞いてくれませんか?」
「何でしょう」
「1億でいいので、お金をください」
「気持ち悪いですね。嫌です」
「それじゃあ、株のコツを教えてください」
「それくらいなら」
……………………
「無くなってんじゃないか」
「楽さんが勝手に買って、勝手に売ったからでしょう」
「株って運用するもんじゃないのかよ。なけなしの5万を30分ですっちゃったよ」
「才能ないですね」
こいつ、マジで20億あるのかよ。
確かにこいつの言うことは聞かなかったけど、それでも、それを直すのが北野の役目っちゅうもんでしょうが。
「依頼受けなきゃ」
「そうですね。浮気調査受けましょう」
「それは受けない」
「それじゃあ、どう?」
「足で稼ぐんだよ」
「もしもし、犬田さん?」
「あー、楽さん。グッドタイミングですよ。今から預けられます?」
「もちろん、もちろん。ただ、前よりもお金を頂くことになっちゃうけど」
「それは全然大丈夫です」
はい、最終奥義。
楽勝楽勝。
「じゃあ、行ってきます」
「どこへ」
「北野さんは留守番しといてください。この間に依頼者が来ても困るんで」
よし。
これで、3ヶ月は生きれるぞ。
「すいません。遅れました」
「全然大丈夫ですよ。はい、ごるちゃんです」
犬は、俺を見るなり吠えまくってくる。
相変わらずだ、犬よ。
「それじゃあ、明日」
……………………
「ただいま」
「おかえりなさいって何ですかそのワンちゃん」
「知り合いから預かったんですよ」
「そうですか。それでお金はどうするんですか?」
「この犬預かるだけで、40万だよ」
「え!本当ですか?クソですね」
北野さんってヒステリックなんだよな。
ぜひ、直してほしいな。
言わないけど。
絶対。
怖いから。
何されるか分からないから。
「ワンちゃんを商売にするなんておかしいです。可哀想です」
「それじゃあ、北野さんの犬はどこで買ったんですか?」
「チョコちゃんです」
「名前なんてどうでもいいですよ」
「どうでもよくない!人間にも名前があるようにワンちゃんにも名前があるんです」
「どうでもいいんで、質問に答えてください」
「本当最低ですね」
最低って言いすぎだろ。
マジでこいつと喋ってるとストレスで禿げそうだわ。
ストレス発散するしかないな。
「お言葉ですが、そもそも人間には名前が必要ないんですよ」
「は?」
「名前というのはね、人間を型にはめる最低最悪の道具なんですよ。確かに、名前を自分自身で付けるのであればそれは、アイデンティティとなり、誇りになるだろう。しかし、いつだって名前は他者が付ける。名前というのは最初の自己表現のはずなのに、その最初の自己表現が他者に決められては名前としての意味がない。だから名前なんてなければもっと人間は自由になれる。犬だってそうだ。犬のことを想うのであれば名前を捨てるがいい」
「めんどくさいです。もういいや」
よし、勝った。
はー、脳汁が溢れ出る。
北野の口癖の[最低]を含んでやったよ。
気持ちいいな。
この瞬間は、この上ない幸福感で満たされる。
「バウバウバウバウ」
再度、迷惑とご対面だ。
ありがとうございました




