お金に好かれたい
この物語はフィクションです。実際の人物・団体・事件等とは一切関係ございません。
なお、作中の倫理観・価値観が必ずしも正しいとは限りませんので、ご了承ください。
「お金に好かれたい!」
俺は交差点のど真ん中でそう叫んだ。
恥ずかしくなんかないさ。
それが、人間として落ちていく言動だとしても。
というか、本音を言える俺は、人間の中の人間なのではないか?
それは無いな。
もっと人間はいる。
俺の目の前には、おじいちゃんが腰を曲げて、何かを探している。
コンタクトか?
あっ、違うわ。ただの老化だ。
なぜ、俺が交差点のど真ん中で「お金に好かれたい!」と叫んだのか説明しよう。
俺は、金が貯まれば休む。金が無くなれば働く。
をモットーにこれまで仕事をしてきた。
この前、俊を助けたことによって30万も手に入れることに成功した。
30万。
大金だ。
これで、2ヶ月は暮らせると思っていたのに。
なぜ、7日で無くなるのだろう。
これはたぶん、俺が金に嫌われているからだと思う。
っと、周囲の視線に耐えられそうにないのでここで話を終わりにして、事務所に帰るとしよう。
仕事をしなければ。
依頼のメールはない。
このままだと、野垂れ死んでしまう。
最終奥義を出すしかないのか。
「あのー、楽ですが」
「はい、楽さんですね。今日はどういったご用件で」
「いつものですよ」
「分かりました。では、15時にいつもの場所で」
ふふふ。
これで、当分は大丈夫だな。
今は何時だ?
14時30分か。
くそ。いつもあいつは約束の時間が早いんだよな。
行くか。
「すいません。遅れました」
「いえ、大丈夫ですよ」
「で、いつものは?」
「例の物ですね?こちらです」
「ありがとう……ってなんでいっつもそんな怪しくするんですか。犬を預かるだけでしょ」
「いや、僕、楽さんのツッコミが好きで」
「それは素直にうれしいけど」
「それじゃあ、明日返しに行きますね」
今のは、犬田さん。
その名の通り、犬が大好きな爽やかな青年だ。
犬田さんが大学生のころに起業した会社が最近上場したということで、犬との時間が減ったらしい。
犬が心配だということで、俺に預けることがある。
なぜ、俺に預けるのかというと、俺が犬が大嫌いだからだ。
犬田さんは自分の犬が他人に懐くのが許せないらしい。
そこで、大学の先輩であるこの犬の嫌いな俺に預けているというわけだ。
あいつ、見た目によらず畜生だからな。
にしても、この犬、俺を眼中に入れた時から、ずっと吠え続けてきている。
よく喉が枯れないものだ。
俺なら一発で飛ぶというのに。
「こんにちは」
「あっ、こんにちは」
誰だ。
綺麗な女性だ。
ものすごく綺麗な女性だ。
久々に女性と喋った。
綺麗な女性と。
俺は綺麗な女性、苦手だけどな。
綺麗な女性を前にして、鼻を伸ばしている自分が恥ずかしいからだ。
「わんちゃん、可愛いですね」
「あっ、ありがとうございます」
「お名前なんて言うんですか?」
「楽です」
「あっ、変わったお名前ですね」
「僕の名前に何てこと言うんですか」
「そっちじゃなくて犬の名前」
名前なんか知らねぇよ。
ってか、犬に名前なんてある訳ねぇだろ。
犬で十分だよ。
「犬です。ただの犬」
「え?」
ドン引きしている。
ドン引きしてもなお綺麗だ。
苦手だ。
「犬ですよ。人間の犬。誰かに付き従って犬を預かっているので、そいつの犬です」
「……ハ、ハハハ」
なぜだ?
ウケない。
俺の鉄板ギャグがウケないだと?
おい、犬!
このタイミングで吠えるなよ。
気まずいだろ。
ここは、退散しよう。
「あっ、餌の時間だ」
よし、自然に帰れたな。
「おい、犬。今から家帰るから、それまで騒ぐなよ」
……………………
こいつ、マジでアホ犬だ。
事務所に帰ってきてもなお、吠え続けてるわ。
餌って何だよ。
犬って何を食べるんだ?
玉ねぎはダメだよな?
ということはネギ系は全部ダメか。
それじゃあ、何が食べれるんだよ。
犬田の野郎、ドッグフードくらい渡してくれよ。
絶対、ドッグフードは買わないからな。
意地でも買わねぇよ。石になっても買わねぇよ。
ネギがダメってことは、とりあえず薬味はダメだな。
ショウガも、ミョウガもダメか。
うまいけどな。
贅沢だな、この野郎。
それじゃあ、匂いが強いものは嫌いなのか?
それじゃあ、チーズとマヨネーズもダメだな。
臭いから。
そうか、この犬もチーズとマヨネーズ嫌いなのか。
急に親近感。
かく言うこの俺もチーズとマヨネーズが嫌いだ。
あんなもの高貴な生物が食べていい食材ではない。
最近は下等な生物が好き好んで食べているが、見てられない。
その点、この犬は、そうか。
俺と同じか。
よし、気合い入れよう。
俺と同じということは、とんかつ好きだろ。
待ってろよ。
美味いとんかつ揚げてやるからな。
……………………
「さあ、召し上がれ」
俺は見事なとんかつを犬にやった。
が、なぜか犬が声量を上げて吠え続けた。
なぜだ。
とんかつだぞ。
やめて、パソコンの上に小便しないで。
こいつ、許すまじ。
パソコンがショートしました。
許せん。
今日は餌抜きだ。
俺は犬用に揚げたとんかつを嬉々として食べた。
うめぇ。
そして、風呂に入り、寝る準備を進めていると、犬が元気をなくし、寝転がっていた。
しょうがねぇな。
俺は、走ってコンビニに向かいドッグフードを買った。
そして、犬にドッグフードをやると、ものすごい勢いで食べ始めた。
「おい、犬。お前は良いよな。吠えてるだけで、生きてるだけで餌が貰えるなんて。ずるいよ。俺もお前のように生きたいよ。いいな、犬。それが本来の動物だよな。なんで俺たちは金なんて不要なものを作っちまったんだろうな。その金のせいで苦しんでいる人はいっぱいいるというのに、何で金は無くならないんだろうな。金が無くなれば、もっとマシな世界になるんじゃねぇか?なあ、犬」
犬が爆睡。
野生だな。こいつも。
これが可愛いのか?
ってか、ずるいな。
ちっ、寝るか。
俺は犬に毛布を掛け、俺も眠りについた。
……………………
「バウバウ!」
うるせぇな。
朝から何でこんな元気に吠えてんだよ。
でも、ようやく終わった。
返しに行こう。
報酬をしこたま奪いっとてやるからな。
「すいません、遅れました」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「あー、ごるちゃん元気だった?」
犬が犬田に寄り添って優しく吠えている。
俺にはあんな表情、声を見せたことがない。
やっぱり、人を見てんな。
「ごるちゃん、大丈夫でした?迷惑おかけしませんでした?」
「迷惑だらけ。ずっと吠えるわ、パソコン壊すわで大変でしたよ」
「ですよね。安心しました」
謝れよ。
こいつも犬好きすぎて脳が犬に侵食されてるんだよな。
「それじゃあ、30万」
「高いですね。いつも4000円じゃないですか」
「変えたから、値段設定。30万」
「まあ、いいですよ。他の人に預けるとストレスで痩せちゃうんですけど、楽さんに預けると何故か筋肉が引き締まってるんですよね」
「そっか。ありがとうございます」
犬は俺に吠え続けている。
「この犬の名前何だっけ?」
「え?覚えてないんですか?ごるちゃんですよ。ゴールドのごる」
「ゴールド?お金由来なの?」
「いえ、ゴールデンレトリバーなんで」
「あっ、そういうことね。じゃあ、またお願いします」
って、ゴールデンレトリバーのゴールドを取るなよ。
怖っ!
あいつ、犬じゃなくて金に侵食されてるわ。
もう金を好いたらダメだな。
やはり、金には好かれなければ。
はー。じゃあいつもの所にでも行きますか。
……………………
ボロ負け。
無念。
やっぱり、金とは相性が悪そうだ。
俺は犬も嫌いだが、馬も嫌いだ。
ものの数時間で30万が無くなっちまった。
なんで、俺は計画的に金が使えねぇんだよ。
また、仕事しないとな。
ゴールドの世話か。
まあ、時間を置いた方がいいな。
俺のためにも、あいつのためにも。
「あっ、こんにちは」
びっくりした。
綺麗な女性じゃないか。
この人、犬連れてる連れてない関係なく挨拶するのか。
良い人か、悪い人なのか測りかねるな。
分からん。
でも、好かれていいことないからな。
嫌われることをしておこう。
「お金、だ~い好き!」
そういうと、何故か綺麗な女性はほくそ笑んだ。
ありがとうございました。




