鼻くそは食べた方がいい
この物語はフィクションです。実際の人物・団体・事件等とは一切関係ございません。
なお、作中の倫理観・価値観が必ずしも正しいとは限りませんので、ご了承ください。
「鼻くそは食べた方がいい」
俺は齢7歳の少年に情けない一言を言っている。
少年の名前は皆藤俊。見るからに7歳の可愛らしい男の子だ。
「本当?このまま食べ続けていいの?」
汚いな。
鼻くそなんか食べない方が絶対いいって。
先に謝っておく。すまん。
見るからに鼻くそ食べてそうだもんな。
ここまでイメージ通りなことも珍しい。
このように、俺は7歳児にも容赦はない。
そりゃ、容赦などする必要がない。
先に謝っておいたからな。
と、心の中で7歳児への罵倒を繰り返している間も、俊は鼻くそを食べている。
うわ。
ちょっと、鼻血が混じってるわ。
汚いな。親の顔が見てみたいぜ。
「良い感じだ。じゃんじゃん食べろ」
「うん。分かった」
「で、親御さんはどうしたんだ」
俊は、俺の一言で黙ってしまった。
「どうした?何かあったか」
俊は突然、泣き出した。
泣いたとて解決するわけでもないのに。
「大丈夫……そうにはないな。よし、ハンカチだ」
俺は俊にハンカチを手渡すと、俊は涙を拭くわけでもなく、鼻を噛んだ。
汚い。
度々申し訳ないが、汚いと言わざるを得ない。
汚い。
これ、依頼主じゃなかったら、……この先は言わない方が良さそうだ。
俊は、鼻を噛むと何故か涙が止まっていた。
「僕のお父さんお母さん、今日いなくなったの」
はえ?
今なんて言った?
ここはもう一度聞いてみよう。
「ごめん。お兄さん、最近耳悪くて。もう一回言ってもらってもいい?」
「今日、お父さんお母さんがいなくなったの」
俊。すまない。
数々の心の罵倒を詫びたい。
しかし、謝る前に俺の仕事が決まってしまった。
めんどくさい。
俺はこんな仕事はしたくないのに。
働きたくない。
才能も夢もない。
というわけで俺は便利屋(仮)になった。
断っておくが、便利屋ではない。
それは、あまりにも便利屋の方々に失礼でしょうが。
一緒にしないでいただきたい。
俺は金が貯まれば休む。金が無くなったら働けばいい。
なんと、現代的な働き方であろうか。
俺は一人暮らししていたアパートの一室を事務所とし、一日中ダラダラしていた。
SNSはやってない。チラシも作ってない。
やったことと言えば、ホームページくらいだ。
そして今、俺の預金残高というと、リアルな金額を言うと下品になるので、例えようか。
まあ、最近のコンビニのおにぎり二つ分くらいだ。
つまり、全くもって金がない。
だから、このガキの依頼を受けたんだが、まさかこんな面倒なことになるとはな。
まあ、親を見つけ出して、ぼったくればいいか。
「そうなのか。それじゃあ、お兄ちゃんが見つけてやるよ」
「本当?おじさん」
「俊。そんなベタな返しはしてはいけないよ」
「じゃあ、どう返せばいいの?」
「そんなの、自分で見つけろよ。それじゃあ、心当たりはあるか?」
「うーん。分かんない」
「そうか。じゃあ、昨日お父さんお母さんがどういう話をしていたか覚えてることある?」
「……そういえば、昨日お父さんお母さんすごい仲良さそうだった」
きな臭いな。
夜逃げの可能性もあるか。
めんどくせぇな。
……仕方ないな。生活のためだ。
「なるほどね。警察には相談したか?」
「してない」
なぜ?
警察より前にここに来るなんてやっぱりこいつ馬鹿だな。
「そうか。それじゃあ、警察に相談しに行こうか」
「それはだめ」
すごい焦りようだな。
「なぜだ。警察に行けば見つかるかもしれないのに」
「お父さんお母さんが言ってたの。警察は悪の組織なんだって。何があっても警察なんか頼っちゃだめだって」
すごい臭いな。
関わらない方がいいな、これ。
正直知ったこっちゃねぇからな。
うん。やめだ。めんどくせぇ。
「そうか。それじゃあ、お兄ちゃんがやってあげることはもうないな」
「え?」
「たくましく生きるんだぞ」
「お兄ちゃん?」
「今回は特別に安くしといてやるから。早くどっか帰れ」
「どこに帰ればいいの?帰る場所なんてどこにも無いよ」
なんか、マジでめんどくさくなってきた。
「親戚いないのか?」
「親戚って何?」
「お父さんお母さんの兄弟とか?叔母さんとか叔父さんとか」
「あー。いるよ」
「電話番号知ってる?」
「うん。何かあった時はこの人たちに頼りなさいって」
俊はポケットからメモ用紙を取り出すが、鼻くそがねっちょり付いている。
持ちたくねぇ。
しゃあねぇか。
うわうわうわ。指に鼻くそ付いちゃったよ。
俺は、鼻くそが付いた指でスマホを握り、俊の親戚に電話をした。
今すぐ来てくれるらしい。
ふー。
面倒ごとは終わったな。
こいつ、また鼻ほじってるわ。
食べるなよ、食べるなよ?
食べたー。ひゃっほー。
なんか気持ちよくなってきた。
「すいません。俊の叔母です」
「あっ、どうも。楽と申します。すいません。お呼び立てしてしまって」
「いえいえ、こちらこそすいません」
「で、俊君のご両親はどこへ行かれたかご存知でしょうか」
「いや、それが私にも分からなくて」
やっぱりそうか。
ま、俺には関係ないけど。
「俊ちゃん。これからは私の家で暮らしましょう」
「えっ?お父さんお母さんは?」
「いつか、帰ってくる」
「本当?」
「本当よ」
早く金くれねぇかな。
うわ、抱き合ってるわ。
ドン引きです。
「あの、すいません。浸ってる所申し訳ないんですけど、あの、依頼料を頂いてもよろしいでしょうか?」
「あっ、すいません。おいくらでしょうか?」
「そうですね。諸々合わせて30万です」
「は?そんなお高いんですか?」
「はい」
「ちょっと待ってください」
何だよ。早く払えよ。
「すいません。失礼も承知ですが、ぼったくりじゃないですか?」
「いいえ。全くもって。これでも安くしましたよ?」
「いや、便利屋の相場はもっと安いんですけど」
「すいません。僕、便利屋じゃないんで。便利屋(仮)なんで」
「は?」
「すいません。何で便利屋の相場なんて知ったこっちゃないというか。言っちゃ悪いですけど、こっちはね、ボランティアじゃないんですよ。商売なんですよ。こうやってね、少しずつ稼ぎを増やしていくことによって、救われる人だって増えていくんですよ。もっと物事を多角的に見た方がいいですよ」
「……分かりました」
「それでは、カードをお預かりしま~す」
「はい。ありがとうございました」
叔母さんと俊は逃げるようにアパートを後にする。
なんだか、スッキリしない。
いつもは金をもらえばスッキリしたものなのに。
そういえば、俊。
あいつ、浮かない顔してたな。
俺は、自分でも訳が分からないまま俊を追いかけた。
「しゅーん。俊。ちょっと待って!」
「お兄ちゃん!どうしたの?」
「俊、よく聞けよ。俺は大人だ。大人の言うことは信用する必要はない。踏まえて聞いてくれ。……鼻くそは食べた方がいい。これから先、何か人生で辛くなった時、食べる物に困った時、鼻くそが全部救ってくれる。辛くなったら、悲しくなったら、たまらなくお腹が減ったら、じゃんじゃん食べろ。だからな、そんな時のために鼻くそは溜めておけ。毎日鼻くそを食べてたら、そのありがたさを忘れてしまう。だから、今は溜めておけ。叔母さんと、幸せに暮らせよ。それでも、……また、遊びに来いよ。俊。待ってるからな」
「お兄ちゃん……。ありがとう」
「あの、すいません。あなたの叔母さんじゃないんですけど」
「すいません」
俺たち三人は笑い合った。
そして、二人を見送り、俺も事務所に戻る。
事務所に戻った俺は、鼻をほじった。
そして、指先を見ると、どでかい鼻くそが付いていた。
鼻くそを数秒見つめた俺は、
ティッシュで拭いた。
鼻くそはやっぱ食べない方がいいわ。
ありがとうございました




