美容魔術とミイラ男
その日は客足も少なかったので、俺ノートンは早めの店じまいにかかっていた。すると見知った女の子が大慌てで店に駆け込んできた。
「助けてください、ノートンさん!」
肩までの髪先がかるくカールしたブラウン色の髪を持つ少女サーシャは、開口同時に悲鳴をあげながら助けを求めてきた。
屋敷から直接来たであろう彼女は、メイド服のままだった。着替える時間もなかったようだ。
「いったいどうしたんだ?」
俺ノートンはややあきれながらも、優しく尋ねる。サーシャは悪い娘ではなかったが、とにかくドジで手のかかる妹みたいな娘だった。おそらく仕事でまたヘマをしたのだろう。
とはいえ孤児であった彼女に、お屋敷のメイドの仕事を紹介したのは俺だ。少しくらいなら、世話を焼くのもやぶさかではない。
「それがですね~、奥様が大切にしていた〝美魔女のパック〟を捨ててしまったんです」
美魔女のパックとは、最初にパックした状態を保存し、再び顔につけた時にその時の顔に一時的に戻ることができる魔法のアイテムだった。
「美魔女のパックなら、ウチの店で何枚か扱っているが?」
「それじゃダメなんです。奥様が十年前に取った、一番若い顔のパックじゃないと!」
なるほど、十年前のパックをつけることによって、奥様は十歳若返った顔になろうとしているのか。
「なんで十年前の顔に戻る必要があるんだ?」
「奥様が同窓会に出られるらしくて……どうしたらいいんでしょう?」
「どうするもこうするも、捨ててしまったのだから仕方がないだろう」
「だって~、同窓会で『十年ぶりなのに、全く変わっていないわね、お若いわ』って友達に言われるのが奥様の唯一の楽しみなんですよ!?」
なんと寂しい娯楽だろうか。金持ちの女性の考えることはよくわからない。
「そもそもなんでそんな大切なパックをサーシャは捨ててしまったんだ?」
「だってだって~見た目は完全にゴミだったし~」
まあ言わんとしていることはわかる。
「十年も前のパックを顔につけるなんて、考えただけでもおぞましい! いや~!」
悪気があったわけではない。とはいえそんなに大切なパックを捨ててしまったのだ。サーシャは怒られ、今度こそクビになってしまうだろう。
「何とか助けてください、ノートンさん!」
「そう言われてもな……」
俺は考え込む。ウチは魔法のアイテムを扱っている店だが、さすがに失ったアイテムを復活させる術はない。
「ハアハア……ここにいたのね、サーシャちゃん」
見ると目の前には、サーシャのお屋敷の奥様が立っていた。息を切らしていることからして、よほど急いで来たのだろう。
「わたしの大切なパックは、どうしたのかしら? まさか捨ててしまったということはないわね?」
「ひえええ~」
微笑を浮かべながらも鋭い視線で問い詰める奥様に対して、サーシャは俺を盾にするかのように俺の後ろにまわる。どうでもいいが、俺を巻き込むのはよしてほしい。
「もし本当に捨てたとなれば、サーシャちゃん、貴方はクビよ?」
「いや~!」
叫ぶサーシャ。さすがに少しかわいそうになってきた。
「まあまあ奥様、うちには魔法の美容具もたくさん取り揃えています。それらをお買い求めいただければ、パックより良い効果があるかもしれません」
俺は助け舟を出す。奥様は太い客だ。美容系の魔法具を売るチャンスでもあった。
「いいわ、では貴方の魔法具で十分な効果があったら、サーシャのクビは撤回しましょう」
「ノートンさん、がんばってください!」
「……」
俺は無言でうなずくと、奥からいくつか魔法具を持ってきた。
「ではそちらにおかけください奥様。当店自慢の美容グッズを試させていただきます」
奥様を椅子に座らせると、俺はアイロン型の魔法具を取り出す。
「こちらは〝美魔女のアイロン〟と申します。とある美の魔女が持っていた魔法具でして、顔のシワを伸ばすことができるアイロンとなります」
「さすがノートンさん、すごいです! でもアイロンを顔にかけても本当に大丈夫ですか? とっても熱そうですけど」
「これを併用すれば大丈夫です」
サーシャの懸念に対し、俺は透明のケースに入った白い粉を取り出す。
「これは〝雪女のおしろい〟といいまして、顔にかけると真っ白な肌になります」
「それはすごいです!」
「しかも温度を零度に保つ効果があります。このおしろいを併用すれば、肌が焼ける心配はありません」
「でも、雪女って雪山にする化け物の一種ですよね? そんなのつけても大丈夫ですか?」
「こちらは〝薬用雪女〟となるので、大丈夫です」
「や、薬用の雪女ってなに!?」
ショックを受けているサーシャを横目に
「いいわ、やってみて」
と了解の奥様は意を示す。さすが美に関する覚悟はまだ10代のサーシャの比ではない。
雪女のおしろいを塗った肌のシワを、美魔女のアイロンで伸ばしていく。顔にアイロンをあてるという奇妙な行為ではあったが、そのかいあってか少しだがシワが消えた気がする。奥様も熱さを感じていないようだ。
「なかなかいいわね。このおしろいとアイロンはいただくわ。後で屋敷に届けてくれる?」
「お買い上げ、ありがとうございます」
つづいて俺は水色の液体のようなものを取り出す。
「これは魔獣スライムを加工したものになります。お顔に塗ることによって、顔の古い角質をとることができます。試してみてもよろしいですか?」
「スライムを顔に塗って、本当に大丈夫なのかしら?」
「これは〝薬用スライム〟なので、ご心配は無用です」
奥様の懸念を、俺は営業スマイルで安心させる。
「いいわ、やってみて」
「薬用の魔獣って、それもいったい何!?」
再びびっくりしているサーシャを尻目に、俺はスライムを奥様の顔に塗りたくる。
『ピギィイイイイ!!』
スライムの叫ぶ声が店中に響くが、俺は聞かなかったことにして次の魔法具を取り出す。
「これはサキュバスの体液を元に作った香水で、振りかけることで女性ホルモンを倍増させることができ、魅力を増す効果があります」
「サキュバスの体液って、具体的には何の体液なんですか?」
「……それは企業秘密です」
答えにくい事を聞いてきたサーシャの質問を、俺ははぐらかす。
「そんな香水をふりかけて、大丈夫なのかしら?」
「こちらも〝薬用サキュバス〟のものになりますので、ご心配は無用です」
奥様の質問を、営業スマイルではぐらかす。
俺は奥様の顔からスライムを引きはがすと、香水をかける。フェロモンと言うやつだろうか、とても魅惑的な匂いがする。あと角質が取れたおかげで、肌は奇麗になった様だ。
「奥様、お肌がツルツルでお綺麗だと思います」
「香水のおかげで、より魅力的になられたと思いますよ」
ここぞとばかりにサーシャと俺は奥様を褒める。
「そう? じゃあこのスライムと香水もいただこうかしら」
「ありがとうございます」
「最後にオークの生き血から作った精力剤をお飲みください。これを飲めば男性は皆オークのような絶倫になります」
「お、オークの血から作った精力剤!? そ、そんなの女性が飲んで大丈夫なんですか?」
「女性が服用しても肌艶がよくなる効果があります。もちろん〝薬用オーク〟になりますので、心配はいりません」
「……貴方、なんでも〝薬用〟ってつければ許されると思っていない?」
(ドキッ!)
「も、もちろんそんなことはありません」
俺はあわててごまかす。
奥様はオークの精力剤を一気に飲み干し「ふう」と一息つくと、そのまま立ち上がって鏡の前でポーズをとっている。その表情からして、まんざらではなさそうだ。
「いい感じね。でも、まだ十年前の私には劣るわ。ほかには何かないの? できれば何歳か若返るようなものとか」
「……若返る魔法具でございますか?」
俺は答えに窮する。さすがに若返る魔法具の持ち合わせはない。このままではサーシャはクビになってしまう。
「ち~す、ノートンの旦那。頼まれてきた古代の薬品を持ってきたで」
「きゃあ!」
「み、ミイラ男!?」
俺がどうすべきか考え込んでいると、包帯で全身をグルグル巻きにしたミイラ姿の男が店に入ってきた。その姿に奥様もサーシャも口を開けて驚いている。そういえば二人とも初対面だったか。
「こちら、骨田さんだ。最近、ピラミッド村で発見されたミイラの方だ」
「み、ミイラさんなんですか?」
「ああ、こう見えても数千歳の大先輩だ」
「いやだなノートンはん、数千歳って、まるでワイがジジイみたいですやん。それにほとんどピラミッドの中で眠っていんやから、ノーカンですで」
「数千歳!?」
「すごい」
骨田さんの発言に、奥様とサーシャが驚きの声をあげる。
「古代の時代は不老不死の研究が盛んだったんだ」
「そうそう。あの頃は100歳超えても若返りの薬の効果でピチピチが普通だったんやで。ワイは調子に乗ってミイラ化のエステで永遠の命まで得ようとしたら失敗して、このザマやけどな」
懐かしそうに昔を語る骨田さん。
「その古代の若返りの薬、売ってもらえないかしら?」
「そうしたいのはヤマヤマやねんけどな、もう製法は失われてしもて、ワイの体にしみこんでる薬しかないんや。かんにんな」
そういいながら骨田さんは「カカカ」と愉快そうに笑う。
「そういやワイの友達のミイラの永田っていうやつがいて、体に染みついている若返りの薬めあての魔女達に襲われて大変やったいうとったわ。なんでも耳たぶ食いちぎられたらしいで。魔女っちゅう連中は、やっぱ怖いな」
他人事のように笑う骨田さん。だがそんな彼を見つめる奥様の瞳が、しだいに獲物を狙う獣の瞳に変わっていくのに気づき、俺はひそかに戦慄する。
「サーシャ、このミイラの方を捕まえなさい!」
「えっ!?」
「なんとかして体から、若返りの薬を作り出すのよ」
と、奥様はとんでもないことを言い出したのだ。
「は、はい。わかりました」
「『わかりました』やないやろ! 体を食われてたまるかいな!!」
捕まえようとしたサーシャの手をひらりとかわし、骨田さんは脱兎のごとく店から逃げ出す。とても数千歳とは思えない身軽さだった。
「捕まえて若返りの薬の材料にするのよ。できなかったら貴女はクビよ、サーシャ」
「ひええええ~、わかりました奥様」
「ま、待て。俺も行く!」
逃げる骨田さんを追いかけるサーシャの後を追う形で、俺も店を飛び出した。
街はずれの砂漠にある小さな三角形のピラミッドハウスが、骨田さんの家(兼お墓)だった。サーシャの後を追いかけ、俺は骨田家の中に来ていた。
「ふふふ、追い詰めましたよ。おとなしく奥様の若返りの薬の原料になってください。あとわたしにも少しだけください」
骨田さんを壁際に追い詰めたサーシャは、彼に薬になるように要求していた。
「黙って薬になるアホがおるかいな、逃げるで!」
「逃がしません! えいっ!」
また逃げようとする骨田さん。だが逃がすまじとサーシャは何か液体のようなものを骨田さんにかける。
「なんやこのベタベタした液体は?」
「あれは、スライムか!?」
俺には見覚えがあった。あれは奥様に売却した魔獣スライム。だがやわらかいスライムでは、骨田さんの動きは止められないはずだ。
「これもです、えいっ」
さらにサーシャは白い粉をスライムまみれの骨田さんにかける。
「つめた!?」
ひんやりとする冷気。さらに予想外の事態に骨田さんが悲鳴を上げる。
「なんやこれ!? スライムが冷えてカチコチに固まってしもうたで」
(そうか、あれは雪女のおしろいか)
俺は白い粉の正体に気づく。常に零度の状態になる効果がある雪女のおしろいをスライムにかけて固体にし、骨田さんの動きを奪ったのか。変に悪知恵の働くやつだ。
「ふふふ、これで逃げられませんよ? 若返りの薬の効果があれば、髪の毛とかでもいいですから、黙ってわけてください」
「ワイは生前からハゲててな~、毛はないねん」
「なんで古代には若返りの薬はあったのに、毛生え薬は発明できなかったんですか!?」
「ワシに聞かれても知らんがな~」
「じゃあ爪とかでいいです。どこかに拷問用の爪はがしとかないかな?」
「せめて爪切りにしてや! 自分、人の心とかないんか? ミイラだって、生きてるんやで」
「もうお腹のお肉とかでいいです。え~と、包丁はと……」
骨田さんの家の中を探し、包丁を持って戻ってくるサーシャ。骨田さんの腹の肉をえぐろうと、スライムに拘束されたままの骨田さんの包帯を解いていく。
「──あれっ! 包帯の中身が、無い!?」
中身が空洞であることに気づき、サーシャは驚きの声を上げる。
「骨田さん(の中身)は、さっき逃げていったよ」
あくまで囚われているのは包帯だったので、サーシャが包丁を探している間に中身はうまく抜け出したのだった。
「ええ~!!」
ショックに半べそのまま膝をつくサーシャ。俺が追いかけてきたのは、骨田さんを助けるためだった。さすがに友人が食われるのは無過ごせない。
「どうしましょうノートンさん、私クビになっちゃいます!」
「……代用としてだが、この子の毛をつかったらどうだろう?」
俺は骨田さんが生前から飼っていたペットの猫を抱きかかえて、サーシャに見せる。ミイラの猫は「みゃ~」と嬉しそうに鳴いていた。
「この猫の毛からも、若返りの薬をつくれるはずだ」
「よかった、ならこの猫ちゃんの毛をお借りしましょう」
サーシャはほっと息をつく。
まあ猫の毛を原料とした場合、どんな副作用があるのかはわかったものではないが、それは黙っておくことにしよう。
数日後、ミイラの猫から作った若返りの薬を使った奥様は、5歳くらい若返った状態で同窓会にでることができた。
しかし、やはり猫の毛を原料にしたこともあって、若返ったのは若返ったものの、奥様の頭から猫の耳が生えてしまう副作用があったのだ。
「まあかわいらしい猫耳の飾り物ですね。まるで生きているみたい」
「そ、そうですわね、最近の流行りですの」
「まあ、いつまでもお若くてうらやましいわ」




