第91話 ミリと家族
日差しの和らいだ午後、グロッセンベルグの市場近くの仮設住宅区を歩いていたミリは、ふと目を止めた。
そこには、簡素な木陰の下、笑顔で食事を囲む家族の姿があった。父親は逞しい腕の人間。母親は小柄な体格のドワーフ。そして、その間で無邪気に笑っているのは、二人の特徴を合わせ持った、丸い顔立ちとふわふわの髪のハーフドワーフの女の子だった。
「……へえ。混血でも、こんなに幸せそうに……」
思わず立ち止まり、ミリは目を細める。
(……あたしが人間と結ばれるなんて、普通はありえない。だけど、もし――)
手にはいつのまにか、ちょうど良さそうな金属片が握られていた。加工すれば小さなペンダントにもなりそうな形。それを見つめながら、ミリは口元をほころばせる。
(もし、兄貴と……)
ちょっと無愛想で、でも誰よりも人を思ってて、いつも自分の限界まで働いてる。あんな奴、他にいない。ドワーフとか人間とか、関係ないじゃないか――
「……で、結婚式はいつ挙げるつもりなんですか?」
背後から突然、涼しげな声が降ってきた。
「うおぁッ!? リ、リィナ!? いつからそこに……!」
「最初からずっと。そこの路地の影で、スケッチしていたので。市場の構造、どう改良しようかと……」
そう言いながら、すっと差し出されたリィナのメモには、なぜか“ミリ・ギルマン ユリウス・フォン・ヴァルトハイン 婚姻届案(仮)”の文字が書かれていた。
別にミリの姓はギルマンではない。完全にリィナの創作である。
「それはっ……違っ、ちが、違うってばああぁ!」
「わかっております。すべては私の空耳、空想、空入力です」
リィナはにこりと笑いながら、しれっとメモを自ら丸めてポケットに押し込む。
「……ふん。変なこと吹き込んだら、ホントに溶接するからね」
「はい。その際は、頭部からお願いいたします。ユリウス様が見つけやすいように」
そう言って、リィナはくるりと踵を返し、再び市場の方へと歩いていく。
取り残されたミリは、顔を真っ赤にしながら、小さな金属片を握り直した。
「……いっぺん、本気で溶接しようかな、あのゴーレム……」
そう呟きながらも、その指先には、どこか名残惜しげなぬくもりが残っていた。




