第90話 変わりつつあるグロッセンベルグ
グロッセンベルグの町に、かつての陰鬱な雰囲気はもはやなかった。
地下に建設された魔素プラント《プロメテウス》が本格稼働を開始したことで、砦と同様、町のあちこちに魔導灯が灯り、水も動力も安定して供給されるようになった。かつて代官ヘルマンのもとで息を潜めるように暮らしていた人々の顔に、次第に笑顔が戻っていく。
町の広場には市場が再開し、行商人たちの威勢の良い声が響き渡っていた。焼き立てのパンの香り、蒸気機関で動く荷車、酒場の陽気な笑い声。荒野の砦で築かれた技術と希望が、この町にも根付き始めていた。
そして、その発展は外にも知れ渡ることとなる。
ヴァルトハイン公爵領では、南部の貴族討伐の名目で召集された徴兵や重税にあえぐ民が後を絶たず、逃れてきた人々がグロッセンベルグへと流れ込んできた。
「ここは……本当に同じ帝国の町か?」
「魔素の力で灯りが? 嘘みたいだ……!」
逃げ延びてきた家族連れや、脱走兵、追放された学者、元奴隷の者たちまで。その誰もが驚き、感嘆し、やがてこの町で生きることを選ぶ。
当然、防衛の要も強化される必要があった。
「我々は騎士団ではない。領主の私兵でもない。ここを守るための、民のための軍だ」
中庭に響くその声は、元帝国騎士――グレン・リルケットのものだった。
彼はユリウスの命により、新たな軍の総司令官に任命されていた。
旧騎士団出身者、元傭兵、砦で訓練を受けた志願兵たちが、訓練場に整列する。機械兵との連携を前提とした戦術が導入され、火器、通信、陣形の全てが刷新された。
「我々の敵は、圧政により民を苦しめる者たち。そして、理不尽な戦を繰り返す古き体制だ」
リルケットの言葉に、兵たちは胸を張る。
かつて支配された町は、いま、守る者たちの拠点へと変わろうとしていた。
その様子を、広場の奥の建物のバルコニーからユリウスが静かに見下ろしていた。
「……ここは、変わり始めている」
彼の隣には、いつものようにセシリアとミリ、そしてリィナがいる。
「この町も、もう“荒野の果て”じゃありませんね。むしろ……希望の始まり、です」
セシリアが静かにそう呟くと、ミリは照れくさそうに鼻を鳴らした。
「だったら、次は武器庫と鋳造工房の拡張だな。兄貴、また忙しくなるぞ」
「ユリウス様。私も、いつでも起動可能です」
「ありがとう、三人とも。……まだ、やれる」
そう呟いたユリウスの目に、揺らめく陽光が反射していた。




