表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

87/213

第87話 移住希望の確認

 ノルデンシュタイン砦の朝は、肌寒い霧とともに始まった。だが、砦の中にはいつもより温かな空気が満ちていた。

 ユリウスは中央広場に集まった民たちの前に立ち、深く一礼した。


「皆さん。グロッセンベルグの代官――ヘルマンは、すでにその地位を追われました。町も戦火には巻き込まれず、混乱も収まりつつあります」


 どよめきと、安堵の息が広場に広がった。


「本来、皆さんが暮らしていた場所です。家も土地も、そこにあります」


 ユリウスの声は静かだったが、言葉は確かに民の心に届いた。


「ですが……私たちはあくまで砦を拠点とする身です。いずれ、再びあの町が戦場になる可能性はある。そこで、皆さんに問います。戻りますか? それとも、ここに残りますか?」


 民たちは顔を見合わせた。中には目に涙を浮かべる者もいる。懐かしき故郷への想いと、ここで築かれた新しい絆。両方の間で揺れていた。

 沈黙のなか、年老いた男が一歩前に出た。


「町に戻れると聞いて、うれしくない者はいません……だが、わしらの家はもう、あんたたちの工房や畑のそばにある。孫も砦の学校に通いはじめた。もはや、この地も……我らの故郷じゃよ」


 それを皮切りに、次々と声があがった。


「わたしはここに残るわ。ユリウス様と一緒にいたいし……」


「砦の水も悪くない。畑ももうすぐ収穫できるんだ」


「グロッセンベルグは町だけど、ここには希望がある」


 ユリウスは、思わず苦笑した。


「……希望、ですか。責任重大ですね」


「だからこそ、俺たちはここに残るのさ!」


 少年が叫ぶように言い、笑った。広場に笑い声が広がる。


 ユリウスはひとつ頷いた。


「ならば、ここを守ります。皆さんが故郷と呼べる場所を、僕たちが築いていきましょう」


 そう言った後も日が傾きはじめるまで砦の広場で、ユリウスは住民たちの声に耳を傾けていた。


「俺たちは戻りませんよ……」


「そうだ。ユリウス様がいてくれるなら、ここで生きていける!」


「もう一度、この町で始めるんです!」


 老若男女が口々に叫び、まるで一つの声のようにユリウスを包み込んだ。


 ――こんな日が、本当に来るなんて。


 ユリウスは、ゆっくりと目を伏せた。肩が震え、こらえきれずに涙がこぼれ落ちる。

 そこへ、ミリが駆け寄ってきた。


「お、おい兄貴、泣いてんのかよ……!」


 焦ったように声をかけるミリだったが、次の瞬間、口を噤む。

 見たことのないユリウスの顔――安堵と喜びがないまぜになった、心からの涙。

 ミリは慌てて顔を背けたが、ぽそっと呟いた。


「……ったく、しゃーねえな」


 そう言うと、そっと自分のスカーフを外して、ユリウスの目元に押し当てた。


「お前が無理してるの、あたしは知ってっからな。……少しは甘えとけ」


 その声は、普段のような怒鳴り声ではなく、どこか震えていた。


「……ありがとう、ミリ」


 ユリウスは、かすかに笑って答えた。


 数歩離れた場所から、その様子を見守っていたセシリアは、そっと微笑み、心の中で呟く。


 (……今回は、譲りますわ)


 するとその直後、背後から聞こえてきた無機質な声。


「セシリア様。無理をなさらずとも、大丈夫です」


「っ!? リィナ……いま、心を読んだのですか?」


「いえ。ただ、顔に書いてありました」


 淡々と返すリィナに、セシリアは肩を落としながらも、どこか安心したように息をついた。


「まったく……油断も隙もありませんわね」


「ユリウス様のためですから」




 そうして、夕日に照らされる広場には、少しだけ温かな空気が満ちていた。

 戦いの準備が続く日々の中で、束の間の、しかし確かな絆の時間だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ