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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第86話 サジタリウス

 空は高く澄み、朝霧がまだ街の屋根をなでている。グロッセンベルグの北端――城壁外れに設けられた仮設の射撃場で、巨大な魔導錬金砲が静かに横たわっていた。

 砲身は魔導合金とミリの試行錯誤の成果で鋳造された特製品。内部にはセシリアが設計した魔導コイルが精密に並び、魔素の流れを制御して弾丸を加速する。


「……よし、これで全系統起動完了。魔導圧は安定してるわ」


 セシリアが制御盤のルーンを指先でなぞり、淡い蒼光が走る。周囲にいた技術者たちがどよめいた。


 ユリウスは後方でその様子を見守りながら、無線機を手に取る。


「リィナ、弾体の装填はどうだ?」


『完了しました。最終安全確認中。砲身の角度は……調整済みです』


 城壁の上で、ユリウスの姿を模したリィナが操縦桿を操作し、巨大な砲身の向きを微調整する。試射目標は二百メートル先の岩山。その麓には、旧式の木製投石機が一台置かれている。


「……やっとここまで来たな」


 ミリが肩の汚れを拭いながら、隣に並ぶ。目の下には薄く隈があるが、充実感に満ちた顔だった。


「失敗しても怒らないでね。鋳造、限界ギリギリなんだから」


「失敗したら、また一緒にやり直そう。だが――成功するよ」


 ユリウスが頷き、右手を上げる。セシリアがカウントを始めた。


「魔素圧、安定。コイル展開開始……三、二、一――」


 轟音。

 大気を裂くような炸裂音とともに、蒼い閃光が空を貫いた。

 魔導錬金砲から放たれた弾体は、瞬く間に目標へと飛翔。一直線に岩山の中腹に命中すると、遅れて爆発が起き、投石機が木端微塵に吹き飛ぶ。


「……命中、確認ッ!!」


 技術班が歓声をあげる中、リィナがにこりと微笑む。


『威力、申し分ありません。従来のバリスタの三倍以上です』


 ミリがどっと力を抜いて地面に座り込み、肩で息をつく。


「はぁー……っぶな。爆発しなくてよかった……」


 セシリアが静かに彼女の隣に腰を下ろし、そっと肩を並べる。


「ミリがいなければ、ここまで来られなかったわ」


 ミリは少し照れたように顔を背けると、地面を指先でなぞって言った。


「……やめてよ。そういうの、照れるんだから」


 ユリウスはそんな二人の様子を見て、小さく笑った。


「これで……グロッセンベルグは守れる。ありがとう、みんな」



 試作実験が成功してから二日。

 仮設工房に仮組みされた魔導錬金砲の前で、ユリウスは静かに砲身を見つめていた。

 巨大な砲。魔導コイルで魔素を加速し、金属の矢を光よりも速く撃ち出す兵器。

 その威力は、敵の投石機の射程外からでも投石機を貫ける――。


「それで、このデカブツの名前はどうするんだ?」


 ミリが鋳造チェックを終え、油まみれの布で手を拭きながら訊いた。


「そうね。あまりに無名だと、兵たちの士気にも影響するかもしれないわ」


 資料をまとめていたセシリアも同意するように声を重ねる。

 ユリウスは黙って砲身に手を添えた。

 この世界の誰も知らない記憶――地球の神話。

 空の星々を狩る射手の伝承が、ふと心に浮かんだ。


「……サジタリウス」


「ん?」


 ミリが首を傾けた。


「この砲の名だ。〈サジタリウス〉。星を射抜く弓の名らしい」


「どこの言葉だ? 初めて聞いたぞ」


「昔家庭教師に聞いた神話だ。……遠い空の話だよ」


 ユリウスは微笑もうとしたが、その表情にはかすかな陰りが混じっていた。

 ミリは


「なんか胡散くせえな」


 と笑って流したが、セシリアは気づいていた。

 ユリウスのまなざしが、どこか遠く――未来を見据えていることに。


「ユリウス」


 静かな声で名を呼ぶと、彼はわずかに目を伏せた。


「……これが完成すれば、戦況は大きく変わる。だけど、それは……本当に“良いこと”なんだろうか?」


 セシリアは歩み寄り、そっと彼の背中に手を添えた。


「誰かを殺すために作っているんじゃない。守るために、よ」


「それでも、使えば……」


「あなたが悩むのは、きっと正しいことよ。でもね、ユリウス。あなたが誰よりも人の命を重んじてること、私は知ってるわ」


 そう言って、セシリアは彼の肩にそっと頭を預けた。

 まるで、母が子を包むような、あたたかい静けさが二人を包む。


「……ありがとな、セシリア」


 ユリウスの声は小さかったが、その胸にあったわだかまりが少しだけ、溶けていくようだった。

 しばしの静寂のあと、ミリが口を開く。


「名前の由来はよくわからんけど、“星を射る弓”ってのは確かにかっこいいな。兵士たちも気に入るだろうぜ」


「そうね。語感もいいし、覚えやすい。……ユリウスのくせに、いいネーミングじゃない」


 セシリアが笑ってからかい、ユリウスは少しだけ頬を赤らめた。

 こうして、新たな防衛の切り札――〈魔導錬金砲サジタリウス〉は、その名を得た。



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― 新着の感想 ―
>サジタリウス  もう少し小型化できたら、”オリオン”型パワードスーツに搭載して”機動砲兵”を作製してもいいかも。んで名前が”スコルピオン”とか(^^;a  まぁもっといい名前があるかもですが、”オ…
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