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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第85話 夜の工房にて

 夜風が工房の窓から吹き込む。

 灯りに照らされた作業机の前で、ミリは一人、巨大な砲身の模型を相手に格闘していた。魔導コイルの歪み、鋳造の不均一、わずかな狂いが命取りになる。

 がしゃん、と失敗した部品を投げ、額の汗をぬぐったとき――扉が静かに開いた。


「……ミリ、まだやってたのか」


 振り返ると、ユリウスがランタンを手に立っていた。少し乱れた前髪。仕事の帰りだろうか、上着を羽織ったままだ。


「うん。どうしてもここの調整が納得いかなくてさ……。でも、もう少しで上手くいきそうなんだ」


「無理をさせて、すまない」


 ぽつりと言ったその声は、申し訳なさと、信頼の入り混じったものだった。

 ミリは、少しだけ目を伏せて笑う。


「謝るのは、なし。あたしだって、好きでやってるんだよ。兄貴こそ……やりたくない戦争の指揮なんて、とっくに背負いすぎてるくせに」


「……ありがとう」


 静寂が落ちる。どちらからともなく、ふたりの距離が少し近づいたその時。

 ガチャンッ、と戸が開く音がして、リィナが顔を覗かせた。


「ユリウス様、こちらにいらっしゃいましたか! ああ、よかった、暗い工房で不埒なことをしていないか心配で――」


「……リィナ。君は何を言っているんだ」


 ユリウスが冷ややかな視線を送るが、リィナは全く動じず、にこにこしている。


「だって、夜更けにふたりきりなんて、なにかが起こらないはずがありません!」


「起こりかけてたんだよバカ! 空気読め!」


 ミリが珍しく声を荒げ、リィナの頭に鋳造用の木槌を投げた。カン、と小気味よい音を立ててリィナの額で跳ね返る。


「いたっ!? おかしいですね、今日は物理的な衝撃を緩和する外皮設定にしていたはずなのですが……」


「お前の設定じゃねえ! わたしの気持ちが硬派なんだよ!」


「え? それはつまり“告白はまだ早い”的な――」


「そっちじゃねえええっ!」


 ミリは顔を真っ赤にして叫んだ。ユリウスは苦笑しながら、軽く咳払いをする。


「……ま、まぁ。無事なのは何よりだ。リィナ、夜遅くに何か用だったのか?」


「あっ、そうでした。セシリア様が“魔導コイルの設計図を一度確認したい”と仰っておりまして。ついでにお夜食も差し入れてくれましたよ」


 そう言って、リィナは肩にかけたバスケットから湯気の立つ包みを取り出した。


「おにぎりです。セシリア様が“炊き立ての方が頭が働くから”って」


「セシリアらしいな……ありがたい」


 ユリウスは笑みを浮かべ、包みを受け取る。ミリもふてくされた顔をしながら、手を伸ばして一つ取った。


「……あんたも食べんの?」


「もちろんです! ユリウス様とミリさんと三人で、夜食タイムですから!」


「邪魔しにきたとしか思えねえ……」


 三人の会話が、夜の工房に和やかに響く。やがて、笑い声と湯気の向こうに、もうすぐ訪れる決戦の影が、静かに忍び寄っていた。


 翌朝、グロッセンベルグの空は久々に晴れていた。

 ユリウスは早朝の城壁を歩きながら、工房から届いた魔導錬金砲の進捗報告書に目を通していた。ミリの苦労の跡がにじみ出るような図面と手書きのメモが所狭しと並ぶ。


「……よく頑張ってくれてる」


 小さく呟いたとき、背後から軽やかな足音がした。


「おはよう、ユリウス。今朝もお早いのですね」


 声の主はセシリアだった。魔導研究所の白衣に身を包み、片手には魔導通信機の筐体と書類を抱えている。


「おはよう、セシリア。砲の起動試験?」


「はい。魔導コイルの共振がまだ安定していませんが、加速理論そのものは機能し始めています。今日中に第一発目の発射試験ができるかもしれません」


「そうか。……本当に、ありがとう。君がいてくれて良かった」


 真剣な瞳でそう言われたセシリアは、ふと目をそらし、耳を赤らめた。


「そ、そんな……当然のことをしているだけです。私は……ここにいると決めたのですから」


 しばしの沈黙が流れる。だが、その場を壊すように、城壁の下から怒声と叫びが聞こえてきた。


「ちょっと、誰か止めてぇえええええっ!」


 声の主はミリだった。工具箱を担ぎながら追われており、追いかけているのは――


「リィナ!? 何してるんだ!?」


「ミリ様の朝の栄養管理のため、強化野菜スープをお届けにあがりました!」


「やだーッ! 朝からまたあの味はイヤァァァァ!」


 セシリアは思わず吹き出し、ユリウスも肩を震わせて笑った。


「……やれやれ、今日も一日、賑やかになりそうだな」


 ユリウスが呟く。

 戦争前の賑やかなひと時を、空を飛ぶ鳥たちが見ていた。


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