第82話 ライナルトの初勝利を知る
グロッセンベルグ仮設市庁舎の一室。
本来であれば代官の執務室となる部屋は、いまやユリウスたちの臨時司令室として使われている。
セシリアが扉をノックもせず駆け込み、手にした報告書を差し出した。
「ユリウス、急ぎの報せよ。公爵軍が動いたって」
ユリウスは受け取った紙束を静かに読み下ろす。
――『ヴァルトハイン嫡男ライナルト・フォン・ヴァルトハイン、初陣にて南境の敵対貴族デルツェン侯を撃破。領内の町ザルヴァートを制圧』。
「……ライナルトが勝ったのか」
その声には、驚きというより、どこか安堵すらにじんでいた。
「初陣で領土を一つ押さえるとは、やるな。あいつも……立派になった」
微かに笑みが浮かぶ。その様子に、セシリアは肩をすくめて言う。
「弟のことになると、ほんと甘いんだから」
「仕方ないだろ。あいつは僕の弟だ。どれだけ敵になろうと、嬉しくなるさ、こういう報せを聞くと」
静かにそう告げたユリウスは、しかしすぐに笑みを収め、地図の上に手を置く。
「ザルヴァート……公爵領南方の要衝だ。ヘルマンがグロッセンベルグに取り残されたのも納得だな。そこを攻めるとなればこちらとの距離を考えても、援軍は回せない」
「つまり、こっちにはまだ本軍が来る気配はない?」
「いや……それも時間の問題だ」
ユリウスは視線を南に滑らせ、グロッセンベルグ周辺を囲む地形に目をやった。
「ライナルトが戦果を重ねれば重ねるほど、父上は次の標的を求める。ヘルマンが敗れた今、この町の価値に気づくのも時間の問題だ」
「だったら……」
「ああ。僕たちも備えなければならない。ここを“奪われた”ではなく、“守った”と後に語られるように」
そう言って、ユリウスはまっすぐ前を見据えた。
かつての弟に抱いた愛情と、今ここで背負う責任。
それらが彼の中で、静かに、確かに形を成していく。




